軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王はマスタークラス

ガルブルグ城のとある豪奢な一室に、一人の美女が王国酒を愉しんでいた。

波打つ黒髪はソファーに座ると床にまで届き、ぴっちりしたロングドレスが豊満な肉体を浮き彫りにする。

グラスを傾け、赤い液体を喉に滑らせた。

ふぅっと妖艶な吐息が漏れたところで、バンッと部屋の扉が乱暴に開かれる。

「おいケラ! お前どういうつもりだよ!」

ユルトゥスが怒気を言葉に乗せ吐き出す。ずかずかと彼女――ケラに歩み寄ると、じろりと見下ろした。

「なんでお前一人だけなんだよ。他の連中はどうした?」

「どうしたもこうしたも、そなたなら我の心はお見通しであろう?」

クスクスと笑い、グラスの残りを飲み干す。

「……帝国本土の治安と、王国南部の防衛強化、か。いつからお前、国政に口を出すようになったんだ?」

「国政に頓着がない皇帝に、将軍どもはご立腹でな。『王国全土を平定してこそ我らの地位と領土が保障される。皇帝の遊びには付き合っていられない』などと公言しおる。我とてお節介だと思うたが、荒くれどもを納得させるにはそうするほかあるまい?」

「ふん。文句があるなら直接僕に言えばいいんだ。腰抜けどもめ」

「そなたが享楽に感け、王都を留守にしたのがそもそもの原因であろう?」

「何が悪い? 僕はもともと皇帝なんてどうでもいいんだ。だいたい、お前が僕をそそのかしたんじゃないか。『国を持てば趣味に没頭し放題』ってね」

ユルトゥスは彼女の正面のソファーにドカッと腰を落とした。

「ゆえにこそ、我がこうして遊びに付きおうてやるのだぞ?」

「はっ! 戦力にもならない婆さんがなんの役に立つって言うんだ」

見た目二十代のケラに毒を吐くも、当の彼女は気にした様子もなく笑みを浮かべる。

「たしかに、我の 恩恵(ギフト) は直接の戦闘には向かぬ。が、こうしてご所望の土産を持参したのだ。そう邪険にせずともよかろう」

「……飛空戦艦『バハムート』か。あれだってロイの設計通りに作っただけだろう?」

「あやつに知恵を授けたのは我であり、こうも早く完成させたのは我の知識があってこそ。 三百年積み上げた(・・・・・・・・) 〝世界の記録〟を軽んじるものではないぞ?」

それに、とケラはグラスに葡萄酒を注ぎながら言った。

「久しぶりに現れたマスター 級(クラス) だ。聖武具エルザナードを使いこなす勇者とやらを、この目で見てみたくてなあ」

「……ちょっと待て。なんだよ、その『マスタークラス』って?」

「名に『マスター』の付く 恩恵(ギフト) は、それだけで虹色眼に匹敵する力を持つ。メルドネやロイが敗れたのも必然。侮れば、そなたでも足元を掬われるぞ、ユルトゥス」

グラスに口を付けるケラを苦々しく見やる。

「まるで自分も特別だと言いたげじゃないか。【レコード・マスター】」

「然り。知識は使い様によって剣や魔法を凌駕する。そして我は世界を記録する者。三百年の叡智は伊達ではないぞ? たとえそなたであっても、我が記したすべてを見通すことはできまいて」

じろりとユルトゥスへ向けられた瞳が、虹色に光る。

「ただ歳をくっただけで偉そうに。そもそも僕がすべてを知る必要はないさ。知っているお前を使い倒せばいいんだからね」

「くくっ、それもまた然り、であるな。我はそなたと勇者の戦いの一部始終を、記録できればそれでよい」

ユルトゥスは忌々しげに睨むと、腰を上げた。

「準備ができ次第、出発する。どれくらいかかる?」

「最果ては遠い。〝燃料〟が満ちるには二週間といったところか」

「兵や物資の準備もお前がやっておけ」

「承知した。せいぜいこき使われてやろう。ああ、それと――」

立ち去ろうとしたユルトゥスを呼び止め、ケラはどこから取り出したのか、琥珀色の腕輪を放り投げた。

「改良版だ。今のよりも魔力効率が二割ほど高くなる」

ユルトゥスは左腕の袖をまくる。何もなかった手首に、白銀の腕輪が現れた。それを外し、琥珀色の腕輪を嵌めると、そちらもまた、すぅっと消え去る。

「散々大口を叩いておったが、そなたとて勇者同様、アイテムに依存せねば最強たり得ぬ。もうひとつの 恩恵(ギフト) に殺されかけたのを、忘れてはいまい?」

「ふん。今さら恩に着せようっての? お前が勝手に僕を助けて、僕を焚きつけたんじゃないか。それに、僕はどちらの 恩恵(ギフト) にも殺されかけたんだ。ただ目が赤いというだけでね」

「赤色眼は迫害の対象……メルドネもそうであったな。しかし、そなたが 真っ当に(・・・・) 復讐の道を選んでいたなら、もうすこし可愛げがあったのだがなあ」

「復讐? むしろ僕は、僕を虐げた者たちに感謝しているくらいだよ。他者を踏みにじることがこの世で一番愉しいって、教えてくれたんだからね」

「歪んでおるなあ。だからこそ、そなたは記録するに値するのであるが」

「残念だったな。バハムートが期待通りの出来なら、あの男が船内に入るのは無理だよ。僕は高みからあいつが無様に蹂躙される様を眺めてやるさ」

ユルトゥスはふんと顔を背け、足早に部屋を出ていった。

ケラは赤い液体を揺らしながら、ぼそりとつぶやく。

「それもそうか。しかしそれではつまらぬ。どこか穴でも開けてやるかな」

悪戯っぽく笑うも、すぐさま真剣な表情となった。

「とはいえ、分はユルトゥスにある。今のところは、な」

勇者は彼の能力を知らない。メルドネやロイから情報を得たとしても、『防御に特化した魔法使い』と判断するだろう。

だがユルトゥスは魔法に関して天賦の才がある。彼は攻撃魔法でもロイを上回る力を持っていた。

【マギ・ブースト】。

瞬間的に魔力を爆発させ、単純な魔法でも数倍から数十倍の効果を発揮する 恩恵(ギフト) だ。

しかし制御が覚束なければ、その身に膨らんだ魔力が襲いかかり、死に至る諸刃の剣でもあった。

ケラが彼に渡した腕輪は 恩恵(ギフト) の暴走を防ぎ、魔力を一定量蓄える特殊効果がある。瞬間的な魔力爆発を、効率的かつ持続的に行使できる優れモノだ。

魔法戦でユルトゥスに勝てる者は、今世にはいないだろう。

(勇者が勝てるとすれば、まず絡繰りを理解せねばなるまいな)

そのうえで、一瞬でもユルトゥスの防御を突破する必要がある。

これが絶望的だ。

並のアイテムでは、堅牢なユルトゥスの防御は貫けない。できるとすれば――。

「聖武具エルザナード……アレの封印が解かれるか否か、であるな」

聖武具には、どれほど硬かろうが魔法的な防御であれば容易く打ち砕く特殊効果があるのだ。

だが封印の解除は、そう簡単にはいかないだろう。

今ごろは、術者のロイを殺したことを後悔しているかもしれない。

ケラはグラスの中身を一気に飲み干し、笑った――。

ムーツォの工房は彼の自宅地下に作られている。ランプの明かりがひとつだけで、薄暗い。

淀んだ空気の中、ムーツォは魔石の粉末を黄金の鎧に振りかけながら、小声で詠唱をしていた。

邪魔しないよう背後でガリウスがしばらく眺めていると、

「ふぅ……。ようやくひとつ外れました」

ムーツォがぐるんと顔を真後ろに向けた。

「ひとつ、とはどういう意味だ?」

顔の位置はそのままに、今度は首から下をぐるんと回してムーツォが解説する。

「たとえば一本の長い鎖でぐるぐる巻きにした場合、鎖のどこかを切断すれば、拘束は解けます。ですが短い鎖を何本も体に巻きつけたら、ひとつを切断してもまだ拘束されたままです」

「エルザナードに施された封印魔法は、後者のように幾重にもかけられている、ということか」

「はい。数も多ければ、ひとつひとつも重い。おそらく封印術式の奥へいくほど外しにくくなりそうですし、これは想定以上に時間がかかりますね……」

「皇帝との決戦には間に合いそうにないな」

「半年ほど時間をもらえるなら、どうにかなるのですが……」

さすがにそれほどは待ってくれないだろう。

肩を落とすムーツォとは対照的に、能天気な声が頭に響いた。

『ガリウス、見てください。ほら、手が出せましたよ』

兜のてっぺんからにょっきり手のひらが飛び出して、左右に振られている。

余計なマネはするな、と言いかけて、ハタと気づく。

「封印が解かれるにつれ、お前の自由も段階的に取り戻せるのか?」

今まで声しか出せなかったエルザナードが、手首だけではあるが姿を現せた。

もしかすると、満載の特殊効果も部分的に使えるようになるのではないか。

ムーツォが「あっ」と声を上げた。

「考えてみれば、このように幾重にも封印術式を施しているのは、多くの特殊効果を一度には抑えこめなかったからではないでしょうか? だとすれば、ガリウスさんのお考えのとおりに、いくつか特殊効果が使えるようになるかもしれません」

『どうやらそのようですね。モノにもよりますけれど、たとえばあと二つでも外せれば、サイズ調整くらいはできますよ? わたくしが指定した箇所を優先的にしていただければ、ですけれど』

「おおっ。特殊効果がなくとも聖鎧の防御力はそこらの魔法を撥ね退けるほど。光明が照りましたね」

興奮ぎみのムーツォに、ガリウスは冷静に告げる。

「いや、鎧は置いていく。優先するのは剣のほうだ」

「……攻撃重視、でしょうか?」

『もしくは 回復加護(エクス・ヒール) ですか?』

聖剣の攻撃力は破格だし、 神の秘薬(エリクサー) に迫る回復効果も捨てがたい。

しかしガリウスは、いずれも否定した。

「飛空戦艦は魔法防御が硬い。同じく皇帝ユルトゥスもな」

メルドネやロイの口ぶりからは、生半可な攻撃で突破できない防御力を彼が持っているのは間違いない。

「加えて言うなら、奴が防御に特化しているかも怪しいものだ。奴の性格からして、そう見せかけている可能性は高い」

つまり、相手の魔法攻撃にも対応できなければならなかった。

「だから聖剣の特殊効果で、最優先で解放して欲しいのは――」

攻撃にしろ、防御にしろ、相手が魔法使いであるなら、これしかない。

「 魔法殺し(マギ・キャンセラー) だ」