軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第102話.光の路

ルイゼはフレッドと彼の護衛騎士たちと共に、研究所に入所する。

普段は厳重にされている出入り口だが、今日は警備兵たちが入場者の持ち物検査のみを行うようになっている。

常日頃は白衣の所員が行き交う研究所内を、いろんな背格好の人々が物珍しそうに歩いている光景はルイゼにとって新鮮だった。

「フレッド殿下、こちらです」

「あ、ああ……」

そんな中、ルイゼはフレッドを連れて進んでいく。

やって来たのは体験型のブースのひとつだ。

先ほど見回った際はかなり混み合っていたが、お昼前ということもあり、さすがに列は落ち着きつつあるようだ。

その横の販売ブースで、いくつもの【光の洋燈】が手に取られているのを、何事かという顔でフレッドが見ている。

世界中で最も流通している魔道具のひとつだ。何故あんな風に人が集っているのかと不審に思っているのだろう。

(その答えがあるのが、体験型ブースの中なんです!)

「レコットさん」

片手を挙げるフィベルト。その隣では、顔なじみの所員が頭を下げている。

フィベルトたちが長机を置いて受付してくれているのが、研究所一階に設けられた体験型ブースのひとつである。

外に配置した【虹色水晶】が、魔道具祭の目玉魔道具ではあるのだが、体験型ブースにももちろん力が入っている。

ここは壁のない三部屋分を丸ごと使用しているのだが、大きな混乱はないようで所員たちの表情にも余裕があった。

「いやぁ、大盛況だよ」

そう言うフィベルトの表情は緩やかな笑みに彩られていた。

「出てきたお子さんたちが、『また入りたい!』って目を輝かせていてね。お母さんやお父さんは大変そうだけど、もう何度も並んでいる人も居るくらい」

「そうなんですね。良かった!」

その報告に、ルイゼは心からの笑顔を返した。

普段、なかなか魔道具と触れ合う機会のない子どもたちに、魔道具そのものの効果や効能を体験できる場を提供したい――というルイゼの思いは、きっとこれ以上ない形で叶いつつある。

そしてそれは、魔道具研究所の人々のおかげで。

魔道具祭に協力してくれたフレッドにも、その事実を知ってほしいという思いでいっぱいになる。

「フレッド殿下を中にご案内したいのですが、大丈夫でしょうか?」

「ああ、もちろん」

さすがにフレッドを列に並ばせるわけにはいかないので、優先させてもらうことになった。

「殿下、足元に気をつけてお入りください」

フィベルトが手前の遮光カーテンを持ち上げてみせる。

しかしフレッドは少々尻込みしている様子だ。

「……この先はどんな風になってるんだ?」

ルイゼはきっぱりと応じる。

「一言で言うと、迷路ですね」

「迷路……」

何か迷路に嫌な思い出でもあるのか、フレッドの表情がちょっぴり暗くなる。

しかし覚悟を決めたのか、彼は唇を引き結ぶと。

「……お前たちはここで待っていてくれ」

「はっ? フレッド殿下、しかし……」

「せっかくの催しなんだ。大人数で押し入っては他の客の邪魔だろう」

そう言い切ると、困惑する騎士たちを置いてズンズンと入室するフレッド。

ルイゼも慌ててついていく。

「暗いな」

フレッドの言うとおり、最初はまず、足元も覚束ないほどの真っ暗闇が広がる空間である。

天井近くにぶら下がった、朧げな光源がひとつだけあるので、まずはその光だけを頼りに進んでもらうのだ。

だがフレッドの気配がまったく動こうとしないので、ルイゼは首を傾げた。

「……フレッド殿下? もしかして」

「――ち、違うっ! 断じて怖いわけではないぞ!」

(まだ何も言っていないけれど……)

大声を出すと、おっかなびっくりと一歩を踏み出すフレッド。

……そして、フレッドは気づいていないだろうが。

室内には、実は至る所に天井から床までを塞ぐサイズの仕切り板が配置されている。

天井はそう高くはないので、板は『無限の灯台』から借りたものを使っている。

床面にも、吸音効果のある素材を使ったシートが満遍なく敷かれているのだ。

そのため、部屋の仕掛けにはまったく気がつかず、フレッドは恐る恐ると進んでいき――。

「うわっ」

その瞬間、フレッドが声を上げた。

というのも、長い角を曲がった先。

――そこには、世にも幻想的な光景が広がっていた。

森をイメージして、紙や板を使って作られた木々や切り株に動物たち。

それらを彩るのは、数えることは困難なほど無数に瞬く光の乱舞だ。

聳え立つ大樹は、それ自体が淡く発光していて。

周りの天幕から垂れ下がるのは、いくつもの黄金色の光。

動物たちは、小瓶の中の光る星を取り出そうと一所懸命に手を伸ばしている。

キノコの形をした大小様々なランプは道に置かれ、奥行きまでもを照らしていた。

――光の 路(みち) 。

そう呼ぶに相応しい、夢のような景色。

それが忽然と目の前に姿を現わす、という仕掛けを前にして、フレッドが感嘆の溜め息を吐いている。

「これは……見事だな……」

呟くのが聞こえ、ルイゼは嬉しくなる。

「このブースでは、五百個の【光の 洋燈(ランプ) 】を使っているんです」

「五百!? すごい数だな」

フレッドの呆気に取られた表情も、光に照らされてよく見えた。

元々は研究所で余っている三百個のみ使う予定だったが、企画書を見た『無限の灯台』の商会長が、「ウチで余っている物もぜひ使ってほしい」と申し出てくれたのだ。

そのおかげで、立案者であるルイゼも驚くほどの出来映えとなった。

「だが、光り方がふつうの【光の洋燈】ではないような気がするが……」

なかなか目敏いフレッドである。ルイゼは目を輝かせた。

「【光の洋燈】自体は、過去に販売された型式の物のみを使用しているんです。でも、魔術式をいくつか書き換えていまして」

【光の洋燈】の原型を生み出したのはイスクァイ帝国だが、とっくの昔に待機期間は過ぎているため、現在では型式や魔術式を弄ることにまったく問題はない。

魔道具祭の開催まで時間がない中での作業だったので、ルイゼが思いついたのは、単純に『光る』魔術式だけではなく、『個性豊かに光る』ようひとつずつの魔術式を組み替えることだった。

幸い、小さな頃から魔道具を解体してはその中の仕組みを読み取っていたルイゼである。

【光の洋燈】は最も手頃な魔道具だったから、試しにいくつもの魔術式を書いたメモが家にあった。

その全てを今日のために試し――いくつか、思った通りに発光しない物もあったが、八割方は成功したのだった。

「一部の物は、わざと減光していたり、あるいは増光していたり、点滅させてみたり……それと光の色合いもそれぞれ変えています」

術式刻印課の面々に協力してもらい、五百のランプにはそれぞれ数十種類の魔術式が刻み直されている。

静かに説明を聞いていたフレッドが、深く息を吐いた。

「【光の洋燈】なんて、国中にある魔道具なのにな」

「ええ。でも工夫すれば、これほど素晴らしい景色を生み出すこともできるんです」

「……レコット伯爵令嬢。君は本当に、すごい人なんだな」

ルイゼは隣を向いた。

この光の中だから、フレッドの顔つきはよく見える。

彼は真剣な――そして、申し訳なさそうな表情をしていた。

「僕は今まで、君のことが何も見えていなかった。それを今日は改めて痛感させられたよ」

「フレッド殿下……」

その言葉に、ルイゼは首を横に振る。

「私がやったことは、ちっぽけなことなんです」

来場者数を増やすためにいくつかアイデアを出したこと。

余っている魔道具の数を把握して、それを利用したいと提案したこと。

ひとつひとつは本当に小さく、誰かに『すごい』と形容してもらえるようなことではないとルイゼは思う。

「でも、たくさんの方が力を貸してくれました。もちろん、あなたもです」

「ルイゼ……」

フレッドが瞳を潤ませる。

――そのときだった。

時間にすれば一秒にも満たない。

【光の洋燈】のいくつかが同時に点滅したタイミング――最も辺りが暗くなった、その瞬間。

「どわあっ!?」

不意に、フレッドが情けない声を上げた。

かと思えばそのあとは音もなく、気配は一気に遠ざかっていって。

「フレッド殿下……!?」

驚いて周囲を見回すが、見渡す限りに人の影はない。

まさか、とルイゼは顔を青ざめさせた。

(誘拐……!?)

護衛もついていない中、何者かに第二王子を攫われてしまったのか。

それでもルイゼはすぐに冷静さを取り戻し、彼を探そうとしたのだが。

「ルイゼ」

「…………!」

直後に、静かに息を呑んだ。

聞き間違えるはずもない、艶のある低い声が聞こえたからだ。

だがそれは、ここには居ないはずの人の声で――。

暗闇に向かって、恐る恐ると呼びかける。

「ルキウス、様?」