軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40. 有用性があるのなら

一瞬の出来事だった。

横から現れた男に口元を押さえられ、フローラは拐かされる。ドリスがすぐに気づき追いかけるが、民間人が多く暴れられない道を選ばれ、すぐには助けられない。

「しずかにしてろよ……」

本来泣き叫ぶようなことだとはわかっていたため、申し訳程度には暴れておいたが、無駄な体力は使いたくない。フローラはただただ冷静だった。誘拐犯の男が臭いとまで思っていた。

というのも、あからさますぎる事件だった。ちょうど襲撃が起こり、一人で挨拶することとなり、子爵邸を出たところで誘拐が起こる。そもそも、ドリスの威圧感にただの酔っぱらいごときが絡めるはずもない。この道も、追いかけられるのを見越してのことだろう。

フローラは誘拐犯を観察する。先ほどもほんの少し発音が違った。さりげなく襟足を触ると、手が黒く汚れた。黒髪ではなく、墨を塗った赤毛だとわかる。この国に多いのは、金、茶、黒系統の髪色であり、色素が薄いのはありえたとしても、赤髪はいない。この国の人間ではない。

つまり、子爵は異民族と繋がっていた。

「……んー!」

「チッ! おとなしくしろ!」

こちらが気づいたことを悟られぬよう少し暴れながらも、拐われたまま市街地を抜けた。つまり敵地から脱出し、誘拐犯の警戒心が緩んだところで、フローラはヒールをぶつけ始める。ごく自然に、暴れた拍子に足の位置がズレた体だ。走りながらヒールの先が当たると、ものすごく痛い。

「っ!!」

誘拐犯が痛みに耐えきれず、持ち方を変えたところで、フローラは首元に手を回し、喉仏を押し込んだ。痛みに悶えている間に目を潰し、呼吸器官を押さえる。苦しくて暴れて息を吸いたいのに、吸えない地獄だ。

「五、四、三、二……一。貴方、このまま死ぬのと私に寝返るの、どちらがいいかしら?」

倒れ込んだ誘拐犯を脅したところで、フローラは内心では割と困っていた。足止めには成功したが、フローラはそれしかできない。ここで暗器や殺傷能力を持つ物があればよかったが、フローラの身体能力は見た目相応だ。首を絞める腕力がなければ、馬乗りになって押さえつけられるほどの体重もない。というか、嫁いできて一ヶ月もせずに人を殺めてしまうのは不味い。

「ああ、死にたいのね?」

誘拐犯は未だ目を押さえたままだったが、それは好都合だった。見えないものから襲われるというのは正常な思考を阻害する。

しかし、今は恐怖に囚われているだろうが、それは時と共に薄れてゆくもの。早くドリスが来てくれないと困る。

「!$○▲×♭■☆※& ‼︎」

何か言っているが、何も分からない。異民族からの襲撃が止まない理由は、意思疎通が取れないのもあるのだろう。誘拐犯が少しずつ状況を理解してきて、フローラが逃げる準備を始めた時だった。ヒールを脱ぎ、いざ誘拐犯の眼球に一撃を与えようとした時、馬の足音がした。

「……貴様、俺の妻に何をしている」

颯爽と現れたアーサーは返り血塗れで、ドス黒いオーラを醸し出していた。

誘拐された側の令嬢が、誘拐犯に馬乗りになり、ヒールを眼球に刺そうとしている図。

この状況を見てもなお、誘拐犯に怒りを向けているのは流石と言えよう。

「アーサー様、殺してしまっては情報を吐かせられません」

「チッ!」

フローラは抱き上げられ、誘拐犯は片手で締め上げられた。アーサーの丸太のような腕には血管が浮き出ている。誘拐犯は口から泡を吹いているが、おそらく死んではいないだろう。

加減のできる人間がいるのならば、殺さない方が有用だ。殺すのはいつでもできる。

「……アーサー様、襲撃は大丈夫でしたか?」

「全部片付けてきた」

この鮮やかさを見る限り、嘘ではないのだろう。後ろからドリスが走って追いついてきた。このまま追いかけても何もできないと考え、増援を呼んだのだろう。実にいい判断だ。

フローラはアーサーに抱き上げられたまま、ドリスの頭を撫でる。計画を知らないドリスに隙が出来てしまったのは仕方がないことだ。それよりも、きちんと間に合った褒美を与えるべきだった。

「フローラ様っ!!」

色々な感情でぐちゃぐちゃらしいドリスを慰め、ついでにアーサーの頭も撫でる。気づいていないようだが、フローラのイメージを損ねる場面を見られたのだ。アーサーは死んだ。

「……これから仕事が増えるわね」

ほんわかと呟くフローラの脳内には悪趣味コレクションが浮かんでいた。