軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78 蒼穹の天文台

「あらーっ!? 時使いくんだわ! 決勝でえぐいの撃った第二王女ちゃんまでいる! なになに!? なにしにきたの!?」

それは花咲く乙女みたいなテンションの男性の声だった。

丈のあってない女物の白衣。

二メートル近い身長、全身鋼のような筋肉で覆われた身体。

分厚く塗られた口紅とアイライン。

「ねえねえ、二人ともお姉さんとお茶しましょ! 予定なんてないわよね! ねえ、あたしは二人とお話がしたいの!」

「…………」

な、なんかいろいろすごいんだけど。

リナリーさんなんて直立不動のまま目をぱちぱちさせてるし。

そりゃそうだと思う。

筋肉ゴリゴリの身長二メートルな女装男性なんて街中で見かけても多分六度見くらいするし。

しかし、僕らの驚きには他にも理由があった。

この場所が王立魔術大学に六つある六賢人が住む特別区画の一つ、『蒼穹の天文台』であり、

目の前のこの女装男性――いや、彼の気持ちを考えてここは女性と称することにしよう――が、六賢人蒼の座にして王国一の現代魔術博士。

ウォルター・フォン・ブラウンだったから。

「え、エメリ先生……? 外で調べた資料ではただ大柄で筋肉質な男性だったと思うんですけど」

「対外的にはそうなってるんだよ。ミス・ウォルターがそちらの道に目覚めたのは六賢人になってからだから」

「そ、そうなんですね」

衝撃が収まらない僕らをよそに、

「やばい本物だわ! 感動しちゃう!」

ミス・ウォルターは言う。

「ねえねえ、サインもらって良い?」

おや?

変わってるけど見る目はしっかりしてるらしい。

最強無敵天才魔術学生な僕の才能を正しく評価するとは。

「ほう。さすが良いセンスをしてますね。もちろんです」

「やった!」

ミス・ウォルターが差しだした色紙に、僕はすらすらとサインを書く。

「あらあら、個性的なサインね!」

「ええ。彗星のごとく現れた暫定宇宙一賢くかっこいい未踏魔術使いの天才魔術師が僕ですからね」

「やっぱり新しい魔術使える天才くんは違うわ! ほらほら、第二王女ちゃんもお願い!」

「は、はい……」

呆然としつつも、色紙にサインを書くリナリーさん。

「落ち着いてください。二人ともびっくりしてますから」

エメリ先生が言った。

「え? でも時使いくんはもう順応してるっぽいけど」

「彼は特殊なので」

特殊らしかった。

おかしいな。僕ほど普通の人間もいないと思うのに。

「あ、もしかして嫉妬? エメリちゃんもサインねだって欲しかった? でもダメよ。もうエメリちゃんのサインはたくさんもらってるし。何より、時代は先に進んでるの! あたしが愛してるのは新しい魔術だけ! 研究者たるもの常に時代の最先端を行かないといけないのよ!」

「ミス・ウォルターは単に新しいもの好きなだけですよね」

「そうとも言うわ!」

わっはっは! と仁王立ちで笑うミス・ウォルター。

「じゃあじゃあ早速、奥の部屋へ来て。食べたいものない? ケーキでも何でも出すわよ?」

「今日ミス・ウォルターを訪ねたのは、お話したいことがあっただけでケーキを食べに来たわけではないのですが」

エメリ先生が言った。

「拒否するわ。あたしは忙しいの。ピラティスと星占いと今朝発表された論文を読まないといけないから」

「この二人は私の研究室に所属しています。私が指示をすれば、二人をミス・ウォルターの研究に協力させることもできますけど」

「ピラティスも星占いも論文もどうでもいいわ! 新魔術! 新魔術見せて!」

「二人とも、ミス・ウォルターに魔術を見せるように」

「やったわ、二人の魔術が見られるなんて……!! ほら、こっち! 早くこっち来て二人とも!」

こうして、僕とリナリーさんはミス・ウォルターに魔術を見せることになった。

「すごいわ! 本当に魔術で時間を操作できてる! 興味深い、すごく興味深い! あっ! 今のもう一回お願いして良い?」

「やれやれ、しょうがないですね。特別ですよ?」

『蒼穹の天文台』の実験用演習場。

たくさん褒められて僕は上機嫌だった。

やばい、めっちゃ気持ちいい。

「ミス・ウォルター、今のはまだ初歩の魔術ですから」

「誰にもできなかったことには変わりないもの! あたしはすべての新しさに平等に敬意を払ってるから」

言われるがまま、魔術を披露する。

「この魔術作用の強さ。物の固有時間を巻き戻して物体を修理するなんて魔術も使えそうね」

「あ、それ今練習してるんですけどうまくできなくて」

未踏魔術書を解読しておおよその方法はわかってるんだけど、感覚的なところがいまいちつかめないんだよね。

もしかしたらエリスの呪いもこの魔術で治せるかもしれないってかなり気合い入れて挑戦している今日この頃の僕だった。

とはいえ、未踏魔術書には一週間までしか巻き戻せないって書いてたから望み薄ではあるんだけどさ。

「うーん、新しい魔術の感覚って難しいから。あたしの場合は、違うやり方を何通りも何通りも試して、あきらめかけたその先にようやくできることが多いかしら」

「あー、その感覚はわかります」

最初に時間属性魔術を使えるようになったときの僕はそんな状態だったっけ。

「へえ、若いのにえらいわね。そう、新しいアイデアっていうのは挑戦して何度も失敗して。それでもあきらめず泥臭く探してようやく見つけられるもの。だからこそ、あたしは新しさに敬意を払ってるんだけどね」

ミス・ウォルターは微笑んで言う。

「新魔術できたら見せてね。すごく楽しみにしてるから」

そんな感じで気持ちいい時間を終え、満足しつつ実験用演習場から戻る僕。

「リナリー・アイオライトです。よろしくお願いします」

次は、リナリーさんの番。

その表情は見るからに固かった。

緊張している。

そうだ、リナリーさん今スランプなんだ。

他の人でも使える魔術は使えても、自分にしか使えない高難易度な魔術は使えないはずで……。

「 電磁反物質粒子砲(フルライトニングバースト) 」

リナリーさんは手をかざす。

しかし、悲しいくらいに何も起こらなかった。

「す、すみません! もう一度お願いします!」

「いいのいいの、難しいのはわかってるから。それより、リナちゃん今ちょっと調子悪い?」

「……そうですね。少しだけ」

「わかるわ。ああいうの撃った後って調子崩すのよね。偶然できた自分の一番良いイメージを追いかけちゃって、結果本来の自分を見失っちゃうというか。大丈夫、それは後退じゃなくて前進よ。リナちゃんがもっと前に進むために必要な工程だから。安心して」

やさしい声で言うミス・ウォルター。

「それに、調子悪くてもリナちゃんは天才だから。失敗の仕方がすごくいいのよね。前に進もうって強い意思を感じる。むしろもっと失敗してくれていいのよ? あたし失敗の仕方見てるだけですごいなって感心してるから」

「あ、ありがとうございます」

その言葉で、リナリーさんは少し落ち着いたみたいだった。

術式の精度が上がっていく。

決勝のときに比べれば見劣りするものだったけど、ここ最近の中では一番良くなっているように見えた。

「良い! 今のすごく良いわ! やっぱり天才ね! この調子だと最年少六賢人も十分狙えるんじゃないかしら!」

褒められて、リナリーさんの瞳が輝く。

術式の精度がさらに上がる。

「もしかして、あれって」

僕の言葉に、エメリさんはうなずいた。

「そう。ミス・ウォルターは褒め上手でね。有望な学生を見つけては、ああやってその気にさせて新しい魔術にどんどん挑戦させるのが好きなんだ」

「珍しいですね。魔術師ってみんな自己中なのに」

「いや、あれも完全に自分のためだけどね。でも、六賢人の中では多分学生に一番好かれてるんじゃないかな。あの指導のおかげで才能が開花した人も多いから」

良い人だな、と思った。

めっちゃ褒めてくれるし。

「エメリさん、僕ミス・ウォルターの弟子になろうと思います。今までありがとうございました」

「残念だなぁ。折角、妹さんのために王都一評判の良い初等魔術学校に入学できる枠を確保したのに」

「一生ついていきます師匠」

繰り返し魔術を放つリナリーさんを見守る。

その状態は、最初の頃に比べずっと良くなっている。

「今日はこの辺にしときましょう。よかったらまた明日も来て! 明日はきっと決勝以上の撃てると思うわよ! リナちゃんは大天才だから!」

ミス・ウォルターはにっこり笑って言った。

「ミス・ウォルター、それで本題なんですけど」

エメリ先生が切り出す。

「訳ありって顔ね。話は教授室で聞くわ。そういう類いの話でしょう?」

「話が早くて助かります」

そして移動した教授室。

エメリ先生の説明にミス・ウォルターはうなずいた。

「なるほど。六賢人の中に人魔大戦で生き残った悪魔がいる……と」

「はい。 全国魔術大会(ヴァルプルギスナハト) 閉会式で起きた事件も間違いなくその者の手に因るものではないかと」

「にわかには信じられない話だわ。でも、言われてみれば筋は通ってる。ウェンブリーは百年前に六賢人が設計して作ったフィールドだから。六賢人なら堂々と魔法陣を仕込むことができる」

「主導していたのは誰かわかりませんか?」

「うーん、さっぱり。あたしフランちゃんと一緒でその後に六賢人に昇格した人だから。当時からいる四人とはあまり交流も無いのよ」

習得した技術で自身の寿命を伸ばすというのは六賢人になるための一つの条件だ。

フランチェスカさんとミス・ウォルター以外の四人は、皆ウェンブリーができた時期から六賢人だった熟練の凄腕たち。

年齢だけで容疑者を絞れるのはここまでということになる。

もちろん、その年齢にも偽装されている可能性があるから、フランチェスカさんとミス・ウォルターも容疑者の一人ではあるのだけど。

「残りの六賢人四人に会うことはできますか?」

エメリ先生の言葉に、ミス・ウォルターは思案げに首を傾ける。

「会うのは難しいと思うわ。フランちゃんもそうだけど皆さんなかなか外に出ようとしないから。自分のすべての時間を研究に注いでる人たちだからね。あたしもそうだけど」

「ただ、ここに呼び出した以上何か目的はあるだろうと思うんです」

「そうね。仕掛けてくるのは間違いないわ。でも、貴方たちの側からどうこうするのは不可能よ。残りの四人が住む特別区画は、内容が上の領域にいきすぎて共同研究してる人がいない分、より厳重な警備態勢が整えられてる。侵入者には二十体の高位ゴーレムが、自動的に迎撃するよう設定されているの。騒ぎにならずにあれを突破するなんてまず不可能よ」

ミス・ウォルターは苦々しげな顔で言った。

「なかなか難しい状況ね。一体どうしたものかしら」

真夜中、エリスが眠ったのを確認してから僕は戦闘用スーツを装着し、仮面をつける。

寮を抜け出し、向かうは王立魔術大学。

『状況はどうだ』

『すべて順調です、000(ゼロ)様。敷地内にはP4の地点から入ってください。中央区画警備室に侵入、魔術障壁を改変し、セキュリティホールを作ってあります』

『わかった』

言われた通り、P4の地点から中へ。

『お待ちしておりました、000(ゼロ)様』

三十九騎の 黒仮面騎士(ナイトオブラウンズ) たちが、僕を迎える。

「六賢人の特別区画へ侵入する」

僕は告げる。

「――状況開始」