軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者は皇帝と相対す

亡国の王エドガーと、ハーフオーガのペネレイ。

彼らの所在をつかみ、順に接触しようと考えていたガリウスだったが、二人は図らずも向こうから一緒にやってきた。

帝国はエドガーを都市国家群に使節として派遣し、その護衛にペネレイを付けたのだ。

都市国家群の最西端に位置する大河沿いの港湾都市、ウェステル。

以前ガリウスが襲った大橋にも近く、都市国家群の玄関口の役割を担っている。他の都市国家よりも規模は小さく、交易の中心は陸路であるため、大河で漁をする程度の産業しかなかった。

エドガーたち使節団はウェステルを訪れ、中心都市グラムでの本格交渉が始まるまでしばらくこの街に滞在する予定だ。

ガリウスは彼らがここへ来るとの情報を入手し、一昨日から街に潜伏していた。

昼を過ぎ、使節団が街に到着した。目抜き通りを絢爛な王族用箱馬車が厳かに進む。

護衛は百名ほどの騎乗した兵士たち。王族用の馬車には別の箱馬車が続き、後方には三台の荷馬車を引き連れていた。

煌びやかな箱馬車に注目が集まる中、見物人はみな、一様に眉をひそめていた。嫌悪を隠そうともせず、恨みがましい視線を突き刺した相手こそ、ハーフオーガのペネレイだ。

箱馬車の傍らを大股で歩く彼女は露出が多めの軽鎧姿ながら、その背には巨大な金棒を負っている。

四方から注がれる怨嗟の視線に動じることもなく、まっすぐに前を見据えて歩いていた。

街の中心部にある議事堂から数百メートル離れたところにある豪邸が、使節団の滞在場所だ。

詰めかけた多くの野次馬の中に、ガリウスも紛れこんでいた。

使節団がやってくる。

王族用の箱馬車が正面入り口に横付けされると、護衛の兵士たちが周囲を固めた。

馬車の扉が開かれ、豪奢なコートを纏ったふくよかな男が現れる。エドガー国王だ。

「相変わらず丸々と太ってやがるぜ」

「国を売り渡した張本人のくせに」

「恥知らずな王だこと」

「史上最低の愚王ってやつか」

見物人たちは冷ややかだ。都市国家群の住民はほぼすべてが元王国の民。故郷を帝国に譲った国王には辛辣な言葉しか出てこない。

ガリウスは無感情に一瞥しただけで、すぐに視線を別へ向けた。

後ろで待機しているペネレイだ。

彼女は別の箱馬車から出てきた人物と何やら会話している。

その人物はフードを目深に被っているため顔の下半分しか判別できない。どうやら男のようだ。きょろきょろと見物人を品定めするように眺めてから、ガリウスのほうへ顔を向けた。やはり人相は特定できない。

(彼も亜人なのだろうか? 見たところ、ペネレイとまともに話をしているのは彼くらいだが……)

ガリウスは彼らの滞在場所に忍びこむ気でいる。

時間は夜。今日は偵察だけにして、実際には明日の深夜が妥当なところだろう。

まずはペネレイと話をして、彼女の状況を把握するつもりだ。そのうえで、可能ならエドガーに面会する。彼の真意も問わねばならなかった。

他にも亜人がいるなら話をしておきたい。

そんなことを考えていると、ペネレイがこちらを向いた。

目が合う。

すぐ顔をそむけては不自然だと感じ、ガリウスはぼんやり彼女の顔を見つめ返した。

ペネレイは睨むように険しい顔つきだったが、フードの男に声をかけられて視線を外す。

やがて護衛の兵たちも邸宅に入っていき、ガリウスも解散する見物人たちに紛れてその場を離れた。

その夜は、巡回する護衛兵の動きを確認するだけにとどめた。

そして、翌日――。

街は寝静まった時間帯。

ガリウスは塀を飛び越え、広い庭に降り立った。逸心香は使わない。闇に紛れ、足音を立てずに正面に見える三階建ての建物へ向かった。

体勢を低くして、目立たぬよう慎重に進む。

亜人のペネレイは屋敷内ではなく、側にある庭側の小屋で寝泊まりしているはずだ。そちらへ足を向けようとしたところ。

ざ、ざ、ざ、と。

地面を踏み鳴らす音が近づいてきた。まっすぐに、迷いなく、 彼女(・・) はガリウスへ歩み寄ってくる。

「……」

「……」

両者立ち止まり、互いに無言で見つめ合う。

先に口を開いたのはガリウスだ。

「君がペネレイだな。俺は――」

「元勇者ガリウス」

「……」

「そして今は、魔族を束ねる〝魔王〟か?」

ガリウスは答えず、腰に手を伸ばした。正体が知られているのは織り込み済み。が、違和感を抱いたのだ。

亜人を『魔族』と呼ぶ、その言い方に。

そしてひと目でこちらを『ガリウス』と判断したことに。

(待ち構えられていたか。正体が知れているなら、俺が来ると予想するのもある意味では当然だが……)

昨夜、彼女は建物に張りついていて、庭にまでは足を運ばなかった。だというのに、今夜は庭で張っていたらしいのが気にかかる。

「君と話がしたい。君はなぜ、帝国に従って――ッ!?」

ほとんど予備動作もなく、ペネレイが襲いかかってきた。

「質問するのはこちらだ。貴様は魔族を従え、何を企む!」

答えを聞く気があるのか疑わしいほど、強烈な一撃がガリウスに振り下ろされる。

快速ブーツの効果でひらりと躱す。地面に大穴が穿たれた。飛び散った土塊を軽快な足さばきで避けながら、ガリウスは腰の短剣――シルフィード・ダガーを抜く。

「魔族に何を吹きこんだ? どう取り入り、どこで何をしている!?」

金棒を振り回しながらの問いかけに、答える余裕がない。

(吹きこんだも何も、俺は誘われて最果ての森に腰を落ち着けたのだしなあ)

苦しく辛い旅を経て、入り口の町へたどり着いた。

ボルダルの町に居を構えてからは、やっているのは主には農作業や狩り、それらに必要なモノ作り。奴隷解放作戦や今回のようなイレギュラーな仕事もあるが、生活に根づき、それを豊かにするものばかりだ。

不満はない。むしろ心穏やかで幸せな日々に充実していた。

「貴様は聖武具を使っていたな? アレに宿った精霊とはどうやって契約した? 何が決め手になった!?」

「……?」

唐突に質問が切り替わり、ガリウスは訝る。今度も同じく答えを期待している風でもなく、攻撃の手は休めてくれなかった。

(どうやらエルザナードとはまだ契約できていないようだな)

だからこその問いだろう。

答える義理はない。そも知らないのだから答えようがない。エドガーに聖武具を渡され、装備したら使えたという、ただそれだけの話なのだから。

アレに自我があってふらふらする自称精霊もどきが宿っていると知ったのも、勇者をお払い箱になってからだったし。

「できれば落ち着いて話がしたいのだがな。できない理由でもあるのか?」

「質問はこちらがすると言ったぞ。貴様はどういう経緯で魔王となったのだ!?」

(そんなものは知らん。俺はリムルレスタの一市民だ)

激しい攻撃を躱すので精いっぱい。その間にも訳のわからない質問が次々に飛んでくる。

(時間稼ぎか……?)

ガリウスはギリギリで金棒を避けながら、警戒範囲を広げる。

と、屋敷の前に人影を見つけた。

昨日、ペネレイと唯一話をしていたフードの男だ。ランプを手に、こちらの様子を窺っている風だった。

これだけ大騒ぎしているのだ。

見つかっても不思議はない。

しかし彼は誰かを呼びに行くでもなく、しかもいまだに兵士たちが殺到してくる気配もなかった。

「監視されているのか。しかしここからでは距離がある。戦いを装い、小声で会話すれば気づかれないぞ?」

そう小声で言ってみたものの、

「くどい!」

ペネレイが大上段に棍棒を振りかぶった。強烈な一撃をガリウスはひらりと躱し、地面に叩きつけられた金棒の上にふわりと降り立つ。

短剣を横に薙いだ。

風刃が飛び出し、ペネレイは首を傾けて避ける。が、その目が驚愕に見開かれた。

それも当然。

避けずとも元より彼女に当てる気は毛頭なかった。

風の刃は夜空の彼方へ飛んでいき――。

――ぐるんと軌道を変えてフードの男に襲いかかった。

彼が何者であるか、ガリウスは知らない。

しかし、とある予想は立てていた。

もしかすると、あの男は――。

キィン、と涼やかな音が響いた。

突如彼の前に現れた何者かが、風刃を弾き飛ばしたのだ。こちらもフードを目深に被り、ゆったりめのローブを纏っている。その手には、漆黒の長い槍。

間違いない。

赤い鎧は隠されているが、皇帝の側近の女騎士、メルドネだ。

となれば、男の正体はやはり――。

「まさか 皇帝自らお出まし(・・・・・・・・) とはな」

つぶやきの直後、男がフードをめくった。覇気のないにやけ顔。左目に眼帯はなく閉じられていて、開かれた右目は赤く輝いていた。

男の唇が動く。

声は聞こえなかったが、黒い槍を持った女がローブを取り去った。

赤い髪に赤い鎧。赤い瞳がガリウスを捉え、ものすごいスピードで接近してきた。

「くっ!」

ガリウスは遅れて目を伏せた。幸いにも体は動く。気配を頼りに金棒による攻撃をすんでで避け、大きく飛び上がった。

(女の赤色眼は、射程が長くて二十メートルか)

相手の動きを完全に封じる効果を考えれば、もっと短いと思われるが、今は確かめる余裕がなかった。

風を呼ぶ。

自身を中心にした巨大な竜巻を生み出した。ペネレイが掘った地面の残骸が土煙となってガリウスの姿を隠す。

そうしてガリウスは竜巻とともに、屋敷から逃れるのだった――。

「逃げられた!? アタシなんもしてないのに!」

地団太を踏んで悔しがるメルドネの肩に、ぽんと手が置かれた。皇帝ユルトゥスだ。

「気にしなくてもいいさ。彼とは 話がしたかった(・・・・・・・) だけだからね」

「追わなくていいんですかぁ?」

「うん。彼から欲しい情報はもらえたからね」

メルドネの頭を優しく撫でたあと、ユルトゥスはペネレイに歩み寄る。

「よくやってくれたね。おかげで面白い話がいくつも聞けたよ。わざわざこんなみすぼらしい格好をしてまで、僕も足を運んだ甲斐があったね」

「……いつものことだろうに」

ユルトゥスが顔を隠してエドガーと行動したのは今回が初めてではなかった。

地方貴族の説得に赴く際も、必ずといってよいほど同行していたのだ。

近くで交渉相手の心を読み、エドガーに適切なアドバイスをする。そうして交渉を有利に運んできた。

今回も都市国家群の主要人物たちとの交渉で、同じことをしようとしただけだった。

ガリウスを見つけたのは偶然。

見物人に紛れていた彼の心を読み、侵入するのを待ち構えていた。

彼の目的はもちろんだが、あわよくば聖武具との契約条件を聞き出せるかと期待をした。残念ながらそちらは叶わなかったが、その代わりに――。

「リムルレスタ……魔族どもの 楽園(パラダイス) か。ふふ、ふはははははっ!」

面白い。実に滑稽だ。

故郷を追われ、魔物が跋扈する最果ての森で、魔族と忌み嫌われた者たちはひっそりと、慎ましやかに暮らしている。

貧しいながらも争いとは無縁の土地で、幸せに生活しているのだ。

退屈だった。落胆している。

衰退が始まっていた王国は予想を大きく下回る覇気のなさで、蹂躙しても何の面白味もなかった。

新興で意気盛んと思っていた都市国家群も、魔族たちに一杯食わされて消沈しているのか、怯えと不安にさいなまれている。これでは蹂躙のし甲斐がなかった。

(僕が見たいのは、幸せな者たちが絶望に堕ちる、その瞬間なんだ)

泣き叫ぶ声とともに、心が闇へと沈んでいく過程こそ面白い。

次なる目標が決まった。

都市国家群にも情報を与えて協力体制を敷くのもいいだろう。

遠く、最果ての森へ。

そこで幸せに暮らす者たちを。

(徹底的に、踏みつぶしてやろう!)

哄笑が夜空を衝く。

しかしユルトゥスは知らなかった。その企みが、 彼の(・・) 知るところとなっていたのを――。

ガリウスは飛竜に乗り、リムルレスタへの帰路に着いていた。

作戦は失敗に終わったが、頭を切り替えて考える。

帝国皇帝ユルトゥス・バランハルトがあの場にいたのは、偶然ではないだろう。

(だが始めから俺を見分する意図があったかは疑わしいな)

眼帯を外し、フードを目深に被り、従者に扮して行動するのに慣れていたと感じる。特にエドガーの挙動に不審な点がなかったことが決定的だ。皇帝が同行するのが異常事態であれば、あの小心者は心穏やかでないはず。

(となれば、地方貴族たちの説得にも、あの格好で同行していたのだろう)

何を目的に?

答えにたどり着くヒントは、ペネレイの言動にある。

回答を求めない質問の数々。問いかけに脈絡もなく、それでいて考える間は与えていた。

(俺に質問すること自体が、彼女に与えられた命令ということか?)

今日、あの時間。彼らは事前に襲撃を予想していたのだろう。準備万端待ち構え、そして追ってこなかったところから考えて、おそらく目的は達成した。

(赤色眼……)

数ある 恩恵(ギフト) の中でも、目で見て効果を発揮する特殊なものだ。

その種類も多岐に渡る。

メルドネのように相手の動きを封じる強力なものから、物の真贋を見極める便利なもの、見ただけで正確な重さを量れる、限定的には便利だが取るに足らないものまで。

ガリウスは自身の知識をほじくり返し、記憶にある赤色眼の種類をひとつひとつ当てはめてみた。

そうして、ひとつの能力がぴったりと合致する。

(心を読む……その可能性が極めて高いな)

ペネレイが間を置きながら返答を期待しない質問ばかりして、小声での会話も拒否した理由。

今夜の侵入が予想されていた理由。

皇帝自らエドガーに同行している理由。

いずれもその能力であれば説明がつく。

(確定でない以上、そうだと決めつけて動くのは危険だが……)

逆にそれと想定して、予想されうる危険を排除する必要はあった。

(心が読まれていたなら、リムルレスタの存在は知られたはず)

ガリウスはペネレイとの(一方的な)会話の中で、リムルレスタの都や町を想像していた。ある程度の場所も頭に思い描いた。

どのレベルで心を読むかはわからないが、最悪の場合は『思ったこと以外も含めて記憶にあるすべて』だろう。

すぐに攻めてくるとは思えない。

だが、仲間に危険が及ぶ可能性があるのだから、常に最悪を想定して動くべきだ。

もし、仮に、帝国が攻めてきたとしたら。

ガリウスは決意を声に乗せ、夜空へ飛ばした。

――何をもってしても、連中は排除する!