作品タイトル不明
41. 雪が降った日
「とても怖かったけれど……アーサー様が助けてくださったの」
屋敷に戻り、使用人たちの前でかわいこぶるフローラ。実際は泳がせて脅して一撃を与える前にアーサーが来た、の間違いである。それを知っているはずのアーサーには、なぜかその場面の記憶がなく、フローラが無事であることを確認していた。
「やはり、我が家になんて嫁ぐべきではなかったんだ……」
「何を仰っているのですか? 私には、ここより他に行く当てはありませんし、何処よりもここにいたいのです」
少し落ち込みまでしたため、フローラはもはや寸劇を演じ、清らかな雰囲気でアーサーを黙らせた。清らかさなんて、フローラには一ミリも存在しないのに。
「それに、どのようなことになろうとも、アーサー様は今回のように、私を助けてくださるでしょう?」
ふわりと笑い、手のひらでアーサーの頬を覆うフローラ。安心しきった表情と、手のひらから伝わる脈拍。効果てきめんだった。アーサーは胸を押さえて絶命した。フローラはその隙にアーサーの膝の上から降り、ドリスと共に後処理を進めた。
まったく、子爵も馬鹿なものだ。見た目でフローラを判断し、来たばかりのうちに潰してしまえばいいと考えたのだ。それが、抵抗できないどころか想像より遥かに強く、逆に自分が潰される結果となるのに気付かずに。
フローラからすれば、相手の杜撰さによって被害者である事実と反逆者を潰す理由を一度に手に入れられて大変満足な事件だった。
「ふふ……このまま芋づる式にゴミが出てきてくれたらいいのだけど」
すっかり暗くなった部屋に独り言が落ちる。フロスト領に雪の降りはじめた晩のことだった。
数日後、暖かい帽子とコートに身を包んだフローラは、冷たい拷問部屋で笑っていた。
「……へぇ?」
尋問自体はとてもスムーズに行われた。少し口を割らない場面もあったが、フローラが現れた時点で泣いて震えて命乞いをし始めた。拷問部屋にいた者はドン引きし、思考を停止させた後、アーサーを思い出すからだろうと結論付けた。フローラは自慢の拷問道具たちの出番がないことを残念がった。辺境領の年季の入った拷問道具を眺めていた。
「奥方様だ!!」
「おい、あれが奥方様らしいぞ!」
「うっわ、ヤダ隊長ってば面食い」
「お前その喋り方やめろって」
拷問部屋から出て屋敷に帰る途中、訓練場の隣を通った。高身長と筋肉に囲まれ、フローラは余計小さく見える。冬なのにほかほかで上着を着ていないところ、本当に猛者なのだろう。
フローラは庇護欲を見せつける方向でたらし込むことにした。多分ドリスと同じような人種だ。
「……いつも守ってくれてありがとう」
「うっ、泣ける」
「こちらこそ隊長……アーサー様を引き取っていただき……」
「最近ほんの少しだけ優しいんですよ、あの人」
とてもノリが良く、純粋な若者たちだった。アーサーをよく慕っている。
詳しく聞けば、アーサーが命を救ってくれた話や、一瞬にして敵を蹴散らした話。怪我を負っても、自分は大丈夫だからとより重症な者へ包帯を譲った話など、たくさん語られた。やはり、とても強く優しい善人なのだろう。フローラが少し笑いかけただけでお亡くなりになるが。
「いやでもほんと、よかったー」
「なんてたってずっと想ってらしたもんなー」
「切なすぎて泣いてたもん、俺」
「なんでお前が泣くん……」
和やかな空気の中、突如として響く爆発音。フローラは思わず伏せた……が、何も起こらない。音の方を見れば何やら遠くで細い煙がゆらゆらと上がっている。
「あーまたあの人か」
「やっちゃったなー」
「前のが一月前か。雪も降ってるし、鎮火するだろ」
軍人たちは慣れていて、全く動じていない。何も知らないフローラからすれば襲撃かと勘違いするくらいに大きな爆発音だったのだが。
「これは……一体……」
「ああ、研究所が爆発したんですよ」
「研、究所」
フローラは中等部の入学式に出会った変人を思い出した。そういえば、確か……。