軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第118話.交差する思惑

マシューの口角が、ゆるりと持ち上がる。

「僕が暗黒魔法でシャロンに命じたのは、ルキウスの婚約者のように振る舞うこと。そして、エリオットを傷つけることだ」

ルイゼの背後で、シャロンのまとう雰囲気が一変する。

しかし彼女に向かって逆さ文字を書くのを、ルイゼはやめなかった。きっとシャロンは、怒りつつも読み取ってくれているはずだ。

「こうすればシャロンに持ち上がった婚約話はなくなるし、エリオットを遠ざけることもできるだろうってね。完璧な作戦だと思って実行したんだよ。残念ながら、婚約の話は消えなかったみたいだが」

彼はそう締め括った。

それに頷きながら、マシューの話した内容を頭の中で整理する。

(十年前。セオドリク・フォルが魔道具を渡したのは、リーナだけじゃなかった)

リーナは暗黒魔法で、実の父親であるガーゴインを操った。

魔法省大臣であったガーゴインを制御下に置くことで、セオドリクは魔道具研究所の地下を自由に使うことができた。ガーゴインの名の下でひっそりと、魔道具の材料に使う輝石も取り寄せることに成功していた。

そして同じ時期に、マシューもまた魔道具を渡されていた。

その理由は、マシューの父であるデイヴィッド・ウィルクが魔道具研究所の所長だったから。

セオドリクが言った通り、マシューは 保(・) 険(・) だったのだ。

(リーナが思い通りに動かなかったり、父を操るのに失敗した場合は、代わりにマシューを使う予定だった……)

父親に対して鬱屈とした感情を抱いていたために、マシューも目をつけられたのだ。

だがマシューは、与えられた魔道具をデイヴィッドではなくシャロンに対して使った。

しかし、ルイゼは思う。それすらもまるで、セオドリクの策の一部のようだと。

(いいえ、そうじゃない。セオドリクは、おもしろがっているの……?)

マシューの話によれば、ハリーソンはマシューに魔道具を渡すのに抗議していたそうだ。

それは当然だろう。マシューが持っていたのは重要な証拠品だ。それを彼が周囲の大人に相談していれば、セオドリクはその時点で逮捕できていたのかもしれないのだ。

しかし、そうはならなかった。

『それはあげるから、好きに使ってみるといい』――そんなセオドリクの言葉通り、マシューは好いていたはずの少女相手に、禁じられた魔法を使ってしまった。

その魔法がシャロンや自身の命を脅かしていることも、マシューは分かっていない。セオドリクが何も言わなかったからだ。

今も吐血しているシャロンの様子を時折気にしてはいるが、彼女の症状が自分のせいだとは欠片も思っていないのだろう。

「ほら、これで僕の話は終わりだ。さっさと治癒魔法を使ってくれ」

急かされ、ルイゼは小さく顎を引いた。

「分かりました。では二秒だけ、目を閉じてください」

「どうしてだ」

「治癒魔法は黄金色の光を発しますので、目を傷つける場合があります」

もちろん嘘だが、その嘘にマシューは気づかなかったようだった。

苛立たしげに舌を打ちながらも、目蓋を閉じる。

その瞬間、ルイゼは持っていた鞄の中から そ(・) れ(・) を取りだした。

素早く広がる布地の音を誤魔化すため、大声で叫ぶ。

「『ヒール』!」

だが、魔法は発動しない。ルイゼの魔力はすっかり空になっているから当然だが。

――いつ魔法の効力が訪れるかと、待ちかねていたのだろう。

数秒の間、黙って腕を押さえていたマシューだが、やがて目を開いて文句を言ってきた。

「痛みがぜんぜん引かないぞ。これはどういう……」

言いかけた途中、マシューが目を見張った。

ルイゼの背後に、誰の姿もないことに気がついたのだ。

「……おい。シャロンはどこだ。どこに行った!?」

慌てて見回すマシューに、ルイゼは平然と言い放つ。

「これはルキウス様の造った、【 扉(ゲート) 】という魔道具の効果です」

急に何を言いだしたのか、という目でマシューが木板を強く踏みつける。

その間も、両目を忙しなく動かしている。だがマシューの目が、シャロンの姿を捉えることはない。

ルイゼは両手を大きく開いてみせた。

「さぁ、よくご覧ください。どこにもカリラン様の姿はないでしょう? 既に彼女は、この船から中央教会へと移動していますから」

「……は……? そんな……っそんな魔道具、聞いたことないぞ!」

「ですから、造られたのです」

ルイゼは不遜に笑ってみせた。

まるでそんなことも知らないのかと、嘲笑うように。

「あなたが喧嘩を売ったのは、ルキウス・アルヴェイン――世界にその名を轟かせる稀代の天才、ルキウス殿下なのですから」

目を見開いたマシューが、激昂する。

「ふざッ……ふざけるなああああッ!!」

逆上したマシューが、ルイゼに掴みかかった。

頭を掴まれ、力任せに柱に叩きつけられた。

「……っ!」

視界が真っ白に染め上がる。

しかしマシューは、抵抗しないルイゼの頭を何度も柱にぶつける。

「シャ、シャロンは僕のことが好きなんだ!」

「……ぅっ……!」

「シャロンが僕を刺したのだって、何かの間違いだ。シャロンは僕を、僕を愛してくれている。それなのに邪魔をするな! 僕たちの仲を引き裂くことなんて、誰にも許さない……ッ!」

はぁはぁと荒い息を吐きながら、マシューがようやく手を離す。

ルイゼは力なくその場にくずおれた。見向きもせずにマシューは走っていく。

「どこだ、どこだシャロン! 一緒に二人で、新婚旅行に旅立とうよ!」

その足音が、次第に離れていく。

やがて、完全に聞こえなくなったところで……ルイゼはふぅ、と息を吐いた。

(良かった)

真実に嘘を織り交ぜると、より真実味が増す。

確かにルキウスは【扉】という移動用の魔道具を開発している。離れた場所に瞬間的に転移することができるという、他に例を見ない代物だが、何かと制約がある魔道具で、ルイゼの手元にあるはずもない。

ルイゼがやったことは大きく三つだ。

まず、マシューに隠れてシャロンに作戦を伝えたこと。

マシューが目を閉じた瞬間に、鞄から取りだした【透明布】でシャロンの身体を覆ったこと。

興味津々のルイゼに、ルキウスが譲ってくれた試作品だ。だが、これを受け取っておいて良かったと心から思う。

最後に、柱に背を預けたマシューと会話しながら、自身の立ち位置を少しずつずらしたこと。

ルイゼがすぐ背後にシャロンを庇っていたと、マシューは記憶していた。だからルイゼの位置をずらせば、マシューがシャロンを捜そうとしても、見当違いの場所に誘導できると思ったのだ。

(彼には、そんな余裕もなかったみたいだけど)

ルイゼが見せた【録音機】さえ回収していかなかったから、よっぽど慌てていたのだろう。

ルイゼがシャロンに逆さ文字で伝えたのは、こういう内容だ。

――【透明布】という魔道具を使い、カリラン様の姿をマシューから隠します。

――この布で自身の姿を覆えば周囲から隠すことができます。物音は外部に聞こえてしまうのと、何かにぶつかると気づかれます。注意してください。

――これを使って、船から脱出してください。

「……ルイゼさん!」

がさごそ、と物音がして、すぐ近くに誰かの気配が降り立った。

掠れた声はシャロンのものだ。ルイゼの言った通り【透明布】に隠れたまま、布を引き摺って近づいてきたようだった。