軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は決戦を見据える

ローテーブルの上に置かれた黄金に輝く剣と鎧。それを眺め、ガリウスは小声で言った。

「仕方がない。バラすか」

『ぇぇ……。唐突な死刑宣告に、さすがのわたくしもドン引きです』

心底嫌そうな声が頭に響いた。

リムルレスタに戻ったガリウスは、聖武具エルザナードに施された封印術式を解除するため、都にあるジズルの邸宅を訪れていた。

ジズルをはじめ、他にも数名が集まっている。

「ジズルが言うには術式が完全でないため綻びがあるのだろう? それに沿って、一時的に解体するだけだ。それで術式が弱まるならやって損はない」

「たしかにそうじゃが……解体するとエルザナード殿自身に何か影響があるのかのう?」

『この状態で細切れにされますと、会話ができなくなるかもしれませんね』

本来は契約者としか会話できないのだが、ほぼほぼ機能が使えない現状、ガリウス以外にも声は垂れ流しである。ついでに手で持って運ぶこともできた。

「フェニクスの鎧のように分割して使おうとは思わないが、このままというわけにもいかない」

かつてガリウスは聖武具を装備して亜人たちと戦った。

元勇者の彼は今や亜人国家の代表だが、先頭に立って戦う姿が金色の全身鎧では、苦痛に感じる者もいるだろう。

「せめて色くらいは変えたいところだな」

もともと隠密行動に不向きなキラキラと目立つ鎧には不満があった。色の変更でどのような弊害が生まれるかは未知数だが、是非とも実現したい。

『変えられますよ?』

「……なん、だと?」

『形もある程度の融通は利きます。剣や鎧の機能というよりは、わたくしの意思によるものですけれど』

「なぜ、今まで黙っていた?」

『訊かれませんでしたから』

しれっと答える精霊もどきにイラっとする。

「まさかお前、コレがかっこいいと思っているんじゃないだろうな?」

『かっこよく、ないですか……?』

「お前とは絶望的に感性が異なるらしいな」

封印が解かれたらまず自分好みに色と形を変えよう。宿主がなんと言おうと。そう心に決めるガリウスだった。

「とにかく、封印を解くには時間がかかりそうだ。いろいろ試してみてくれないか」

ガリウスは部屋の隅でそわそわしていた人物に声をかけた。

「へ? ぁ、いいんですか? 私なんかが聖剣と聖鎧に手を触れても……?」

首から下はほぼ人と同じ姿の亜人。しかし頭は鳥――くりくりした目のフクロウだ。 梟人族(ウェアオウル) と呼ばれ、リムルレスタには彼一人だけ、という超希少種族だ。

名はムーツォで、白衣を着た、いかにもな研究者。

魔法に魅入られ、魔法研究に生涯をささげた男である。理論だけでなく、多くの魔法を正確に行使できる技術を持っていた。

「封印の解除は君にしかできないだろう」

ムーツォはぱあっと表情を輝かせる。両手を翼のようにパタパタさせているが、残念ながら彼は飛べない。

「あ、あのあの! あちらも使ってよいのでしょうか?」

つぶらな瞳を向ける先。

黒光りする巨大な水晶がテーブルの横に置かれていた。

闇水晶――超がつくほど稀少な素材で、爪の先ほどの量でも最高級アイテムが作成できる代物だ。

それが、人の胴体ほどの塊でこの場にある。

王宮の宝物庫に眠っていたのを持ってきたからだ。

「こぶし大ほど削って構わない。それで足りるかな?」

「もちろんですとも! ああ、闇水晶で聖武具をカスタマイズしたら、いったいどれほど冒涜的な力が生まれるでしょうか……」

『あのぅ、恍惚としているところ申し訳ありませんが、封印を解除する以外はやめていただきたいのですけれど……』

「そうだな。中身が消えてしまわないよう注意はしてくれ」

『さらりと恐ろしいことをおっしゃいましたね。というか、わたくしの扱いが雑ではありませんか?』

「いえあの、私もその程度の常識は持ち合わせていますので、言い争いはその辺で……あっ、そうでした。ガリウスさんにお見せしたいものが」

ムーツォは困ったように顔を真横に傾け、足元にあったカバンを漁る。手のひらに乗っかるほどの小さな黒い箱を取り出した。

「これは……もしかして中継装置か?」

ガリウスが受け取ると、ムーツォは「ご名答であります」と笑った。

現状、通信魔法具は送り手と受け手でそれぞれ魔法具を扱う者が必要となる。

中継装置は送られた情報をそのまま別の通信魔法具、ないしは中継装置に人手を介さず送れるアイテムだ。定期的に魔力を注入しなければならないが、一対多の中継も行えるため、これまで以上に遠くから迅速に情報伝達が可能となる。

「試験では期待される動作をしています。問題は量産に必要な素材でしたが、闇水晶が大量に手に入ったのでそれもなんとかなりますね」

鼻歌でも歌いそうなムーツォを横目に、小躯が進み出る。

ウェアラットの女性で、ボルダルの町で議長を務めていたチェレッタだ。今は議長をミゲルに譲り、都で通信業務の運用チームを率いる立場にいる。

「通信魔法具のお話が出ましたので、こちらを」

手にした分厚い冊子をガリウスに差し出す。

「我ら運用チームが作成した報告資料です。最適な信号表、単語対応表もまとめてあります」

今は特定の単語と光の明滅パターンの対応表のみで運用しているが、通信士に高度な技術が必要ない反面、細かな情報が送れないデメリットがあった。

対応表に加え、自由度を高める意味で文字単体を送れるよう、運用を見直す指示をガリウスは出していた。

大陸共通言語は三十の文字を組み合わせて単語を作る。単語を文法に沿って並べたのが文章だ。

ただ、簡単な一文でも送信者には大きな手間がかかる。

だから従来通りの単語対応表と組み合わせ、独自文法を作るなど、情報量をなるべく少なくする方法を模索していた。

「ずいぶん仕事が早いな。それでいてかなり練られているじゃないか。しかし、やはりこのやり方だと習熟に時間がかかりそうだ」

「教本と習熟カリキュラムの作成は並行して行っています。問題は教官クラスの育成ですが……実は逸材を見つけまして」

「通信士の中にか?」

「ええ。最果ての森の境界付近で監視業務に当たっている、ウェアラットの一人です。名前はスティーブン。同族の贔屓目を差し引いても、現在、通信士の中ではもっとも上手く、速く、正確に通信が行える者ですよ」

一人でも適任がいるなら、彼を都に呼んで運用チームに入ってもらうのがよいだろう。

「では、そちらも踏まえて引き続き運用チームは貴女に任せる」

チェレッタは「承知しました」と頭を下げた。

ジズルがぼそりとつぶやく。

「着々と戦争への準備が進んでおるが、本当に帝国は攻めてくるのかのう?」

彼が楽観するのも無理はない。ガリウスが王都を強襲して以降、状況は一変した。

王都はガリウスたちが立ち去ってのち、地方貴族たちの連合軍が王都を制圧。帝国の残党を一掃した。それを受けて、都市国家群は『帝国恐るるに足らず』と息巻いて、帝国との交渉を一方的に打ち切ったのだ。

皇帝ユルトゥスは王国の東領、ガルブルグに引きこもっている。

「奴の性格を考えれば、顔に泥を塗られまくって黙っているとは思えない。それに、ひとつ気になることがあってね」

ガリウスは自分のリュックから、一冊の本を取り出した。

「王都の宝物庫で見つけた魔法の研究書だ。王国の物ではなく、ロイが書き記したものらしい」

おおっ! とムーツォの瞳が輝いた。

ガリウスは苦笑しつつ、

「いちおう、君へのお土産だよ。残念ながら、封印魔法には触れていない。ただ――」

ガリウスはページをめくり、ローテーブルに開いて見せた。

「連中は、これを実用化している可能性がある」

一同は覗きこみ、息を呑んだ――。

ガルブルグ城に戻る直前から、ユルトゥスは常に苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

(おのれ、ガリウスめ。よくも僕をコケにしてくれたな!)

王都が襲われ、ロイが死んだ。けっきょく王都は地方貴族どもに奪われてしまった。

(ふん、まあいい。王都なんて、すぐに取り返せる)

城を出て、ユルトゥスは空を見上げた。

(そうだ。これさえ完成したのなら、僕にはもう、国土だって必要ない)

巨大な船が 浮いていた(・・・・・) 。

厳密には水に浮かべる船ではなく、全体的に丸みを帯びている。側面には鳥の翼を短くしたようなでっぱりがあった。マストは取り払われ、代わりに各所にプロペラ取り付けられて、くるくると回っている。

千の兵士と数ヵ月戦える物資を積み、馬より速く遮蔽物のない空中を翔けることができるばかりか、城壁を破壊し得る特大の砲門を二十も搭載している。

まさしく巨大な空飛ぶ兵器だ。

「くっくっく、見ていろガリウス。これでお前の頭の上に飛んでいき、森ごと焼き尽くしてやる!」

ユルトゥスは巨大兵器を歓迎するように、蒼天へ哄笑を上げるのだった――。

「なんじゃ、これは……? 船、にしては帆がないし、妙なでっぱりがあるし……」

ジズルのつぶやき。

ロイが遺した魔法研究書のページに描かれた、奇妙な船の絵に一同は首をひねる。

「『飛空戦艦』と、ここには書かれているな」とガリウスが答えた。

「戦艦が、空を飛ぶのか? こんなバカでかいもんを、どうやって浮かせるんじゃ?」

「基幹部分の必要素材を見ると頭がくらくらしそうだが、理論上は可能なようだな。細かい説明は端折るが、仮に帝国がこれを完成させているとしたら、ユルトゥスは都市国家群を文字通り飛び越えてここへ攻めてくるはずだ」

神妙な顔で絶句する面々に、ガリウスは安心させるように薄く笑う。

「なに、心配はいらないさ。飛空戦艦で来るにせよ、陸路で来るにせよ、俺たちのやることは変わらない。最果ての森に入る直前、叩けばいいのだからな」

むしろ、とガリウスは言い放った。

「飛空戦艦で来てくれれば楽だよ。なにせ、飛んでいるところ撃ち落せば終わりだからな」

魔法的な防御は当然しているだろう。

地上からの攻撃で簡単にいかないのは、手元の研究書からも読み取れた。

だから『撃ち落とす』という表現は正確ではない。

「お前さん、また一人でどうにかするつもりか?」

ジズルが呆れたように言うと、

「状況次第だが、こちらの被害をゼロにできそうだな」

単身で乗りこむ気満々で答えるのだった――。