軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王は裏をかく

ペネレイは毎朝、故郷から送られてきた手紙をひとつ読み返すのを日課にしている。

都市国家群から王都へ戻ってきてからは、王都到着直後に届いた母からの手紙ばかりを選んでいた。

帝国兵による検閲で、手紙のところどころは虫食いのように塗りつぶされている。数行に渡って消されているところもあった。

塗りつぶされた部分は、前後の文脈からでも何が書いてあるのかは想像できない。

読み取れる範囲で、特別なことは何もなかった。

里の外への行き来はもちろん、情報も遮断された閉塞した生活。それでも食事は支給され、制限付きながら暮らし自体は落ち着いているとのこと。

父の病状に触れていないのが気になるが、他の手紙の中身とさほど変わらなかった。

ただ一点。

手紙の中ほど、娘の身を案じる文章のささいな言葉が、引っかかった。

「……『ペネレイヤの声が待ち遠しい』、か」

検閲した帝国兵は、『ペネレイヤ』を『ペネレイ』の誤字か何かと思ったのだろう。

だとすれば、『母が娘の声を聞きたがっている。寂しがっている』と考えるのが妥当で、塗りつぶすほどでもないと判断したのはうなずける。

だが、違う。

ここに書かれた『ペネレイヤ』とは鳥の名だ。人族社会では別の名で呼ばれるが、春を告げる美しい鳴き声の鳥だった。ペネレイの名は、ちょうど生まれたときにこの鳥が鳴いたことから付けられたものだ。

ペネレイヤの声を待ち望むのは、真冬の常套句。一、二ヵ月前に書かれた手紙に入っているのは、時期からして不自然だった。

手紙を読み返す。

塗りつぶされたところは、もしかしたら『季節』がわかる文章なのではないだろうか? 実際、読み取れる範囲で季節が明示されているところはなかった。

他の手紙も荷物から引っ張り出して見直してみる。

やはり、季節を示す言葉は見つからなかった。

嫌な考えが頭をよぎる。

自分とゾルトが里を出発したのは、秋が深まったころ。

もし、この手紙が真冬に書かれたものだとしたら?

その後の母は――里の者たちはどうなったのだろう?

これ以上は考えたくなかった。

けれど、いつかは知らなければならない。

もし、考え得る最悪の事態になっていたら、そのときは――。

思考が、轟音にかき消された。

実際にはさほど大きな音ではなかったが、わずかに早く地面に振動を感じたことから、音はかなり遠くで鳴ったようだ。

城壁付近だろうか?

ペネレイは王宮と離宮の中間にある馬屋から飛び出した。

雷が落ちるような空模様ではない。

ちょうど王宮が邪魔になって、音の出どころ方向――南は見通せなかった。

いったい何が?

ひとまず確認しようとペネレイは走る。王宮を迂回して、正面広場に出たまさにそのとき。

すぐ近くで大爆発が起こった。

王宮を挟むようにして作られた帝国兵の詰め所。そのひとつのど真ん中で、だ。

悲鳴や怒号が飛び交う中、再びの爆音。

もう一方の詰め所も、とてつもない爆風を巻き上げた。

粉塵であっという間に視界が塞がる。煙じみた塵埃の中から、ふらふらと兵士たちが逃げてきた。

「お、おい、大丈――」

ペネレイが駆け寄って手を貸そうとする。

兵士は縋るように彼女へ手を伸ばすも、

「ひっ!? 魔族!」

怯えた表情で手を引っ込めた。

別の兵士が駆け寄ってきて、ふらつく兵士に肩を貸す。ペネレイを一瞥すらせず、強張った表情で詰め所から離れていった。

その後も続々と負傷兵がやってくるが、彼女を見ると驚いたり警戒したりと、ここにいてはいけないような気になってくる。

実際、ここにいるべきではないのだろう。

原因を突き止めなければならない。

ただし闇雲に動き回っても無駄だ。ペネレイはひとまず王宮内――皇帝の留守を任されているロイのところへ向かった――。

「お待たせしました」

奥まった一室で待機を命じられてから二時間近く。ようやくロイが現れた。奇妙な黒い兜を小脇に抱えている。

「いったい何が起こっているんだ?」

「襲撃です。元勇者ガリウスが単独で襲ってきたようですね」

「っ!? 一人で城門を突破したのか。あの男が……?」

「昨日以前から王都へ潜伏していたのでしょうね。攻撃は王都の内側からで間違いありません」

「潜伏? わからないな。彼は何を目的に、単身で王都に乗りこんできたのだ? 詰め所が攻撃を受けてから、かなり時間が経っている。狙いは 王宮(ここ) ではないのか……?」

「兵士が集中する南門と王宮側の詰め所を破壊したのち、住民を扇動して回っているようですね。まだ組織立っての動きはありませんが、局所的に暴動が起こっています」

ロイは彼に使い魔を貼りつかせ、その動向を把握していた。

肩当てと籠手、すね当てはすべて赤。フェニクスの鎧を加工したものだ。背には黒い槍を負い、片手で手綱を握り締め、もう一方の手にはシルフィード・ダガー。腰にも別の短剣を差している。

今現在もガリウスは、あちこちを飛び回っては帝国兵を見つけ次第、風刃で倒し、『自分は勇者だ。我に続け』などと民衆を煽っている。

勇者の正体は一般レベルでは知られていない。

しかし民衆は戸惑いながらも、帝国兵のみを標的にして圧倒的な力を見せつける彼の言葉を徐々に信じ始めていた。

他国に支配された閉塞感。それを巧みに利用した彼の戦術は嵌まりつつある。

「暴徒たちはいずれ王宮にも押し寄せてくるでしょう。ガリウスがそのように誘導しています」

「民衆に紛れて、王宮を襲うつもりなのだろうか?」

「ええ。彼の目的はおそらく聖武具エルザナードですから」

嘘だった。いや、それも目的のひとつではあろうが、真の目的は離宮の地下に作った魔力供給システム――『魔樹の呪槍』で樹木化されたオーガ族の救出で間違いない。

「彼は聖武具が石化したゾルトに抱えられているとは知りません。無茶をすれば、彼を死に至らしめる危険もあります」

これも半分は嘘だ。

ガリウスはメルドネを尋問して知っているはず。ただ、石化を解除する方法にたどり着いているとは思えなかった。だから無茶をする危険があるのは本当だ。

「どうするつもりだ?」

「他門から兵をかき集めています。暴徒はそれで対処しましょう」

外から招き入れた魔物が一匹、ガリウスから離れて兵士が合流するのを邪魔しているようだが、さほど影響はない。むしろ彼と魔物が一緒に行動すれば厄介なので、兵士たちには魔物を引きつけるよう指示しておいた。

「ガリウスはどうする?」

彼は魔力供給システムの正確な位置は知らないはずだ。

王宮の敷地内と推測はしているだろうが、王宮か離宮かは特定できていないと考えていい。

では、彼はどう動くか?

知っている人物に聞き出そうとするに違いない。

(つまり、彼は私を狙ってくるはず。その前にペネレイを味方に引きこもうともするでしょう)

であれば――。

「ガリウスは、私と貴女で処理します」

ロイは持っていた黒い兜をペネレイに差し出す。頭部をすっぽり覆うタイプの兜で、禍々しい気配を漂わせていた。

「これは『従属の 兜(スレイブ・ヘルム) 』です。念のため、こちらを装備してください」

「……私を、操ろうというのか?」

「念のため、と言いました。なに、ただ私以外の声を遮断するだけですよ。自由意志を奪っては、貴女本来の力が発揮できませんからね」

これは嘘ではなかった。

命令を強制させると、その瞬間に隙が生まれる。聖武具のない元勇者であっても、これまでの戦績を鑑みれば一筋縄でいく相手でないのは明らか。

油断も慢心も完全に排除し、全力で挑まなければならなかった。

しかし真相を知ればペネレイは寝返ってしまう。

会話はさせない。

文字や口の動きで知らせようとすれば都度邪魔をする。

二人がかりで即座に決着をつけるのがロイの作戦だった。

おそらくガリウスも短期決戦を仕掛けてくるだろう。【マギ・タンク】を持つ魔法使いを相手にするには、長期戦は不利だからだ。

相手の作戦にあえて乗り、そのうえで返り討ちにする。

これ以上、あの男の自由にはさせない。させてはならなかった。

「貴女に拒否権はありません。事が済めばすぐに外す、との約束を信じてもらうしかないですね」

ペネレイはじっと兜を眺めてから、つぶやく。

「これが終わったら、一度里へ帰らせてもらう」

「陛下には具申しましょう」

曖昧な返答だ。だからこそ迷った。もし確約でもしてくれたなら、嘘だと断定できたのに。

ペネレイは兜を奪うように受け取ると、諦めたように被った。

これで勝利はほぼ手中。

ロイはほくそ笑むも、すぐに表情を引き締めた。

準備が整ったなら、あえて待ち伏せる必要もない。

いつまでも好き勝手にさせるより、こちらから仕掛けるべきだろう。

とはいえ、王宮から離れるのは問題があった。

ロイは魔力供給システムに自らをつなげており、必要なときに必要なだけ魔力を自動で受け取れる。ただしそれは王宮の敷地内――システムの範囲内にいる場合に限られる。

(誘い出す、のがよいでしょうね)

ロイは使い魔を通してガリウスに呼びかけた。

「そろそろ決着をつけませんか? 貴方とお話しする用意があります。王宮前の広場にいらしてください」

万が一でも離宮地下が破壊されては困る。戦うなら離れたところだ。

ガリウスは使い魔を一瞥すると、風刃で切り裂いた

(ふっ、乱暴な人だ)

もっとも、使い魔が消されたのはこれが初めてどころか一度や二度ではない。ガリウスはときおり、うっとうしそうに使い魔を風刃で切り裂いていたのだ。

通信魔法の制約上、情報のやり取りが行える使い魔はひとつに限られる。が、使い魔自体はいくつも放てるので、通信用の使い魔が倒されたらすぐ切り替えればよかった。

すぐさま別の使い魔から情報が送られてくる。

左の網膜に映像が映し出された。左耳から音も聞こえる。

ん? とロイは首をひねった。

ガリウスが、飛竜の手綱を操り、ものすごいスピードで飛び出したのだ。

使い魔で必死に追いすがる。

王宮から南門へ抜ける大通りまで来ると、ぎゅるんと進路を変えた。

まっすぐ、王宮へ向かってくる。

(思いのほか、せっかちな人のようですね)

ともあれ、承諾はしてくれたらしい。

ロイは急ぎ、ペネレイを連れて部屋を飛び出した――。

勝利は、確実なはずだった。

王宮正面の広場に降り立ったガリウスと対峙しても、ロイの自信は揺るがなかった。

ペネレイの兜を見て、ガリウスは説得を諦めたのか、彼女と会話しようとはしない。

それどころかロイに魔力供給システムの所在を尋ねることもなく、冷ややかに告げた。

「俺にばかり注目していた、お前の負けだ」

「何を言って――ッ!?」

おかしい。

あり得ない。

だってまだ何もしていない。何もされていない。なのに――。

「ぐああぁあぁぁあああっ!」

どうして体の内側が煮えるように熱いのか!?

(魔力が吸い取られて……いや!)

逆流(・・) している!

魔力供給システムが暴走し、ロイの体から魔力がとめどなく流れ出ていた。

「ふむ。供給を断ち切る程度と考えていたが、ずいぶん苦しそうじゃないか。無理な魔法システムの弊害か?」

「貴様何をしたぁ!」

膝を折って絶叫するロイをつまらなさそうに眺めながら、ガリウスはつぶやく。

「なに、『樹木化された者たちを傷つけずにシステムを破壊してくれ』と頼んだだけだ。実際に何をしたかは俺も知らんよ」

「だ、誰が、そんな……」

胃の中身がせり上がってくる嫌悪感に耐えながら、ロイは信じがたい言葉を耳にする。

「精霊格を得た獣の半身さ。最近思うのだが、実のところ本体より優秀かもしれない」

ガリウスは背負った黒い槍を抜くと、無造作に放り投げた。

「今ごろは本物の槍で樹木化を解除しているだろう。俺こそが陽動、囮だったというわけさ。元から人の出入りの多い王宮より、離宮が本命だと考えていたが、わざわざ 王宮前広場(ここ) を指定してくれたので確信した」

言って、腰に差した短剣も抜いて二刀を構えると、

「では、仕上げといこうか。ペネレイも解放してもらうぞ」

地面を蹴ってロイに飛びかかった――。