軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第103話.数分間のデート

「ああ」

あっさりとした返事のあと。

暗がりから現れたのは、やはりルキウスだった。

今日、ルキウスは研究所の所長であるデイヴィッドや、魔道具祭の出資者であるカリラン公爵たちと上階で会談していると聞いていた。

どうしても目立つ面々のため、警護の関係もあり、人気が少ない時間帯にいくつかのブースを巡る予定なのだそうだ。

だから、ここに彼がひとりで居るのが不思議でルイゼは唖然としていたのだが。

ルキウスはなんでもないように説明してのける。

「フレッドであれば問題ない。今はイザックが相手しているはずだ」

(つまり……フレッド殿下を連れていったのはタミニール様?)

とすれば、この状況はルキウスが作り出したものなのだろう。

そういうことならフレッドの身に心配はなさそうだ。

しかしそうなると、引っ掛かることがある。

(もしかして、ルキウス様……)

ルイゼの考えが正しいなら。

ルキウスは不規則なはずの【光の洋燈】の点滅のタイミングを正確に読み取って、最も周辺が暗くなる一瞬を見計らって――フレッドを連れ去ったのだろうか。

国内外で稀代の天才と謳われる彼だが、それにしたって人間離れした芸当である。

(というか、そんなこと可能なのかしら……?)

じーっと見つめていると、頬に、近づいてきたルキウスの手が触れる。

不意の感触にびっくりして、思考は瞬く間に吹き飛んだようだった。

「……少しの間でいいから。君と一緒に、君が作った魔道具祭を回りたかったんだ」

「ルキウス様……」

ランプの光で、ルキウスの灰簾石の瞳が水面のようにきらめいている。

そんな彼の気持ちが嬉しくて、ルイゼは顔を綻ばせたのだが。

ルキウスの言葉はそこで終わりではなかった。

「……それと、ルイゼがフレッドと歩いているのを見かけて嫉妬した」

「えっ」

「……それで、我慢できずに、君を追ってここに来た」

どこか拗ねたようなその言葉に。

ルイゼは顔を赤くしてしまった。

(か、可愛い……)

――だなんて、そんなこと。

年上の男性、それも一国の王子を相手に、思うだけで不敬だと十二分に理解しているのだが。

それでも胸がきゅうっと疼くような感覚を覚えてしまって。

思わず、自分からルキウスの左手をきゅっと掴んでしまった。

「あ……」

(何をやっているんだろう、私)

慌てて手を引こうとするが、それよりもルキウスの動きが速かった。

躊躇うルイゼの手を、長い指が造作なく絡め取る。

お互いの指を絡めるように繋いだところで、頭上から笑みの気配がこぼれてくる。

おずおずと見上げてみると、驚くほどに柔らかい微笑みと目が合った。

「数分したら戻る予定だが、それまでは」

「……はい」

こうなっては逆らえるはずはなく、ルイゼはこくりと頷く。

そもそも、ルイゼだってルキウスと一緒に魔道具祭を回りたかったのだ。

よし、とルキウスは笑い、そうして並んで歩き出す。

示し合わせたように、お互いにゆっくりとした速度で進んでいく。

森をイメージした区画を抜けたあとには、海の区画に入る。

その部屋に広がるのは、天井から星々が見守る大海原だ。

星の光を反射させた海面や、砂浜の砂粒を印象づけるために、ランプではなく光の魔石もそのまま使っている。

それらを楽しそうに見るルキウスの横顔に、ルイゼは見入ってしまった。

端正な顔立ちに、目が釘付けになる。

(いちばん眩しい……)

しかし、じーっと見つめていると、鋭いルキウスにはすぐ気づかれてしまって。

「ん?」

「……っ」

咄嗟に目を逸らす。

(駄目ね、私ったら)

ルキウスは純粋に体験型ブースを味わってくれている様子なのに、ルイゼはといえば気がつけばルキウスのことで頭がいっぱいになっている。

片手は繋いだままなので、もう片方の手で悟られないようにこっそりと、頬を叩いて戒めていると。

少し浮かれた声音でルキウスが呟いた。

「楽しいな、ルイゼ」

「あ――ありがとうございます」

「君が可愛らしくて、ますます楽しい」

「! もう、ルキウス様っ……」

いろいろとバレバレだったらしい。

ルイゼは頬を膨らませるが、それにも楽しげに笑うルキウスに、なんだか気が抜けてきてしまう。

それに今のところ、他の来場者はまったく見かけない。

吸音対策が施されているから、二人の話し声だってそう簡単に誰にも聞き取れないだろう。

それなら――少しだけ、素直に振る舞ってもいいだろうか。

「ルキウス様、こっちも」

「うん。ゆっくり回ろう」

「はいっ」

彼の手を引いて、ルイゼはひとつずつ区画を紹介していく。

ここはイネスのこだわりで、ここはアルフたちが頑張ってくれて……と説明するたびにルキウスが相槌を返してくれるものだから、嬉しさでいっぱいになっていく。

しかし楽しい時間はあっという間で――。

最後の区画である、再びの一本道までやって来てしまうと。

ルイゼは繋いだままの手を、握り締めずにはいられなかった。

(どうしよう……手を、離したくない……)

子どもの我が儘と同じだと分かっている。

だけど、寂しいのはどうしようもなくて。

それを言葉にはできずに傍らを見上げると、ルキウスもルイゼのことを見つめていた。

お互いに、繋いだ手に強く力が篭もる。

「ルイゼ」

愛おしそうに、名を呼ばれたと思えば。

――おもむろに、ルキウスはその手を胸の高さまで持ち上げた。

そうして、目を丸くするルイゼの手の甲に、甘く口づけを落とす。

「っ」

ちゅっ、と鳴った軽い音が鼓膜を淡く痺れさせる。

ルキウスは手を離すと、最後に名残惜しげに少しだけルイゼを抱き寄せた。

髪の毛を梳くように、彼の大きな手が頭を撫でてくれる。

「またあとで」

「……は、はい」

必死に頷くルイゼに微笑むと、ルキウスはカーテンを持ち上げて出て行ってしまった。

そんな後ろ姿を、ただルイゼは見送った。

ルイゼも見回りに忙しいし、ルキウスだって多忙な身だ。

こうして数分間しか一緒に居られないのは、致し方のないことだと分かってもいる。

だからこそ、当然のように「また」と言ってくれたルキウスの言葉が、これ以上なく嬉しかった。

それが叶わないとしても、彼も同じ気持ちでいてくれるのが、嬉しくて、幸せで。

――背後で足音が響いたのは、それから数秒後のことだった。

「……ル、ではなく。……レコット伯爵令嬢」

「フレッド殿下! 大丈夫でしたか?」

声の主に気づいて駆け寄る。

別れる前よりフレッドはどこかやつれたようだったが、見る限り怪我などの心配はなさそうである。

「ああ……」

「タミニール様とご一緒だったと伺いましたが」

そこで押し黙るフレッド。

ルイゼはハラハラしてきた。やはり何かあったのだろうか。

するとフレッドが、重い口を開く。

「レコット伯爵令嬢。ここは本当に素晴らしかったんだが」

「は、はい」

フレッドがどこか遠くを見つめる。

「……大の男二人で、回るものではないな……」

ブースを出たあと、次の場所も案内すると申し出たのだが、疲れたような笑顔で彼は首を横に振ったのだった。