軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は聖女を――

ティアリスはぺたんと地面に腰を落としたまま、ガリウスをじとりと 睨(ね) めつけた。

喉に当てた手がうっすらと光る。

「く、ふふ、くふふふ……」

回復魔法をかけているようだが、ガリウスはあえて止めなかった。

「悔い、改めろ、ですか。わたくしに、懺悔すべきことがあるとすれば、貴方という悪を放置していたことでしょうか」

かすれた声だ。苦しそうな表情からも、完全には治癒できていないらしい。

恩恵(ギフト) は発動していなかった。しかし発動を感知したらすぐさま耳に栓をするよう、両肩のミニピュウイに目配せする。

「今さら抵抗はいたしません。すでにわたくしの敗北は確定しました」

ダニオを解放しても、彼女を救おうとはしないだろう。

ティアリスは手のひらを組み、静かに目を閉じた。

「さあ、殺しなさい。ここで命ついえるのも神の思し召し。たとえわたくしが天に召されようとも、我が使命は信仰厚き別の信徒に引き継がれるでしょう」

「驚いた。聖女ともてはやされておきながら、これほど無責任な女だったとはな」

ぴくりとティアリスの片眉が跳ねる。

「自業自得の末に他者へ責任を押し付けてよいと、お前がありがたがる教典には書かれているのか? いちいち引き合いに出される神もたまったものではないな」

「……わたくしへの侮辱は目をつぶるにしても、神と教典を穢す発言は許しません」

目を開き、キッとガリウスを睨みつける。

「それだ。そも神と教典をひと括りにするその考え、俺には不思議でたまらない」

「よもやこれほど無知蒙昧であったとは、わたくしこそ驚きに堪えません。教典とは神の言葉を綴ったもの。聖者モルセイが生涯に渡り、唯一無二の 恩恵(ギフト) をもって神の声を拾い集めたのです。そんな常識すら知らないのですか、貴方は」

「ああ、そういえばどこぞの誰かが『神の言葉』と称して書き散らしたものだったな。しかし、だ。他の誰も持ち得ぬ、以降も存在すら認められない『神の声を聞く』との 恩恵(ギフト) が、本当に存在したとどうして言える?」

ガリウスは蔑みをたっぷり声に乗せて言った。

「そのモルセイなる人物が、稀代のペテン師であったとなぜ考えない」

ティアリスは怪訝そうに眉根を寄せた。やがて落胆したように息を吐き、首を左右に振る。

「そんな基本から説かなければならないのですか? 信仰を疑う者や異教徒はみな、 まずその疑問(・・・・・・) をしたり顔で口にしますけれど、まさか勇者ともあろう方がそのレベルであったとは」

幼子に言い聞かせるように、柔らかな口調で続けた。

「聖者モルセイはその 恩恵(ギフト) を得てのち、長い苦悩と確認に時間を費やしました。はたして自身にのみ聞こえる声が本当に神のものであるかどうか、と」

数十年を経て、彼は確信に至る。

「人では知り得ぬ世界の摂理を、その声は聖者モルセイに伝えました。当時は知られていなかった魔法の発見、ときには疫病や災害の発生など未来を予知もしたのです。であれば聖者にのみ届く声が、人を越えた存在――神でなくしてなんというのでしょう?」

痛めた喉でも淀みなく、ティアリスは自信に満ちた澄んだ瞳で言いきった。

当然だ。

たとえ聖女でなくても唯一神信仰を聞きかじった者でも、このくらいは常識の範疇。信仰心の乏しいガリウスでさえ、 もちろん知っていた(・・・・・・・・・) 。

「なるほどな。モルセイとやらが超常の知識を得て、災いの未来を予知したなら、彼はペテン師ではなさそうだ」

「なさそう、ではなく『ない』のです。聖者モルセイこそ唯一神の存在を証明し、教典を練り上げて後世に残した伝道者なのです」

それまで未解明だった、個々で異なる不思議な能力――人のみが授かる 恩恵(ギフト) が、唯一神によりもたらされると言い始めたのも彼だ。

それは人族だけでなく、 恩恵(ギフト) を持たない亜人たちにも『神』を強く意識させるに十分だった。

神は在る。

この世界の誰もが、そこに疑問を持っていなかった。

精霊信仰の根幹には、精霊の上位存在を認めている。

大陸南方の異教は多神教であるが、教えの伝道者は聖者モルセイを起源(一説には同一人物)とし、唯一神相当の絶対神を据えていた。

しかしガリウスは――。

「たしかにそいつは信心深く、盲目的なまでの善人だったのだろうさ。だがそれと神の実在証明とは話が違うだろう?」

神の存在そのものを、真っ向から否定する。

「なん、ですって……?」

「モルセイが何かしらの『声』を聞いたのは否定しない。だが、それが神だとなぜ信じられる?」

「同じことです。人が知り得ぬ知識や未来予知。それが神の叡智でなくてなんだと言うのです!」

掴みかからんばかりで怒気を吐き出すティアリスに、ガリウスは薄く笑みを浮かべ、

「では、 本人に訊いてみろ(・・・・・・・・) 」

ゆっくりと、彼女の後ろを指差した。

ティアリスは背後からふわりとした風が吹くのを感じる。怖気が首筋から背を駆け下り、勢いよく振り向いた。

「――ッ!?」

声にならない悲鳴を上げる。

宙に、女が浮いていた。金色の髪と薄手の金の衣装を着た、美しい女。

『信心深き乙女よ、我こそ唯一無二の神である』

直接頭の中に響く声が、その場にいた全員に届いた。

ガリウスはティアリスが背を向けているのを確認してから、ちっと舌打ちをして、ぎろりと金髪の女を睨んだ。『妙な演技は必要ない』との注意だったが、

『大丈夫ですよ。わたくしにお任せください』

彼女――エルザナードはキランと瞳を輝かせた。

(仕方がない。俺が上手く合わせるか)

嘆息を飲みこみ、ティアリスの出方を窺う。

「このようなまやかしに、騙されるものですか! エドガー国王が語っていた幻影ですね。小賢しい」

予想通りの反応だ。

『ほう? 我を幻影と抜かすか、小娘』

エルザナードはにやりと笑うと、すぅっと空中を流れていき、

「ひっ!?」

ティアリスの胸から体の中を通過していく。下半身が胸から突き出ている状態に、聖女は動揺を隠せない。

エルザナードは向きを変え、背後から彼女の頬に手を添えた。

『我が姿が見えているな? 我が声が聞こえているな? 我が手が触れているのを、感じているな? そなたの声に、我が応じたのも認めたろう? よもや今なお、幻影だと逃避はすまいな』

「貴女は、いったい……」

『我が何者なるや、とはまた愚かな問いであるな。先に述べたぞ? 〝唯一無二の神である〟とな』

「う、嘘です! 神が、軽々に姿をお示しになるなど……ありえません!」

『まったく、モルセイと同じ反応をするのだな。 彼奴(きゃつ) には声のみであったが、信じるまで何十年と費やしおった。ゆえに今回は姿まで晒したというに』

ティアリスは目を見開き、カタカタと震えながら、「嘘、嘘です……嘘……」などとつぶやいている。

むろん、エルザナードは神ではない。今のところ正体を尋ねてものらりくらりと躱され、ガリウスもいまいちよくわかっていなかった。

が、精霊かそれに近しい存在であるのは間違いない。

亜人たちが契約する精霊でも、ここまで明瞭な姿を現すものはいない。

まして精霊信仰を否定するティアリスたちは、精霊を見たことがなかった。意思疎通できる精霊獣も知らず、人ではない超常の存在と会話した経験はないか、あっても真面目に伝えられていなかった。

ゆえに聖女は混乱する。

今自分が見て聞いて触れているコレが、なんであるのか。

静観していたガリウスがここぞとばかりに動いた。

「おい、そこの神を自称する妙な女よ。モルセイにいろいろ吹きこんだのは、本当にお前なのか?」

『さて、そなたらを納得させるだけの証を我は持たぬ。が、問いにはこう答えよう。〝然り〟』

エルザナードはティアリスから離れ、ふよふよと宙を漂う。

「では、お前が神だという証拠も示せないと?」

『それまた然り。あればモルセイが何十年ともがきはしなかったであろう』

「だ、そうだ。ティアリス、お前はどう思う? こいつは神か、否か』

「ッ! あり得ません。神は万能にして絶対。このような不確かな存在が、神であるはずがありません!」

「モルセイが信じるのに何十年とかかった存在に、万能性や絶対性があるとは思えんがな」

「それは人が迷うからです。神に疑問を持つことこそ人の弱さの証。それは聖者モルセイ自身が認めています」

ああ言えばこう言う。それを何百年と繰り返してきた連中だ。固めた理論は堅牢にして強固。そう簡単には打ち破れない。

(どうやら、反論が通って気を持ち直してきたな)

余裕が生まれたときこそ、隙ができるものだ。

ガリウスは勝負に出た。

「では神を騙るその女は、モルセイとは関りがない、とお前は考えるのだな?」

「当然です。ゆえに問いましょう。聖者モルセイに語れるほどの叡智を、貴女は持っているのですか!」

エルザナードは風と戯れながら答える。

『遥か昔のことゆえな。今ほど人の移動のない時代であったから、彼方の画期的な農法を伝えればありがたがっておったわ。魔法も然り。稀有な 恩恵(ギフト) で人が見つけた高度な魔法を、遠くの土地で教えてやった』

「未来の予知など、貴女はできるのですか!」

『大雨、洪水、長く生きれば天候を読むなど難しくない。すべてを的中させずとも、大災害が二つ三つ当たればみなは慄き、信じざるを得ぬものだ。病は人や動物が広めるもの。動きを追っていれば、疫病の発生はさらに容易く予見できる』

ティアリスは愕然として、漂う女を目で追った。

アレが、聖者が聞いた『声』の主であるとの証拠はない。だが否定する根拠も見当たらなかった。

「仮に……仮に、です。貴女が、声の主であったとして、なぜ……? なぜわざわざ聖者に数々の声を届けたのですか!」

もはや動機に根拠を見出すしかない。

それが納得できないものなら、自分はけっして迷わないと。

金髪の女はすぅっと流れていき、ティアリスと鼻先がくっつくほどに顔を寄せた。

『彼奴の死に際にな、言ってやったのだ』

楽しそうに、嬉しそうに、冷たい笑みを浮かべると。

『〝残念。我は神ではない〟、とな。その絶望に満ちた顔は、実に甘美であった』

それは、神を信ずる者にとっては決定的な言葉だろう。

神は自身を否定しない。ならば否定したソレは、必然『神ではない』のだから。

「ぁ、ぁぁ……」

瞳から生気が抜け落ちた聖女に、魔王は容赦なく追撃を放つ。

「教典に記された〝絶対悪〟だの〝神と人に仇なす存在〟だのは亜人ではなく、こういう連中を言うのではないか? いや、そも教典すら、こいつらの声を元にして作ったのだったか。ややこしいな」

ぴしりと、ティアリスの信仰に亀裂が入った。

「ぁ、ぁぁあ、ああああぁぁあああぁぁあっ!」

髪を掻きむしりながら立ち上がり、絶叫する。

「迷ったな、その信仰に。お前はこの程度で惑うものを妄信し、多くの罪なき者を殺めてきた」

「ぁ、ぅ、うああっ!」

「祈りはどうした? それでは神も、慈悲を示してはくれんぞ」

ガリウスは聖剣を抜いた。

もはや彼の声も届かぬ彼女の胸を目掛け、切っ先を突き出して――。

ずぶり。

「なっ!?」

「……ぁ」

ぴたりと動きを止めたティアリスのわずか手前で、聖剣は停止していた。

突如として【ショート・テレポート】で割って入った、ダニオの腹を貫いて。

「お前が彼女を庇う理由はあったかな? まさか【チャーム・ボイス】で操られているのか?」

「否。ワシもすこし驚いているが、まぎれもなく己が意思によるものだ」

ごふっと口から血を吐くも、鋭い視線でガリウスを貫く。

「どうやらワシは、剣士である前に騎士であったらしい。ワシは、その娘を守ると誓った。神でも教皇でもなく、我が内なる信念にな。先ほどは売り言葉に買い言葉で、『忠義を尽くす道理なし』と言い放ったが、誓約は曲げられぬようだ」

震える手で、ガリウスの肩をつかむ。

「その忠道において! 愚昧なるそこな娘の命を乞う。勝手は承知。我が命以上の対価も払えぬ。それでも、頼む。勇者よ!」

赤い肩当てを握りつぶさんほどの力でダニオは願った。

「……貴方の忠道、しかと受け取った。ならばこそ――」

聖剣が輝く。その切っ先から、光の刃が放たれた。

「がぁっ……ぁ……」

光の刃はティアリスの胸を貫く。彼女の体は大きく飛ばされて、仰向けに倒れた。

「なぜ、殺した! ぐぅ……」

ガリウスは聖剣をダニオから抜く。

「これは貴方への罰だ。忠道を貫くなら、貴方は早期に彼女を諫めるべきだった。守ることと、救うことをはき違えた結果だ」

ダニオが膝を折った。両手で顔を覆い、腹から血が流れるのにも構わず、むせび泣く。

(どのみち、あの娘は自ら死を選ぶ)

教義では自殺を認めていないが、唯一の拠り所たる信仰に迷った聖女は自ら命を絶つだろう。

そうなればきっと、ダニオには今以上の傷になる。

ガリウスは聖剣をダニオの背に掲げた。白色の光が溢れ、彼を包む。

「これは…… 回復加護(エクス・ヒール) !? なぜだ? どうしてワシを助ける!」

「べつに助けたのではないよ。貴方は王国だけでなく、聖女を守れなかった咎で教国からも追われる身だ。その身を受け入れれば両国との関係がこじれるから、誰も相手にしないだろう。今後の苦労が罰というわけだ。ま、自害するなら好きにすればいい」

ガリウスが口笛を吹いた。遠く、飛竜の鳴き声が返ってくる。

「明け方にはガルブルグ城から部隊がやってくる。聖女の遺体を回収しにな」

遺体は教国に送られると聞いていた。それでお互い手打ちにしようと持ちかけるらしい。

「……そうか。では、ワシはあの娘が鳥についばまれぬよう、見張っているとするか」

「殊勝なことだな」

飛竜のクロがガリウスの横に降り立つ。

ぴょんと飛び乗って、今思いついた風にダニオに告げた。

「そういえば、遥か東に王国や教国を恐れぬ国があるそうだ。道は険しいが、そこを頼るのもいいかもな」

ここでの勧誘はしない。最後の役目を邪魔したくはなかった。

と、ダニオは鎧を脱ぎ始める。裸足に布の服だけになり、二本の大剣も鎧の上に置いた。

「元は教国の宝だが、返す気はない。王国にもくれてやらん。持っていってもらえるか」

「ガルブルグ城から部隊が来ると言ったぞ?」

「なに、連中の目的は聖女の亡骸だ。うまく逃げる」

ガリウスは思わず苦笑した。

かける言葉はもはやない。

クロが器用に大剣と鎧を足でつかむ。

ガリウスはただ夜空を見上げ、最後に一瞥もくれることなく東へと飛び去った――。

悪ノリついで、ではありませんけれど。

久方ぶりに語り部としてのお役目を。

聖女の遺体は事前の取り決めどおり、ガルブルグ城の部隊が回収しました。

傷をふさぎ、腐敗を防ぐ魔法をかけて、ルビアレス教国へと送られます。

聖女の蛮行は広く知れ渡り、そのうえ信仰に迷った顛末も伝えられ、教国主導の統一国家への道は絶たれました。

同時に、教国をはじめ各勢力は、『魔の国』の再興に慄きます。

特にその王、かつて勇者であった男の力に恐怖しました。

それでも一致団結、といかないのが彼らのお粗末なところ。

当面の脅威を排したリムルレスタは、冬の間に着々と、国造りを進めます。

そして春を迎える直前には、ついに――ついにわたくし完全復活! ゆえにどんな強敵が現れようと、我が 主(あるじ) に敵はなし!

……と、いうわけで。

我が主は次なる策に打って出る模様。

――神の正体を、暴く。

それは、唯一神を崇める者たちには禁忌とされ、とても罪深い行いです。

もしそれが為されれば、信仰は瓦解するでしょう。

はたして、どんな方法で神の秘密に迫るのか。

個人的にはこき使われる未来しか見えないのが辛いところであったりしますけれど。

さておき。

我が主が最初に向かったのは、帝国領トゥルスの街でした――。

ちなみに。

冬の間グラウスタの街では、とても元気な老人が、再建工事に精を出していたとかいないとか――。