軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 王女

第六演習場は、学校の地下にある魔術演習場だ。雨天でも使用できると同時に、機密性が高く、大事な大会前など周囲に伏せておきたい魔術を扱う際使用されるらしい。

「僕、普通に負けると思うんですけど。相手強すぎてゲロ吐きそうなんですけど」

「負けたら、奨学金半分没収ね」

「絶対必ずどんな手を使っても勝ちます」

負けられない理由ができてしまった。

僕にできることは限られているけれど、しかしエリスのためにも絶対に勝って、自分の価値を証明しないと。

「ルールは魔術協会が策定した公式魔術戦闘規則に則って行う。先に一定以上のダメージを受けた方が負け。この演習場には公式の大会と同じで、一定のダメージが入ったその時点で危険な怪我になる前に選手を転移させる安全装置がついてるから、安心して遠慮無く戦ってくれていい」

エメリさんは演習場の真ん中に立って言う。

「あと、負けた方には罰ゲームね。私のいうことをなんでも一つ聞いてもらう」

「なんですか、その僕ら損しかない追加ルール」

「こういうのあった方が盛り上がるかなって」

「私は構いません。勝つのは私ですから」

リナリー王女は強い口調で言う。

抗議できる空気でも無くなって、僕はため息を吐く。

絶対楽しんでるよ、エメリさん。

相手はSクラスに在籍するこの学院、頂点の一角。

僕なんかでは到底勝てるとは思えない、天才の中の天才。

しかし、僕にも負けられない理由がある。

「それじゃ、戦闘開始」

エメリさんの号令で、僕はこの学院に来て初めてまともに使える魔術式を展開した。

◇◇◇◇◇◇◇

side:第二王女、リナリー・エリザベート・アイオライト

アイオライト王国の第二王女として生まれたリナリーが、その卓越した才能を開花させるのに時間はかからなかった。

魔術を教える家庭教師は、その才能に王族という彼女の立場を忘れて指導に熱を燃やした。魔術が大好きだったリナリーはその鍛錬にのめり込むことになる。

それは同時に、周囲の自分に対する目への反発でもあった。

王位継承権で劣るリナリーに対し、周囲は政略結婚の道具となることを期待した。類い希なまでに恵まれた容姿も、それを助長する。

金糸のように美しいプラチナブロンドの髪に、透き通ったサファイアブルーの瞳。

この子なら、どこの国の皇帝だって気に入るに違いない。

そんな評価をされるたび、リナリーは歯噛みせずにはいられない。

(道具になんて絶対にならない。自分の道は、私が自分で決める。勝ち取る)

そんなリナリーにとって、エメリ・ド・グラッフェンリートは憧れの対象だった。

何をしても許される圧倒的才能。それは、リナリーがどんな手を使っても手に入れたいと欲しているものだった。

(エメリ先生に教わることができれば、私もそんな特別な存在になれるかも知れない。自由に、誰に縛られることもなく生きられるかも知れない)

しかし、そこからが挫折の連続だった。

どれだけ準備して望んでも、返ってくるのは不合格の通知。そのたびに、自分の無力さを痛感させられた。エメリ研究室の合格者は誰もいないから仕方ない。そんな声も、慰めにはならなかった。

(私は特別にならないといけないのに)

そんな彼女にとって、突如やって来た転校生は最初から怒りの対象に他ならなかった。

先生が連れてきたお気に入りらしい彼は、一般の生徒では話すことさえ許されないエメリ先生と、長時間話し込んでいるという。

どうして、自分ではなくこんな冴えない男子生徒なのか。

先生のような格段の才能があるならわかる。しかし、彼はどう見ても出来損ないだった。少なくとも、彼女が知っている魔術の世界では彼が評価されるなんてありえない。

単純にお気に入りということなんだろうか。

そんなの、絶対に許せない。

(あんな男子、大嫌いだ)

だから、成り行きでその男子と魔術戦をすることになったのはリナリーにとって幸運だった。

彼女が学院でトップに位置する一人であることは自他ともに認める明白な事実。同い年以下の相手には負けたことが無いし、負ける予定もない。

増して、相手は中等部レベルの魔術さえ満足に使えないのだ。

「それじゃ、戦闘開始」

エメリ先生の号令で、リナリーは魔術式を展開する。

「悪いけど、一気に決めさせてもらうから」

それはリナリーが使える四属性の中でも、最も得意とする電撃系の魔術。

彼女が学院の『雷帝』と呼ばれる所以になった魔術だ。

放たれたのは超速の一撃。六大原質の中で最速を誇る電撃系の魔術をかわすのは、人間には不可能。

対抗策は、魔術障壁を張るしかない。

(もっとも、この男子にそれが使えないのは知ってるんだけど)

稲光が走る。

一瞬にして、六つの雷が竜のように疾駆し四方からアーヴィスを射貫く。

砕け散る演習場の床。

その威力は、第四位階級。

生身の人間に耐えられる域などとうに超えている。

立ち上る煙と、何かが焼ける匂い。

演習場の床には、黒く焦げた跡がはしっている。

(あっけなかったわね。もっと、撃たせないよういろいろしてくると思ってたのに)

悪寒が走ったのはその瞬間だった。

反射的に身をかわす。拳がリナリーの頬をかすめる。そこにいた少年の姿に彼女は絶句することになった。

(嘘!? あの一撃をかわしたというの!?)

雷撃の速さは音速を優に超えている。人間がかわせるはずがない。

しかし、事実として彼はあの一撃を突破し、リナリーの懐に潜り込んでいる。

(ぐ……でも、接近戦は私の得意分野。間合いを詰めれば勝てると思ったのなら大間違いよ)

リナリーには、護身術の心得がある。警護をつけず一人で学校に通う許可を得るために習得したこの技能は、近距離での戦闘において大きなアドバンテージとなっていた。

魔術師は基本的に、体術を重点的に鍛えることをしない。それは魔術の正道からは外れていると見なされている。

つまるところ、リナリーの体術は魔術師のそれとしては、非常に高度。その上、彼女には一撃で勝負を決められる超速の雷系魔術もある。

(負けるはずがない。この距離なら、私はエメリ先生とだって戦える自信があるんだから)

目にも留まらぬ速さで拳と雷撃が交わされる。

互角の攻防はしかし、長くは続かなかった。

(なんで!? なんでこんなに速いの!? ありえない……!!)

リナリーにとって予想外だったのは、その異常なまでの速さだった。

常人の二倍、下手すると三倍近い速さで身をかわし、拳を放ってくる。

身体能力を強化する魔術だろうか。

いや、ここまでの速さはいくらなんでもでたらめだ。

筋肉と神経をどれだけ強化しても、人間ができる動きだとは思えない。

(……エメリ先生が認めるだけのことはあるということね)

既にリナリーは、目の前の少年を互角以上の敵と見なしていた。

なるほど、先生の言うとおりだ。

しかし、彼女にだって負けられない理由がある。

自由になるために、エメリ先生に魔術を教わりたい。

これは、絶対に勝たなければならない戦いなのだ。

そして、勝利を手にするための、誰にも見せていない奥の手を彼女は隠し持っていた。

リナリーがアーヴィスの連撃にバランスを崩す。目の前の勝利をつかみ取ろうと踏み込んだアーヴィスは、それが誘いの隙であることに気づかなかった。

リナリーの手に握られていたのはミスリル製の弾丸。

プラズマ化して消し飛ぶ寸前までありったけの電流をその周囲に流し、ローレンツ力により一気に放つ。

「電磁加速砲――!!」

瞬間、ミスリル製の弾丸は音速の六倍の速度で飛翔して、地下演習場の魔術障壁を蒸発させる。

爆発のあと、そこに残っていたのは巨大な大穴。

ミスリル製の弾丸は地下の岩盤を大穴を開けてえぐり抜いていた。

安全装置が付けられた演習場でなければまず使えない対軍級、対城級の大魔術。

人間が使うことのできる最高位。第七位階に認定されてもおかしくない。

(やった! 勝った)

リナリーは着弾と勝利を確信する。発射の時点で対象との距離は三フィート。

たしかに彼の身体に照準を向け弾丸を放ったことをリナリーは確認している。

超音速の弾丸をかわすなど、それこそ人間には不可能。

たとえ回避行動に移れていたとしても、かすっただけで身体が蒸発する威力の一撃だ。

しかし、起き上がったリナリーは目の前の光景に愕然とした。

(なん……で……)

たしかにあてたはずなのに、事実としてアーヴィスという名の彼はその一撃をかわしていた。

そんなの、瞬間移動か、それこそ時間を止めでもしない限りありえないはずなのに。

あるいは、彼はそれに匹敵する高度な魔術の使い手ということだろうか。

すべての魔力を込めた一撃をかわされて、リナリーは空を仰いだ。

「負けたわ。あなたの勝ちよ」

戦いは静かに決着した。