軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シュガーバタークレープ

リーナは厨房に立ち、棚から小麦粉の袋を取り出した。

ボウルに小麦粉と砂糖をふるい入れる。雪のように、白い粉がさらさらと舞い落ちる。別のボウルに卵を割りほぐし、牛乳を少しずつ加えて混ぜ合わせた。

それを、粉のボウルへ少しずつ注ぎ入れていく。泡立て器で、ダマができないよう丁寧に。

シャカ、シャカ、シャカと一定の音が響く。

粉と液体がなじみ、なめらかな生地になっていく。そこに溶かしバターを加え、全体を混ぜ合わせる。

仕上げに、生地を濾し器に一度通す。ボウルに落ちる生地は、とろりとした絹のようだ。表面が艶やかに光っている。

本当なら冷蔵庫で寝かせたいところだが、時間がない。リーナは迷わず、すぐにフライパンへと手を伸ばした。

カウンターの向こうから視線を感じる。顔を上げると、ハルトとジュードが身を乗り出していた。

「いい匂いがする」

ジュードが呟く。まだ焼いてもいないのに。リーナは小さく笑った。きっとバターの香りだ。

「すぐ焼くね」

フライパンを火にかけ、油を薄くのばす。手をかざして温度を確かめ、弱火に落とす。お玉で生地をすくい、中央へ。

ジュッ、と小気味いい音がして、甘い香りが広がった。

薄く均一に広げると、バターと小麦粉が焼ける香ばしい匂いが店内に満ちる。

ふと顔を上げると、ハルトと視線が合う。わずかな間の沈黙。けれど、その一瞬に、確かな共通の記憶を感じた気がした。

生地のふちがきつね色に色づく。裏面を返して数十秒。皿に移し、砂糖をひとつまみ、バターをひとかけら。熱で溶けて、クレープの上に広がっていく。

一枚目が焼き上がり、香ばしい香りがふわっと立ちのぼる。

二枚目を焼く。今度は少し慣れた手つきで、生地を流し込む。フライパンを傾ける角度も、さっきより自然だ。ジュッ、という音が心地よく響く。

三枚目を焼いている時、ジュードが口を開いた。

「すごいな。どれも同じ薄さだ」

「コツさえつかめば、そんなに難しくないよ」

リーナが答えると、ハルトが小さく頷いた。

「でも、最初の一枚が一番難しいんだろうな」

「そうなの。温度の見極めが大事で」

四枚目。最後の生地を流し込む。完璧な円が、フライパンの上に広がった。

四枚のクレープを焼き上げ、エルダーベリーのジャムを添えてカウンターへ運ぶ。

「お待たせしました」

「うわ、美味そう!」

ジュードの顔がほころぶ。ハルトも静かに、皿を見つめていた。フォークを入れ、ひと口。ジュードが息を呑む。

「薄いのに、もちもちしてる!」

「シンプルだけど、すごくいいな」

ハルトの声には、懐かしさのような響きがあった。

リーナも一口食べる。砂糖の優しい甘さ、バターの香り、柔らかな食感。思わず笑みがこぼれる。

「ジャムつけても美味しいよ」

リーナが勧めると、ジュードはすぐにジャムをたっぷりすくった。紫色のジャムが、クレープの上に広がる。

「うまい! 酸味がちょうどいい!」

「本当だ。果物の甘みを引き立てる生地だな」

ハルトは自分の皿の上で、生地とジャムの混ざり具合を確かめるようにフォークを動かした。

三人は黙々と食べ進める。静かな時間が流れた。

ジュードが最後の一口を飲み込み、皿を見つめる。そして、少し遠慮がちに口を開いた。

「……おかわり、ある?」

リーナは思わず笑った。

「あと一枚あるよ」

「本当か!」

ジュードの顔がぱっと明るくなる。ハルトが呆れたように言った。

「お前、食べるの早すぎだろ」

「だって美味しいじゃないですか」

ジュードが照れくさそうに笑う。リーナは厨房に戻り、残りの一枚を皿に移した。砂糖とバターを乗せて、カウンターへ。

「はい、どうぞ」

「ありがとう、リーナ」

ジュードが嬉しそうに受け取る。その様子を見て、ハルトも小さく笑った。

「これなら、季節の果物なら何でも合いそうですね。ふわふわの生クリームを添えるのもいいですし」

リーナがフォークを置きながら言うと、ハルトが頷いた。

「カスタードクリームもいいんじゃないかな」

「ああ! それ、鉄板です! 今度、腕によりをかけて作ってみますね」

「楽しみにしてる」

会話が自然に弾む。二人のやり取りは息がぴったりで、見ているジュードは思わず苦笑した。

フォークを動かしながら、ふと口を開く。

「……肉とか、野菜を入れても美味しいかもしれない」

リーナとハルトが同時に顔を向ける。

「惣菜系か。確かにありだな」

「チーズとハムなんか、絶対に美味しいですよ。熱でとろけたところを……」

「きのこのソテーもいいな。胡椒をたっぷり効かせて」

また始まった。二人の世界が。

ジュードは小さく息を吐いて、フォークの先で皿に残ったジャムを意味もなく混ぜた。

残りのクレープを口に運ぶ。湯気の立つ甘さが、口の中に広がる。美味しい。間違いなく美味しい。でも、どこか味気なかった。

この二人、仲いいな。妙に、息が合っている。まるで昔からの知り合いみたいに。

いや、自分とハルトの方が、よっぽど長い付き合いのはずなのに。

フォークをそっと皿に置く。カチリ、と小さな音がした。それは嫉妬でも独占欲でもなく、ただ、少しだけ。

ほんの少しだけ。小さな違和感。

ジュードは視線を落とし、最後の一切れを、静かに味わった。