軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

将軍と妻と補佐官と【前】

アレンに運ばれた私は、医務室へ到着した。

ベッドでなく診察用の長椅子に降ろされ、正面にはアレンの姿がある。

「ごめん、なさい」

ここまで運ばれておいてなんだけれど、実は深刻な問題が発生していた。

アレンは小首を傾げ、私の顔が見えるようにその場に片膝をつく。将軍が床に膝をつくなんて、と思ってオロオロしたけれど、ルードさんも何も言わなかったので、この現場は見なかったことにしてくれるみたい。

「どうした?」

「あの、私」

これまで何度か、アレンに抱き上げられたことがあった。

でも私は最近、おそろしいことに気づいたのだ。

「重かったですよね……?」

「ん?」

アレンは私の質問が予想外だという表情をした。

「私、太りました……!」

目を閉じて、死刑宣告を待つような雰囲気を醸し出してしまう。

アレンの邸に住むようになり、私の食事内容は格段によくなった。実家に仕送りするために、最低限の食事量で生きてきた5年半。だからこそ、これまでやせ型であり、よけいな脂肪はほとんどついていなかったのだ。

欲を言えばメルージェみたいにしっかり胸には脂肪が欲しいところだけれど、そこまで望むのは贅沢だとわかっている。

まぁ、それは置いておいて、何が問題かと言うと私が着々と太ってしまっていることだ。

ヒースラン伯爵領でのお披露目はもう三週間後に迫っているのに、ドレスがムチムチになってしまわないかがものすごく心配だ。

ただでさえ、隣に並ぶのは王国一の美丈夫なのに……!

「それにごめんなさい、本当は疲れてなんていないんです。体調はばっちりです。ただ、あの場から、メルージェたちから皆の意識を逸らしたくて……」

あなたを、利用しました。と消え入りそうな声で白状した。

悲壮感たっぷりの私を見て、アレンはぷっと吹き出した。

そして彼は目を細め、口元に右の拳を当てて笑いを我慢しようとしている。もう漏れてますけれど……?

「すまない、あまりにかわいらしいことを言うのでつい」

「笑い事では……」

「太ったか太っていないかでいうと、君が自覚があるというのならそうなんだろう。直接確かめていい?」

「!?」

彼は私の手を握り、くすりと笑う。

「ソアリスが太るなど、俺にとっては空の雲が少し多いか少ないかくらいの問題でしかない。あぁ、痩せ過ぎは困るな。むしろ、今の方が健全なのでは?」

アレンは本当に気にしていないようだった。

ルードさんに至っては「絶対に体重の話には巻き込んでくれるな」というオーラを全力で出している。笑顔で、何も見ていないような瞳をしていた。

ごめんなさいね、こんな夫婦の会話を聞かせてしまって。ちょっと反省する。

「それに、利用したなど……。ソアリスはただ、俺とあの場から移動したかっただけなんだろう?そんなに深刻な顔をしなくていい。俺は全部わかってて、君を連れ出した」

「え?」

私は目を丸くする。

「体調が悪くないと、最初からわかっていた。でもソアリスが疲れたというのなら、君に触れる機会になる。俺はそれを得たまでで、何も損していない」

「えええ」

なんて答えていいかわからずにいると、ルードさんが苦笑いで言った。

「そうですよ、奥様。この方は、奥様がお元気だとわかっていて抱き上げた、ただの確信犯です。奥様に触りたかっただけですので、むしろ慰謝料を請求してください」

「おい、人を痴漢みたいにいうな」

「大差ないかと」

アレンが不服そうに顔を顰める。

私はそれがおかしくて、くすっと笑ってしまった。

ルードさんを一睨みしたアレンは、私の隣に座って腰に手を回してきた。気を許している補佐官しかないので、自分のしたいようにするらしい。

「それで、なぜ皆の意識を逸らしたかったんだ?」

私はあのとき、起こっていたことをアレンに話した。

メルージェが見学に来ないと思ったダグラス様が、浮気相手であるシェリーナさんに招待状を渡していたこと。

シェリーナさんは、どうやらダグラス様が既婚者だと知らなかったこと。

迷った挙句、ダグラス様はメルージェに薔薇を渡したこと。

アレンは私の話を最後まで聞くと、少し考えるそぶりを見せ、そして言った。

「今の話だと、ソアリスの声がかわいいこと以外には俺の興味を引くものはない」

「おい」

ルードさんが親しげに突っ込む。

「だが、メルージェは二年も夫の帰りを待っていたのに、帰ってきた矢先に浮気されたのだから相当な心労があるだろうな」

「はい」

どんな風に慰めたらいいんだろう。

私は途方に暮れた。

「騎士は、女官や侍女、下働きの女性たちにとっては、いい結婚相手だからな。相手の女性がつい騙されてしまったことはわからなくもない。結婚しているかは本人が公表していなければわからないだろうし、そもそも自分を口説いてきた相手に妻がいるとは夢にも思わなかっただろうな」

「そうですよね。ダグラス様は明るくてご友人も多いらしいので、親しみやすいかと。それに、女性に対する扱いにも慣れていたと」

いくら私が腹を立てたところで、この苛立ちをダグラス様にぶつける権利は私にはない。

でもやっぱり腹が立つ。

モヤモヤが胸を支配している。

「これからどうするかは、メルージェとダグラスの二人にしか決められないな。まわりは斬り殺してやりたいと思うだろうが」

「あの、そこまではさすがに」

あれ、そういえばユンさんが死刑って言ってたような。大丈夫かしら。

「ソアリスとアルノーで、何か気晴らしになるようなところへ連れ出してやるのもいい。メルージェは、寮でずっと同室だったんだろう?友人として、一緒にいるだけで支えになるかもしれない」

「はい。そうありたいと思います」

メルージェは、王女宮で働き始めたときからずっと私に優しくしてくれた。つらい思いをしているなら、励ましたいし助けたい。もちろん、それはメルージェが望んだときに限るけれど……。

「明日、仕事が終わったら、メルージェと話をしてから帰りますね。少し遅くなると思います」

「わかった」

私は控えめに微笑んだ。

アレンは私の髪を撫で、「あまり気に病んではいけない」と慰めてくれた。

「それにしても困ったものだな、ダグラスも」

「も?」

呆れるアレンの言葉尻に、私はつい反応してしまった。

ルードさんは困ったように笑い、アレンの言葉の意味を説明してくれる。

「女遊びをしている騎士は、わりといるんです。ほら、浮気しないヤツは絶対にしませんが、するヤツは隙あらばするでしょう?さすがにダグラスみたいに結婚している事実を隠すのは悪質ですが、独身騎士の中には複数人と交際している者もいます」

騎士の誇りも何もない情けない話ですが、とルードさんは嘆く。

「さっきのあの場で、妻と愛人が大喧嘩でもしたなら処罰できましたけれどねぇ。御前試合を汚したとして、原因のダグラスを左遷なり謹慎なりさせることが」

言わんとすることは理解できた。

今の状態では、浮気という私生活のことで騎士団として処罰はできないと。

「あくまでメルージェの問題なので、私が仕返しを望むのは違うかと……」

「おや、そうですか?お望みでしたら、捕まえてきて鞭で打つなり生皮を剥ぐなりいたしますが。まぁ、そこまでされそうになったらダグラスだって全面的に謝罪するでしょう」

怖い!!

私は怯えて、ぶんぶんと大きく首を振って否定した。

そんな恐ろしいことは絶対にやめて欲しい。

「でもダグラスにそれをすると、ほかの浮気者の騎士たちにも罰が必要になりますね。使い物にならない騎士が増えるとさすがに困るんですが」

「そんなにたくさんいるんですか?浮気や二股している人が」