作品タイトル不明
お湯の都ユーステリアへ
温泉に入るためにユーステリアに向かうことになった、俺と屋敷のメイドたち。
俺は空間魔法がある上に、身軽な男性なので準備は必要ない。しかし、使用人たちには準備が必要だ。
必要最低限の仕事を終わらせておく必要がある。それに温泉ともなれば、色々と準備も必要になるだろう。
「クレト様、準備ができました」
リビングで本を読みながら待っていると、一番にやってきたのはエルザだった。
本を閉じて視線をやった俺は思わず固まってしまう。
「? どうかされましたか?」
「……なんでメイド服なんだい?」
そう、エルザの纏っている衣服はいつものメイド服だ。
まさか、その格好でユーステリアに行くつもりなのか?
「クレト様のお世話をするために付いていくのです。メイド服を纏うのは当然かと」
おそるおそる尋ねると、エルザがさも当然と言わんばかりに頷いた。
「ごめん。ユーステリアでは目立ちそうだし、できれば普通の服にしてくれないかな?」
「クレト様がそう望むのであれば……」
温泉地でメイドを連れ歩いたりしたら絶対に目立つからね。
この世界の貴族からすれば当たり前かもしれないが、俺は貴族でもないただの平民だ。
根っからの異世界人でもない俺からすれば、違和感しか抱けない。
ちょっと不満そうな顔をしていた気がするが、聞き入れてくれたようで良かった。
それから小一時間ほど待っていると、着替え直したエルザだけでなく、アルシェ、ララーシャ、ルルアの三人も準備を整えてやってきた。
先ほどまでメイド服を着ていたエルザは、紺色のダッフルコートを着ており、帽子や手袋をはめていた。下は黒のタイツを履いており、長いブーツを履いている。
クールな印象のエルザにとても似合っている。
アルシェはモスグリーンのロングワンピースにジャケットを羽織っていた。普段はどこか抜けている彼女であるが、こうして見ると立派な淑女だ。
ララーシャは温かそうなニットを纏っており、胸元が悩ましいくらいに盛り上がっている。
私服となったことでメリハリのあるスタイルが浮き彫りになり、メイド服に抑え込められていた色香が解き放たれたようだ。
ルルアはツインテールにしている髪を下ろし、背中まで流している。
首にはマフラーを巻いており、真っ白なアウターを羽織っている。下は短めのスカートであるが、こちらもタイツがあるために寒くないのだろう。とても可愛らしい印象だ。
「お待たせいたしました。準備が整いました」
「…………」
「クレト様?」
「あ、ああ。それじゃあ、靴を履こうか」
ビックリした。普段とあまりにも印象が違ったので驚いてしまった。
冷静に考えれば、この子たちは貴族のお嬢様なのだ。私服姿でも漏れ出る気品や美しさを目にして、そのことを再認識させられた思いだ。
玄関までやってくると冷え込んだ空気へと変わり、身体の熱が冷めて冷静になれた。
「これからクレト様の魔法で転移するのですよね?」
「そうだよ?」
「な、何か気を付けることはありますか?」
エルザとルルアがおずおずとした様子で尋ねてくる。
そういえば、彼女たちの前で魔法を使ったことはあるが、直接転移させることは初めてだ。
未知の魔法に大して、少し不安な気持ちがあるのかもしれない。
「少し浮遊感があるけど一瞬だよ。不安だったら誰かの身体を触っておくといいかな」
「では、失礼いたします」
苦笑しながら答えると、エルザが俺の手を握ってきた。
ややひんやりとした滑らかな手が重なる。それが妙に心地良くて背筋がゾクリとした。
「え?」
「身体に触れておくのであれば、魔法の使用者であるクレト様が一番安全かと思いまして」
「あ、ああ、そうだけど、別に手じゃなくても裾とかでも大丈夫だよ」
「そ、そうでしたか。失礼いたしました」
指摘すると、エルザが少し顔を赤くしながら手を離し、裾をちょこんと摘まんだ。
これはこれでなんだか気恥ずかしい。
「まあ、おかしいことではないよ。冒険者の中にも浮遊感がどうも苦手で手を繋いでくれと言ってくる男性もいるし」
なんて話をすると、アルシェたちがクスクスと笑った。
微妙な空気は霧散して朗らかな雰囲気になってくれたようで何よりだ。
エルザだけでなく、アルシェ、ララーシャ、ルルアも裾を掴んでくる。
正直、これだけの美少女に囲まれ、触れられながら魔法を発動するのは初めてだ。
ちょっと緊張して転移のイメージに手間取ったが、何とか無事に魔法は完成した。
「じゃあ、転移するよ」
エルザたちが頷くのを確認し、空間魔法を発動。
気が付くと、俺たちの視界は変わっており、完璧な屋外へと変わっていた。
広場の先には湯畑が広がっており、そこを中心として建物が並んでいた。
転移に慣れていた俺は冷静に観察できたが、初めて転移を体験したエルザたちは目を丸くしていた。それから慌てたように周囲を見渡して、状況の把握に努める。
「……ここがユーステリアなのですか?」
「ええ、間違いなくユーステリアです」
控えめなルルアの呟きに、ユーステリアにやって来たことのあるエルザが頷いた。
「本当に一瞬でやってきたんだ!」
「体感すると、クレト様の魔法の凄まじさを一層強く認識させられますね~」
アルシェが目を輝かせ、ララーシャが感嘆したように言う。
王都からユーステリアまで移動するとなると、馬車で二週間以上の旅をしなければならない。それが一瞬にしてやってこられるのだから本当に空間魔法は便利だ。
「もう手を離しても大丈夫だよ」
「あっ、そうですね! すみません!」
さすがに美少女四人に裾を摘ままれている姿は目立つ。指摘すると、四人は慌てたように手を離した。
「それじゃあ、オススメの場所を案内してくれるかい?」
「お任せください。最初は足湯にでも参りましょうか」
「おお、いいね! 足湯!」
ずっと広場にいるのも勿体ないので、俺たちはエルザの案内で歩き出す。
中央には木製の桶が管のように何本も設置されており、温かいお湯が流れていた。
「どうしてお湯が流れているのかしら~?」
ララーシャが湯畑を眺めて不思議そうに呟く。
「湧いたばかりの温泉は高熱だからね。ああやって自然冷却しながら温泉に送っているんだ」
鉄製にすると水の成分で錆びるため、敢えて木製のものを使っているのだ。
「クレト様は、温泉にお詳しいのですね?」
「お風呂が好きだから、情報として知っていただけだよ。街については何も知らないから」
エルザが案内など不要なのでは? といった眼差しを向けてくるが、俺が知っているのはあくまで前世と似た部分だけだ。
ユーステリアのオススメの温泉や観光スポット、料理屋などといって基本的なことは何も知らないので案内を頼みたい。
湯畑や湯滝といったお湯を眺めながら俺たちは緩やかな傾斜を歩いていく。
気温は相変わらず低めであるが、すぐ傍にお湯の源泉があるからか心なしか気温は温かいように思えた。
「うう、匂いが独特」
温泉地が初めてなアルシェ、ララーシャ、ルルアは硫黄の匂いに顔をしかめていた。
誰しもが最初に思うことだが、慣れれば意外と気にならなくなる。
俺なんかはとっくに慣れているので、この匂いをかぐと不思議とほっこりとした気分になる。温泉にやってきたという感じもするし。
通りには様々な飲食の屋台が並んでおり、とてもいい匂いがする。他にもこの辺りで作っているであろう食器、革細工などの工芸品を売っているお店もあり、雑多な雰囲気をしていた。どこか前世にもあった温泉街を彷彿とさせるごちゃつきだ。
周囲には俺たちの他にも温泉に入りにきた人が歩いている。ほっこりとした顔をしているのは温泉に入り終わった人だろう。とても穏やかな表情をしていた。
いいな。俺も早く温泉に入りたいものだ。
緩やかな傾斜を登っていくと、開けた平地にたどり着いた。
「あそこに銅貨一枚で入ることのできる足湯があります。飲み物を買って一休みでもいかがでしょう?」
エルザの指さす場所には東屋のような場所があり、湯畑から引いて作った足湯があった。
「賛成!」
「ようやく一休みできるのね~」
緩やかな傾斜とはいえ、長い道を歩けばそれなりに疲れる。まだまだ観光スポットはあるみたいだし、ここで英気を養っておく必要があるだろう。
アルシェやララーシャ、ルルアも賛成しているので足湯に入ることにしよう。
「クレト様、私がお飲み物を買ってきます。ご希望はありますか?」
「じゃあ、あそこにあるユーステリアミルクで」
足湯のすぐ傍には喉を潤すための屋台がたくさん並んでいる。
中でも目を惹くのは、青い旗に白い文字で描かれた『ユーステリアミルク』というものだ。
ユーステリアの近くで育てられた牛からとれるミルクらしい。
「なんかそれが名産品みたいだし、それにしようかしら~」
「あたしも!」
「……わ、私もそれにします」
「全員が同じ屋台で並ぶのは無駄ですし、私が纏めて買ってきます」
「いえ、エルザさんに買いに行かせるわけにはいきません!」
エルザが買いに行こうとしたところで、ルルアが慌てて止めた。
「別に私は気にしません」
「いえ、私たちが気にしますから~」
行こうとするエルザと、それを引き留める三人という構図が出来上がる。
それだけで悩むのであれば、いっそのこと俺が行ってしまおうか。
「じゃあ、じゃんけんで負けた人に行ってもらいましょう!」
切り出そうとした瞬間、アルシェが思い切ったように告げた。
「いいでしょう。それなら誰も文句は言わないでしょうし、これ以上クレト様をお待たせせずに済みます」
エルザが納得したことにより、四人がじゃんけんを行うことになった。
「では、アルシェ。五人分、お願いいたします」
「……はい」
結果として、ミルクを買いに行く係になったのは言い出しっぺのアルシェだった。
事態の速やかな収拾を図るために提案者が貧乏くじを引くとは、なんと不憫な。