軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者はリフォームを始める

オンボロだろうと自分の家を手に入れた。

ただ感動している場合でない。陽がずいぶんと傾いてきたからだ。

雲はまばらで、よい天気。

最悪は外で寝られるが、今夜は中で休みたい。隙間風は仕方ないにしても。

町長のテリオスが資材なりを準備してくれると言って町の中心部へと戻った。リッピもいなくなり、ガリウスは一人で小屋の周りをぐるりと見て回る。

裏手に井戸があった。

地上部分は石造り。石の隙間から植物が生えていているが、見た感じはしっかりしている。

しかし覗いてみると、暗くてわかりにくいが、枯れているようだ。

内部も石で組まれて壁を作っていた。取っ手がはしご状に埋められているので、降りて掘ることはできそうだ。

しかし、桶も何もない。

と、小屋の裏側にくっついた物置らしきがあった。

引き戸をガタガタいわせて開けると、取っ手の付いた桶を発見する。パサついたロープもとぐろを巻いている。

そして奥には古びたスコップがあった。かなり錆びているが、使えなくはない。

ひとまず保留にして、正面に戻る。

中を確認すべく、扉に手をかけた。

建付けが悪く、押しても引いてもびくともしない。扉周りの板壁が歪んでいるらしい。

それでも【アイテム・マスター】で、『建物』をひとつのアイテムとして捉え、『扉』という機能を最大限活用するよう働きかければ。

ガタンッ。

扉が開いた。

完全に機能を失っていればさすがに開かなかったが、ギリギリ大丈夫だったようだ。

短剣の柄で打ちつけ、歪みを直すと、扉はスムーズに開け閉めできるようになった。

小屋の中は薄暗かった。窓は閉じられ、それでも板壁の隙間から光が差しこんでいる。光の帯に、巻き上げられた埃がキラキラときらめいていた。

正面にはテーブルが置かれていた。その奥にベッドが見える。入って左手には炊事場があり、かまどが設えてあった。

外から見ていたとおり、中は狭い。だが一人で暮らすには十分だ。

ガリウスは床板の穴を避けながら進み、窓を開けた。こちらも普通なら開けられなかったが、ガリウスの 恩恵(ギフト) なら問題ない。

窓をひとつ開けただけでずいぶん明るくなった。

(む、あのベッド……)

足が一本折れていて、傾いている。シーツはなく、敷かれた藁も干からびていた。

(先に中を確認してから、テリオスにいろいろお願いすればよかったな)

今さらなので気持ちを切り替え、辺りを物色する。

ほうきを見つけた。先がぼさぼさになっているが、まったく使えなくはなさそうだ。そのすぐ側に、かぴかぴになった雑巾もある。

さっそく掃除をしたいところだが、それには水が必要だ。

裏に回り、スコップを持った。井戸の端を跨ぎ、取っ手部分に足をかけた。

そこで、ハタと気づく。

横幅のあるガリウスでも、井戸の中に入ることはできる。が、底まで降りても、スコップを振るう隙間がなかった。

いったん外へ戻り、考える。

別の誰かにお願いすればよい話ではあるが、できるならなるべく自分一人でやりたい。

やってみた。

腰に差したシルフィード・ダガーを取り出し、風の刃を複数、井戸の底に撃ち放つ。

爆発が起こり、圧縮された空気が唯一の出口から勢いよく飛び出した。

埃まみれの風をまともに食らい、ガリウスはひっくり返る。

「けほ、けほ……。うっかりしていたな」

しばらく仰向けのままでいた。小さな雲が、青い空をゆっくり流れていく。

起き上がり、井戸を覗きこんだ。塵埃は晴れ、底に目を凝らすと。

「よし、成功だ」

水が湧き出していた。

物置から桶とロープを持ってきて、取っ手にロープを括りつける。ロープの強度が気になるところだが、水を組み上げる程度なら大丈夫だと思いたい。

桶を投げ入れ、引っ張り上げる。

どうにか水を掬うことができた。まだすこし濁っているが、何度も汲んでいるうちに澄んでくるだろう。今はこれでいい。

桶の横から水がしみ出してもいるが気にしない。放置してもしばらくは水がなくなることはなさそうだ。

そうして、ガリウスは小屋の中に入り、掃除を始めた――。

二時間ほどして、テリオスが小さな荷馬車に一人で乗って戻ってきた。

「貴方は町の代表者なのだろう? こんなところで時間をつぶしていて大丈夫なのか?」

「周りが優秀だからな。オレは議会が決めたことにうなずくだけでいい。いてもいなくても変わらん!」

ちょっと哀しそうなのは見なかったことにして。

さっそく積み荷を降ろし始めたので、ガリウスも手伝う。

「ひとまず必要そうなものを持ってきたが、やはり建て直したほうが早いんじゃないか?」

「建物自体はしっかりしている。穴を埋めれば十分使えるさ。それにしても……この樽はなんだ?」

荷物の半分は木樽。しかも重い。

「飲料水だ。小屋の裏に井戸があるが、今は枯れているはずだからな。明日にでも人を寄越して掘らせよう」

「……実は、さっき水が湧き出るまではやっておいた。まあ、まだ飲めるまできれいにはなっていないから、助かる」

「ずいぶん仕事が早いな」

テリオスは目を丸くすると、木樽を二つ担いで小屋に入った。そこで今度は目を見張る。

「これは……どういうことだ? 数年放置されていたのに、ぴかぴかじゃないか」

「今まで掃除していた」

「いや、それにしても……」

木樽を抱えたまま立ち尽くすテリオスの横をすり抜け、ガリウスも小屋に入る。

「天井までは届かなかったから、そっちは見ないほうがいい」

「貴様、清掃業の 恩恵(ギフト) を授かったのか?」

「いや、たんに道具の扱いが上手いというだけだ」

「ふぅむ、人族の 恩恵(ギフト) とやらは奥が深いな。ん? そういえば、ベッドやタンスがあったはずだが?」

「二つとも使えなさそうだから、バラして裏に積んでいる。燃料用にな」

テーブルは丈夫な素材を使っているので、椅子ともども有効活用しようと残している。寝るのは床で十分だ。

「ふむ。その二つは今から持ってこよう」

「そこまでしてもらう必要はないと思うが……」

「なに、外から逃れてきた者たちには住居と家具一式に日用品と食料、それに当面の生活費が支給されることになっている。当然の権利だ。遠慮なく受け取っておけ」

そう言われては断れない。今夜からベッドで寝られるのもありがたかった。

ただ、疑問も浮かぶ。

「至れり尽くせりではあるが、それほどの高待遇をしていたら、他の住民が不満を抱くのではないか?」

「まあ、この町……というか、この国の経済はカツカツだ。余裕がないのは確かだな」

しかし、とテリオスは木樽を下ろしながら続ける。

「だからこそ、誰も不満を口にしない。心で思っている者はいるかもしれんが、それでも表向きは貴様らを歓迎している。なにせこの国は発展途上。手つかずの土地も多い。だから人手が足らんのだ」

それに、とテリオスはいたずらっぽく笑った。

「そも我らは数で負けて故郷を失ったのだぞ? 外から逃れてくる者を排斥しては、将来また同じ目に遭いかねんよ」

冗談めかしてはいるが、それは真理だろう。あえて人族のガリウスに告げたのも、意地悪ではなく、仲間と認めてのことだ。

だからガリウスも真摯に問うた。

「迎え入れる対象に、〝ヒト〟は含まれているのか?」

「ふむ。難しい質問だな。オレも、おそらくジズル様も『そうだ』と答えるだろうが、他の者がどう考えるかは知らん。まあ、その意味でも、貴様はよいモデルケースなのだろうよ」

「モデルケース?」

「ヒトであり、勇者である貴様がこの地に馴染めば、他の人族を受け入れる土壌が生まれる。ジズル様はそうお考えなのかもしれんな。ああ、利用されているとは考えるなよ? それとこれとは別の話。あくまで ついで(・・・) だ」

「なるほど。ま、何かしら役に立つならいくらでも使われるさ」

荷を下ろすと、テリオスは再び馬車に乗って去っていった。

ガリウスが荷ほどきと整理をするうちに、ベッドとタンスを持って戻ってくる。新品の桶とロープも一緒だった。

「さて、ひとまずはこんなものか。他に必要な物があれば、その都度言ってくれ」

ベッドとタンスを運びこみ、外でテリオスを見送る。

「何から何まですまない」

「遠慮するなと言ったぞ? と、そうだ。ひとつ注意しておく」

ガリウスが首をかしげると、テリオスは真面目な顔で言った。

「森へ入るのは構わんが、あまり奥へは行くな。森には野生の大型獣――貴様ら人族がいうところの『魔物』が多く住んでいる。彼らの縄張りにうっかり入れば、いろいろ面倒だからな」

「……入らなければいいのか?」

ガリウスは貧弱な小屋を眺めつつ、体当たりで簡単に破壊されそうだと不安を抱く。

「ああ、彼らは森の外へは出てこない。そう、 話はついている(・・・・・・・) 」

ん? とガリウスは首をひねった。

「話が、ついている? 魔物と意思疎通できた、と?」

「まあな。中にはそういうのもいるんだよ。ま、詳しい話はまたいずれ、だな」

できればこの場で説明してほしいところだが、暗い中を引きとめるのも悪い。

テリオスの背を見送り、小屋へと入った――。

陽も落ちて、夜になる。

ガリウスはへとへとになった体をベッドの上に投げ出した。

疲れているのに、なかなか寝付けない。

意思疎通できる魔物。

なかなか刺激的な話ではあるが、今は頭から追いやって。

住居は確保した。

まだ補修は始まったばかりだが、それが終われば何か仕事を見つけて、町の一員として認められるようがんばりたい。

さて、なんの仕事を始めようか?

あれこれ考えているうちに、ガリウスはいつしか寝息を立てる。

ウォーン、と。

獣の遠吠えを夢の中で聞きつつ――。