軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11. 新しい生活と才能

「おはようございます、お嬢様」

「ええ、おはよう。今日もいい天気ね」

フローラは本心からそう思った。メイドもまた、にこやかに顔を洗う水を持ってくる。別邸の方から引き抜いてきた、ガーデンパーティーについて調べてくれた彼女だ。

本邸での生活は素晴らしいものだった。

序列が上がったことにより歓喜している母は、フローラにあまり干渉してこない。メイドに指示を出さなくてよければ、チヤホヤしてもらえる生活を謳歌しているようだった。

「お嬢様、本日のご予定はどうされますか?」

「ええ、そうねぇ。今日も書庫へ行こうかしら」

フローラもまた、放置されることをとても喜んでいた。一日中書庫で過ごしても怒られないのだ。メイドに一言申しつければ、お昼だってサンドイッチにしてもらえる。森で実験ができなくなってしまったのは惜しかった。しかし、物置きのような別邸と違い、最新の本が揃っている。それだけで、母の序列を上げた甲斐があっただろう。

「お嬢様、旦那様からのお呼び出しが……」

「……え?」

しかしここは伯爵家。序列が上がり、婚約者もできたフローラに、何もないはずがなかった。

「淑女教育の教師のメーベルだ」

「フローラ様、よろしくお願いいたします」

伯爵の執務室にいたのは、女家庭教師……ガヴァネスだった。ピッシリとなでつけた黒髪で、片眼鏡をかけた神経質そうな人だった。

ガヴァネスというのは、結婚適齢期が過ぎてしまったり、離縁されたような中流階級から上の女性のする職業だ。顔を見る限り、メーベルは完全に前者だった。とどのつまり醜女だった。

「……ええ、よろしくお願いいたしますわ。お父様、ありがとうございます」

翌日から教育は始まった。朝早くから、全ての時間を管理された。

母が教えた教育……姿勢やカーテシー、言葉遣いなどは何も指摘されず、もう教えることはないとまで言われた。学業も全く問題はなかった。別邸の書庫の全ての本を読み尽くし、実際に試せるものはやり尽くしたフローラにわからないことはなかった。外国語で書かれた本も読みたくて勉強したおかげで、基本的に何語でも読み書きはできた。

美しく、婚約者がおり、使用人から好かれ、ガヴァネスの自分よりも頭が良い。

……それが、ガヴァネスの矜持を傷つけたのかもしれない。

「何ですか、その下手な音は!」

ボローン。

ノボけた音が、音楽室に響く。

フローラに芸術の才はなかった。ピアノ、声楽、ダンス、絵画……どれも壊滅的だった。

「いけない手ですね!」

ついに今日、ガヴァネスの鞭がフローラの手を叩く。

確かに痛いが、母からの暴力に慣れていたフローラは耐えられる。しかし、煩わしいことに代わりはなかった。

……だから、泣いてみた。

「ひ、酷いです。先生の教え通りにやっているのに……どうして……グスッ……グスン」

しれっとガヴァネスの教え方が悪いとまで言った。

普通の倫理観を持つ大人であれば、純粋なる真面目な女の子が泣いていれば、悪いことをしてしまったと思う。しかしガヴァネスは心底嬉しそうにし、その上で伯爵にかなり盛って告げ口した。そして執務室に呼び出された。

「何と言うことだ! せっかく教師をつけてやったのに、真面目にやらないどころか、嫌がるとは!」

伯爵は怒声を上げ、ガヴァネスは得意げな顔をする。

……フローラはガヴァネスを処分することを決意した。異常者は遠ざけるのが一番だ。

「お父様、私はただ鞭が痛くて……」

フローラは声を震わせて、赤くなった手の甲を摩りつつ、いかにもか弱そうに身を竦ませる。

その様子にガヴァネスは舌打ちした。

「屋根裏部屋で一晩反省するといい!」

本来ならばガヴァネスの舌打ちを不快に思い、フローラに騙されるはずの伯爵だったが、たまたま領民が税収の抗議に来たこともあり、とても腹の虫の居所が悪かった。誰でもいいから八つ当たりがしたかった。

「旦那様、流石にそれは……」

「お前は黙ってろ!」

側近が止めようとするも振り払い、逆に屋根裏部屋の鍵を渡す。

「お父様っ……そんな」

何やらよくない場所であることを察知したフローラは同情を引こうとする。しかしその姿が領民と重なり、伯爵の機嫌は余計悪くなった。フローラは珍しく失敗した。

────が、このおかげで後に大事なものとなる最高の出会いがあることを、この時のフローラはまだ知らない。