軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は先んじる

王国の東領ガルブルグは、新年を間近に控えて慌ただしかった。

現在この地を治めているのはセドリック・ガルブルグという名の、十八歳になりたての若者だ。線が細く少女のような顔立ちをしている。

父は帝国の侵攻で失い、セドリックは一時期周辺の貴族たちの下を転々としていた。が、帝国皇帝が戦死したとの報を受けてのち、彼らの助力を受けてようやく領地を奪還する。

だが、彼は後見の貴族たちに傀儡のごとく扱われている。父は公爵であったが、国王不在の現状では後継の正規手続きが行えなかった。今は成人の折に賜った、子爵が彼の地位である。

いずれはどれかの娘を押しつけられ、緩やかにガルブルグ家は消滅するか乗っ取られるか。

なんとかしなければ。

セドリックは決意を胸に、三十騎の兵を連れ立って城を出た。

小雪がちらつく中、吐く息は白い。

今この地に、ルビアレス教国の聖女ティアリス・ジュゼリ一行が向かっている。彼女は統一国家樹立のため各地を回っていた。

ようやく東の端にあるガルブルグへ赴く今回は、自身の存在を聖女にアピールする絶好の機会だ。

いや、最初にして最後のチャンスと言える。

彼女が面会した王国貴族や帝国の主要人物は、彼女の話に好意的だと伝わっている。

様々な思惑があるだろう。いかに自分たちが重要な地位に就くかの競争なのだ。

最も出遅れているセドリックがライバルたちを押しのけるには、生半可なアピールでは埋もれるのが目に見えている。

(ならば僕は、彼女にとって最良の選択肢であると示してやる!)

家柄は申し分ない。国王不在の今、王家に連なる公爵家は三つだけ。そのうちのひとつがガルブルグ家であり、もっとも王家に近しい家でもある。

年齢も近く、容姿にも自信がある。

恩恵(ギフト) は突出したものではないが、学問や武芸はそこらの貴族の子息より数段上との自負があった。

現状を鑑みれば、都市国家群との交渉は 難航が予想される(・・・・・・・・) 。

その間はガルブルグ城を拠点とし、接触の機会を増やすのだ。

聖女ともてはやされても所詮は十代の少女。しかも厳粛な教国で育てられ、男に免疫がないに違いない。

(女の一人くらい、どうとでもしてやるさ)

浅ましく下卑た計略を練りながら、聖女たちを迎える村へとセドリックは到着した。

「な……なんだ、これは……」

そこで、予想外の事態に直面する。

二百人ばかりが住まう農村の中心地。

この村を支配する地主であり村長である男の屋敷が、焼け落ちていた。

しかも黒炭となった屋敷の前には、不釣り合いなほど煌びやかな箱馬車が停まっている。

武装した兵士たちに囲まれ、銀の鎧に身を包んだ少女がいた。

その神々しい美しさにセドリックは呆然とする。

と、少女が彼に気づいた。天使のような笑みを湛え、近づいて来る。

セドリックは金縛りにあったように動けずにいたが、ハッとして馬から降りると、知らず片膝をついていた。

「僕……いえ私はガルブルグ城の城主、セドリック・ガルブルグであります。聖女ティアリス様ご一行をお迎えすべく、まかりこしました」

まるで主君に対するがごとく深々と頭を下げた。

「まあ、城主自ら出迎えてくださるなんて、痛み入ります。お顔を上げてください、ガルブルグ卿」

「はっ。本来であればご到着前にお迎えするところ、遅れまして大変失礼いたしました」

「お気になさらないでください。わたくしどもも急いだ理由がありましたので」

柔らかな笑みと蕩ける声に意識を持っていかれそうになるも、セドリックは疑問に意識をつなぎとめた。

「急いだ理由、ですか?」

立ち上がり、彼女の後方に目をやった。焦げ跡生々しい村長の屋敷は、今なお燻っている。

「一昨日、この村の方がわたくしを訪ねていらっしゃいました。村長の罪を、告発しに参られたのです」

村長は魔族を奴隷として働かせていた。

聖女が各地を回っている中で、魔族絡みの〝懺悔〟の噂は村にも届いている。

村民は不安になって奴隷を処分するよう村長に訴えていたものの、彼は鼻で笑って取り合わなかったらしい。村長はこの辺りでは歴史ある地主で、平民ながらガルブルグ家とも懇意にしているので心配ないと高を括っていたのだ。

「残念ながら、彼は魔に魅入られてしまったのです。ゆえにわたくしどもは急ぎ、この村へやってきました。ただ――」

ティアリスは凍るような瞳で背後――焼け落ちた屋敷を眺めた。

「ひと足遅く、魔の者たちはいずこかへ逃げてしまっていました」

そのことで村長の私兵と村民がもみ合っているところに遭遇したと言う。

「では、あの惨状はまさか、貴女が……?」

「村長以下屋敷の者たちは当初、罪を認めようとしませんでした。最終的には神の言葉が届き、彼らは信仰心を取り戻しましたが――」

その罪は重く、また魔に魅入られた事実は拭いされなかったがゆえに。

「村民の皆様のお力も借り、一族および村長に仕えた者たちは漏らさず 火刑に処しました(・・・・・・・・) 」

あまりに冷たい眼差しで、冷淡に告げるティアリスにセドリックは身震いが抑えられなかった。

「そ、それは早急に過ぎたのではありませんか? 彼は長年にわたりこの地を管轄してきた功労者です。せめて我らに報告すべきだったのでは? いくら聖女様とはいえ、我が国の法を無視して私刑に走るなど――」

「なにか、問題でも?」

屈託のない笑みが怖気を誘い、セドリックは言葉を詰まらせた。

おそらく彼女は今の今まで、同じことを繰り返してきたのだろう。

噂が誇張された程度にしか信じていなかったが、まさか本当に……いや屋敷ごと中にいた全員を燃やし尽くすなど、噂以上の蛮行だ。

ティアリスは彼の回答を期待していなかったのか、何やらぶつぶつ言い始める。

「にしても、妙ですね。魔の者たちは村長らが逃がしたのではありませんでした。自力で逃げおおせるとも思えないのですが……。それに、各地で似たような逃亡が相次いでいるとも聞いています。まさか組織的に……? しかし、誰が、どうやって?」

「ティアリス様」と野太い声に思考が遮られた。

「お迎えが参られたのですから、長居は無用かと」

二本の大剣を背負った大柄な老騎士だ。

「そうですね。ではガルブルグ卿、城まで案内していただけますか?」

にこやかな笑みにも、最初に見たときの高揚はセドリックにはもはやなかった。

「はい……」

こんな女に取り入っても、破滅する未来しか想像できない。自分では、どうあっても御しきれないだろう。

セドリックは背を丸め、半ば放心して馬にまたがった――。

その夜は聖女一行をもてなすため、小規模ながら晩餐会が開かれた。

護衛の兵士たちも末席に並ぶのは異例の歓迎ぶりだ。

セドリックを後見する三人の貴族は和やかに、聖女ティアリスと談笑している。だがセドリックは食べたものの味がしなかった。愛想よく振りまく笑みが、禍々しいものに見えてしまう。

「ときに聖女様、貴女ももう年ごろだ。縁談話のひとつもないのですかな?」

酒が入って砕け過ぎたのか、不躾な質問が飛び出した。

「わたくしは若輩の身。そのような話はまだありませんね」

ティアリスは気にした様子もない。

嫌な流れだな、とセドリックはワインをあおった。

「ふむ。聖職者であっても婚姻は認められておりましょう。今のうちから伴侶をお決めになれば、教皇もご安心なさるのでは?」

「今は統一国家樹立に向けた使命をまっとうすべきかと考えております。お爺様もさほど気にはされていないと思いますけれど……」

「いやいや。重責ある使命であればこそ、互いに支え合うパートナーは必要でしょう。いかがです? あちらにおります我が息子を――」

「戯れが過ぎるぞ、ベンバッハ卿。貴公のご子息は三十路を越えた売れ残りではないか。それならば私の甥が年齢的にも――」

「聞き捨てならんな、ルース卿。あの小僧は戦場の経験もないひよっこではないか」

「お二人とも、その辺にしておきなさい。聖女様が困っておいでではないか」

小太りの中年貴族が間に入るも、彼もまた親戚筋からふさわしい男を頭の中で吟味していた。

聖女と結婚すれば、統一国家樹立後の地位は約束される。

おそらくこの地に来るまでも、何度となく聞かされた会話だろう。

(ま、僕も人のことは言えないけどね)

自身が聖女の伴侶となる。そう息巻いていたが、今は毛ほどにも望んでいない。

アレは凡俗がどうこうできる女ではない。

すこしでも機嫌を損ねれば、笑ってこの身どころか魂までも蹂躙し尽くす女なのだ。

と、ティアリスと目が合った。

ぞくりとした次の瞬間、とんでもないことを言い放つ。

「我が伴侶ならば、ガルブルグ卿にこそお願いしたいですね」

三貴族が目を見開いた。一番驚いたのはセドリックだ。

「王家の血を受け継ぎ、年齢的にもわたくしとぴったりです。ああ、そうですね。エドガー国王にはお世継ぎがいなくなってしまいましたから、ガルブルグ卿を養子になされれば血脈が絶えることもありません。そのうえでわたくしが輿入れすれば、統一国家も盤石なものとなるでしょう」

「せ、聖女様、いったい何を……」

「いくらなんでもそれは……」

「王家を私物化するおつもりか」

三貴族から笑みが消え、瞳には敵意すら宿っていた。

ティアリスはきょとんと小首をかしげる。

「魔の国を滅した功労者たるエドガー国王と、教国の聖女が強く結びつくのは望ましい未来かと思ったのですけれど……。所詮わたくしは政治の素人。皆様からすれば愚策であるのでしょうね」

失礼しました、と頭を下げるティアリスに、三貴族とセドリックは呆気に取られた。

問題をまるきり理解していない愚かさ。

それ以上に彼女は、自身すら 道具のひとつ(・・・・・・) と見なしている。

極度に自分を客観視しているのとは違う。彼女には主体性が欠落していた。

神と、その教え。

聖女ティアリスにとってはそれがすべてであり、それ以外が『ない』のだ。

民草へ与える慈悲も、魔族へ向ける無慈悲も。

『教典にそう書いてあるから』という理由のみをもって、彼女の言動は決定する。

(冗談じゃない。こんなイカレた女と添い遂げるなど御免だ)

セドリックは慌てて話題を逸らす。

「そ、そういえば聖女様。都市国家群との交渉は難しいと思われますが、何か策はあるのでしょうか?」

「策、ですか? いえ、これまで通り神の教えを真摯に説き、誠意を尽くすまでです」

ん? とセドリックは首をひねった。

「あの……もしかして聖女様は、大河の向こうの現状をご存じないのですか?」

今度はティアリスが首をひねる番だ。

「王国内を回るのに手一杯であまり情報を集めていませんでしたが……何か大きな変化があったのでしょうか?」

セドリックは三貴族たちと顔を見合わせた。

たしかに詳細は、王国の東端に位置するガルブルグ領であればこそ集まったといえよう。噂程度の不確定なものなら、聖女の耳に入れてよいものでもない。

ベンバッハがセドリックに目で合図する。『お前が教えてやれ』とでも言いたげだ。

セドリックは言葉を選ぶことなく率直に告げた。

「都市国家群は、魔族どもと同盟を結びました」

「……ぇ?」

「魔族どもが最果ての森で国を立ち上げたのはご存知でしょう? そこと、です。農業都市フラッタスが農業関連の技術交流を始めたのをきっかけに、帝国に壊滅させられたグラウスタの再建工事に多くの魔族が作業員として派遣されています。また商業の中心であるグラムは――」

「なんと愚かな!」

テーブルを両手でたたき、ティアリスは立ち上がる。場がしんと静まり返った。

「 涜聖(とくせい) 極まる愚行。いえ、神を穢す蛮行以外のなにものでもありません。なぜ、そのようなことになったのですか!」

「く、詳しい経緯は不明ですが、魔族が各都市に現れているのは間違いないようでして……」

ティアリスは興奮のあまり肩で息をする。自らを律するように目を閉じて、教典の一節を口ずさむと、

「失礼いたしました。あり得ない……あり得ないことですね。自ら進んで魔の者たちと手を取り合うなど、 人であるならば(・・・・・・・) あり得ません。わたくしとしたことが、冷静さを欠いておりました」

「は、はあ……」

「彼の地は、魔の者たちの侵攻に遭ったのでしょう。そうに違いありません。帝国より奪った飛空戦艦を用い、善良なる人々を脅して従わせているのです」

飛空戦艦は目撃されているが、そういった話をセドリックたちは受け取っていなかった。

が、ティアリスの禍々しい雰囲気に気圧され、誰一人として口を挟めない。

「すぐに、解放しなければ……。王国……帝国の勇士もかき集め、教国からも聖騎士を呼び寄せて直ちに大河を渡り……」

さすがに不穏当な言葉が連なり、セドリックは不安から尋ねた。

「戦争を、仕掛けるおつもりなのですか……?」

「当然です。魔の者たちに蹂躙されている方々を、一刻も早く解放せねばなりません。グラムにはエドガー国王もいらっしゃいます。一度は魔の国を滅ぼした優れた指導者なのですから、早々に救い出す必要があるでしょう」

「いや、しかし……」

客観的には、都市国家群と魔族国家は対等の関係を構築している。

下手に兵を送りこめば、魔族だけでなく都市国家群の兵とも戦う羽目になるだろう。戦って勝てなくはないだろうが、被害はすさまじいものになるのは必然だ。

騒然とする中、一人の兵士がセドリックに駆け寄る。

耳打ちされた内容に耳を疑った。

しかし黙っているわけにもいかない。

「ティアリス様、たった今、報告がありまして……」

「なんでしょう?」

「都市国家グラムから、こちらへ使者が向かっている、と」

「使者?」

「はい。聖女様と会談したいとのことで、その……、使者というのが――」

セドリックはごくりと生唾を飲みこんでから、告げた。

「エドガー国王陛下です」