軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47話 仕込みは上々、家はひえっひえ

ローマに進出するにあたって事前に解決しなければいけない問題は2つ。

一つは初期資金の問題。

これはデキムス商会の借金を新作化粧品の優先購入権付にすることであっさり解決できた。

調達額は5万セステルティウス、年利は1%、借入期間は5年、貸付額に応じた優先購入権付。

一般的な借り入れが年利6%、貸付期間1年未満のものがほとんどと考えると、かなりどころではない強気な条件。

普通ならこんなもので資金は集まらない。

なのだが、優先購入権目当ての上流階級は貸付の条件そのものはどうでもよかったらしい。貸付打診が殺到した。

調達担当だったデキムスさんはパン屋のときよろしく、血走った目で上流階級の使者から銀貨袋を押し付けられ続けてひどい目に遭ったらしいが、まあ俺には関係ない事なのでどうでもよい。

で、もう一つが現状の工房稼働の引継ぎ。

ポンペイを離れるにあたって、俺抜きで安定稼働ができるように、協力者の人たちに技術を叩き込む必要があったのだ。

蒸留酒のヘッド・ハート・テールの採取比率、 麦の蜜(水あめ) の温度管理、そして石鹸の鹸化時のpH管理とグリセリンの精製手順。

俺抜きでやるにはマニュアル化が必要な訳で、もう安定稼働している 麦の蜜(水あめ) はともかく、他の奴はクッソめんどくさかった。

特に事故=即死の化粧品関係。

これは流石に有能な人に任せる必要があり、ポンペイのガルム王ウンブリキウスことアウ爺の右腕でもあるウンブリキア・フォルトゥナータという超絶有能おばさんと半月位ひざを突き合わせて調整を行った。

「やっぱり人間無理って言わなければ何とかなるもんだな」

元々は俺がちょいちょい微調整する前提での工房設計をしていた関係で、急遽全投げをするにあたって元々の想定の倍くらいの工数が発生したため、マジで死にかけたが、過ぎ去ってみれば何のことはない。何とかなった。

「やはり無理というのはうそつきの言葉」

……冗談はともかく。

そんなこんなでデスマというブーストによって何とか課題は解決し、鬼の形相で馬車に銀貨袋をねじ込んで来ようとするポンペイ上流階級の使者を撒きながら、恐慌状態のデキムスさんと共に、文字通り夜逃げ同然でローマに滑り込んだのが 先月下旬(3月下旬) のこと。

現在、ローマでのデキムス商会またはデキムス工房 ソキエタス(無限責任組合) は『プレオープン』の段階にある。

協力者は、ポンペイでの馴染み深い面々――ほぼほぼポンペイ・オールスターズ。

ポンペイパン業界のドンのテレンティウスさんとポンペイ一の規模を誇る 洗濯屋(フルロ) を持つステファヌスさんは、既に市内に数店舗の出店を完了。

それぞれ『新作菓子パン』『香水入り石鹸での仕上げ』という超絶強力な商品で一躍注目を集めている。

二人からの報告では、通りですれ違う同業者が血走った目でこちらを見て来るとのこと。

狙い通りに行けば、次のパン組合・洗濯組合の会合で二人がそれぞれ質問攻めにあうことは必至だろう。

デキムスさんと違い、爛々とした目で舌なめずりをしながら二人は報告してきた。

彼ら経由で確保した商人たちは彼らの利権に組み込まれるのだ。やる気は満々の様だ。

これがデキムスさんなら涙目になっていただろう。とても頼もしい。

そしてアウ爺――アウルス・ウンブリキウス・スカルウスに至っては、ローマ郊外のテスタッチョ地区のガルム保管拠点の2割を改装し、巨大な製造拠点を作ってくれている真っ最中。

おそらく来月には稼働が開始できる見込みだ。

先ほどプッさんが作りに行った水銀温度計がもし間に合えば、 麦の蜜(水あめ) についてはポンペイの工房の10倍の製造能力を狙える可能性すらある。

化粧品も製造能力確保を優先すれば、ローマ市内の アーリーアダプター(初期採用層) 需要に耐えうる供給能力の確保も可能な見込みだ。

しかしそれはしない。

初期のローマの工房稼働は品質を重視し、供給能力は制限する。

現在はアウ爺の広大なネットワークを使い、巷に「100万セステルティウスの奴隷」の噂をバラ撒いている最中なのだ。

供給を絞り、飢餓感を煽り、ブランドイメージを高めるとともに何かとてつもない需要がある商品があるぞ、と商人に認識させる。

そして本格製造が可能になった段階で『100万セステルティウスの奴隷とその恋人の父の商会』が華々しくデビューする。

巨大な需要に一気に供給を流し込み、噂に実像をつける。

俺の実名と共にデキムス商会の名が、この巨大な魔都を駆け巡るだろう。

しかし、絞った供給能力は、それでも アーリーアダプター(初期採用層) 需要を満たしきれない。

そうなれば、儲けの匂いに敏い商人たちがワラワラと湧いてくるはずだ。

そこが狙い目。むしろ本命。

そいつら一人ひとりに、 麦の蜜(水あめ) 工房と化粧品工房の『フランチャイズ加盟権』を売りつけるのだ。

そして、今の所はその初動はとてもうまくいっている。

目端の聞く商人は既にデキムス商会を特定しつつあり、100万セステルティウスの奴隷のうわさは町のあちこちでささやかれ始めている。

つまりは 商売(ビジネス) については完璧なほどの見込み通りに進んでいるのだ。

じゃあ何もかも順風満帆か?

そう現実は甘くない。

問題も山積している。

ちなみにプッさんではない。

あれはもう災害のようなものなのでカウント外にした。

現在一番の問題、それは……

「ルーシーウス君!!」

「うおっ」

後ろから柔らかい重さがのしかかってくる。

振り向くと、そこにはニコニコ顔のルシア。

「お疲れさま。肩揉む?揉んじゃう?」

すすす。すりすり。

俺に対してねぎらい言葉をかけながら、流れるように手を俺の首に絡め、後ろから頬をすりつけてくるルシア。

それは明らかに誰かに見せつける様。

だれにって?それはね……

「ちょっとルシア!また私のルシウスとくっついて何してるのよ!!!」

屋敷の奥から、キンキンと響く高い声。

そう、ルクレティアお嬢様にだ。

元々俺の目標の一つに『お嬢様もポンペイから遠ざける』というものもあったので、ピソ家への花嫁修業という名目のもと、貴族社会への女性社会からの浸透という目的で、ピソ家の後援の元、お嬢様もローマのピソ家本邸に逗留してもらう手はずを取った。

その結果がこれである。

すでにお嬢様は本日も怒髪天のご様子。

以前であれば、そんな様子のお嬢様を見た日には、動物病院を前にした猫のように怯えるルシアだったのだが、今ではどこ吹く風。

「でもほら。私とルシウス君は『公式の婚約者』で私は『恋物語のヒロイン』ですから、日頃からこうして親愛の情を示して、周囲に仲の良さをアピールしておく必要があるんですよ」

「家の!中で!誰にアピールするってのよ!!!!」

「ほら、家の中で自然になるように普段からそう振る舞ってないと、外に出た時に不自然になりますし。ねっ旦那様?」

「まだあんたの旦那じゃないでしょう!わ・た・し・の!ルシウスよ!」

「ルシウス君は私の父デキムスにもう貸し出されてるからルクレティアお嬢様のではもうないじゃないですか」

「ムキー!!」

発狂するお嬢様。

どや顔のルシア。

棚ぼたにより俺の想い人という立場を得た彼女は、猫を被るのをやめたようで、ローマに来たその日のうちからこうしてお嬢様を煽りに煽り倒している。

おそらく俺の知らないところで二人に何らかの確執があったのかもしれない。

春だというのに部屋の温度はひえっひえである。

商売の方に影響がない分マシだが、心が休まないので何とかしたい所。

そんな感じで問題事を抱えつつも、100万セステルティウスの奴隷による最速解放RTAは始動するのであった。