軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43話 酔っ払いとのレスバ

100万セステルティウス。

そう俺がプッさんをまっすぐ見つめて何の感慨もなく言い放った時、プッさんはあっけにとられたような表情をした。

そして 一拍(いっぱく) おくと――

「……ぷっ!ふはははははっ!」

――張り詰めた空気を切り裂くように、腹の底から湧き上がるような大声を上げて笑い始めた。

その豪快な笑い声に、へたり込んでいたデキムスさんがビクッと体を震わせ再起動し、マルクス様は口をパクパクとさせて酸欠の金魚のような顔になっている。

フェリクスのおっちゃんに至っては、天を仰いで両手で顔を覆ってしまった。

「いや、驚かされた!まさか、このような場で冗談まで言えるとはな。宴の始まりの演技と良い、わが友は本当に多彩だな!!」

涙目になりながら俺の肩をバンバンと叩くプッさん。

「本気ですよ?」

それに対し、俺は怒るでもなく、おどけるでもなく、プッさんと宴の初めに相対したときと同じ笑みを浮かべ、否定した。

その瞬間、ピタ、とプッさんの笑い声が止まり、その目に再び鋭い光が宿った。

「……100万セステルティウスだぞ?本気か?」

「えぇ、僕は自分の価値を、100万セステルティウスと見積もっております」

プッさんの顔から表情が消えた。

マルクス様、フェリクスのおっちゃん、デキムスさんがまた凍る。

それを気にもせず、プッさんは、冷ややかな、しかしどこか呆れたような視線で俺を射抜く。

ローマにおいてこの数字はただの大きな数字、キリの良い数字である以外に、様々な意味を持つ。

例えば、単に『大金持ち』という概念。

所謂(いわゆる) 億万長者としての単位として100万セステルティウスという単位は使われる。

貴族以外の大多数のローマ市民にとっては100万セステルティウスと聞いてイメージするのはそういう物だ。

しかし、上流階級……こと、ローマ本国の政治に関与するものにとっては別の特別な意味も持つ。

「我が友ルシウスよ、100万セステルティウスとは、元老院議員となるための資産要件でもある、途方もない金額だぞ?一生をかけてもただの自由民が稼げる額ではない。私ですら、おいそれと出すことはためらわれる金額だ。それを、一奴隷として、自力で稼ぎ出すというのか?」

「えぇ。存じてますよ。それでも、僕は自分の価値に嘘はつけません。自身の価値を買いたたき、恩を値切るなどという行為はできません」

「お前の恩に対する姿勢は素晴らしい……しかし仮に稼げたとして、だ。それを稼ぐのに何十年かかると思っている?愛する娘をどれだけ待たせるつもりなのだ?彼女が老婆になるまで待たせるのが、お前の言う愛なのか?」

まあ普通はそう思うよな。

そりゃ普通に商売をしていたらそんな金額一生かけても稼ぐことはかなわない。

一般的に解放奴隷の成金と呼ばれる存在はローマに多く居るが、その多くは成金になれるのは壮年期を迎えてからだ。

しかし俺の場合は前提条件が違う。

「うまくいけば2年。悪くても5年で用意できる算段です」

「バカな」

プッさんは吐き捨てるように言った。

その声は驚きというよりも失望の色が濃く滲んでいた。

「そんな夢物語のようなことができるものか」

「僕は既にルシアの父デキムスの工房に携わっています。そこから逆算すれば、難しい事ではありません」

そう言って俺は自らの計算をプッさんに開示する。

はい! じゃあ今日は科学ではなく数字回です!

皆~~確定申告は好き? 俺は大嫌い!! 計算嫌い!!

でも目の前の儲けの試算は大好き! というわけで早速 (事業計画を)捌いていくぅ!!

現在の事業は 麦の蜜(水あめ) と化粧品事業。

まず 麦の蜜(水あめ) は既に低稼働状態でも全体利益477デナリウスと レシピ使用料(俺の取分) 99デナリウス。

フェリクスのおっちゃんへの分配金を除くと約480デナリウス、つまり麦の蜜から得られるデキムスさんと俺の月利益は1920セステルティウスとなる。

化粧品はいったん現代基準の原価率として原材料費20%、販管費多めで20%としても利益60%。

ポンペイの富裕層の女性200人(人口の1%)の半分が毎月化粧水か化粧石鹸の ど(・) ち(・) ら(・) か(・) 片(・) 方(・) だ(・) け(・) を1個……つまり一人4デナリウス購入すると仮定して1600セステルティウス。

つまり厳しめの想定でも化粧品事業は月利益960セステルティウス。ここに洗濯石鹸も加わる。

どう低く見積もっても1500セステルティウスを下回ることはない。

つまり実績を踏まえた翌月見込みで利益は既に3420セステルティウス。

デキムス家の生活水準を売上相応に保ち、その他の不測の費用を除いて、買い取り資金に回せる金額が半分と考えても月1710セステルティウス。

年では約2万セステルティウス。

重要なのはこれは ポ(・) ン(・) ペ(・) イ(・) だ(・) け(・) の数字であるということだ。

これと同じことを仮にローマでやったら?

ローマの人口はルクレティアお嬢様と一緒にしたお勉強で、教師から聞いた話では100万人。

仮に話半分として、実際は50万人だったとしても、単純にポンペイ(人口2万人)の25倍の市場規模がある。

さて、2万セステルティウスの25倍は? 年間50万セステルティウスとなる。

もちろん、ローマ進出初月からこの数値が出るわけではないが、 均す(ならす) とこの金額とみて問題ない。

「――という形で実績をもとにした推定ならば、計算通りならば2年。ローマ本国特有の支出を考えても5年を見ておけば余裕の計算になります」

俺が一気に語り終えると、再び 広間(アトリウム) に静寂が訪れた。

実際の今月見込を元にした推測値。

しかもすべての係数を渋めに見て、ポンペイとローマだけの数字で2年だ。

属州やほかの自治都市への進出は一切考慮していない。

誰もがこう感じているのだろう『いける、のか?』と。

しばらくの思考の後、プッさんは深々と息を吐いた。

「……なるほど。確かに、理にかなっている」

口ではそういうものの、なぜか先ほどから一転、プッさんの顔は不満げだ。

「だがな、友ルシウス。私は失望したぞ」

「……失望?」

「ああ。お前は、私が期待したような知の探求者、学者ではなかった。結局のところ、奴隷の身の悲しさか……お前ほどの者でも己の自由のために、ただひたすらに銀貨の数を数え、利益を追い求めるだけの、しがない商人に成り下がってしまうのか」

ああん?

プッさんの言葉に、俺は少しカチンとくる。

こちとらその金勘定やらないとポンペイと共に埋まって死ぬんだが? 言えないけど。

つーか高額な値をつけることそのものには肯定的だったじゃん、あんた。

なに? 稼ぎ方が気に入らないわけ? 成金臭いとか?

「成金っぽい稼ぎ方が気に入らないんですか?」

「ローマ貴族であれば好きなものはいないと思うがね、富は土地から稼いでこそだ」

なんかこう、プッさんが一瞬、前世の同業交流会であった実家が太い高額商品レビュー系インフルエンサーの姿と重なり、めっちゃこう、イラっと来た。

なので、ついポツリと、ちくちく言葉が出てしまった、。

「へー、プリニウス様はワイン農場で稼いだ金と、ぜいたく品で稼いだ金の匂いの違いが分かるんですねーすごいなー。もしかして 洗濯屋(フルロ) がローマに収める金もしょんべん臭かったりするんですか?嗅いだことあるんです?」

「!?」

何故か俺の言葉に、雷を打たれたかのように衝撃を受けた様子のプッさん。

え? なに?

なんか地雷踏んだ? しらんわ。

「我が友よ、その言葉……どこで?」

「え?どれっすか?」

「金に尿の匂いがするか、という部分だ」

「いやただの僕の感想ですけど?」

そう返すと、プッさんは一瞬俯き、『友も……と……同じ……至っ……か』と何やら呟いていた。

「……そうか」

そしてなんか一人納得したかと思うと、なんかまた俺を見つめだした。

なんすか?

なんなんすか?

まだなんか文句あるんすか?

もう、こうなったら心のひろゆきを召喚して徹底論破の構えっすよ?

いいよこいよ、地位なんて捨ててかかって来いよ。

そう身構えつつ、なんか目をそらすのは嫌なのでそのままプッさんをまっすぐ見つめ返す。

「……」

「……」

そうして沈黙が流れることしばし。

1分後くらいだった気もするし、10分後だったかもしれない。

不意に、プッさんの口元がわずかに緩んだ。

そして、ふっと息を吐き出しながら、プッさんは俺から視線をそらした。

「こんなに良い酔い方をしたのは初めてだ」

酒カスがなんか言ってる。

「友よ、そこまで言うなら証明して見せよ。ローマに行くのだな……特等席で眺めさせてもらうぞ」

そう言ってそのまま門の方に向かうプッさん。

その様子を見てようやくマルクス様たちも再起動し、慌てて見送りのために追いかける。

いまいち釈然としないが、まあ偉い人が納得した、というかあれはやれってことだよね?

GOサインいただきました!

これはミッションコンプリート、ポンペイ脱出RTAクリア目前では?