軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【一方その頃】ジャネット、焦る

アリスが丸太を乾かしてドヤ顔をしていた、ちょうどその頃。

ガイゼン王国の王都、王立魔法研究所の所長室にて。

氷のような表情のジャネットが、ネイルが少し落ちかけた長い爪でコツコツと机の上を叩いていた。

正面には、青い顔の研究員が震える声で報告をしている。

そして、話が終わると、ジャネットが我慢できないという風に立ち上がり、研究員めがけて資料を投げつけた。

「なにをしているのよ!」

「も、申し訳ございません……!」

研究員がぶるぶると震えながら何度も頭を下げる。

ちなみに、報告内容は、”広範囲結界魔法陣”の実装実験についてだ。

数か月試行錯誤したものの、結局、出た記録は「5人で7日間維持」。

アリスの叩き出した「3人で14日間継続」の記録には遠く及んでいない。

しかも、1か月ほど前に、ファーガソン家の当主から直々に

「3人で14日の記録を必ず出せ」という厳しい命令が下っており、

ジャネットは追い詰められていた。

彼女はギリッと唇を噛んだ。

「なんで上手くいかないのよ!」

「申し訳ありませんが、もう『分からない』としか……」

研究員が消え入りそうな声で言う。

そして、彼は思い切ったように顔を上げた。

「お願いですから、アリス研究員を呼んでください。彼女ならきっと……!」

ジャネットが鋭く遮った。

「黙りなさい! いない人間のことを言うなと言ったはずよ!」

「し、しかし……」

研究員が必死に言いつのろうとする。

そこへ――

コンコンコン

ノックが聞こえてきた。

「入りなさい」

ジャネットがいら立った様子で言うと、ドアが開き、顔色の悪い副所長が入ってきた。

その後ろから、書類を持った若い女性研究員がびくびくしながらついてくる。

副所長は、部屋の中を見回して苦笑した。

「廊下まで声が聞こえておりますよ。少しお控えください」

そう言われて、ジャネットは怒りを抑えるように椅子に座った。

イライラしたように、爪でコツコツと机をたたく。

「それで、あなたは何の用なの」

「諸所、報告に参りましたが、どうやらお取り込み中のようですな」

ジャネットは副所長を鋭く見た。

「広範囲結界魔法に関われと言ったわよね。これはどういうことなの?」

副所長は、ため息をついた。

「どうもこうも、この者の報告の通りです。私も見ておりますが、成果がなかなか出ない状態です」

「それでは困るのよ!」

いきり立つジャネットを、副所長が疲れたようになだめた。

「まあまあ、落ち着いてください。ここで怒っても事態は解決しませんから」

ジャネットは息をつき、椅子の背もたれに寄りかかった。

現在、副所長にはジャネットの仕事の大半を任せている。

しかも、副所長は上級貴族――侯爵家の出身だ。

さすがのジャネットも多少は控えざるを得ない。

副所長は震えている男性研究員の方を向いた。

「それで、状況は相変わらずなのか」

「は、はい」

研究員は唇をなめてうなずいた。

「何をやっても駄目で、やはりアリス・ブリックスを呼ぶしかないというのが、私の意見です」

「……っ! だから、いない者の話など……!」

ジャネットが鋭く副所長を睨みつける。

副所長が、ため息をついた。

「しかしながら、もう“ここにいない”と言って済ませられる状況ではないでしょう。このままでは国王陛下よりお叱りを受けても不思議ではありません」

ジャネットは悔しそうに口を閉じた。

確かにその通りだ

しかし、アリスが現在行方不明であり、おそらく死んでいるであろうことを、ジャネットは知っている。

副所長が尋ねた。

「アリス・ブリックスは、どうしても呼べないのですか」

「……ええ、無理でしょうね」

「……なるほど」

副所長はため息をついた。

「では、他の方法を探さねばなりませんな。我々がこのまま頑張ったところで、おそらく結果は同じでしょうから」

そして男性研究員に尋ねた。

「アリス・ブリックスの残している資料のようなものはないのか」

「はい。彼女が提出した資料は一式全て、手元にあります」

「他にメモやノートのようなものなどないのか」

「……残念ながら」

すると、副所長と一緒に来ていた女性研究員が、おずおずと口を開いた。

「あの……アリスさんの荷物でしたら、倉庫にあります」

その場にいた全員が、目を瞬かせて女性研究員を見た。

副所長が尋ねた。

「……どういうことだい?」

「アリスさんは、叙勲式から3日でここを出ていかなければならなかったので、荷物を片付ける時間がなかったんです」

女性がおどおどしながら、アリスが持って行った大きめの木箱いくつか以外の荷物は、全て倉庫に運んだ旨を説明する。

副所長が尋ねた。

「アリスは何を持って行ったんだ?」

「魔法関連の書籍やまだ読んでいない本、あと魔法陣関連の道具だったと思います」

「メモやノートの類は?」

「持って行っていないと思います」

ジャネットが目を見開いて立ち上がった。

「つまり、彼女の資料はほとんど倉庫にあるということね」

「はい。私も手伝ったので、間違いありません」

その後、4人はぞろぞろと倉庫へ向かった。

倉庫の中にいた研究員たちが、所長と副所長の突然の来訪に目を見張る。

女性研究員が奥の扉を開いた。

「この部屋の真ん中にあるのが全てそうです」

「……っ!」

女性研究員が示した先を見て、全員が絶句した。

膨大な書類や本、奇妙な魔道具のようなものなどが積まれており、

まるで小山のようだ。

副所長が苦笑した。

「よくこんなにたくさんの荷物が、あの部屋に入っていたものだな」

「ええ、本当に、物置のような研究室でしたから」

女性研究員も苦笑しながらうなずく。

ジャネットが口を開いた。

「では、3日以内にこれをすべて調査しなさい」

男性研究員が顔を引きつらせた。

「み、3日ですか……」

「ええ、そうよ。時間がないのは分かってるわよね?」

「は、はい!」

ジャネットにすごまれて、男性研究員は慌ててうなずく。

肩をそびやかして倉庫を出ながら、ジャネットは安堵の息を漏らした。

あれだけの資料があれば、1つくらい役に立つものがあるだろう。

(ひとまず、結果を待ちましょう)

状況的には非常に厳しい状況ではあるが、

時間を稼ぐ方法はある。

ジャネットはペンを取った。

少し考えると、さらさらと文章を書き始める。

そして、口の片端を釣り上げながら、

「……最後に役に立ってもらおうかしらね」

とつぶやきながら、ゆっくりと封をした。