作品タイトル不明
冬の商い
「クレト! 秘密基地に行こう!」
朝食を済ませ、身支度を整えているとニーナが家にやってきた。
とてもウキウキした様子で、今すぐにでもユキシロやユキンコに会いに行きたいことがわかった。
「ごめんな、ニーナ。今日は仕事に行かなくちゃいけないんだ」
「えー!」
俺も秘密基地でユキシロやユキンコと戯れたいが、生憎と仕事が俺を呼んでいる。
つい昨日請け負ってしまったために断ることはできない。
「またエミリオ?」
「うん、エミリオだね」
ニーナがムッとしたような顔をしている。
そこまで親しくない年上の人には、基本的にさん付けをするニーナであるが、エミリオに関しては別のようだ。
俺が村から離れる原因であり、遊びに行けない原因だからだろうか。
「クレトの仕事はいつ終わるの?」
「詳しいことはわからないんだ。一日で終わるかもしれないし、前みたいに一週間くらいかかっちゃうかもしれない」
曖昧な俺の言葉にニーナが顔を曇らせる。
こればかりはエミリオ次第だ。彼がどれだけ俺に仕事を振るのかにかかっている。
「俺もユキシロやユキンコに会いたい気持ちは同じさ。できるだけ、早く帰ってくるからそれまで待っててくれ」
「……うん」
屈んで視線を合わせるように言うと、ニーナは残念そうにしながらも頷いた。
あの辺りは前に猪が出没したこともあって危険だ。
特に今の季節は餌を求めて移動する動物や魔物がいたりと、動きが読めないのでなおさらだ。
アンドレのような屈強な大人や、転移を使える俺がいない限り向かうことはできない。
そのことはニーナも両親からよく言い含められているはず。
聞き分けのいい彼女であれば、一人で森に入るようなことはないだろう。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい! 早く戻ってきてね!」
支度を整えて言うと、ニーナはにっこりと笑った。
気持ちを切り替えた彼女に安心し、俺は転移した。
視界がぐにゃりと曲がると、自宅のリビングからエミリオの執務室へと景色が変わる。
「やあ、クレト。待っていたよ」
イスから立ち上がり、即座に近寄ってくるエミリオ。
「……うん? なんだか出会っていきなりすごくガッカリされている気がするね? 僕が何かしたかい?」
「可愛いニーナに見送られて、待ち受けているのが黒い笑みを浮かべた男だからな」
見送ってくれる人物と出迎えてくれる人物の笑顔があまりに違い過ぎだ。
こっちの笑みは腹黒過ぎる。
「おや? 朝から見送りということは、あのお嬢さんと同棲しているのかい?」
「そんなわけないだろ。朝から遊びに来てくれただけだ。仕事のせいで断ることになったけど……」
エミリオの邪推の言葉をきっぱりと跳ね除ける。
田舎と王都では住民同士の距離が違う。
互いの家に上がるなんてことは頻繁にあることだ。
ハウリン村での俺の生活を知っているエミリオが誤解するはずがない。明らかにからかっている。
「それはお嬢さんに悪いことをしたね。またクレトを取ったと怒られてしまいそうだ」
収穫祭で出会った時もそんな言い合いをしていたな。俺としてはどちらも仲良くして欲しいものだ。
「それで頼みたい仕事っていうのは?」
「収穫祭の時のように魔法で物資を運んで欲しいんだ」
「この季節にか?」
「積雪で物流が止まっている今の季節だからだよ! どこの場所でも物資が足りなくてしょうがないはずさ! そこに我がエミリオ商会が駆けつけて、困っている村人に物資を売ってあげる。とても良い行いだろ?」
「ただし、普段よりも高値なんだろう?」
「積雪の中を突き進んでの輸送だからね。道のりは酷く険しいし、従業員にだって負担はかかる。普段よりも費用がかかってしまうのは仕方のないことなんだ」
魔法のことを秘密にしているのでそういう身体になるのだろう。
誠に遺憾といった顔をしているが、よく見ると口元が緩んでいる。
転移のお陰で輸送費用は無いと言っていい。大した手間はかかっていないのに、物を売る値段を釣り上げられるのだから商人としては美味しいに決まっている。
その上、厳しい環境の中、わざわざやってきて物資を売りに来たという恩も売れるのだから一石二鳥だな。
「悪い商売人だな」
「余っているものを足りないところへ。商売の基本を忠実に行っているだけだよ」
そのやり方があくどいんだ。
とはいえ、当たり前のように大きな利益を生み出せる方法を考えられるなんてさすがだな。
「やってくれるかい?」
これだけ利益が大きいとわかっている商売を断る理由もない。
収穫祭を盛り上げるために、わざわざハウリン村までやって来てくれたことだしな。
「やるよ。既に準備は整っているんだろう?」
「勿論さ」
エミリオの指した裏手を見ると、既に馬車が停まっており、ハウリン村にやってきた時の幹部が揃っていた。相変わらず動きが早い。
「後はクレトに補充品を収納してもらって、僕たちと一緒に各地で商売するだけさ。回って欲しい場所のリストはこれ」
エミリオに渡されたリストを見ると、そこにはたくさんの街や村、集落が記載されていた。
そこで実際に商売をすることを考えると、とても一日や二日じゃ回れないだろう。
予想以上に時間がかかりそうだな。
ニーナのためにもできるだけ早く戻れるように頑張ろう。
●
空間魔法で荷馬車ごと転移させた俺は、ドンケル村の傍にやってきた。
着地するなり馬車が雪に埋まってしまう。
こちらの方も王都やハウリン村と同じように辺り一面雪景色だ。
「……雪のせいで進めない」
いつもと変わらない様子で御者のロドニーが呟く。
王都のような大きな街ならば、馬車が通れるように魔法使いなどが雪を除去しているが、このような田舎ではそうはいかない。外から人がやってくることが少ないからだ。
「魔道具で雪を溶かそう」
エミリオが赤い魔石のついた指輪を装着して前に出る。
恐らく火魔法が込められた魔道具だろう。
「いや、俺の魔法ですぐに退かせるよ」
「クレトの魔法でかい? わかった。頼むよ」
俺の言葉に戸惑っていたエミリオだったが、任せることにしたのか後ろに下がった。
「亜空収納」
俺は空間魔法を発動して亜空間を出現させる。
雪が亜空間へと吸い込まれていく。
馬車の周りの雪はあっという間になくなり、問題なく車輪が動かせるようになった。
エミリオやロドニーをはじめとした従業員たちのどよめく声が響く。
「なるほど! 雪を収納物として認識して除去したのか! この調子でドンドンと頼むよ!」
「わかった」
興奮したエミリオに頼まれ、進行方向にある雪をドンドンと呑みこんでいく。
そのまま馬車を進めると、ドンケル村の入り口にたどり着いた。
ここはエミリオと組んで仕事をした時に、最初にやってきた村だ。
初期の頃に縁を結んだ村だけあって、エミリオ商会とは密接なやり取りをしている。
「エミリオさん! このような雪の中、一体どのような用件で?」
遠目から俺たちのことを認識していたのか、ドンケル村の村長が慌ててやってきた。
信じられないといった表情をしているのは、積雪の中、辺境の村までわざわざやって来る者がいない証だろう。
「厳しい季節になりましたので、ドンケル村の皆様が困っていないかと思い、はるばる商いにやって参りました」
「そんな……わざわざ私たちのためにいらっしゃってくださるとは……っ!」
「なにをおっしゃいます。我が商会とドンケル村の仲ではありませんか」
感激の表情を浮かべる村長にエミリオが優しく肩に手を置いた。
「なんという優しさ。誠に感謝いたします!」
村長にとっては厳しい雪の中、ドンケル村のためにわざわざやってきてくれた聖人のように見えているのだろう。
「ただ申し訳ありませんが、何分厳しい旅路なので例年よりも価格は高めとなってしまいます」
「厳しい寒さの中、貴重な物資を運んでいるので当然でしょう。今年は秋の収穫が遅れてしまい、冬の備蓄が心許なかったのです。多少高値であろうとも買わせていただきます」
「ご理解いただけて幸いです」
転移でやってきたので苦労は何もしていません、なんてことは言えないので、この茶番を見守るしかない。ちょっと複雑だ。
とはいえ、商売とはこのようなものだ。
物資が不足しているドンケル村からすれば、商いをしてくれるのは本当に助かるのは事実。
これ以上は深く考えないようにして商いに励んだ。