軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45 夢

その日、僕は幸せいっぱいでいつもの日常を過ごしていた。

足取りは軽い。

いつもは何も思わない花壇の花も、やけに綺麗に見える。

たとえるなら、大好きな妹が僕への感謝と好きって気持ちを一生懸命歌にしてくれたその翌日みたいな感じだ。

そして、実際その通りなので、僕はそれはもうウキウキである。

ああ、エリスかわいかったなぁ。

兄様大好きだって……ふへへ。

見返りなんて求めてないつもりだけど、それでも一生懸命返そうとがんばってもらえると、心は元気百倍になる。

「おい、聞いたか。今朝のニュース」

ふわふわ上の空の僕に、近くの生徒の話し声が聞こえてくる。

「ああ。盗賊団のやつらが全員、刑務所の前で簀巻きにされてたんだろ?」

「王立警備隊が十年追って捕まえられなかったやつららしいぞ」

その日、王都は一つのニュースで持ちきりだった。

みんなが信じられないという顔で口にするのは、盗賊団を倒したという謎の組織の名前。

「黒の機関って一体何なんだろうな……」

「世界の闇を狩る漆黒って、メッセージが残されていたらしいぜ」

「ああ。しかも、めちゃくちゃ落としやすい水性塗料で描かれていたらしい」

「あとで処理する人にも配慮できるのかよ……何者なんだ……」

気遣いができるタイプの謎の組織らしい。

特殊な連中だな。

まあ、常識的で普通の人生を送っている僕には縁の無い存在だろう。

「なんなんですか、世界の闇を狩る漆黒って! 意味わかんないですよ!」

「私は漆黒に染まりたいのだ……!! 光の誘惑には決して負けぬ……!!」

「認めてください! 貴方はもう光の戦士です!」

「違う! まだだ! まだ違う! 絶対に違うんだ!」

教室では、ドランとクーベルが言い争いしている。

相変わらず仲良いなぁ、と思っていると、声をかけてきたのは一人の女生徒――ソニアさんだった。

「アーヴィスくん。その、ちょっといいかな」

背が高く、かっこいいタイプの彼女は、たしか夢小説? をテストの裏に書いてるやばいやつなんだっけ。

「何かな?」

「私、実は夢小説書くのが大好きなんだけど」

「うん。知ってる」

「今まではずっと二次元だったんだけど、最近アーヴィスくんのこともちょっといいなって。だから、アーヴィスくんを私の夢小説に出したいと思うんだけど、いいかな。ナマモノは迷惑をかける可能性があるから隠すべきっていうのが定説なんだけど、でも私テストの裏にも書くからどうせバレちゃうし。だから、あらかじめ許可を取っておこうって」

知らない用語が多くてよくわからなかったけど、僕のことを小説のキャラとして書きたいだけの話だよね。

特に断る理由もなかったのでうなずくと、ソニアさんは声を弾ませて言った。

「ありがとう! 絶対良い作品にするから!」

よろこんでくれてよかったなぁ、と思っていると、

「あ。あと、二年の先輩がアーヴィスくんのこと呼んでたよ」

どうやら、そっちが本題だったらしい。

再び廊下に出ると、待っていたのはクロエ先輩だった。

「少しいい? 次の試合のことで話があるんだけど」

廊下の窓際で、中庭の噴水を見ながら、クロエ先輩は言った。

「アーヴィスくんは、次の試合についてどう考えてる?」

「どう、とは?」

「勝てると思ってるかってこと」

よくわからない問いかけだった。

戦う前から勝てないと思って戦うのはおかしいと思うんだけど。

「もちろんです。勝機はあると思いますよ」

「そう。ならいいんだけど」

少しほっとした様子でクロエ先輩は言う。

「敵は、Aランク筆頭の聖アイレス女学院。フォイエルバッハを倒せるとしたらここだって言われてる全国二位の強豪校」

「たしかに、データと映像を見る限りかなりの強豪みたいですね」

「……実はね。去年の秋大会、私たちは聖アイレスと当たってるの」

言いづらそうに目を伏せてクロエ先輩は言った。

「結果はどうだったんですか?」

「完敗。一人も撃破できなかった」

深く、重いため息だった。

「正直、勝てるイメージが全然湧かないの。勝てるわけないって。自然とそんな風に思ってる自分がいる。負けると、フィオ先輩をウェンブリーに連れて行けないのに。一緒に戦える最後の試合になるかもしれないのに」

クロエ先輩は、僕の目を縋るように見て続ける。

「フィオ先輩をウェンブリーに連れて行きたい。ずっとがんばってきた先輩の夢を、叶えてあげたいの」

必死で、切実な言葉だった。

「もしうちが勝てる可能性があるとしたら、アーヴィスくんだと思うから。お願い、力を貸して」

放課後、一度家に帰ってエリスと夕食を食べてから、学校に戻る。

室内演習場の灯りはまだ点いている。

黙々と一人、基礎練習を続けるその人が誰なのか。

そんなことは、代表選手のチームメイトなら誰でも知っていることだった。

「フィオナ先輩。あんまりやりすぎても逆効果ですよ」

「あれ、アーヴィスくん? 忘れ物でもしたの?」

「いえ、先輩と少し話したいと思いまして」

「話? 何かな?」

首をかしげるフィオナ先輩。

「ウェンブリーフィールドってそんなにいいところなんですか? 先輩はそこで試合するのが夢って聞きましたけど」

もちろん、名前くらいは僕も知っている。

ワールドカップの決勝が行われたこともある、世界屈指の設備と伝統を誇るフィールドにして、アイオライト王国魔術戦の聖地。

しかし、 全国魔術大会(ヴァルプルギスナハト) について熱心に見ていなかった僕には、いまいちピンとこないところでもある。

「どうしてそれを?」

「クロエ先輩から聞きました」

「そういうことか……あの子はわたしのこととなると周り見えなくなるところあるから」

痛むみたいにこめかみをおさえるフィオナ先輩。

「何言われたかは知らないけど、アーヴィスくんは気にしなくていいからね。ウェンブリーで試合したいって言うのはただ私の夢ってだけだし」

「大丈夫です。そんなに気にしてないので」

「クールだね、アーヴィスくん」

「僕は自分の目的のために戦ってるだけですから」

『一勝ごとに十万アイオライト。ベスト8以降は二十万アイオライト』

優勝すれば、貯金もエリスの手術ができる額に達する計算だった。

一秒でも早く、エリスに世界を見せてあげたい。

それだけが僕の戦う理由だ。

「うん、それでいいと思う。その方がわたしも気が楽だし」

「それで、ウェンブリーのことなんですけど」

「あそこは、わたしが初めて魔術戦を見たところなんだ。うちのお父さんは魔術戦が好きでね。小さい頃、ワールドカップの決勝に連れて行ってもらったの。当時はそこがすごいところなんて全然知らなかった。むしろ行きたくないって言ってたくらいだったな。魔術戦なんてつまんない。家で絵本読みたいって」

フィオナ先輩は懐かしそうに微笑む。

「でも、行ってみたら本当にすごかったんだ。プレーの一つ一つにみんなが心の底から叫んでて。フィールドの選手は輝いてて、本当にかっこよくて。気がついたら、わたしもああなりたいって思ってた。次の日にはもう魔術師になるんだってみんなに言ってたっけ」

ここではないどこかを見ているような目だった。

きっと先輩は今、タイムカプセルを開けるみたいに大切な思い出の箱を覗いてるんだろう。

「だけど、現実ってのは甘くなくてさ。夢を叶えるのって大変で。多分そうなれないっていうのが段々とわかってくるんだよね」

先輩はため息をついて苦笑する。

「世代別代表には選ばれても、ワールドカップに出られるフル代表にはなれないだろうって。わたしじゃそこまでは届かない。だから、ウェンブリーで試合できる機会は一生ないと思ってたんだ。ああ、わたしの夢は叶わないんだなって」

「そんなとき、 全国魔術大会(ヴァルプルギスナハト) 決勝がウェンブリーで行われることが決まった、と」

「そういうこと。だからわたしはできるだけの準備をする。時間なんて全然惜しくない。これがきっと、最初で最後のチャンスだから」

真っ直ぐな目には、強い意志が宿っていた。

「だから、脚が良くないのに無理してるんですか」

フィオナ先輩は目を見開いた。

「気づいてたの?」

「見てればわかります」

「嘘……隠せてると思ってたのに」

「多分クロエ先輩も気づいてますよ」

「……そっか。先輩失格だね」

困った顔で言ってから、続ける。

「お願い。誰にも言わないで」

「そんなに悪いんですか?」

「……多分、お医者さんに診られたらドクターストップかかると思う」

「それはもう休んだ方が良いんじゃ」

「いいの。ここで壊れてもいい。最後の大会になっても良い。だから、絶対に勝ちたい。勝って決勝に行きたい」

困難な願いに向かって、それでも絶対にあきらめないと決めている人の言葉だった。

そして、その気持ちは僕にもわかる部分がある。

『過去に例がない特殊な症例です。手術には途方もない額のお金が――』

困難な願いを追っているのは、僕も同じだから。

「無理はしないでくださいよ。試合前に壊れたら元も子もないんですから」

「大丈夫。そこは、負担かけないよう気を使いながら練習してるからさ」

それから、フィオナ先輩はにっこり笑って言った。

「アーヴィスくんもよろしくね。君はうちのエースなんだから。期待してるよ」

僕は練習場を後にして、校庭のベンチに腰掛ける。

月のない暗い夜だった。

室内練習場の灯りは消えることなく点いていた。

ずっと、ずっと。

「絶対休んだ方が良いのに。なんで練習するかな」

脚が良くないなら、少しでもマシなコンディションで迎えられるよう休んだ方が良いに決まってる。

もちろん、先輩もそんなことはわかってて。

それでも、練習せずにはいられないんだろう。

『もしうちが勝てる可能性があるとしたら、アーヴィスくんだと思うから。お願い、力を貸して』

『君はうちのエースなんだから。期待してるよ』

僕は深く息を吐く。

「――練習するか」

夜の中、僕は『未踏魔術書』から解読できたばかりの、新しい魔術の練習を始める。

僕らは違う場所にいて。

だけど多分、同じ一番星を掴もうと必死で手を伸ばしていた。