軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

期待の重さ

昼営業の片づけを終えたリーナは、エプロンを外しながら厨房を見回した。

鍋はすべて洗い終えて、かまどの火も落としてある。

「あとはっと……卵とお肉がないから買いに行かなくっちゃね」

足りないものを頭の中でリストアップし、外へ出た。

「……っ、寒っ!」

吹き抜ける秋風に、思わず首をすくめる。

市場への道すがら、すれ違う人々の装いがすっかり秋めいていた。濃い赤や深い緑、実りの季節を思わせる色が増えている。

パン屋の前を通りかかると、焼きたてのパンの甘い香りが漂ってきた。

夏の間は足早に通り過ぎていたのに、秋に入ったころから気づけば歩みが遅くなり、今ではわざわざこの前を通るようになっていた。

(日本にいた頃は気づかなかったな、こういうの。匂いで季節が分かるなんてさ……あ、でも金木犀だけは感じてたかも)

市場へ着くと、いつも以上に活気にあふれていた。

「よお、リーナちゃん! 今日は何買っていくんだい?」

「卵がもうなくって……あと――」

「あ、そうだ。聞いたぜ? 今年のアードフェストの最終日、アンタが『一皿』任されたんだって?」

リーナは、卵をカゴに入れる手を止めた。

「えっ……な、なんで知ってるんですか?」

「そりゃあ、街中の噂だからさ! 夏至祭のときにあれだけの盛り上がりを見せてくれたんだしな。今回もあのときみたいに、見たことないような料理を見せてくれるんだろう? 期待してるぜ!」

(ちょ、ちょっと待って……! まだ何出すのか決まってないのに!)

逃げるようにその場を去っても、あちこちから「楽しみにしてるよ!」と声が飛んでくる。

魔物肉の店へ行けば、店主が笑ってフェングリフの胸肉を差し出してきた。

「今日はこれかい? 店の売上伸ばすためにもうちの肉使ってくれたらいいんだけどな。去年の目玉はフリッツさんのローストだったんだよ。あれもすごかったけど、今年のリーナちゃんだって負けない料理作るだろうってめちゃくちゃ期待してるからな」

(……プレッシャー、プレッシャーがすごいんですが!)

リーナは苦笑いを浮かべ、代金を払って店を後にする。

アードベルに来て半年。もう半年というべきか、まだ半年というべきか。

それなのに、いつのまにか自分の知らないところで名前が独り歩きして、勝手に期待が膨らんでいる。

(どうしよう。ただの『美味しい料理』じゃ、みんな納得してくれない気がする……)

あの女性の言葉がよぎる。収穫祭は、この土地の恵みに感謝する祭りだ。

なのに自分の料理は——醤、美淋酒、味噌、米。

どれだけ東方の食材に支えられているか、これらを使わずにみんなを唸らせる料理なんて、自分に出来るのか。考えるほど心もとなくなる。

帰り道、吸い寄せられるように「金の麦穂亭」の前に立っていた。

「……金の麦穂亭」

ローラの顔でも見ていこうか。少しでも手が空いていればいいんだけど。

あの屈託のない明るい声を聞けば、このぐるぐるとした思考が少しは軽くなる気がした。

扉を開けると、受付のカウンターを拭いていたローラが、ぱっと顔を上げた。

「あ、リーナ!」

布巾を放り出して駆け寄ってくる。忙しさが一段落した直後なのだろう、前髪が少し乱れていて、頬もまだ上気していた。

「忙しかった?」

「うん、でも今はもう平気! 一段落ついたところだし。あれ? リーナ、なんか顔色悪くない? あ、もしかしてアードフェストのこと?」

「……やっぱり、ローラも知ってるよね」

「もちろん! お父さんも言ってたよ。『今年はリーナちゃんがやるから、フリッツさんの胃薬は必要ないな』って」

(胃薬!? 胃薬が必要なほど追いつめられるの?)

「リーナ、こっち来て。今、とびきりの紅茶淹れるから」

ローラに促されるまま、窓際の落ち着いた席に腰を下ろした。買い物カゴを足元に置いて辺りを見回す。

綺麗に掃除された食堂。テーブルには新しくかけ直された真っ白なクロスが、ピンと張られている。

ローラが湯気の立つカップを二つ持ってきて、向かいに座った。

「ねえ、ローラ。アードフェストの最終日って……」

カップを両手で包み込みながら、おそるおそる尋ねた。

「そっか! そうだよね! リーナは去年いなかったもんね。あまりにも馴染みすぎてて、ずっといる感じだけど――お料理のことよね?」

ローラが目をきらきらさせて身を乗り出してきた。

「うちはね、最終日の大宴会は毎年フリッツさんのスープとパン。フリッツさんのスープは大鍋でどーんって出すのよ。あと、すぐそこの角にあるパン屋さんは毎年編みパンを焼いてくるし、お肉屋さんは特大のソーセージ。それから焼きかぼちゃを持ってくる人とか――」

指を折りながら次々と料理が出てくる。

「すごい、街中のお店が自慢の一品を持ってくるのね」

「そりゃもう! 広場の真ん中でね、楽団の演奏もあって、みんな歌ったり踊ったりしながら食べるの。最終日はどのお店もお休みだから、大盛り上がりよ。お肉の焼ける匂いと、パンやスープの香りがずっと広場に漂ってて……あー、想像しただけでお腹空いてきちゃった!」

リーナは相槌を打ちながら、頭の中で広場の風景を描いていた。

沢山のテーブル。そこに湯気を立てる鍋が並び、パンが山積みになり、豪快な肉料理が置かれている。

(うん、がっつりしたものが多いのかな? この街の人たちが一年の収穫を祝って食べるものは、この土地で育ったもので、この土地の味付けで出来ている)

当たり前といえば当たり前のこと。けれど、その当たり前という「正解」が、今のリーナにはひどく高く、険しい壁のように感じられた。