軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

街ぐるみの遠征支援作戦

ジュードたちの遠征出発まで、あと一週間。

リーナは店の奥で、騎士団がいつも持参している携帯食を眺めていた。硬いパン、ショートパスタ、塩漬けの干し肉、それに干しぶどう。

「これじゃあ、一ヶ月も食べ続けるのは辛いだろうな……」

栄養面でも心配だし、何より美味しくない。遠征で疲れた体に、もっと滋養のある食事を届けたい。

(でも一週間で何ができるかな)

一人で考え込んでいると、店の入り口が開く音が聞こえた。

「リーナちゃん、浮かない顔してるじゃない」

ベラが心配そうに覗き込む。後ろから、トムとソフィアも顔を出した。

「騎士団の遠征食のことで悩んでいるんです。もっと栄養があって美味しいものが出来たら良いなって」

リーナがため息をつくと、トムが手をポンと叩いた。

「それなら、みんなで考えようぜ!」

「そうよ。騎士団の皆さんには、いつもお世話になってるもの」

ベラも頷く。

「私もパン作りなら任せて。保存の利く焼き方、いくつか知ってるわ」

ソフィアの提案に、リーナの表情がパッと明るくなった。

「本当ですか? でも、皆さんにそんな手間をかけさせるなんて……」

「遠慮しないで。『美食の街アードベル』実現のためよ」

ベラがにっこりと笑う。

「それじゃあ、作戦会議といこうか」

翌朝から、アンナの食卓は遠征食作りの拠点と化した。

「まずは保存の利くパンとビスケットね」

ソフィアがエプロンを締めながら言う。

「普通のパンより水分を少なくして、しっかり焼き込むの。硬くなるけど、噛むほど味が出るのよ」

リーナも一緒に生地をこねる。ソフィアの手つきは職人そのもので、粉の状態を見極める目も確かだった。

「生地がちょっと固めね。でもこれくらいじゃないと、日持ちしないの」

「なるほど。普通のパン作りとは違うんですね」

「そうなの。遠征用は特別に香草を練り込むのはどうかしら?」

「いいアイデアですね。ローズマリーなら、爽やかな香りで食欲増すかも」

二人で試行錯誤を重ねる。最初の試作品は少し硬すぎて、歯が立たないほどだった。

「うーん、これじゃあ石みたい」

ソフィアが苦笑いする。

「水分をもう少し残してみましょうか」

二回目の挑戦。今度は焼き時間を調整し、表面だけしっかりと焼き上げる。

「今度はどうかしら?」

リーナが一口齧ってみる。確かに硬いが、噛むほどに小麦の甘みと香草の香りが口に広がった。

「これなら大丈夫そうですね!」

「よし、ビスケットも同じ要領で作りましょう」

ソフィアの経験と、リーナのアイデアが合わさって、香草入りの保存パンとシンプルなビスケットが完成した。

同じ頃、店の裏手ではトムが燻製の準備をしていた。

「魔物肉を燻製にするなんて、初めてだな」

フェングリフの肉を 醤(ジャン) で下味をつけ、一晩寝かせたものを取り出す。

「燻製の仕組みは分かるけど、魔物肉でうまくいくかねえ」

「やってみましょう!」

リーナも袖をまくる。トムが大工の技術を活かして、燻製用の簡易な棚を組み立てていく。

「高さはこれくらいで、煙が均等に回るようにっと」

「さすがですね、トムさん」

「大工の勘ってやつかな。でも火加減の方は慎重にいかないと」

トムが薪を調整しながら言う。家で料理をしているだけあって、火の扱いは手慣れたものだった。

「最初は強めに燃やして、煙が出始めたら火を弱くするんだ」

「なるほど」

煙がゆらゆらと立ち上り始めた。最初は白い煙だったが、徐々に薄い青みがかった煙に変わっていく。

「この色の煙になったら、ちょうどいい温度だ」

トムが説明する間に、 醤(ジャン) の香ばしい香りが辺りに漂い始めた。

「いい匂いがしてきましたね」

「おお、近所の人たちも気づいたみたいだ」

「何してるの?」「すごくいい匂い」と、次々と人が覗きに来る。

「魔物肉を燻製にしてるんだよ」

トムが誇らしげに説明すると、皆が驚いた顔をした。

「魔物肉を?」

「そんなことできるの?」

一時間ほど経った頃、トムが肉の状態を確認する。

「まだかな。もう少し時間をかけた方がいいか」

表面が美しいあめ色に変わり、触ると適度な弾力がある。

「色艶がいいですね」

さらに一時間後、ようやく燻製が完成した。

「おお、これはいい出来だ」

トムが満足そうに頷く。試しに薄く切って味見をしてみる。

「うまい!これは保存も利きそうだし、そのまま食べても十分だな」

「魔物肉って、こんなに美味しくなるのね」

見に来ていた近所の人たちも驚いている。

「スープに入れても、いい出汁が出そうですね」

リーナが提案すると、トムが小さく切った燻製と少量の塩を鍋に入れて煮立たせると、琥珀色の美味しそうなスープができあがった。

「こりゃあ、騎士団の皆さんも喜ぶだろうな」

一方、ベラは野菜の選別に余念がなかった。

「遠征先で不足しがちなのは、やっぱり野菜の栄養よね」

根菜類を中心に、乾燥に適したものを次々と選んでいく。手に取った野菜を一つ一つ吟味する様子は、さすが野菜売りだった。

「大根は薄切りにして干せば、お湯で戻せるし」

「この葉物も、乾燥させれば長持ちするわ」

実際に薄切りにして干してみる。日光でゆっくりと水分を抜いていくと、野菜の甘みが凝縮されていくのが分かった。

「ピクルスも作りましょう。酢に漬けておけば、日持ちするし、さっぱりして食欲も出ますよ」

リーナの提案で、大根と人参のピクルスも仕込んだ。

「酢の分量はどれくらい?」

「野菜がしっかり浸かるくらいで。塩も少し加えて」

二日ほど漬け込んでから味見をしてみると、程よい酸味と塩気で、確かに食欲をそそる味に仕上がっていた。

「これは口直しにもちょうどいいですね」

ベラが感心する。

「リーナちゃんのアイデアは、いつも的確ね」

マルク夫婦も、出汁スープの素作りに大忙しだった。

「ツチタケとウミクサを粉末にして、小袋に分けるのね」

アンナが手際よく作業を進める。乾燥させたツチタケとウミクサを、すり鉢で丁寧に擦っていく。

「粉にするのって、こんなに大変なのね」

「でも、これがあれば遠征先でも本格的な出汁が取れるんじゃから、頑張ろうかの」

マルクも手伝いながら、小袋に小分けしていく。一回分ずつ分けておけば、現地で使いやすいはずだ。

「試しに作ってみましょうか」

小袋一つ分をお湯に溶かしてみると、透明で美味しい出汁ができあがった。

「これなら、どんな食材と合わせても美味しくなりそうね」

アンナが味見をして頷く。

「リーナちゃんの出汁は、本当に魔法みたいじゃな」

マルクも感動している。

リーナは最後に、手のひらサイズの紙に遠征用のレシピメモを書いていた。

『出汁の取り方』『簡単スープのレシピ』『ハーブの使い分け』

どれも現地で役立ちそうな、実用的な内容だ。文字を書きながら、騎士団の皆が困らないよう、できるだけ分かりやい言葉を選んだ。

「字が下手で恥ずかしいですけど」

「リーナちゃんの字は綺麗よ。それに心がこもってるじゃない」

アンナが優しく微笑む。

「きっと皆さん、喜んでくれるわよ」

そして、遠征出発の日。

「うわあ、こんなにたくさん!」

騎士たちが、目を丸くしている。大きな包みの中には、一週間かけて街総出で作った遠征食がぎっしりと詰まっていた。

「保存パンに、魔物肉の燻製、乾燥野菜、ピクルス、出汁スープの素……」

アデラインが一つ一つ確認していく。

「それにレシピメモまで。これは至れり尽くせりね」

「すげえ、魔物肉の燻製なんて初めて食べるぞ」

ガレスが嬉しそうに声を上げる。実際に燻製を一切れ口に入れると、目を見開いた。

「うまい!こんな味、初めてだ」

「栄養バランスも考えられてるし、保存性も抜群です」

シリルが感心したように言う。

「うん、これ食べるのが楽しみになりますね!」

ルークもにこにこしていた。そんな中、ジュードがリーナの前に立った。

「リーナ、マジでありがとう。街のみんなにも、俺たちから礼を言っておいてくれ」

「はい。気をつけて行ってきてね」

リーナが微笑むと、ジュードは少し照れくさそうに後ろ頭をかいた。

「でさ、戻ってきたら……その、新作料理とか、食べたいなって。あ、いやリーナの料理なら何でも美味しいから、その……」

「うん。もちろん、いっぱい考えて待ってるね」

リーナが頷くと、街の人々から見送りの声が上がった。

「無事に帰ってこいよ!」

「遠征食、大事に食べろよ」

「魔物退治、頼んだぞ」

騎士団の一行は、大きな荷物を背負って街を出て行く。その後ろ姿が見えなくなるまで、皆で手を振り続けた。

静けさを取り戻した店で、リーナは一人片付けをしていた。

一週間の協力作業は、本当に充実していた。街の人たちの温かさを改めて感じ、美食の街アードベルへの道筋も見えてきた気がする。でも……

(やっぱり寂しいな)

ジュードのいない一ヶ月が始まる。でも、だからこそやることがある。新しい料理を考えよう。遠征から帰ってきた彼らを、最高の料理で迎えよう。

リーナは窓の外を見上げた。東の森の方角に向かって、小さく手を合わせる。

「無事に帰ってきてください」

そして、明日からの新しい日々に向けて、静かに微笑んだ。