作品タイトル不明
臨時出店計画
カーミラが訪ねてきた翌日。
俺はハウリン村に転移し、村長であるリロイの家に訪れていた。
「ご相談したいことがあるそうですね?」
「はい、相談したいことは二つあります。まず、一つ目はエミリオから収穫祭に商会を出店させて頂けないかという相談です」
「エミリオ商会ですか? それは構いませんが、うちのような田舎の収穫祭のためにわざわざ?」
エミリオ商会は王都を代表する商会の一画だ。
それが田舎にまでやってきて商売をすう。通常ならまずあり得ないことなのでリロイが不思議に思ってしまうのも無理はない。
「移動には俺の魔法を使いますから」
「なるほど!」
種明かしをするとリロイは納得したように頷いた。
空間魔法で転移するのであれば、移動にかかる費用も日数もかからない。
商会としても赤字になることはないし、お世話になっているハウリン村の村人に好印象を与えられるに違いない。
「様々な商品を扱うエミリオ商会がやってくるとなれば、村人たちも大変喜ぶでしょう。是非、お願いできればと思います」
「わかりました。では、エミリオにそのように伝えておきます」
よし、商会の出店許可さえ取れれば、俺の大きな用事は終わったようなものだ。
とはいえ、二つ目も商会にとっては重要そうなので気を遣って説明はしないとな。
「次は二つ目の相談です。ハウリン村にあるボルシチキノコについてです」
「ボルシチキノコ!? まさか、クレトさんが見つけたのですか?」
リロイが椅子から勢いよく立ち上がって叫んだ。
「その通りです」
「なんですと! それは今、持っているのですか!? 持っていれば、是非とも譲っていただきたい!」
「落ち着いてください、リロイさん。顔がとても近いです」
声を荒げて身を乗り出してくるリロイを諫める。
興奮していることに彼も気付いたのか、ハッと我に返ると椅子へと座り直してくれた。
「……失礼しました。ボルシチキノコは私の大好物なもので……」
「いえいえ」
ステラでさえあの反応だったのだ。なんとなくリロイもそうなるんじゃないだろうかと予想していたので、こちらもあまり驚かずに済んだ。
「ひとまず、現物をお見せしますね」
事前に用意していた箱をテーブルの上に置いて蓋を開ける。
「触ってみても?」
「ええ、そうぞ」
頷くと、リロイがおそるおそるといった手つきでボルシチキノコを持ち上げる。
じっくりと観察すると、鼻にまで近づけて匂いを嗅いだ。
「おぉ……この芳醇で豊かな香りはまさしくボルシチキノコ!」
恍惚の表情で呟くリロイ。
スンスンとしきりに鼻を鳴らす様は、まるで香りを丁寧に味わっているようだ。
俺としてはすぐに話を進めたかったが、リロイがあまりにも興奮しているのでしばらく待っておくことにする。
そうやって数分もすると、リロイも落ち着いたのかボルシチキノコを箱に戻してくれた。
「これをどこで見つけられたので?」
「エビラモンキーが出没する森の奥ですね」
「森の奥……道理で頑なに彼が採取場所を教えてくれなかったわけです」
「彼というのは、かなり前にボルシチキノコの採取ができる老人ですか……」
「ええ。その者は元高位の冒険者でしたから」
やはり、そうだったか。
あのような魔物が棲息する森の奥深くに入るには、確かな実力がないと無理な話だ。
村人が無闇に立ち入らないように教えなかった判断も頷けるものだ。
「それでこのボルシチキノコなのですが、エミリオがいたく興味を示していまして、商会に卸して欲しいとのことです」
「むむ!」
商会の要望を説明すると、リロイの眉間に深いシワが寄った。
明らかにその要望は看過できないといった険しい表情をしている。
普段は温厚で滅多に不機嫌にならないリロイとしては珍しい顔だ。
それだけ彼だけでなく、村人たちがボルシチキノコ好きということだろう。
「勿論、全てではなく、ごく一部だけの量で結構とのことです」
「そうですか」
無作為に欲しいと願い出ているのではなく、きちんと村人に配慮した上で分けて欲しいという旨を説明すると、リロイの眉間からシワが取れた。
「エミリオとしては、村人と協力して何とか栽培できないかと考えているようで、収穫祭の時にはその件も含めてご相談したいと……」
「なるほど。確かにそれは私たちとしても大変興味深いお話です。その件も含めて是非お願いします」
「わかりました」
「それで、そのクレトさん? このボルシチキノコですが……」
話が落ち着くと、リロイがおずおずとした様子で話しかけてくる。
彼が何を望んでいるか言うまでもない。
「差し上げますよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リロイが嬉しそうにボルシチキノコの入った木箱を抱きしめた。
リロイには日ごろからお世話になっているし、エミリオの動き次第ではより密接に商会と繋がることになるだろうしね。
なんだか気が付けば、かなり俺が説明しちゃっている気がするな。
詳しいことは収穫祭でエミリオから聞いてくださいっていう感じで良かったのだろうが、リロイや村人の感情を考えると、中途半端なところで投げてしまうのも商会への心象が悪くなってしまいそうで嫌だし仕方がないよね。
●
リロイとの相談を終えて家を出ると、突然肩を叩かれた。
何事かと思って振り返ると、そこには不機嫌そうな顔をしたグリーブがいた。
「困りますよ。ちゃんと品物を取りに来てくれませんと」
「あっ! 猪の毛皮のマット!」
その言葉を聞いて、グリーブが何のために声をかけてきた理由を悟った。
そういえば、二週間前に猪の毛皮の加工を頼んで、それっきりだった。
エミリオに大量に仕事を頼まれたり、ボルシチキノコの発見があったり、収穫祭に向けての作業があったりとして、すっかりと頭から抜けてしまっていた。
「すみません。ここ最近、忙しかったものですから」
「まあ、お金さえちゃんと頂けるのならいいですよ。一度、工房に来てもらえますか?」
「あー……魔法で移動してもいいですか?」
時間があれば徒歩で向かってもいいのだが、この後にエミリオの報告があるので、できるだけ無駄な時間は省きたい。
「はい?」
そのように提案すると、グリーブは戸惑いの表情を浮かべた。
村人は俺が魔法で移動できることを知っている人は多いのだが、この様子を見る限りグリーブは知らなさそうだ。工房で籠っていることが多いそうなので、そういった情報には疎いのかもしれない。俺のこともアンドレに紹介されるまで知らなかったみたいだし。
説明するより体験してもらった方が早いので、俺はグリーブと一緒に彼の工房へと転移した。
工房内にやってくると、グリーブが驚きで尻もちをついた。
「なっ、ななっ!?」
「こんな感じで一瞬で移動できるんです」
「……なんて非常識な魔法なんだ」
それは俺も思う。
空間魔法に驚いていたグリーブであるが、ひとまず状況を呑み込んでくれたのか立ち上がった。
「毛皮のマットはこっちです。確認してください」
グリーブに付いていって作業室に移動すると、作業台の上に立派な毛皮が置いてあった。
「うわっ、猪だ」
「そりゃ、猪の毛皮を使っていますから」
俺の驚きの声に冷静に突っ込むグリーブ。
いや、それは俺もわかっているが、想像していた以上に猪の見た目が残っていたから驚いたのだ。
毛皮だけとはいえ、大の字に伸びている姿は中々に迫力がある。
「頭は切り落としてしまいましたが、くっ付けてくれたんですか?」
「頭だけないのは、どうにも見た目が悪いので縫い付けました。ちょっとそっとで破れることはないですが、取り扱いには注意してください」
一応頭も素材として渡しておいたが、グリーブがしっかりと処理して縫い付けてくれたらしい。そのお陰でとても野生動物のマットらしくなっているので感謝だ。
「触ってみても?」
「どうぞ」
許可を貰って触ってみると、毛皮はフワフワとしておりとても気持ち良い。
解体する時はもっとごわごわとしていたので、感触の違いに驚いた。
裏返してみると灰色っぽい色合いが見える。皮の裏なので当然こちらに毛皮はない。
首元の辺りに縫い付けた跡があるが、毛皮の方だけをマットして使うので気になることはないだろう。
「満足できる出来栄えですか?」
「はい、想像以上の出来栄えでした。報酬金の残りを払いますね」
毛皮のマットを受け取り、懐から取り出したお金を渡す。
「多いですよ?」
「頭の方を縫い付けてくれたお礼です」
そう述べると、グリーブは「貰えるものは貰います」といった感じで素直に懐に収めた。
それにしてもいい物を手に入れた。またなにか動物を狩った時は、グリーブに加工をお願いしよう。
●
グリーブからマットを受け取った俺は、そのまま転移でエミリオの執務室にやってきた。
「リロイさんから収穫祭の出店許可を貰ってきたよ」
「ありがとう。許可を貰えると思っていたから準備は進めているよ。向こうに持っていけば、喜びそうなものとかあるかい?」
「女性が特に喜ぶのは糸や布といった衣服系や、雑貨なんかかな? あと、村では作れないような料理道具なんかが喜ばれると思うよ」
以前、王都にニーナを連れていった時に特に興味を示していたのがこの辺りであり、ステラからもヒアリングをしている。
多分、ハウリン村の女性は大体この辺りの品物を欲しがるはずだ。
「男性については?」
「うーん……男性かぁ」
ハウリン村の男性はそこまで物欲が高くない。あれが欲しい、これが欲しいと言っている姿をあまり見たことがない。
強いて強い執着があるとすれば……
「釣竿とか?」
「釣竿?」
怪訝な顔を浮かべるエミリオに俺は夏の渓流釣りの出来事を教えてやる。
「あはははは、たった一言を聞いて十五人も釣り人が集まったのか! それは面白いね!わかった。釣竿もリストに入れておくよ」
すると、エミリオは笑いながら釣竿をリストに入れてくれた。
男性全員が喜ぶとは限らないが、あれだけ熱狂的な釣り人がいたんだ。少なくとも一部の人には喜ばれるに違いない。
後は村人が日常的に呟いていた農耕道具や切れ味のいいナイフなどと無難なところを述べておいた。
「うん、これならうちですぐに用意できるから問題ないや。それでボルシチキノコは件はどうだった?」
「やっぱり、リロイさんもそのキノコが大好きみたいで商会に全てを卸すことには難色を示していたよ。でも、少しなら大丈夫そうな感じかな? 後はエミリオの言っていた栽培にはかなり興味を示していて、是非相談したいってさ」
「おや? 交渉はしないと言っていた割に随分と纏めてきてくれたじゃないか?」
エミリオがやや意地の悪い笑みを浮かべて突いてくる。
「中途半端に言ったら心象が悪くなると思ったんだ」
「うんうん、クレトならなんだかんだ言っていい具合に纏めてくれると思っていたよ」
白状するように言うと、エミリオが満足そうに頷きながら言った。
どうやら俺が話を持っていく時点で、エミリオにはこうなることがわかっていたみたいだ。
なんだかコイツの手の平で転がされているようで無性に悔しかった。