軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

御前試合は修羅場だった

今日は、騎士たちの御前試合が開催される日。

いつもは刃を潰した剣を使うそうだが、今年はローズ様が観覧するということで、なるべく恐怖心を与えないように木剣でのトーナメント戦に変わったらしい。

私は若草色のドレスを着て、ジャックスさんとユンさんに挟まれ会場となる訓練場へと足を運ぶ。

『ソアリスがいるなら、参加する』

昨夜、アレンはそんな風に甘い声で囁いた。いかにもトーナメントに参加するつもりに聞こえるが実はそうではなく、その場にいることすら面倒だけれど私がいるなら参加(待機)してもいいという意味だった。

ユンさんによると、アレンは将軍なのでトーナメントには出場せず、優勝者と手合わせするとのこと。私の夫は、騎士へのご褒美だった。

私の隣を歩くメルージェは、見学の人の多さに驚いている。

「こんなに注目されているのね、御前試合って」

夫のダグラス様も出場するので、私が無理を言って連れてきたのだ。夫婦仲が微妙だから見学はやめておくと最初こそ言っていたメルージェだったが、アルノーに説得されて渋々ここにやってきた。

こういう行事に出席していた方が、離婚のときに「私は妻の義務をまっとうしていたのにあなたは浮気した」っていう、いわゆる正当防衛ができるらしい。アルノーらしい合理的で打算的なご意見だった。

「奥様、メルージェ様。どうぞこちらへ」

ジャックスさんに先導されてやってきたのは、一般席ではなく特別招待席だ。騎士の家族やその友人など、特別な招待状を持っている人だけが入れる区域である。

メルージェはダグラス様に行かないと言ったので招待状がないのだが、私の同僚ということで顔パスだった。将軍の妻は特権がいっぱいでびっくりしてしまう。

ふかふかの椅子に座ると、給仕の人が飲み物を持って来てくれた。観劇みたいで、至れり尽くせりなのが特別席のすごいところだ。

すでに予選は始まっていて、屈強な騎士たちが次々と登場する。そこら中から黄色い声援が湧き上がり、使用人や貴族令嬢など観客たちは盛り上がっていた。

「すごい熱気ですね」

思わずそう言うと、ユンさんがくすっと笑った。

「それも陛下や姫君が到着するまでですけれどね」

「そうなんですか?」

さすがに王族が来たら、しんと静まり返るらしい。

両陛下とローズ様、そして二人の姫君はトーナメント上位者の戦いだけを見る。あと一時間くらいすると、トランペットや太鼓の音が鳴り響き、それが王族入場の合図となる。

「メルージェ。ダグラス様よ」

「あ、本当だ」

一メートルほど低くなっている控えスペースから出てきたのは、深緑色の近衛騎士の隊服を着たダグラス様だった。騎士団の司令官から異動した彼は、遠目から見ても凛々しくてかっこいい。

アレンはきれいな顔立ちの美形だけれど、ダグラス様はちょっと野性的で逞しい感じの美形だ。メルージェは王女宮の文官で一、二と言われる美女なので、並ぶと本当にお似合いなのにな……とちょっと淋しく思う。

浮気なんて、疑惑だけならいいのに。そう思わずにはいられない。

ダグラス様はメルージェが来ていることにまだ気づいておらず、目の前の試合に集中していた。

しかし始まると、あっけなく勝負はつき、ダグラス様は見事勝利を収めた。

隣にいたメルージェは、ぎゅっと胸の前で手を握り、勝利が決まると安堵したようにそれを解く。やはり夫が戦うのを目の前で見ると、ケガをしないか心配なんだな……。

私も無言で試合を見続けた。

三十分ほど経った頃、私たちのそばにまだ十代と見られるかわいらしい女性二人組が座った。

とてもうれしそうに、頬を染めて騎士たちに熱い視線を送っている。

「もうすぐね~。薔薇、もらえるといいね」

女性の一人が、そんなことを口にした。

トーナメントが進むと、五回戦からは勝利した騎士が薔薇を意中の女性に渡してプロポーズをするというイベントが発生する可能性があるからだ。

しかもこの場では、身分差を気にせず告白しても許される。

結婚できるかどうかはあくまで双方の家の判断になるが、告白すらできない身分差のあるカップルにとってはまたとない機会となっていた。

これまで騎士と話したことがなくても、もしかしたら見初められて薔薇をもらえるかも……と期待して見学に来ているご令嬢も多い。

ちなみに、すげなく断ることも許されるので、成功率は五分五分じゃないかとジャックスさんは笑う。

アレンは昨日薔薇を持って帰ってきて、恭しく跪いてそれを贈ってくれた。

その時点では何も知らなかったので、一体何事かと思った……。ルードさんが説明してくれなかったら、何かの記念日だったかなと頭を悩ませるところだったわ。

この女性たちも、招待状をくれた騎士に想いを寄せているみたいだった。

感動的なシーンが見られるかな、と私はちょっとだけワクワクした。

しかし、事態は思わぬ方向に舵を切る。

「ねぇ、あの人よね?シェリーナのいい人って」

はしゃぐ女性の声。

私は目の前で繰り広げられる試合を見つつも、つい耳を傾けてしまう。

「そうよ。近衛騎士のあの人」

女性たちが見ている方向に、近衛騎士の深緑の制服を着ているのは1人しかいなかった。

「ダグラス様が、勝利の薔薇を私にくださるって約束してくれたの」

「「!!??」」

今、おそろしい言葉が飛び出したのは気のせいじゃない。

メルージェは前を向いたまま、ピシッと固まっている。

ジャックスさんとユンさんは遠い目で同じく動きを不自然に止めていて、全員が「なんでこんなことに」と思っていた。

まさかのまさかで、斜め後ろにダグラス様の浮気相手がいた。

顔を見てみたいけれど、不自然に振り返るのは気が引ける。

私たちに気づかない二人は、うれしそうに話し続けた。

「シェリーナが近衛騎士に見初められるなんて、びっくりよね~。奥手で男の人と会話もできないのに、まさか騎士様と恋仲になるなんて信じられないわ」

友人の女性は心の底から応援しているようだった。

「私もびっくりしているわ。でもとても誠実で優しい人で、よく話しかけてくださって……。恋人になって欲しいって言われたとき、こんなに素敵な方がお相手でどうしようって思っちゃった」

どうやら、既婚者ということは隠しているみたい。

ダグラス様、どう考えても最低だった。

もう聞いていられない、ダグラス様の顔なんて見られない。

お願いだから、ここでそんな話しないで!私は今すぐ席を移動したくなった。

何より、ユンさんの殺気がすごい。

「ダグラス……死刑」

妻よりもユンさんの方が憤っていた。

メルージェは茫然としていて、ジャックスさんが心配そうにちらちら視線を投げている。

私たちがおかしな空気になっているとも知らず、問題のダグラス様は苦戦したものの見事に2戦目も勝利を収めた。

審判から薔薇を受け取り、それを持ってこちらに歩いてくる。

来ないで!?

今ここに来たら、あなた修羅場しかないですよ!?

しかし神様は祈りを聞き届けてくれず、近づいてきたダグラス様はその視界にメルージェと浮気相手の両方をとらえ、おもいきり顔を引き攣らせた。

足も止まっている。

そうよね。近づけるはずがない。

このまま回れ右して帰りたい、胸中はそんな感じだろう。

ただ、純真無垢なお嬢さんはダグラス様の気持ちなんてお構いなしで手を振って声をかけた。

「ダグラス様!シェリーナはここです!!」

お友だちの好意が、ダグラス様に突き刺さる。シェリーナさんという女性は恥ずかしがって俯いていたけれど、お友だちが大きな声を上げたので周囲の人は皆彼女たちに注目した。

ダグラス様の顔が真っ青になっていく。

「悪いことしたって自覚はあるんですね~」

ジャックスさんが冷静にそう言った。

もうここまで来れば逃げ場なんてなく、ダグラス様は選ばなければいけない。メルージェか、シェリーナさんかを。

ゆっくりと近づいてきたダグラス様は、震える手で薔薇を差し出す。

私は固唾を飲んでそれを見守った。

「君に、この勝利を捧げる。………………メルージェ」

「ダグラス……」

座っていたメルージェに、赤い薔薇が差し出される。

しんと静まり返った観覧席は、「え、そっち?」という無言の問いで溢れていた。

見つめ合う二人は、かつてない緊張感を感じさせる。

にこりともしないメルージェ。ただならぬその雰囲気を壊したのは――――

「ソアリス。ここにいたか」

「アレン!」

まだ執務棟にいるはずのアレンが、なぜかこちらに向かってきていた。付き従っているルードさんが、苦笑いで私に会釈をする。その手には報告書のようなものを持っているので、まだ仕事の途中なのに出てきたんだろうと想像できた。

アレンはダグラス様の顔を見て、「あぁ」と表情を変えた。

「ダグラス、久しぶりだな。メルージェにはソアリスがいつもよくしてもらっている。メルージェは素晴らしい女性だ。これからも夫婦仲良く暮らしてくれ。何かあれば力になろう」

「……はっ、あ、ありがたきお言葉にございます。ヒースラン将軍」

声が震えている。

ダグラス様は、浮気相手の前で「夫婦」と言われてしまったのだ。

試合のときよりも額やこめかみに汗をかいていて、目に見えて流れる雫は彼の心境を表していた。

アレンの登場でにわかに色めき立つご令嬢方は、こちらの混乱も緊張もお構いなしで私たちに注目する。

こんなところで騒ぎを起こせば、メルージェが浮気されたことが公になってしまう。

私は慌てて立ち上がり、アレンのもとへ駆け寄った。私とアレンが移動すれば、メルージェたちは人知れず話し合いができるかもしれない。

「アレン、あの、私少し疲れてしまって……」

嘘です!ごめんなさい!

元気ですがもうこれしか言い訳が思いつきませんでした!

そっと彼の腕に手をかけると、アレンはその上から自分の手を重ねてそっと握ってきた。

「医務室で休んだ方がいい。陛下やローズ様のことは気にせず、身体を大事にしてくれ」

「ありがとうございます」

よし、これでここから離れられる。

そう思って気が緩んだそのとき、アレンが屈んで私の身体に腕を回した。

「行こう。すぐに飲み物を用意させる」

「ひぇっ……!」

いきなり横抱きにされ、私は皆の見ている前でアレンに運ばれてしまった。小さく悲鳴を上げてアレンの肩に縋ると、ご令嬢方が「きゃぁぁぁ!」と一層喜びの声を上げた。

えーっと、それは何ですか?

純愛物語の影響ですか?そうですね?

羞恥で顔が真っ赤に染まる。

自分が招いた事態とはいえ、まさか抱き上げられるとは思っていなかったので絶句してしまった。

アレンは愛おしげな目で私を見つめ、なぜか額にキスをしてきた。

「ここにいては、どこかの愚か者に薔薇を贈られるかもしれない。ソアリスにひと目惚れする騎士が出たらと思うと心配だ、もっと早くに迎えにくればよかった」

「……そんなもの好きはいませんよ」

「ここに一人いる。十年経っても、君への気持ちが冷めないままだ」

もういっそ、気絶してしまいたい。

抱き上げられると美形がすぐ目の前にあり、呼吸が速くなって死にそうだった。

足早に進むアレンは、ごきげんで振り返りもしない。

私が小さな声で、ユンさんに「メルージェを頼みます」と告げると、彼女は無言で頷き下がっていった。

あぁ、大丈夫かしらメルージェ……!

アレンが私を抱き上げたとき、あの場にいた全員がぽかんと口を開けていた。どうか、気を逸らすことに成功していますように……!!

公衆の面前でお姫様抱っことは、私の中の「世間体」や「常識」というものがガラガラと崩れ落ちた。

涙目の私を見て、アレンはふわりと美しい笑みを浮かべる。

「ここで会うソアリスもまた一段とかわいいな。何時間でも見ていたくなる」

もうやめて!殺しに来ないで!

恥ずかしさが限界を突破した私は、両手で顔を覆ってすべてから目を逸らすことにした。