軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妻は前科がありまして

アレンの寝室は、白いシーツをかけた大きなベッドがあるだけでとてもシンプルだった。ベッドサイドのチェストの上には、水差しとグラス、それに柄の部分がキラリと光る短剣が置いてある。

「ソアリスは左側でいいか?」

「ええ」

邸の中で何があるとも思えないけれど、アレンはいつも警戒を怠らない。

私がいたら邪魔よね、と思いつつも来ちゃったのだから今さら戻るのも躊躇われる。

幅の広い枕は一つ。

そこに頭を置き、私とアレンは仰向けで寝転がる。

ベッドサイドのランプを一番小さな灯に落としたので、互いの顔がかろうじて見えるくらいの明るさだ。ほどよく眠気を誘う、ゆったりとした雰囲気だと思った。

「ソアリス」

目を閉じて眠ろうとしていると、アレンに名前を呼ばれた。

「何です?」

「その魔除け、暑くないか」

もふもふのキノコは、私がしっかり抱き締めている。

もう夏の終わり。

夜は長袖でちょうどいいくらいの気温だ。暑さや蒸れはないと思う。

「そんなことないわ。ふわふわでとても癒されます」

「………………それならいいが」

「アレンも抱っこしてみます?」

横向きになってしばらくキノコを見つめたアレンは、「やめておく」とため息交じりに答えた。

これ意外に気持ちいいのにな、と思ったけれどこういうものは好き嫌いがあるので無理強いはよくないだろう。

私はキノコを抱き締めてもふっとした感触を楽しみながら、アレンのそばに身を寄せた。

「突然ごめんなさい。どうしても1人で眠れそうになくて」

前から思っていたけれど、アレンは私より体温が高い。

馬車で隣に座っていると、温かくてうとうとしそうになるのだ。

同じベッドに横になっていることにドキドキしないわけではないけれど、キノコの存在を思い出すと無心になれる。すべての空気を浄化してくれる効果があるのかもしれない。

「もしかしてもう寝ていました?起こしちゃったかしら」

そうだとしたら申し訳ない。隣を見ると、彼はこちらに顔を向けて困ったように笑った。

「いや、そろそろ寝ようかと思っていたところだ。ちょうどよかった。むしろソアリスと一緒にいられる時間が長くなったからうれしい」

「ありがとう。アレンは優しいですね」

瞼を閉じると、疲労感からじわじわと睡魔がやってくる。

「寮にいたときは、メルージェとこんな風に眠る直前まで話をしていました。猫を拾ってきちゃったときなんて、メルージェのベッドに猫を寝かせて、私と2人で狭い狭いって言いながら一つのベッドで寝たんです」

「猫?あぁ、騎士団の敷地でもたまに見るな」

話しながら、私は気づいた。

ここに引っ越して来てからは広い寝室に一人きりで、それが少しだけ淋しかったのだ。

アレンは少し沈黙した後、躊躇いがちに言った。

「ソアリスさえよければ、いつでも来てくれていい。1人が淋しいなら、俺は……」

本当にいいのだろうか。

返事に困っていると、アレンは私が断り文句を探しているように受け取ったらしく、慌てて言葉を続ける。

「いや、別に無理に来いと言っているわけじゃない。ただ、ここなら寮のベッドより広いから、それだけだ」

「…………考えておきます」

「あぁ、考えてみてくれ」

「はい。心配してくれてありがとうございます」

そう言うと、アレンは控えめに笑った。

「おやすみなさい」

「…………おやすみ」

脚がじんわりと熱を持っていて、ダンスの疲労を感じる。体全体がベッドに沈んでいくかのように重たい。

けれど、いつまでも感じる視線が私を眠らせてくれなかった。

ぱちっと目を開けて隣を見ると、そこにはこちらを見つめる蒼い瞳がある。

「アレン、ずっと見られていると気になります」

こんなに至近距離でじっと見られていると、さすがに眠気も飛んで行く。

「すまない、つい……。嫌だったか?」

「いえ、嫌なわけでは」

気になるだけで、見つめられて嫌なわけではない。ただ、とにかく恥ずかしい。

「隣にいるのだと思うと、ずっと見ていたくなる」

薄暗くてよかった。

今頃きっと、頬が赤くなっている。

「体調はもういいのか?さっきここへ来たときは、随分とよくなったように見えたが」

「はい。少し休んだらよくなりました」

気が滅入っているのに変わりはないけれど、アレンがそばにいてくれたら悪い未来を想像せずに済む。

アレンの言葉や態度からは、私のことを好きでいてくれるんだってわかるから。

じっと蒼い瞳を見つめると、今度は彼が目を伏せた。

「急に一緒に寝たいだなんて、何かあったのかと思って心配している」

口ごもりながらアレンは言った。

「すみません、心配をかけてしまって」

彼の方に身体を向けると、そっと伸ばされた腕が私の頭の下に入ってくる。

もしやこれは腕枕というもの……?

これが、恋愛小説でしか読んだことのない腕枕なの?

思っていた以上に、なんていうか…………固い。

これって寝心地がいいものなのかしら。どこに頭を持っていけばいいの?変に動くと耳が痛い。

おしゃれは我慢だっていうけれど、実は腕枕もみんな我慢しているのかも。

それとも、アレンが騎士だから特別に筋肉質で固いの?

どの位置に頭を持っていけばいいのかしら。

わからない。

わからなさすぎる。

騎士の妻はどうしているんだろう。

寝心地のいい位置を探して頭を動かすと、思いのほかアレンと顔が近くなった。

「「…………」」

何これ、照れる。

ものすごく照れる。

キノコの威力が消え去るくらい、腕枕って恥ずかしい!!

アレンも私と同じ気持ちでいるのか、緊張しているのが伝わってくる。

ここからどうすればいいの?

いや、眠ればいいのよね!?

え、無理よ!

こんなに近くにいたらドキドキして眠れない。

急激に心臓がドキンドキンと大きく鳴り始める。

静かなはずの寝室が、途端に自分の心音で騒々しいくらいに感じた。

アレンと一緒にいたら眠れるかもってここまで押しかけたのに、間違っていたことに今さら気づく。

彼は遠慮がちに私の身体に手を回し、キノコを抱き締める私をアレンが抱き締めているような体勢になった。

「ソアリス」

彼が話すと、喉が揺れる。

当たり前のことなのに、たったそれだけのことで心が乱れた。

「何があったか、話してくれないか?今日の舞踏会で何かあったんだろう?」

今、どんな表情でアレンが話しているのかわからない。

もしかすると私の不自然な行動によって、彼が不安に思っているかもしれないとようやくわかった。

でも、国王陛下とのことをアレンに話してもいいんだろうか。

きっと彼は怒ってしまう。

もしも国王陛下に何か苦情を申し立てようものなら、国家反逆罪になってしまうかもしれない。

彼に迷惑をかけたくない。

でも別れたくなんかない。

私はずっと、アレンの妻でいたい。

ぐるぐると同じことが頭を巡り、私は考え込んでしまった。

「話せない?俺のことを頼ってはくれないのか?」

「アレン」

やっぱり不安にさせてしまっていた。

顔を上げると、心配そうに私を見つめるアレンの瞳がある。

前髪から頬にかけてゆっくりと撫でられ、顔を寄せた彼の唇がそっと私のそれに触れた。

もう何度目になるかわからないキスなのに、今もまたドキンと大きく心臓が跳ねる。

「何があった?絶対に何とかするから話して欲しい」

乞うようにそう言われ、胸が苦しくなった。

「誰であっても斬ってみせるから、正直に話して欲しい」

「お願いだから誰も斬らないで!?」

殺傷事件はまずい。しかも相手は国王陛下だ。

もういっそ話してしまおうかと揺らいでいると、アレンは私の上に覆いかぶさるようにして唇を重ねてきた。

「んっ……」

逞しい腕が顔の両側にあり、私の真上にアレンがいる。薄暗くても、その美しい顔がふっと意地悪く歪むのが見えた。

「ソアリス、君は俺を甘く見ている」

「え?」

「何も話してくれないなら、そのときは全権力を使って何があったのか探ろうと思う」

「!?」

全権力って、将軍の全権力!?

それってどれほどの力なの!?詳しくは想像もつかないけれど、きっとすごいことなんだというのはわかる。

「ソアリスは陛下に会ってから様子がおかしくなった。考えられるのは、陛下が君に何かしたか或いは何か言ったか……。陛下は王妃様一筋だから、万が一にもソアリスに無体を働くとは考えにくい。だが君の美しさに惑わされる可能性は、この世のすべての男にあると思う」

ない。

そんな可能性は絶対にない!

「陛下の寝所に忍び込み、剣を突き付ければ答えは出るかな」

「そんな恐ろしいことを冗談でも言わないでください!」

「俺の冗談はわかりにくいと、ルードには不評だ。でも大丈夫、これは冗談なんかじゃない。いたってシンプルな襲撃計画だ」

「アレン、冗談だと言ってください……!」

「さぁ?どうかな。すべては、ここでソアリスが話してくれるかによるな。とりあえず、こいつには遠慮してもらおう」

「あ!」

私が抱き締めていたキノコは、ぽいっと投げられてしまった。

ベッドの下へ転がり落ち、視界から消える。

魔除けになんてことを、唖然とする私を見下ろし、アレンは真剣な顔で言った。

「ソアリス、俺は頼りにならないか」

「そうじゃありません……!」

どうすればいいのか。

この先、黙っていてもいずれは知られてしまうのかも。

だったら今、アレンに助けてって頼んだ方が……。

「アレン」

私は両手で顔を覆い、身体の奥から絞り出すように言った。

「私、あなたが好きなんです。一緒にいたいと思っているんです……」

「!?」

一瞬にして、アレンの纏う空気が変わる。

あれ?

私は今、何を口走ってしまったの?

はっと気づいたときにはもう遅く、アレンは顔を背けて悔しげに目を細めていた。

「今そういうことを言われると、さすがに自制が利かなくなる」

「……すみません、さっきのはなかったことにしてください」

「それは、できない。もう1度聞きたいくらいだ」

羞恥心がこみ上げてきて、涙目になる。

「初めてソアリスの口から『好き』だと言ってくれた。気づいている?」

「え?そんな、今までだって」

言ったことはなかったかしら。

思い返すと、やり直すと決めたときも「一緒にいたい」「妻になりたい」とは言ったものの、好きだという気持ちは伝えていないような……。

「俺も君が好きだ。愛している。この喜びをどう伝えればいい?」

「つ、伝えなくてもいいです……!」

あああ、そんなに蕩けるような顔をして!薄暗いのに目が痛いほど眩しいです!

「ソアリス」

「っ!」

ご尊顔がゆっくりと迫ってくる。

もう話すしかない。

これ以上、私がおかしなことを口にしないうちに……!

話す覚悟を決めたとき、遠くの方からバタバタと騒々しい足音が聞こえてきた。

――ダダダダダダダダダダダダ……!

それはだんだんと大きくなり、ついにはすぐ近くまで迫る。

「なんだ、一体」

アレンが眉根を寄せ、扉の方を振り返ろうとしたその瞬間。寝室の扉の向こうで、慌ただしいノックの音が響き渡り、返事を待たずに扉が開いた。

「ユンです!入ります!!」

「「!?」」

バタンッと音がして、騎士服のユンさんが現れた。

「奥様がいなくなりました!!…………え?」

「「あ……………………」」

突然の出来事に、私たちは三人ともピタリと動きを止めた。

私は、再会したその日に一度この邸から逃げている。頭痛がすると言って部屋に篭り、隙を見て寮へ逃げ帰ったのだ。

前科持ちだったから、ユンさんは私がまた逃げたのかと勘違いしたんだわ!

でも今、私はここにいる。

飛び込んできたユンさんの目の前には、ベッドの上で私に覆いかぶさるアレンと、半泣きの私。

「ユンさん、あの、違いますよ?」

「ユンリエッタ、これは」

まずい。目がどんどん吊り上がっていく。絶対に勘違いされている!

「アーレーンーさーまぁぁぁ!」

怒りを露にしたユンさんは、キッと鋭い目でアレンを睨みつけて叫んだ。

「具合の悪い奥様を連れ込むとは何事ですかー!!!!」