軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 彼女

戦いには勝てたようなのだけど、僕の心にあるのは驚きだけだった。

Sクラスの学生ってあんなの撃てるの?

人間が撃っていい威力じゃ無かったよ、ねえ。

時間止められて良かった、と心から思う。

安全装置はあるとは言え、あんなの直撃したらトラウマだ。

Sクラス生やべえ、超こええ……。

「ありがとう。良い経験ができたわ。自分がまだまだだって知ることができた」

リナリー王女は、憑き物が落ちたみたいな顔で僕に握手を求めてきたけど、僕は化け物を相手にしてるみたいな気持ちでおっかなびっくり手を出すことしかできなかった。

不意打ちであのやばいの撃ってこないよな、あんなのもう絶対相手したくないぞ……。

「もっと強くなって、来年は絶対に合格するから。そのときは一緒にエメリ先生の授業を受けましょう」

……あれ? 結構良い子っぽい?

王女様なのに、貧しい民な僕のこともちゃんとリスペクトしてくれてる感じあるし。

そりゃモテるのもうなずける。誰にでも分け隔て無く接してくれる子は僕も良いなと思うし。

「いや、私は君のことを正しく評価できていなかったかもしれない」

言ったのはエメリさんだった。

「教科書の魔術は使えても、自分独自の魔術への創造性には欠けると思っていたが、最後のあれはとても興味深い魔術だった」

「あ、ありがとうございます」

驚いた様子のリナリー王女。

尊敬する先生に褒められたことがうれしいのだろう。

「あの一撃が撃てるなら、君にも個人的に指導していきたいと思うんだけどどうだろう」

「いいんですか!?」

「うん。もちろん、君が望むなら、だけど」

「お願いします。私、先生に魔術を教わりたいです」

リナリー王女は前のめりになって言った。

「そっか。じゃあ、よろしく」

「やった……!! エメリ先生の授業が受けられるなんて……!!」

拳を握るリナリー王女。

特別うれしそうなその姿に、他人事ながらよかったなぁ、と思う。

「あ、そういえば負けた方には罰ゲームという話だったね」

不意にエメリさんはそう言った。

「そうですね。私が負けたのは事実です。どんなことでも、先生がおっしゃるなら受け入れます」

「そうだね、ならこうしよう」

エメリさんはにっこりと笑って言った。

「これから一ヶ月、アーヴィスくんとリナリーさんは彼氏彼女として付き合うように」

「「…………はい?」」

あっけにとられた声が、シンクロした。

「王女を護衛するなら、自然と近くにいられる関係の方が都合が良いだろう?」

あとで二人きりのときに聞いたエメリさんの言葉は、たしかに理屈の上では合理性のあるものだったけれど。しかしだからと言っていきなり彼氏彼女になれと言うのは、教師としてかなり問題ある発言だと言わざるを得ない。

相手は王女様だぞ。毎日もやし生活の僕と釣り合うわけが無いし、そもそもそんなことしたら、家の人たちが激怒して大問題になるに違いない。

「あー、大丈夫大丈夫。私は存在が治外法権だからね」

エメリ先生は簡単に言ったけど、僕はそんな滅茶苦茶通るわけがないと思っていて、

「おはよう。迎えに来たわよ。一ヶ月恋人を演じるなら、一緒に登校した方がいいと思って」

だから王女様が「よっ、やってる?」みたいなノリで訪ねてきたときには心臓が飛び出しそうになった。

「正気?」

「私は負けた身だもの。なんでも構わないと言った以上、できる限りのことはする。約束は守るのが私の主義だから」

「でも、王女の立場とか」

「政略結婚の道具にしようとしてた連中は怒るでしょうね。どうでもいいわ。誰が何と言おうと私は自分が進みたい道を進むから」

完全に覚悟は決まっているらしい。

王女様が想像の二十倍くらい、意志強くて僕びっくり。

「それに、毎日告白されるのもいい加減うっとうしかったしね。ちょうどよかったわ。これで、もっと魔術に集中できる」

小さく拳を握ってリナリー王女は言った。

「貴方には申し訳ないけどね。良い意味でも悪い意味でも目立つことになるし。何より、私は貴方のこと異性として好きなわけじゃないから。と言っても、アーヴィスくんがダメというわけじゃ無いのよ。私は誰のことも好きにならないってだけ。恋なんてただの気の迷い、精神病の一種だと思ってるから」

「別に構わないよ。僕も、王女様のこと好きなわけじゃ無いし。というか、よく知らないし」

「ならよかった。これから一ヶ月よろしくね」

にっと目を細める王女様。

「それじゃ、早速呼び方から変えていきましょうか」

「呼び方?」

「恋人なのに、アーヴィスくん、リナリーさんじゃおかしいでしょ?」

「じゃあ、どう呼べば良い?」

「リナリー」

「……いきなり名前呼び捨てはハードル高いんだけど」

容姿に恵まれてる王女様と違って、僕は男友達とばかり話してたから、そもそも女子と話した経験自体乏しい。

「あれ、照れてる?」

形の良い青い目がいたずらっぽく細められる。

「冷めてそうな顔してるのに、結構かわいいとこあるのね。ほら、言ってみてよ。リナリーって」

「ぐ……」

「ふふっ、そんなに恥ずかしい?」

新しいおもちゃ見つけたみたいな顔しやがって。

そんな風に言ってくるのなら、僕だって意地がある。

「わかったよ。リナリー」

「…………」

リナリーは少しの間何も言わなかった。

びっくりしたみたいに目をぱちぱちして固まっている。

やがて、気恥ずかしげに視線を逸らして言った。

「け、結構照れるわね、これ」

少し俯けられたその顔はほんのり赤く染まっている。

「アーヴィスくん、リナリーさんでいきましょう。それがいいわ」

からかってくる割に、防御力は低めな王女様だった。

リナリー・エリザベート・アイオライト王女に恋人ができた。

そのニュースは瞬く間に学院内を駆け回った。

毎日のように告白される学院一の有名人。

やっかみによる嫌がらせもある程度覚悟していたのだけど、意外なことにクラスメイトの反応は好意的だった。

「Fクラス生なのに、あのリナリー王女を射止めるなんて! やっぱりあきらめなければ奇跡って起きるもんなんだね!」

Fクラスの生徒たちは「よくやった! 感動した!」的な感じで僕の肩を叩いてくれたし、

「私、Fクラス生なのにBクラスの男子を好きになっちゃってて。ど、どうしたらいいですかね?」

なぜか恋愛のプロフェッショナルみたいな評判が立って、休み時間には相談者が列を作るようになった。

……僕、恋愛経験ないし男女交際とかまったくわかんないんだけど。

多分君たちの方がまだ詳しいと思うんだけど。

しかし、恋人という関係を演じている以上、そんな本音を口にするわけにはいかない。

「勇気を出して一歩踏み出すのです。うまくいかないかもしれません。しかし、その経験は必ずあなたを強くしてくれることでしょう」

「ありがとうございます恋愛大明神様!」

そんな感じで、なんとか午前の授業をやり過ごして昼休み。

お金が入ったので今日は弁当を豪勢にしたんだよね!

弁当を開くと、そこに広がるのは山盛りのもやし。その量、なんと以前の二倍! 今までの二倍のもやしを一食で食べてしまうのだ。

なんという贅沢……!! 神をも恐れぬ所行……!!

遂に僕も、こんな豪華なお弁当が食べられるようになったぞ……!!

達成感を噛みしめていたそのときだった。

廊下から歓声が聞こえてくる。それも、ただの歓声じゃない。何かが爆発したかのようなすさまじい歓声だった。

「アーヴィスですか!? はい、この教室です!」

野次馬の人だかりが、二つに割れる。海を裂いた予言者みたいに現れたのは、一人の少女――リナリー・エリザベート・アイオライトだった。

「お昼一緒に食べましょ。天気良いし屋上とかいいんじゃないかしら」

群衆の視線が集まる中、僕に断る選択肢なんてあるはずがない。

屋上のベンチに並んで座る。

リナリーさんが、目を見開いたのは僕が食べかけの弁当を開いたときだった。

「い、一体何なのそのお弁当……」

「ふっふっふ。いいだろう? 特盛りもやし弁当だ。塩こしょうで味付けしたもやしを隅々まで詰め込むことで、高い満足度と栄養価、そしてコストパフォーマンスを同時に実現している」

「もやし一品目で取れる栄養価には偏りしかないと思うけど」

「ああ、おいしい! もやし最高!」

もやしを口いっぱい頬張って幸せに浸る。

お腹いっぱい食べられるなんて、以前では考えられなかったからな。

「もっと他のものも食べるべきだから、絶対」

「他の食材買うとそれだけ金かかるからね。もやしは家で無限に栽培できるし」

「それくらいのお金はあるじゃない。うちに通ってるなら、奨学金は結構な額がもらえるでしょ?」

「貯金できる内に貯金しとかないと何が起きるかわからないからさ。エリスの薬は毎週絶対に買わないといけないし、目を治す手術費も貯めたいし」

「薬? 手術?」

エリスのことを話すと、リナリーさんは真面目な顔で言った。

「そっか、なかなか大変なんだ。がんばってるのね、アーヴィスくん」

「たった一人の妹だからさ。できることはしたいんだ。それだけ」

「私も、何か協力できることがあればいいんだけど」

「じゃあ、この全財産を譲渡する旨を書いた契約書にサインを」

「欲深すぎる」

冗談にリナリーさんが笑ってくれて、僕は結構うれしかった。

「大丈夫。僕は一人でやってこれてるからさ。これからも、一人でやっていける」

「あんまり抱え込んじゃダメよ。困ったら言って。私もそれなりに自由に使えるお金は持ってるから、ある程度のことはできると思うし」

なかなかいい人らしいリナリーさんだった。

困ったときは頼らせてもらおうと思う。もちろん、そうならないようできる限り努力するのが僕の仕事なんだけど。

「とりあえず、はい」

「え?」

「お弁当のおかず分けてあげるから」

「め、女神か何か?」

「友達がもやしだけのお弁当食べてたら、誰でもこれくらいするでしょ」

リナリーさんは子供に注意するみたいに続けた。

「いい? 妹さんが大事なのはわかるけど、自分のごはんもちゃんと食べること。成長期なんだから。魔術師は身体が資本なのよ。わかった?」

誰かにそんな風に言われるのは初めてだった。

内心僕は少しびっくりしている。

「でも、なるべく生活レベルは上げたくないというか。早い段階でできるだけ多く貯金しておきたいし」

「むむ……なかなか強情ね」

リナリーさんは言う。

「そこまで言うなら、私も考えがあるわ。絶対にまともなお昼ごはん食べてもらうから。覚悟してなさい」