作品タイトル不明
エルザの本格マッサージ
アルテ、カーミラを王城に送り届け、エミリオに収穫祭の開催日を伝えた。
これで俺がやるべきことは終わった。
後は一週間後の収穫祭にアルテとカーミラを迎えに行ってハウリン村に転送し、エミリオやロドニーをはじめとする一部の従業員と荷物を転送するだけだな。
どちらも当日にやるべき仕事であって前もって準備する必要はない。
つまり、それまでは自由だ。
ハウリン村に戻って休憩するっていうのもアリだけど、王都に戻ってきたばかりでまた村に戻るというのも忙しない。
空間魔法での刈り取りばかりしていたとはいえ、最後の方は手作業で収穫も手伝ったりしていた。さすがに疲労が溜まっている気がする。
「しばらくは王都でゆっくりするか」
とんぼ返りする気分にもなれなかったので、俺はこちらでのんびりと過ごすことに決めた。
いつも通り、屋敷の私室へと転移する。
ベルを鳴らして帰還したことを告げると、程なくして扉がノックされてエルザがやってきた。
「お帰りなさいませ、クレト様」
「収穫祭が始まるまでの一週間はこっちで過ごすことにするよ」
「かしこまりました」
「早いけど、お風呂の準備を頼めるかい」
「すぐに準備いたしますので少々お待ちください」
エルザが退出すると、俺はソファーに腰をかけた。
当然ここは俺の屋敷なのでメイド以外には誰もいない。
ハウリン村にいた時は、アルテ、カーミラ、ニーナ、アンドレ、ステラといった面々の誰かがずっと傍にいたので、こうして一人になるのは久し振りな気がする。
誰もいないことがちょっと寂しい反面、誰もいないからこそ一人でホッとできて嬉しい面もある。寂しかったり、一人になりたい時があったり人間というのは複雑だな。
しばらく、何をするでもなくソファーに座ったままボーっとした時間を過ごす。
「クレト様、お風呂の準備が整いました」
「ありがとう。今行くよ」
エルザの声を聞いて我に返ると、すぐに部屋を出て浴場へと向かった。
衣服を脱いで洗濯籠に入れ、タオルを手にして浴場に入る。
扉を開けると、広い湯船にはお湯が張られており、白い湯気が漂っていた。
魔道具から湯船へと注がれるお湯の音が浴場内に木霊していた。
久し振りの広い湯船に胸が高鳴る。
ハウリン村の家にも浴場はあるが、大きさが段違いだからな。
すぐに湯船に入りたい気持ちを押し殺し、先に洗い場で髪や身体を洗うことにする。
洗い場にある石鹸を泡立たせていると、いつもと香りが違うことに気付いた。
「……フローラルな香りだ」
メイドの誰かが変えてくれたのだろう。
違う香りに若干戸惑いはしたものの、これはこれでとてもいい匂いだ。
自分で買うといつも同じものばかり買ってしまうので、こういう変化があると生活の彩りとなって嬉しいものだな。
ハウリン村の家に置く石鹸も次は買えてみようかな? なんて考えながら髪や身体の汚れを綺麗さっぱり洗い流した。
身体の汚れを落とし終えると、洗い場から速やかに湯船へと移動する。足先が温かいお湯に包まれ、徐々にそれがせり上がる。
そして、全身がお湯に包まれた。
「……ふうー」
あまりの心地良さにオジサンのような声が漏れてしまうのは仕方がないだろう。
しっかりと身体を沈めて全身を温める。
身体の中の血管が拡張していき、全身に血が巡っていくのを感じる。
「やっぱり広いお風呂はいいな」
こうやって手足を思いっきり伸ばせるだけで快適だ。天井も高いからか閉塞感がなく、とても開放的。
自分の家に露天風呂のような広さの湯船があるのは、日本人なら誰もが夢見る贅沢だな。
●
お風呂を堪能した俺は、浴場から出てリビングでまったりとする。
身体の芯まで温まったお陰かすっかりポカポカだ。
エルザの用意してくれたアイスティーに手を伸ばす。
「あいたた」
すると、背中と腰の筋肉がグイッと伸びて悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか?」
慌ててエルザがコップを取って手渡してくれる。
「ありがとう。ハウリン村で収穫を手伝っていたからね。ちょっと全身が筋肉痛なんだ」
「でしたら、私がマッサージをいたしましょう」
「うえ? エルザが?」
エルザの思わぬ提案に口に含んでいたアイスティーを噴き出しそうになった。
「はい、こう見ても得意なので」
生真面目な顔でワキワキと手を動かしながら言うエルザ。
冗談で口にしているわけではなく本当に自信があるようだ。
とはいえ、エルザは年ごろの女性だ。いくら主とはいえ、メイドにそんなことをさせるのはセクハラなのではないだろうか?
「うーん、魅力的な提案だけど、さすがにメイドとしての業務を逸脱しているような」
「主の心身の健康を整えるためのマッサージは立派な業務です」
「ええ? そうなの?」
「はい」
おずおずと尋ねてみると、エルザがきっぱりと頷いた。
他のメイドにも意見を聞いてみたいが、生憎とリビングには誰も控えておらず尋ねることはできなかった。
「というわけで、私に任せてください。そこのソファーでうつ伏せに」
「は、はい」
いつになくやる気に満ちているエルザに押し負けて、俺はソファーでうつ伏せになる。
エルザは大きなタオルを持ってきてかけると、その上から肩や背中を触り始めた。
メイドとはいえ、美人な女性に触れられるというのはドキドキするな。
マッサージをするに当たって自然と距離が近いせいか、いい匂いがする。
フローラルな柔らかい匂いだ。
メイドも身を清めるために屋敷の浴場を利用しているので、使っている石鹸も同じになるのは当然か。
浴場で身を清めるエルザの姿を想像してしまったので慌ててそれを打ち消した。
俺が邪な考えを打ち消している間、エルザは背中の筋肉を確かめるように触っていた。
「かなり凝っています」
「あー? やっぱり?」
「まずは筋肉の凝りを解します」
そう言うと、エルザは手の平を使って背中の筋肉をほぐし始めた。
手の平をしっかりと使って筋肉を横に、斜めにと広げていく。
固まっていた筋肉がゆっくりと拡張されるのを感じた。
それが意外と心地よく、張っていた筋肉が徐々にほぐれていくのがわかる。
華奢な体格をしている割に力が強いと感じたが、しっかりと全身の体重をかけて指圧しているのだろう。予想以上に心地いい。
「そのまま右向きになって手を上げてください」
心地良さに身を委ねてエルザに言われるがままに体勢を変える。
横向きになって手を上げると、エルザは俺の腕を抱きかかえて肩甲骨を動かし始めた。
肩甲骨の辺りの筋肉がグッと動かされ、肩の辺りから重さが抜けるのを感じた。
それは大変素晴らしいのだが、腕が抱えられているせいか柔らかな膨らみが当たっている気がする。
エルザはそれに気付いていないのか? あるいは気付いていても俺のマッサージのためと割り切って我慢しているのかわからない。
エルザの表情はいつも通りで至って真面目だ。
真剣にマッサージをしてくれているのに胸が当たっているなんて指摘もしづらい。
「次は反対側を向いて同じようにお願いします」
反対側の肩甲骨もほぐしてくれるのだろう。
あくまで事務的なエルザの言葉に俺も煩悩を捨てて事務的に対応することにした。
同じように反対側の肩甲骨も動かされる。右腕に当たっている柔らかいものは気にしないことにした。
「うつ伏せになってください。次は足をほぐします」
背中のマッサージが一通り終わったのだろう。エルザがタオルを背中から足に移動させた。
その上から揉みほぐすようなマッサージをされる。
ふくらはぎが張っていたからか心地がいい。
特に足腰は肩周りや背中周りよりも緊張が強いので、よりマッサージの効果を感じ――んん? なんかそこを押されると痛いぞ。
「いたっ! 痛いです! エルザさん!」
「かなり凝っていますね」
俺が訴えるもエルザは平然とした顔で呟きながらぐりぐりと刺激し続ける。
「……あの痛いんですが」
「ですので、念入りにほぐします」
さすがはエルザ。主が痛みに訴えようと容赦がない。
痛みを訴える者の声を聞いて、ここまで平然とできるのもすごいな。
「これで終わりです。いかがでしょう?」
エルザの無慈悲な攻めに耐え続けることしばらく。
ようやくマッサージが終わったらしい。
ゆっくりと起き上がると、随分と身体が軽くなっていることに気付いた。
「おお、すごいや。本当に身体が軽くなってる。エルザのマッサージのお陰だ。ありがとう」
「それは良かったです」
マッサージを受ける前よりも明らかに身体の張りは弱まっていた。
想像していた以上に本格的だったが、エルザにマッサージをやってもらって良かった。
これならゆっくりと休めば、すぐに体調も良くなりそうだ。
「エルザさんって、マッサージもできるんですか?」
腕をブンブンと回していると、いつの間にか入室していたらしいアルシェがいた。
「はい、メイドの嗜みですから」
「そ、そうなんですか?」
アルシェの反応を見る限り、やはり一般的なメイドが備えている技能ではなさそうだ。
「でも、いいですね。あたしも最近、肩とか背中とか凝ってるし、足もパンパンで……」
「だったら、エルザのマッサージを受けてみなよ。すごく良くなるよ」
ただし、凝りには容赦がないし、痛みを訴えようとも却下されるけどね。
「私がやってあげましょうかアルシェさん」
「え!? いいんですか?」
「はい、こちらのソファーで横になってください」
「ありがとうございます!」
俺とエルザが勧めると、アルシェは嬉しそうにソファーにうつ伏せになった。
「それじゃあ、俺は部屋に戻るよ」
エルザとアルシェに声をかけてリビングから退出する。
階段を登って二階にたどり着くと、痛みを訴えるアルシェの悲鳴が聞こえた。
その悲鳴はしばらく止むことはなかった。