軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77 洋館

「既にこの場所は敵地だ。そう考えておいた方がいい。まずは信頼できる味方に渡りをつける」

慣れた様子で先を歩くエメリ先生。

王立魔術大学は先生の母校に当たる。

「味方?」

「うん。一応私の師匠にあたる人になるかな」

「師匠の師匠……つまり大師匠ですね」

ふむふむ、とわかったような相づちを打つ僕。

「エメリ先生にも師匠に当たる方がいるんですね」

驚いた様子のリナリーさん。

「うん。正直あまり会いたくはないけど、状況が状況だしね」

嫌そうなエメリさん。

三十九ある施設の一つ、そこは洋館のような建物だった。

古びた建物には、どこか不気味な雰囲気がある。

縦横無尽に伸びた蔦は、まるでうち捨てられた廃墟のよう。

庭には食虫植物が寄ってきた蝶を捕食していた。

「なんですか、この他と全然雰囲気違ういかにも怪しい施設」

「こういうの好きなんだよ、あの人」

不気味な食虫植物に謎の威圧感を感じつつ、庭を抜けて建物の中へ。

外からの印象とは違って、内装は驚くほど綺麗だった。あんな外観でもやっぱり現役で使われている大学の施設らしい。

「中はちゃんとしてるんですね」

「まあ、腐ってもこの国最高学府の施設だからね」

嫌そうな顔で言うエメリさん。

事情は知らないけど、本当にお師匠さんに会いたくないらしい。

勝手知ったる様子で洋館を奥へ進むエメリさん。

階段を上り、最奥にある部屋の前でエメリさんはため息をついた。

「相変わらずだな。君、その扉開けて良いよ」

「僕が開けるんですか?」

首をかしげつつ扉の前へ。

「ノックした方が良いですよね?」

「いや、しなくていいよ。どうせ聞こえないし」

「……なんで近づいてこないんですか」

エメリ先生すごい遠いんだけど。

なんかめちゃくちゃ警戒してるんだけど。

「気のせいじゃないかな。別に普通だけど」

「いや、明らかに警戒してますよね」

「だからしてないって。あ、君もっと離れておいた方が良いよ」

先生はリナリーさんに手で指示をする。

絶対これ何か起きるやつじゃん。

やばい魔術トラップとかあるやつじゃん。

「不公平です。これはパワハラです。現代社会ではあってはならない行為。先生も生徒も関係なく同じ人間として、こういう危険な行為の担当は公平な方法で決めるべきだと思うんですよ」

「一万アイオライトあげるから」

「仕方ありませんね。世界一優秀な愛弟子であるところの僕が、尊敬する先生のために扉を開けてあげましょう」

一応ノックをしてから、恐る恐る扉を開ける。

扉が弾け飛ぶように開いたのはそのときだった。

中から無数の何かが濁流のように僕に降りかかる。

咄嗟に魔術を起動させた。

『 時を加速させる魔術(クロック・アクセル) 』

瞬間、僕以外のすべてがスローモーションになる。

濁流からすっと身をかわしつつ距離を取る。

部屋からあふれだしたのは、革張りの直方体の物体――魔術書だった。

鈍器のように分厚い魔術書が廊下一面に転がり散らばる。

埃が舞って、辺りを白く濁らせる。

「また増えてる……」

ため息をついて言うエメリさん。

「私の眠りを妨げるのは誰だ。殺すぞ」

奥から聞こえてきたのは少女の低い声だった。

無理矢理起こされたとき特有の殺意に満ちた声。

エメリ先生はやれやれ、と首を振って言った。

「もう十時過ぎてますよ。一般的には起きるべき時間です」

「知らん。ここでは私がルールだ。私が眠りたいときに眠るし、起きたいときに起きる。たとえ神だろうが私は指図を受けん」

「相変わらず社会不適合してますね、師匠」

「社会の方が私に合わせないのが悪い。ったく。また掃除をしないといけないではないか」

散らばった本が青白く発光する。

そして起きたのは、ポルターガイストのような現象だった。

触れていないのに本が勝手に浮き上がり部屋の中に戻っていく。

「ただ部屋の中に押し込むことを掃除とは言いませんよ、一般的に」

「私が掃除と言えばそれは掃除なのだよ、エメリくん」

押し込まれた扉に本の山。

その上の方に空いた小さな隙間から、背が低い初等学校に通ってそうな少女が面倒そうな様子で顔を出す。

「弟子なら訪問する時間くらい考えろ。そういうとこだぞ」

「前に来たときは、この時間に来るよう言われましたけどね。昼以降は寝てるからって」

「私の睡眠周期はいつも移り変わってるからな。お前が合わせるべきだ」

「外部に情報一切出ないのにどう合わせろって言うんですか」

肩をすくめるエメリ先生。

なるほど、師匠の師匠はエメリさん以上の社会不適合者らしい。

類は友を呼ぶと言うことだろうか。あるいは同じ穴のムジナか。

そう言えばムジナって何なんだろう、と思っていると隣でリナリーさんが絞り出すような声で言った。

「フランチェスカ・ロールシャッハ、本物だ……」

その一言で僕はようやく気づく。

そこにいたのは、六賢人緑の座にして王国一の魔術薬学者。

この国で現在使われている薬の八割を発明した大研究者、フランチェスカ・ロールシャッハだった。

「で、エメリよ。この私の眠りを妨げたのだ。相応の覚悟はできてるのだろうな」

フランチェスカさんは殺意の籠もった目でエメリさんを見上げる。

子供のように身長が低く、ゴシックロリータなドレスに身を包んだその姿でなお威圧感があるのは積み上げた実績と名声ゆえだろうか。

「だから仕方ないじゃないですか。師匠挨拶来なかったら来なかったで拗ねますし」

「拗ねてはない。ただ礼儀がなってないと言いたいだけだ。最近は年賀状もクリスマスカードもバースデーカードも寄こさぬし」

「出しても師匠返さないんでおあいこじゃないですか」

「弟子ならそれくらいするのが礼儀ではないか! 誕生日当日、来ないとは思いつつも少しだけ期待していたバースデーカードが一件も来なかった者の気持ちがお前にはわかるか!」

「自分も出すようにすれば相手も送ってくれるようになると思いますよ」

「断る。なんで私がそんな面倒なことをせねばならん」

「この人は……」

やれやれ、と首を振るエメリさん。

「エメリ先生、六賢人の人と知り合いだったんですか」

「うん。外では関わりが無いということにしておくのが規則でね。知られると学内の研究を狙う何者かに襲われる可能性もあるから」

研究成果の保護は本当に厳重に行われているらしい。

すごい人なんだよな、と改めてフランチェスカさんを見つめる。

彼女の名前は僕も知っていた。

エリスの薬について調べたときに載っていたから。

使う薬使う薬全部フランチェスカ・ロールシャッハでびっくりしたんだよね。

図書館調べによると、フランチェスカさんは自身の磨き上げた魔術薬技術によって常人より長い寿命を手に入れてるらしい。

経歴を見るに、エメリ先生よりずっと年上なんだよな、たしか。

見た目は子供なのに。

「おい、貴様。今私に対して失礼なことを考えはしなかったか?」

エメラルドグリーンの瞳が、僕をにらみ付ける。

「いえ、考えてないですけど」

「嘘だ。それは私のことを低身長とか子供みたいとかわがままな子供じゃんとか思ってる目だ」

「…………」

鋭い。

ってか、ちゃんと自分で自覚してるんだそれ。

「いえいえ、思ってないですから」

「年増とかその年でロリータは痛いとか老害なんて風にも思ってないだろうな」

下すぎても上すぎてもダメらしい。

年齢の話ってデリケート。

「思ってないです。若くて大人で美人さんだなって感心してました」

「若くて大人で美人……」

フランチェスカさんは驚いた様子で言う。

「おい、エメリ。誰だこの物事の本質を見抜く優れた目を持った若者は」

ちょろかった。

師匠の師匠大分ちょろかった。

「師匠……」

ため息をつくエメリさん。

「師匠達が呼び出したんでしょう。未踏魔術である時属性魔術の使い手で、 全国魔術大会(ヴァルプルギスナハト) で活躍したアーヴィスですよ。こっちは決勝で第七位階魔術を放ったリナリー」

「ああ、決勝で活躍した二人か。そう言えばそんな感じの顔をしている気がする」

「もっと人の名前を覚える努力した方が良いと思いますよ」

「四年の卒業時にまだうちの助教授の顔を覚えてなかったお前にだけは言われたくない」

やっぱりなんだかんだ似ている二人だった。

エメリさんの自由で自己中な感じはこの人の影響なんだろうか。

いや、あの人のことだから根っからそういう人な気もするけど。

と、フランチェスカさんは怪訝そうな顔で言った。

「私たちが呼び出した? どういうことだ?」

「え?」

エメリさんは鞄から学院に届いた手紙を渡す。

フランチェスカさんはしばしの間真剣な顔で覗き込んでから言った。

「全員中に入れ。話がある」

フランチェスカさんの部屋に入るのは非常に困難な作業だった。

本の山と扉の間に空いたスペースは僕らが通れるほど広くは無く、一度本の山を半分ほどどけてから、本の山の上を上って部屋の中に入っていかないといけなかった。

部屋の中は足の踏み場が無いどころの話では無い。

分厚い本は、部屋の扉の上辺くらいの高さまで積もり積もっていて、大師匠はそこから天井までのささやかなスペースで生活しているみたいだった。

「相変わらず人として終わってる生活してますね師匠」

「結構快適だぞ? これくらいの広さの方が私は落ち着く。冷暖房も効きやすいし寝床も快適だしな」

部屋の一番奥にあるクッションとぬいぐるみが大量に置かれたスペースで眠っているらしかった。

なんかハムスターの寝床みたいと思ったけど、そんなこと言うと心証を損ねるのは目に見えているので黙っておく。

大師匠は、奥のクッションに腰掛けこほんと咳払いしてから言う。

「まず、最初にはっきり言っておく。私はこんな手紙に署名してないし存在も知らない」

「署名をしてない……?」

エメリさんは怪訝な顔で言う。

「でも、たしかにここに署名が」

「よく似せてある。六賢人の署名なんて見たことある人間は僅かだから気づかないのは無理もない。が、断言しても良い。私が見るにこの中に本人が書いた署名は一つも無い」

「じゃあ、六賢人以外の誰かが手紙を送ったということですか?」

「いや。裏で手を引いているのは六賢人の誰かだろう。ウェンブリーでの不愉快な出来事と言い、悪魔共と通じてる者がいるのは明白だ。お前たちをここに誘い込んで何かしようって魂胆なのは目に見えている」

「なるほど。理解が早くて助かります」

エメリさんはうなずく。

「師匠も協力していただけませんか? 誰が六賢人の中に潜む悪魔なのか特定したいんです。魔術の中枢で暗躍する悪魔を排除するために」

「断る」

大師匠はきっぱりと言った。

「私は研究を妨げるすべてのことが嫌いだ。他のことは一切やってこなかったし、今後やる気も無い」

「でも、悪魔を排除しないと大変なことになるかもしれないんですよ」

「所詮可能性の話だろう。なら、私にとっては今起きている問題の方がずっと重要だ」

「今起きている問題?」

何のことだろう、と首をかしげる僕にフランチェスカさんは言う。

「世界ではこうしている今も多くの人々が病で命を落としている。より良い薬があれば、あるいはより安価な薬があれば救えていたかもしれない命が、だ。本当に忌々しい。まるで私が力不足だと言っているかのようじゃないか。絶対にこのままでは終わらせない。私は私が他の連中とは違う本物の天才であることを証明してみせる」

自分に言い聞かせているみたいな言葉だった。

「そういうことなんだ。私は忙しい。協力者が欲しいなら他を当たってくれ」

「わかりました。まあ、大体こうなることはわかってたんですけどね」

エメリさんは肩をすくめて言う。

「それじゃ、この辺りで失礼します。お疲れ様でした、師匠」

「ああ」

僕らは本の山の上を這うように入り口へと戻る。

去り際、ぼそりとフランチェスカさんは言った。

「蒼の座。ウォルター・フォン・ブラウンを訪ねろ。あれは変わっているが悪い人間ではない。力になってくれるはずだ」

なんだかんだヒントをくれる、師匠の師匠はツンデレみたいだった。