作品タイトル不明
20.ビクトリア・ガイゼン
アリスたちが地下の隠し部屋を発見した、翌日の昼過ぎ。
ビクトリアは、自分の執務室にいた。
目の前には、小さな男の子がべそをかきながら座っており、足には包帯を巻いている。
横には、連れて来た母親が心配そうに立っている。
ビクトリアが微笑んだ。
「じゃあ、治しちゃうわね」
彼女は男の子の足に片手を当てた。
静かに詠唱する。
【 治癒(キュア) 】
ビクトリアの両手から白い光が発せられた。
男の子の足を優しく包み込む。
そして、光が消えると、ビクトリアはそっと手を離した。
「はい、もう痛くない」
男の子が恐る恐る足を動かして、目を丸くした。
「……いたくない」
「ふふ、良かったわ」
ちなみに、彼女が使ったのは、アリスが使う魔力とは全く違う「聖力」だ。
魔力よりも希少性が高く、嘘を見破ったり、ちょっとした怪我を治したりすることができる。
怪我が治った男の子は、嬉しそうに走り回り始めた。
母親が慌てて男の子を捕まえると、ビクトリアにぺこぺこ頭を下げた。
「ありがとうございます。ビクトリア様」
母親に捕まえられながら、男の子が満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう! 姫様!」
「どういたしまして、気を付けてね」
ビクトリアがニコニコしながら2人を見送る。
そして、ドアがパタンと閉まると、彼女は困ったように笑った。
「姫様はもうやめてほしいわね」
そうつぶやく。
彼女の本当の名前は、ビクトリア・ガイゼン。
ガイゼン王国の第1王女だ。
8年前に母が病で亡くなり、繰り上がりで王妃になった現王妃に、この場所に追いやられた。
(まあ、追いやったというよりは、殺すつもりだったのでしょうけど)
確かに、魔剣を持つオーウェン、フレッド、エマの3人と、秘密にしていたビクトリアの癒しの力がなかったら、全滅していても不思議はなかったと思う。
必死の思いで古城に辿り着いた彼らは、とりあえずここで生活を始めた。
最初の頃は苦難の連続で、衣食住すべてが不足していた。
それらを何とかしようと奔走しているうちに、いつの間にか8年が経っていた。
(もう王都に戻ることも、王宮と関わることもないのでしょうね)
そう思っていた時に現れたのが、アリスとテオドールだった。
突然森の中からやってきた彼らは、魔法研究者と剣士だと名乗った。
そこから彼らはしばらく滞在することになり、ビクトリアは今の王国の状況を知ることになった。
8年振りに聞く王国は、かなり酷いことになっているようだった。
最も胸を痛めたのは、軍拡の話だ。
テオドールの話によると、国は戦力を拡充に力を注いでいるらしい。
(新しい王妃のせいね)
王妃の実家は軍事貴族で、大陸統一を悲願としている。
もともと野心の強い国王をそそのかし、他の国に攻め込むつもりなのだろう。
そして、軍拡のために民衆への税率を毎年上げており、人々は税金に苦しんでいるらしい。
(なんてひどいことを……)
ビクトリアがヴェルモア領に来る途中、たくさんの街や村を経由した。
人々はビクトリアの母の死を悲しんでくれ、元気づけてくれた。
「これを持っていっておくれ」
そう言って、ビクトリアに美味しい食べ物を分けてくれた。
母の死を悼む暇もなく追放された彼女は、これに深く感謝した。
傷ついた心がこれ以上ないほど癒された。
だから、アリスとテオドールから現在の王国の話を聞いて、ビクトリアは思った。
『本当に、このままでいいのか』と。
自分は第1王女だ。
恩義を感じている民衆が困っている状況を、放っておいて本当にいいのだろうか。
(でも……、王都に戻ったところで、何かできる気がしないわ)
戻ったところで自分は邪魔者。
どんなことになるのかは目に見えている。
――暗い思考に捕らわれそうになって、彼女はそれを振り払うように首をブンブンと振った。
今は考えるのはやめようと、自分に言い聞かせる。
まずはここにいる人々が幸せに暮らせるように尽力するべきだ。
(今は、他のことを考えるのはやめましょう)
ビクトリアはグッと背筋を伸ばすと、机の上を片付け始めた。