軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は神殿攻略を決める

雪解けから春の訪れは急ぎ足だった。

冬の間も方々を飛び回っていたガリウスが、リムルレスタの都にある自宅に戻ってきた直後、一報が届く。

(リリアは間に合わなかったか)

彼女はグラウスタの再建工事など、都市国家群で働く亜人たちを統括する立場にある。

今も現地に張り付いていて、ここ一ヵ月は会っていなかった。

寂しく感じながら、ガリウスは都にある大工房の地下に赴いた。魔法研究施設に、だ。

照明魔法具で煌々と照らされた廊下を進み、とある一室へと入った。

『わたくし! 完全! 復活! うふふふふふ』

金髪の美女がハイテンションでくるくる回っている。

「みんな、よくやってくれた。感謝する」

『ガリウスはわたくしをまるっと無視し、解呪作業にあたった者たちを労うのでした』

「なんの説明だ、それは。というかお前、浮かれすぎだぞ」

苦言にも、精霊もどきは作業員一人一人と握手を交わし、またもくるくる踊り出す。

「やはり聖剣の『マギ・キャンセラー』を使えば簡単だったのではないか?」

『聖鎧に聖剣をぶっ刺して、ですか? それで聖鎧の封は解けたとしても、その特殊効果も消え失せる危険がありました』

「お前がそうやってごねるから、ここまで時間と労力がかかったのだろう? 別の実験では大丈夫だったじゃないか」

『 聖武具(わたくし) はデリケートなのです。そもそも聖剣で傷をつけるなど論外ですね』

言い争う二人の間に、フクロウの頭をした男が割って入った。施設の責任者、ムーツォだ。

「まあまあ、お二人とも。我らもよい経験になりました。新たな解呪魔法もいくつか発見できましたし、労に見合った成果は得られましたよ」

たしかに彼の言うことももっともなので、ガリウスは反論を押しとどめた。

テーブルに置かれた金色に輝く全身鎧に目を向ける。

「で、エルザナード。以前、聖武具の色が変えられると言っていたな。形も変えられるのか?」

『変えるのですか?』

「当たり前だ。こんな派手な鎧を着てあちこち行くのは我慢ならない」

それよりなにより、この見た目はかつてガリウスが勇者として亜人たちと戦ったものだ。少なからず苦痛に感じる者もいるだろう。

「色は黒にしてくれ。暗闇で目立たないようにな。形は……今と違うならなんでもいいか」

はい! と元気よく手を挙げたのはムーツォだ。

「デザインは我らにお任せを。ガリウスさんにぴったりのフォルムを考案しましょう!」

「そ、そうか。まあ、そう深く考えなくていいぞ?」

つぶらな瞳をキラキラさせるムーツォに一抹の不安を覚えるも、形状にこだわりはないので任せることにした。

「ひとまず色だけ変えてくれ。今日明日にでも出かけるつもりなのでね」

ガリウスが聖剣を鞘ごと聖鎧の横に置いたところで、新たな訪問者が現れた。

「なんじゃガリウス、もう来ておったのか」

竜人族のジズルだ。

「ちょうどよかった。貴方のところへ行こうと思っていたんだ」

ジズルは作業員たちに声をかけ、エルザナードにも挨拶して、ガリウスに向き直る。

「今後の方針、かのう?」

「ああ。聖武具が完全に使えるようになったら、本格的に動こうと思っていた」

事前に何度かジズルには話していたことだ。

「残る五つの神殿を攻略する」

かつて神々が造ったとされる、七つの神殿。

それらは互いにつながっていて、転移魔法具で行き来が可能だ。

貴重な素材が得られるのみならず、神殿の 主(マスター) になれば守護獣たちを使役できる。神殿から離れても活動できる守護獣たちは、人手不足のリムルレスタで大活躍中だ。

(そして俺の勘だが、七つすべてを攻略すれば――)

世界の秘密に迫れるのではないか。

人族にのみ授かる 恩恵(ギフト) の秘密、亜人の秘密。

世界の仕組みが紐解かれれば、亜人を迫害する思想を打破できるとガリウスは期待していた。

といってもすぐに全部を、ではない。攻略順は情報を集めてからだ。

「お前さんに長く不在にされると困るのじゃがなあ。それこそお前さんに頼りきりであることを露呈しておるのじゃが」

「その辺りは慎重にやるよ。そもそも俺でなければ攻略できない場所かどうかの問題もある」

最果ての森にあるイルア神殿がそのタイプだった。【アイテム・マスター】の所有者であり、聖武具が扉の鍵となっていたのだ。

一方、王国南部のイビディリア神殿は、結果的にガリウスが攻略したが、中に入るのは他者でもできていた。

「聖武具の解放を待っていたのは、むしろ情報集めのためだ」

「あてがある……そしてそこから情報を引き出すために聖武具が必要じゃ、と?」

「聖剣と聖鎧のとある特殊効果を組み合わせると、内と外を完全に仕切る空間を理論上、作り出せる。転移魔法やその手の 恩恵(ギフト) でも逃れられない『牢獄』だ」

ともにその特殊効果を使うにはとてつもない精神力が必要であり、勇者時代に考えてはみたものの、有用性を感じず試さずにいた。

が、その存在を知れば、恐れおののく人物が一人いる。

「自称だが博識の女だ。神殿の情報を持っている可能性は高い。自己満足のためには非道も辞さない、俺たちにとっては害悪この上ない奴だが、使えるモノは使おうと思ってね」

ずっと監視を付けていた。

ところが彼女の寄る辺がどうにも不安定で、そろそろ『器』を入れ替えかねない危険もある。

聖武具の解放が間に合った今が、接触にはもってこいだろう。

「それはもしや……」

「ああ。世界を記録することにしか興味のない女だよ」

帝国領トゥルスにある屋敷の一室。

マルギット・ドーレ――【レコード・マスター】所有者のケラは、椅子が傾くほど大きく伸びをした。

(潮時かのう……)

今日の昼、駐屯部隊を指揮するグスガー・ムスタイム将軍のひと声で『この地からの撤収』が決定した。

皇帝という柱を失い、聖女の乱心で統一国家の樹立も頓挫した現状、帝国は崩壊の道をひた走っている。

すでに旧南方諸国のうちひとつが独立を宣言。

我こそ次期皇帝であると一方的に通達した者が二人。

これにグスガーは怒り心頭で、最大かつ最強の兵をすべて投入して鎮圧を決断したのだ。

街の物資はすべて略奪。健康な男を数千単位で連れ去って奴隷とし、若い女も従軍させるだろう。

抵抗すれば街は火の海だ。

阿鼻叫喚の地獄絵図に付き合わせるのもまっぴらだが、そも帝国で泥沼の内戦は避けられない。

先のない連中に付き従う理由は、もはやなかった。

となれば、次なる寄る辺を決め、早々に立ち去る必要がある。

王国に亡命という手が浮かんだ。帝国の情報を売れば早期に取り入ることも可能だろう。

教国に逃れてもいい。ケラの正体を知る彼らには、まだこの身は使い道があるはずだ。

いっそ南方の砂漠を越え、異教徒たちの国に行くのはどうか? 情勢がつかめない中では不安もあるが、こちらの混乱よりはマシに違いない。

ケラはのけ反った姿勢のまま、ぼんやりと天井を眺める。

(いずれにせよ、この肉体をどうするか、だな)

懸念があった。

聖女ティアリスの守護騎士ダニオが、いまだ行方知れずであることだ。

彼は、マルギット・ドーレがケラであると知っている。

あの目立つ体躯が王国に潜伏しているとは思えず、であれば大河を越えて都市国家群へ逃れたと考えるのが自然だ。

あちらは今や亜人国家リムルレスタと同盟に近い関係にある。

もし、ダニオがガリウスに情報を漏らしていたら……。

(いや、そもそも聖女が殺された場でガリウスと接触はしているはず。そこで我の話が出ないとも限らぬ)

そろそろ聖武具が完全に解放される時期だろう。その異常ともいえる特殊効果を複数組み合わせれば、この身を魂ごと滅する方法があるかもしれない。

念には念を。

できればあと数年はこの体でいたかったが、世界の記録ができなくなる事態は避けなければならない。

自分は、ただそのためだけに生きているのだから。

(仕方がない。今回は教国に置いている〝予備〟を使うか)

肉体的な接触のない転送では、いくらか記録情報が欠損する危険がある。が、万が一ガリウスに気取られては後々面倒だ。

街から帝国軍が撤収するタイミングで、適当に民衆を煽って戦闘に持ちこみ、殺害される。

グスガーは何も知らないが、一応その目を誤魔化しておこう。

方針が決まり、ふっと息をついたそのときだ。

ぞわりと背に怖気が走った。

室内に、何かがいる。

そう直感し、辺りを見回そうとしたところで。

ぐにゃり。

天井が歪んだ。

ぎょっとする中、歪んだ天井からつぅっと液体のようなものが降りてきた。無色透明の粘性体だ。

「スライムか!」

ケラは椅子から飛び退くように下がり、魔法を撃つ態勢に入った。スライムは隠密状態だと攻撃も防御もできない。戦う状態になるにはまだ余裕があった。

だから慎重に、狙いを定めて――。

「なにっ!?」

一瞬の出来事だった。

天井から降りてくるスライムに気を取られ、完全に意識していなかった。

(二匹、いたのか……)

べちょりと、背に何かがのしかかってきたのだ。

背後のスライムはずいぶん前から姿を現していたのだろう。その気配にようやく気づいたものの、天井から別のスライムが姿を晒したため、その一匹しか頭になかった。

完全に体がスライムに飲みこまれる。

やがてケラの意識はぷっつりと途切れ――。

気がつくと、地面に横たわっていた。

殺されてはいないらしい。

木々が鬱蒼と茂る中、枝葉の隙間から星が煌めていた。

そして――。

「久しぶりだな、ケラ。ああ、今はマルギット・ドーレという名だったか」

ずんぐりした男が、彼女を見下ろしていた――。