軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は貿易交渉を始める

都市国家群を形成する城塞都市のひとつ、フラッタス。

旧魔の国領内の南東に位置するそこは農業プラントの役割を担い、都市国家群の食糧庫として周辺に大規模な農場をいくつも抱えている。

またこの街は、魔族による一連の奴隷強奪事件で最初に襲われ、数日にわたり魔族に占拠された苦い経験があった。

街の有力者たちは議長のヨーム・ワルトをはじめ失脚したか殺害されたかしたため、政治機能が完全にマヒ状態に陥り、街は混乱を極めた。

それを立て直したのは、当時軍部副司令だったマルコ・ホーマンである。

父は平民からの叩き上げで国王からホーマン姓を賜り、息子のマルコもまた『魔の国』攻略戦でワルトの配下として武勲を上げた。

軍人にしては体格は並程度だが、剣術と魔法を絡めた戦闘術には定評がある。集団戦での指揮能力は群を抜き、三十路手前の若さでフラッタス都市軍の副指令に上り詰めた男だ。

そして奴隷強奪事件では、魔族側の首領と対等に交渉して住民を守った英雄と讃えられている。

暫定ながら都市議会の議長に就き、軍務と政治を両立させて忙しく立ち回っていた。

議場の執務室で、軍服姿のホーマンは一通の手紙を眺めていた。

ドアがノックされ、青年兵が部屋に入ってくる。背が高く若い、ホーマンの右腕だ。

「失礼します。ホーマン副司れ……いえ、議長。お召しにより参上しました」

「お互いに慣れないな、キース。まあ、かけてくれ」

一礼して椅子に座った青年兵キースに手紙を差し出す。

「これは?」

「魔族の首領、ガリウスからだ」

「なっ!?」

キースは驚愕しつつ、内容に目を通した。読み進むにつれ怒りに震え、読み終わると堪らず叫んだ。

「なんと不遜な! 我らを侮辱し尽くしておきながら、『貿易がしたい』など恥知らずにもほどがある!」

「キース、そう熱くなるな。『画期的な農具を提案する』ともあるし、農業都市フラッタスに利がなくもない」

「まさか、受けるのですか!?」

「それこそ『まさか』だ。その手紙では具体的な内容が書かれていないからな。詳しい話を聞かなければ判断できないさ」

「しかし、手紙によれば郊外の森の奥深くに呼びつけています。この無礼をもって話し合う価値はないと具申いたします」

ホーマンは苦笑いしつつ、キースから手紙を受け取った。

指定場所は街の東にある森の中を小一時間進んだ先にある泉で、魔物もそこそこ姿を現す危険地帯だ。

「魔族を引き連れて街に入られても困る。奴なら単身でも乗りこんできそうだが、さすがに面が割れているから配慮したのだろうさ。むしろ秘密裏に会談するにはうってつけだ」

噂ではルビアレス教国の聖女が王国領や帝国の駐屯地を訪れているとか。

統一国家の樹立へ向けた動きがあるとも伝えられていて、魔族と交渉してはあらぬ疑いをかけられかねない。

水面下での交渉は必須だろう。

「ですが、副司令の身にもしものことがあっては……」

「私の命が目的なら、こんな手の込んだことはしないさ。奴がその気になれば、私の暗殺など簡単だろうよ。なにせあの男、正体はあの勇者らしいからな」

キースは嫌悪を眉間に集めた。

「魔王を名乗るあの男が、王国の英雄とはとても信じられません」

「ふむ。貴様もそう思うか。だが、ジェレド王子が勇者と言われるよりも納得できる」

勇者が授かった 恩恵(ギフト) は【アイテム・マスター】と言われている。あらゆる武具を使いこなす稀有にして至高の 恩恵(ギフト) だ。

「私も顔は見たことがないが、戦場で聖鎧を身に着けた勇者と体形はそっくりだった。素顔を見た者の話では、豚のように醜い顔をしていたそうだ」

「しかし……ではなぜ、勇者が魔族の首領などをやっているのでしょうか?」

「理由はわからん。が、今なら会って話をすれば、はっきりするかもしれない」

手紙を最初に読んだ時点でホーマンの腹は決まっていた。

人でありながら魔族を率いる男。

街が占領されている間、何度か話した。理路整然として、目的が明瞭。言葉にしたことは必ず実行し、約束を破らない真摯な姿勢。

なぜ彼は、人でありながら魔族を率いているのか。

当時聞けなかったことを、どうしても確かめたい。

しかし議会の者たちに相談すれば反対されるのは目に見えていたので、万が一を考えてキースにだけ事情を話し、出かけるつもりだった。

「私も連れていってください!」

しかし血気盛んな若者は付いていく気満々だ。

ホーマンは別の信頼できる者に留守を任せ、キースだけを連れて街を後にするのだった――。

馬がどうにか通れる小道を進んだ先。

ホーマンとキースは、森の中でぽっかり開けた場所にたどり着いた。大きな泉に浮かぶ巨大な物体に目を見開いて驚く。

「これは……帝国の飛空戦艦か?」

「魔族に奪われたという話でしたので、おそらくは……」

二人は実物を見るのは初めてだ。古竜を越えるほど重い物体が空を飛ぶとは到底信じられなかった。

「こんなものが空に浮いて、上から魔法の砲弾を撃ち放つのか……」

「防御も鉄壁とのことですから……」

都市国家のひとつ、グラウスタが壊滅したのも無理からぬこと。

二人はしばし呆然と、背に怖気が走るに任せていた。

と、飛空戦艦の横腹が一部、跳ね橋が降りるように開いた。細長いその内側は階段になっていて、泉の岸に降ろされる。

船内から、一人の男が姿を現した。

「遠くまでお呼び立てして申し訳ない。早速だが、話は中でしよう。馬はそこらにつないでおいてくれ。獣に襲われないよう、こちらで護衛は付けておく」

紛れもなく魔族の首領、ガリウスだ。

ホーマンとキースは顔を見合わせたのち、指示されるまま馬を木につないで階段を上った。

広い会議室に通された。

長テーブルに着くと、エルフの女性が紅茶を目の前に置く。若いキースが彼女の美貌に一瞬うっとり見惚れたが、すぐさま険しい顔になった。

「毒は入っていないよ。茶葉はグラムで調達したものだから、味は保証しよう」

ガリウスは対面に腰かけている。

距離はあるが、給仕がいなくなって完全に三人だけの空間だ。いや、妙に小さくつるりとしたスライムらしきはいるが、それだけだ。

ホーマンとキースは武器を取り上げられておらず、一対二の有利な状況にあった。

しかしガリウスの腰にも武器がある。黄金に輝く人類の至宝、聖剣だ。

(グラムで調達した、だと? 魔族はスパイを送りこんでいるのか……)

ホーマンは紅茶をひと口すすった。芳醇な香りと熱で気を落ち着かせる。

「まず確認させてほしい。貴公は、王国の勇者であったのか?」

『いかにも。彼がわたくしの契約者、勇者ガリウスです』

剣から女の首が飛び出し、ホーマンは肝をつぶした。

「いきなり出てくるやつがあるか。すまない。こいつは聖武具に宿る精霊のようなものだ」

『エルザナードと申します。以後、お見知りおきを』

女は微笑み、剣から手を出してひらひらさせた。

「精霊……。いや、そうだな。聖武具にそういった存在が宿っているとの話は聞いたことがある。まさか実在したとは思わなかったが……」

動揺しきったホーマンと同じく、キースも驚きの連続で声も出ない。

「さて、俺の話は後回しにして、これを見てほしい」

ガリウスは何か言いたげなホーマンを横目に、足元のピュウイに合図した。

「ぴゅい♪」

ピュウイはぴょんと飛び上がり、長テーブルの上でぴかっと目を光らせた。

壁に映像が浮かび上がる。

「な――なんだこれは!?」

「…………」

ホーマンは驚きのあまり立ち上がり、派手に椅子が転がった。キースは半ば放心している。

「麦刈り用の魔法具だ。収穫時期ではないので、似たような雑草を刈っているところだがね。性能は見ての通り、画期的だと自負している」

「ぁ、うん、それは素晴らしいものだと思う……。いや! 壁に現れているこれはなんだ? 貴公が手押し車のような、麦刈り用の魔法具? それを押している。この場に貴公はいるのに!」

「そこで魔法具を使っているのは一昨日の俺だよ。このスライムは特殊でね。他のスライムが見聞きしたものを、こうして平面に映して再現する魔法が使えるんだ。こちらの研究者の話では、いくつかの魔法を複合させたものらしいが、今のところはっきりしていない」

「……幻影魔法では、ないのか?」

「その応用、と考えてもらっていい。だが創作ではなく、実際にあった出来事だ」

ホーマンは力が抜けたように腰を落とした。慌ててキースが倒れた椅子を元に戻す。

「で、どうかな? 麦刈り用の魔法具に興味はないか?」

ホーマンはあらためて映像を見た。

手押し車のような簡単な構造なのに、前方で麦を刈り採ると自動で一定量を束ね、後方へ排出していく。

これほど楽で、精密な動きをする農具は見たことがなかった。

魔族の奴隷がいなくなり、フラッタスは深刻な人手不足にあえいでいる。

この秋の収穫は前年比で七割弱。来年以降も収穫量が戻る目処が立っていなかった。

悩んでいる様子のホーマンに、ガリウスは畳みかける。

「もちろん収穫期用の農具だけではない。 耕耘(こううん) 用のものも開発が終わったところで――」

別の映像を見せ、丁寧に説明する。

間髪いれずに条件提示に移った。

「これらの農業用魔法具を一定数買い取ってほしい。また冬の間、そちらで大規模農場の運営を学ばせてくれないか」

「魔族を、受け入れろと?」

「扱いは研修生を希望する。奴隷として働かせていたときでは知り得なかった、大規模農場の運営ノウハウが必要なんだ。彼らはもともと小規模な集落でどうにかなる程度の農地しか扱ったことがないのでね」

また外貨を得ることで、他の都市国家群とも積極的に貿易を始めたいとガリウスは語った。

「我らは足掛かり、ということか」

「その分、農具は安くしておく。以降はそちらでマネて生産しても文句は言わない。ま、最果ての森でしか手に入らない貴重な素材を使うがね。その辺りを優先して卸してもいい」

「魅力的では、ある。だが……」

ホーマンが苦悩を眉間に集めると、ガリウスは見透かしたように尋ねた。

「ルビアレス教国に気兼ねしているのか?」

「……そうだ。仮に統一国家へ向かうとしたら、貴公との接触自体も問題視される」

ガリウスはやれやれと大仰に肩を竦めてみせた。

「まだ先の話だろう? そもそも街の発展――もっといえば街の住民の豊かな暮らしのための施策だ。神の代弁者なら理解してくれると思うが?」

「それは……そう、だろうか? だいたい、魔族が信用できるとも思えない」

「彼らも生きるのに必死なんだ。一度大きな敗戦をして、最果てに追いやられて後がない。彼らは平穏を求めている。だからこそ友和への道をこうして模索しているのさ」

「貴公は、その考えに共感して魔族の側についたのか?」

「事情はより複雑だが、基本はそうだ。ま、この機会に彼らとの付き合い方を学ぶといい。ある意味、人族の国家より良好な関係が築けると思う」

「人に仇なす存在と、かね?」

「それほど凶悪な存在なら、大人しく奴隷になどならないさ。人族の俺に焚きつけられ、ようやく重い腰を上げたのが先の事件の真相だ。彼らにはもう、人族に抗う意思も気力もない」

ホーマンは腕を組んで考える。

唯一神信仰の教義には反するが、逼迫した事情があるのもたしかだ。生産性が向上すればフラッタスのみならず、都市国家群全体の利益になる。

うまい話ではあるが、うますぎるほどではない。

飛空戦艦を有し、聖武具を持つ勇者を擁する魔族がその気になれば、武力で掠め取ることもできるのだから。

「ホーマン副司令……」

キースの瞳が迷いに揺れている。

ホーマンは安心させるように薄く笑った。

「民のため、街の発展のためだ。所詮は他国の使節団。聖女だろうが文句は言わせない。そも魔族を奴隷にしていたことから教義には反するのだからな。今さらだ」

ホーマンは立ち上がり、ガリウスへ歩み寄った。

「いいだろう。提案は議会に持ち帰り、みなを説得する」

「できるかね?」

ガリウスも立ち上がり、挑発するように笑みを作った。

「尻に火が点いた連中だ。『利用できるものはできるうちに利用する』とでも言えば、渋りはしても受け入れるだろうよ」

「あえてそれを俺に言うとは、貴方もなかなかに 強(したた) かだな」

手を出すと、ホーマンはがっちり握ってきた。

細かい話は議会を説得してから。

次の交渉の段取りを大まかに決めてから、ガリウスは二人を見送った。

「お疲れ様。うまく交渉が進んでよかったわね」

エルフの女性給仕――リリアネアが上機嫌で新しい紅茶を持ってやってきた。

人族の街と、対等な関係が築ける。

彼女は純粋にそれを喜んでいるのだろう。

だが――。

ガリウスは紅茶をすすりながら、冷徹に考えを巡らせていた。

(これで、彼らは後戻りできなくなった)

かつて魔族を奴隷として生かした事実は、強奪され混乱に陥ったことが『神罰』扱いされる可能性があった。

各都市の主要人物や奴隷商が見せしめにされるだろうが、その程度だ。

(しかし今回は、街ぐるみで亜人と対等な関係を構築することになる)

それ以前に対等な交渉を進めるだけでも、あの聖女は許さない。

フラッタスが統一国家に組み込まれることはなくなった。魔族に与したとして、根絶やしにされる運命が決定したのだ。

(あとは他の都市国家でも既成事実を積み上げるだけだな)

そうすれば大河の東側は、リムルレスタを頼る以外に道はない。

できれば王国と帝国、どちらかも教国と対立させたいところだ。こちらに引き入れる必要はない。要は統一国家を頓挫させればいいのだから。

聖女ティアリスの信仰心は 不砕鋼(アダマンタイト) のごとく。

他者が何をしようが、あらゆる言葉を投げようが、揺らぐことはない。

(それが、お前の弱点だ)

ほんの少しでも許容する心を持ち合わせていれば、ガリウスの策はまったく意味を成さない。

だが彼女は追いつめられる。その信仰心が堅牢であるがゆえ――。