軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

秘湯を満喫

シュンと肩を落としながらも屋台に向かうアルシェ。

その間に俺たちは番台に銅貨を支払って東屋に入場する。

ちょうど俺たちと入れ違うように客が出ていったので、足湯には俺たちだけしかいない。ほぼ貸し切り状態だ。

「アルシェには悪いですが、一足先に入りましょうか」

「足湯だけに?」

「クレト様……?」

「ごめん。聞かなかったことにして」

自分では上手いこと言ったつもりだったが、そうでもなかったようだ。

エルザから氷点下の視線を向けられてしまった。足湯の傍にいるのに何故か寒い。

気を取り直すように靴と靴下を脱ぎ、ズボンをたくしあげる。

寒空の下、素足のままでいるのは寒いので速やかにお湯へ足を入れた。

「あー、温かい」

温かなお湯に足全体が包まれる。

身体を温めているわけではないが、足を温めるだけでもかなり気持ちがいい。

「大丈夫? 熱かったりしない~?」

「湯気は出ていますが、そこまで熱くありませんよ?」

「あら、本当ね~」

ララーシャとルルアは軽く手でお湯を触って温度を確かめているようだった。

さっき湯畑では高熱のお湯が流れていると説明したので、ちょっと気になってしまったのだろう。

お湯の温度がわかると、ララーシャとルルアが靴や靴下を脱いでいく。

別に卑猥なものを見ているわけではないが、ジロジロと見るのも不躾なのでそれとなく視線を逸らすことにした。

「あっ、タイツを履いているのを忘れていたわ~」

「私もです」

「簡易更衣室あるので、そちらで脱いでくるといいですよ」

困った声を漏らすララーシャとルルアの傍にやってきたのは、同じくタイツを脱いできたエルザだ。

真っ白なダッフルコートは脱がれており、真っ白な素足が惜しげもなく晒されていた。

エルザのアドバイスに従い、ララーシャとルルアが更衣室で移動する。

エルザは俺の隣に腰を下ろすと、お湯へと足を入れた。

波紋が広がり、形のいい白い足がお湯に呑み込まれる。

「……なんですか?」

「ほっこりしてるなって思って」

「まあ、これだけいい湯加減ですから」

表情があまり出ないタイプだと自覚しているからこそ、不意に出てしまった強い表情を恥ずかしく思うのかもしれないな。

なんでもできる彼女であるが、そういったところを見ると人間味を感じるな。

二人してほっこりとしていると、更衣室から出てきたララーシャとルルアが出てきた。

二人とも素足を晒し、「寒い寒い!」と連呼しながらやってきて足を沈めた。

「「ふう……」」

ホッと息を漏らすララーシャとルルア。

焦りながらも足を入れる時の優雅さを忘れていないのは、淑女としての教育を受けてきたからだろう。さすがはお嬢様だ。

二人してほっこりとした顔になっていて微笑ましい。

俺もこんな緩んだ顔になっているのだろうか。

「ユーステリアミルク、買ってきました」

「ありがとう」

俺たちがすっかりとリラックスしていると、アルシェが瓶に入ったミルクを持ってきてくれた。

喉が渇いていた俺は早速飲む。

「おお、濃厚だ!」

素晴らしいのはミルクの濃度。王都ではまず味わうことのできない新鮮さだ。

まろやかでありながら飲み味もしっかりしている。

内側から温まってきた身体に冷たいミルクがとても心地いい。

アンゲリカの育てている羊のミルクともまた違った味だった。

「他人が買ってきたものだと思うと、余計に美味しいわ~」

「ぐぬぬぬぬ」

ご満悦なララーシャと悔しそうにミルクをあおっているアルシェ。

「……懐かしい。昔に飲んだ味と変わりませんね」

エルザは瓶を見つめながらどこか懐かしむような顔をしていた。

昔、やってきた時のことを思い出しているのだろう。

「前に来た時は何歳くらいの時だったんだい?」

「私が七歳になったばかりの頃、祖父がここに連れてきてくれました」

「へー、ということはお爺さんも風呂好きだったのかな?」

「はい、クレト様に劣らぬほどの風呂好きでした」

エルザが苦笑しながら言う。

日本人である俺と同じくらいの風呂好きとは相当だな。エルザのお爺さんがどんな人かはわからないが、知り合いになれば仲良くなれそうな気がした。

エルザの昔話を聞いている内に、アルシェがようやく足湯へと入る。

「あー……気持ちいい」

「アルシェ、ちょっとおじさんみたいよ~?」

「ええっ? 嘘!? そんなにぽかった!?」

ララーシャに笑われて、アルシェが慌てたように座り直す。

俺もちょっとおっさんっぽいなと思ったが、言ってしまえば深刻な心の傷を負わせかねないので黙っておくことにした。

足湯には湯畑から運ばれたお湯が絶えることなく流れてくる。そのお陰か寒空の下でもお湯が冷めるようなことは全くない。

ずっと温かいままだ。とても快適。

お湯に温められ、身体の中の血の巡りが良くなっているのを感じる。

外気に晒されているというのに、不思議と寒さは感じない。身体の中からポカポカとしてきて、暑いくらいだった。足湯による効果だろう。

「エルザさんの足、とても綺麗です」

「……そうでしょうか?」

「本当ね。食生活とか気にしていることはあるんですか~?」

「野菜や果物を多めに摂るくらいで、他に特別なことは特に……」

「あー、最近あんまり野菜食べてないかも」

ルルア、エルザ、ララーシャ、アルシェが和やかに談笑をしている。

屋敷の外に来ているからか、四人ともどこか砕けた口調だ。

普段の仕事の雰囲気とは違った年相応な振る舞い。それがちょっと新鮮だ。

俺が屋敷にいない時もこんな風に会話をしているのかもしれない。

主であり、男である俺は混ざりにくいが、会話を聞いているだけで賑やかな気分になれて楽しいも

のだ。

今回のメインは温泉だが、湯船に浸かる時は男女で別れることになり、俺は一人になるだろう。

こうして皆で足湯に浸かっているだけで、皆と温泉に入っているような気分になれた。

足湯を満喫すると、俺たちはエルザの案内で温泉街を歩き回った。

伝統工芸品を見て回ったり、展望台で景色を眺めてみたりすると、時間はあっという間に時間が過ぎた。

ふうと息を吐くと、肌に冷たい何かが当たった。

空を見上げると、真っ白な粒がしんしんと降り注いでいた。

「あっ、雪だ」

エルザたちも気付いたのか、足を止めて空を見上げていた。

異世界にやってきて初めての雪だ。

真っ白な雪の粒が静かに落ちてくる光景はとても綺麗だ。

「さて、そろそろ温泉に向かおうか」

「わかりました」

雪の勢いからしてすぐに積もるわけではなさそうであるが、増々寒くなってしまう前に温泉に向かいたい。

「たくさんの温泉があるわけだけど、オススメの場所とかあるかな?」

ここにはたくさんの源泉地があり、あちこちでお湯が引かれて温泉がある。

軽く見回しただけで視界には温泉が五件ほどあるくらいだ。ユーステリア初心者である俺にはどの温泉がいいのかわからない。

ネットがあれば検索して湯船の雰囲気を見て、気に入ったところに入るんだけどなぁ。

「私が前に行ったところでもいいのですが、その時は私が疲れてしまったせいで妥協した場所で祖父がオススメしてくれた場所は違う場所にあります」

「それはどこなんだい?」

「ユーステリアの頂上にある温泉です。そこは湯船が大層広く、眺める景色も最高なのだとか」

エルザが指さした先は山の頂上だった。俺たちがいる場所から、さらに傾斜を進み、何千とあるような階段を登る必要がある。

エルザのお爺さん、七歳児を連れて行こうとするにはハード過ぎじゃないだろうか? そりゃ、エルザが疲れてダウンするわけだよ。

「さ、さすがにあそこまで登るのは……」

「行ける気がしません」

「もう遅いことですし、近場の温泉にしませんか~?」

あまりにも険しい道のりにアルシェたちが顔を引きつらせながら言う。

「ですが、せっかくここまで来たので行ってみたいと思いませんか?」

エルザは昔のリベンジも兼ねているのか、ちょっと行ってみたそうな感じだ。

険しい道のりを見てなお絶望しない精神力がすごい。

「クレト様、いかがしましょう?」

エルザから淡々とした視線が向けられる。

その瞳にはいつもとは違って若干の期待がこもっているように感じた。

一方、アルシェ、ルルア、ララーシャからは懇願の視線が向けられていた。

頼むから頂上だけは勘弁してください。そんな心の内の声が聞こえてくるようだった。

「よし、頂上の温泉にしよう」

「「「ええっ!?」」」

「ただし、移動は転移を使ってにするよ」

付け加えて言うと、悲鳴を上げた三人がホッとしたような顔になった。

やはり、味わうならば最上の温泉がいいだろう。その道のりが辛いのであれば、俺の空間魔法で楽をしてしまえばいい。

そういうわけで屋敷からやって来た時のように俺の身体に触れると、頂上の方へ視線をやる。

さすがに下から見上げた状態では頂上は完璧に見えない。が、休憩所なんかはしっかり見えている。

「ちょっと何回か転移をするよ」

目的地に誰もいないことを確認し、皆に声をかけると転移。

俺たちのいた場所から遥か高い休憩所へとやってくる。

しかし、目的地はその遥かに先だ。

同じように次の転移地点を見つけて、またしても転移。

そうやって短距離転移を五回ほど繰り返すと、長い階段に終わりが見えた。

転移してやってくると石畳の道の先には、小さな旅館のようなものが建っていた。

看板には秘境の湯『ユスト』と描かれた文字がある。

「あそこがオススメの温泉で合っているのかな?」

「間違いありません。あれが祖父の言っていた秘境の湯『ユスト』です」

どうやらここがオススメの温泉で間違いないらしい。

足を進めると、ちょうど中から女性従業員が出てきて魔石灯をつける。

薄暗くなった視界の中に暖かな光が灯った。

灯りをつけていた従業員は俺たちに気付くと、柔和な笑みを向けてくる。

「いらっしゃいませ。寒い中、よくぞいらっしゃいました。ここまでやってくるのはさぞ大変だったでしょう。当温泉でゆっくりと温まっていってください」

「ありがとうございます」

転移でやってきたので大して疲れていないが余計なことは言わない。

肩に乗った雪を軽く落とすと、従業員に案内されて旅館の中へ。

旅館は木製の建物で、どこか日本の民家を彷彿とさせるような造りだった。

暖房の魔道具が稼働されているお陰か、中はとても温かい。

ロビーには柔らかそうなソファーが並んでいたリ、食堂なんかもあっていい匂いがしていた。

今日は宿泊するのが目的ではないために温泉だけの利用となる。

ここまでやって来て日帰りをする客は初めてだったために、従業員にはかなり心配されたが俺たちには転移があるので問題はなかった。

料金を支払うと、俺たちは旅館の中にある温泉に向かう。

当然、男性の俺はここから一人ということになる。

「それじゃあ、後でロビーで合流ってことで。長風呂するつもりだから、そっちもゆっくり過ごしていてくれ」

「かしこまりました」

エルザたちとは別れ、俺は男性用の浴場へと向かう。

ここまでやってきて一人というのは寂しくもあるが、一人になれてちょっとホッとしている自分もいた。

自分から誘ってなんだがやはり若い女性に囲まれて行動するのは、色々と気を遣って疲れるものだ。

そういう意味では、浴場で一人になれるのは好都合だったのかもしれない。

寂しかったり、一人になりたかったり、人間という生き物は複雑だな。

苦笑しながら廊下を進むと、広い脱衣所にたどり着いた。

脱衣所には人はおらず、ほぼ貸し切り状態だ。これは嬉しい。

いそいそと服を脱ぐと、鍵付きの棚の中へ仕舞う。

鍵のついた腕輪を巻いてタオル一枚を手にすると、大きなガラス扉を開けた。

もうもうとした白い湯気が視界を包み込む。

湯気が晴れると、広々とした浴場がお出迎えだ。

黒い石材を使ったタイルのような床に木製の大きな湯船。

天井は思っていたよりも高く、広々とした造りだ。

正直、これだけであれば一般的な浴場と変わらないのだが、この旅館の温泉にはさらにもう一つの温泉があるのだ。

奥にあるガラス扉をさらに開けると、そこに広がるのは屋外温泉だ。

「おお、すげえ……」

山の傾斜に沿うように建てられた旅館ならでは、山の景色。

見晴らしがよく大自然の雄大さを感じさせられる。

日が暮れているせいかやや薄暗いが、旅館や民家の光で幻想的に見えた。

「へっくしゅ! とにかく、身体を洗って浸かろう」

裸であることを忘れて景色に見惚れてしまった。

このまま風邪をひいてしまうので、ささっと洗い場で髪や身体を洗ってしまおう。

身体を綺麗にすると、さあ待望の時間だ。

身体全体をゆっくりと湯船に沈める。温かなお湯が全身に包み込んでくれる。

「あー、気持ちいい」

足湯も心地いいが、やっぱり全身を浸からせてこそだな。

冬の寒さとか、歩き回った疲労や、女性への気遣いなど。すべてが消し飛ぶような心地よさ。柔らかな木の香りと、天然温泉の独特な香りに包まれる。

耳を澄ますと、湯船のお湯以外にも微かに水の音が聞こえた。

湯船の端に移動して視線を巡らせると、下の方に川が流れているのを発見した。

こんな自然にあふれた場所に旅館や温泉を作るだなんてすごいな。

景色を眺めながらぼんやりとしていると、遠くの方で甲高い声が響いてきた。

多分、アルシェたちも屋外温泉に浸かっているのだろうな。

ハッキリとした言葉こそ聞こえないものであるが、テンションの高い声音から喜んでいることは間違いないだろう。

普段、頑張って働いてくれている彼女たちへの労いのつもりだったので、喜んでもらえてなによりだ。

ちょっとした不幸で屋敷のお風呂が利用できなかったが、結果としてユーステリアの温泉に浸かることができたので良かった。

一人で絶景の見える湯船を独占。なんという贅沢なのだろう。

とはいえ、賑やかな声を聞いてしまうと、やはり一人というのを寂しくも感じてしまう。

「今度はエミリオでも誘ってやるか」

そんなことを考えながら、俺は屋外温泉を一人で堪能した。