軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 蒼剣

廃市街地北側で始まった激戦。

数で勝る悪魔に対し、人間側の奮戦はすさまじかった。

一線級の魔術師たちが磨き上げた、統率の取れた魔術砲火。

過酷な競争の中を勝ち抜いてきた彼らの力は、悪魔の軍勢に対しても決して劣らない。

その上、誰よりも危険な最前線で戦う王子二人の姿が、彼らの士気を上げる。

「来い! 死にたいやつから前に出ろ!」

マティウス・ローゼンベルデの握るそれは、炎の槍。

多節棍のように自らの意思で自在に姿を変える長槍をマティウスは一閃する。

「皆の者! 麻呂が敵の攻撃を防ぐ! 任せよ、ここは絶対に通さぬ!」

第九王子のそれは氷の盾。

攻撃魔術の才は薄く、不遇な扱いを受けることも多かった彼だが、こと他者を守ることに関しては、際だった能力を持っていた。

他のことができなかったがゆえに磨くしかなかった力。

それが今、周囲の一流魔術師たちの中でも、引けを取らず活躍する原動力になっている。

しかし、必死で戦う彼らは気づいていなかった。

それすらも、悪魔の狙い通りだったことに。

「廃市街地東側に敵が集中したな。予定通り別働隊を動かす。北側を突破して内部から敵を崩すぞ」

指揮を執る将軍格の高位悪魔の指示で、姿を隠していた別働隊が動きだす。

手薄になった廃市街地北側へと歩みを進める。

「そ、そんな……こちらにも敵が……」

廃市街地北側にいたニナ・ローゼンベルデは蒼白な顔で言った。

数は東側を襲う本隊ほどではないが、それでも東側に援軍を送った後のニナたちからすればあまりにも絶望的な戦力差。

「退きましょう。勝てる相手じゃないわ」

ルナの言葉に、ニナは首を振る。

「……ダメです。ここを突破され市街地内部に入られたら乱戦になる。数で劣るこちらはさらに不利になります。その上、東側で戦う本隊の背後を取られたら」

「挟み撃ちでおしまい、か」

ルナはため息をつく。

「やっぱり頭良いわね、あんた」

「そんなことは」

「あるわよ。このあたしが褒めたんだから素直に受け取っておきなさい」

それから、ルナは真剣な声で続けた。

「行きなさい。今ならまだ間に合う。あんただけでも逃げて」

「嫌です、私も戦います」

「魔術が使えないあんたに何ができるの。何もできないでしょ」

「それは……」

事実だ。

魔術が使えない自分にできることはたかが知れている。

残ったところでほとんど戦力にはなれない。

「でも、この状況です。数は少しでも多い方が。身を挺して誰かを庇うくらいのことはできますし」

「ダメ。絶対ダメ」

ルナはニナの肩を掴んで言う。

「あんたがんばってたじゃない。報われなくてもあきらめなかった。ずっとバカな子だと思ってたわ。でも、今は少しだけ尊敬してる。あたしよりあんたの方が生き残ったときみんなの力になれる」

ニナの瞳をしっかりと見つめて続けた。

「だから行きなさい。こんなとこで死んだら絶対に許さないから」

何を言われているのか理解できなかった。

そんなこと言われるなんて夢にも思ってなくて。

「ほら、早く!」

背中を強く押されて、ニナは市街地中心へと歩く。

小さい頃から、ずっと仲間はずれだった。

他の子と違う白い髪と赤い目。

みんな私のことを気味悪がる。

邪魔者扱いで、何をしても余計なことしないでって言われて。

知っているのは壁で囲われた屋敷の中だけ。

亡き母にメイドとして仕えていたマクダレーネは私を遠ざけたりしなくて。

良くしてくれて。

すごくありがたかったけれど。

それでも、やっぱりちょっと寂しくて。

だから私はたくさん本を読んだ。

そこに書いてあるのは外の世界のこと。

壁の中の私には、難しい社会問題だって輝いて見えた。

普通の子みたいに外に出られたらどんなにいいだろうって、妄想したりして。

魔術以外のことでみんなの役に立てれば外に出してもらえるかもしれない。

だから私はもっともっと勉強するようになった。

自分にもできるんだってわかってもらうために王位継承戦に出ることを決めて、

(この人、私と同じ 欠陥品(インフェリオ) だったんだ)

アイオライト王国で大活躍してるかっこいい先輩に、勇気を出して手紙を出した。

それからの日々は、ニナにとって信じられないくらいきらきらしたものだった。

みんな私のことを遠ざけたりしなくて、がらんとしたお屋敷の中が嘘みたいに賑やかになって。

王位継承戦の試合中だってそうだ。

ピンチもチャンスも、いけないと思いながら心のどこかで私は楽しんでいた。

だって、みんなで一緒に同じゴールを目指して戦うなんて、初めてで――

だけど、やっぱり魔術は全然できなくて。

同い年の姉は、私のことを避けているみたいだった。

話したことはなくて。

仲良くなりたいなって密かに思っていて。

でも、それが無理だってことも本当はわかってる。

わかってる、と思ってた。

『あたしよりあんたの方が生き残ったときみんなの力になれる』

だから信じられなかったんだ。

『こんなとこで死んだら絶対に許さないから』

そんなこと、言ってもらえるなんて夢にも思ってなくて。

心が騒いで落ち着かない。

うれしくて、胸がいっぱいで。

だけど、同時に思い知る。

私は……無力だ。

誰かを守るどころか、自分一人守る力さえない。

命を賭けて、自分を守ろうとしてくれた姉に対して、何もできなくて。

魔術が、魔術さえ使えたら――

ずっと抱えていた悩みにまた襲われる。

そんなとき頭をよぎったのは、ここまで連れてきてくれた師匠の言葉だった。

『たしかに既存のやり方ではできないかもしれない。でも、できないっていうのは一つの武器です。できないからこそ、他の可能性と向き合える。他の人では見つけられない、ニナ王女にしか使えない魔術がきっとあると僕は思います』

私にしか使えない魔術。

そんなのあるわけないって常識は私の中にも巣くっている。

無理だ。

できるわけない。

そう囁いて私の心をくじこうとする。

でも、それでも師匠はできるって言ってくれたんだ。

どうか神様、今だけ。今だけで良いです。

これからの人生他に何も望みません。

友達もいりません。

一人でもいいです。

今よりもっとひどい状況だって喜んで受け入れます。

だからどうか、

どうか、今だけ私にみんなを守る力を――

戦いに向かうに当たって、ルナ・ローゼンベルデは心の重石が一つ取れたのを感じていた。

ニナに対して感じていた罪悪感にも近い感情。

それに決着をつけるという意味では、自分にとっては悪くなかったと思う。

意地を張りたくなる弱い自分を押さえ込んで、正直な思いを伝えた。

届いてくれたかどうかはわからない。

当然だ。

ろくな姉ではなかったのだから。

それでも仕方ない。

正当な報いだ。

だけど、届いてくれてたらいいなと思った。

「行くわよ! 少しでもここで時間を稼ぐの! ローゼンベルデの魔術師である意地を見せなさい!」

共に北側に配置された魔術師たちに言って、ルナ・ローゼンベルデは渾身の魔術を起動する。

無数の水の矢が悪魔の軍勢に降り注ぐ。

ルナに呼応して放たれる魔術砲火。

決死の奮戦。

その力は、数で勝る相手をたしかに押し返した。

(いける……これなら……!)

しかし、苛烈な魔術砲火にもかかわらず、軍勢はひるむことを知らなかった。

知性のない獣のような人型の下級悪魔。

四足歩行で移動するそれは、口だけしかない顔で咆哮し、目の前の獲物を食らうことしか知らないように向かってくる。

時が経つにつれて疲弊し始める魔術師たち。

戦局が変わり始める。

耐え凌ぐだけで精一杯。

そして、決壊のときは一気に訪れた。

獰猛な下級悪魔の群れが魔術砲火を突破する。

俊敏な肉食獣のように間合いを詰める。

(まずい……!)

ギリギリのところで矢の雨を放つルナ。

しかし、大地に釘付けにされた下級悪魔の後ろから、別の下級悪魔がルナに跳びかかった。

(しまった――)

すべての光景がスローモーションに見えた。

間に合わない。

そう本能的に気づいている。

瞬きの間に、その鋭い牙は彼女を絶命させることだろう。

恐怖に目を閉じるルナ。

その頬に触れたのは、後方から吹き抜けた一陣の風だった。

『 空間を裂く王剣(バルムンク) 』

瞬間、奔ったのは閃光。

それが剣戟による一閃だとそこにいた誰が知覚できただろう。

何もない空間をその剣は両断する。

現れたのは中空に空いた、すべてを飲み込む巨大な裂け目。

その裂け目は、跳びかかった下級悪魔の群れを一瞬で飲み込んで消失させた。

「い、今のは一体……」

最初からいなかったかのように消えた下級悪魔の群れ。

呆然とする魔術師たちの前に、一人の少女が現れる。

白のツインテールを揺らし、赤い瞳で敵を見据える。

その手には、自身の体躯よりはるかに大きな蒼い剣が握られていた。

「私も戦います。この国を守るために戦わせてください」

第十七王女――ニナ・ローゼンベルデは言った。