軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妻は愛着が湧いている

舞踏会の終盤。

私の具合が悪いようだと聞いたアレンは、慌てて控室に戻ってきてくれた。

小刻みに震える私を見たアレンは上着を貸してくれて、まだ挨拶回りが残っていたのにすべて取りやめて邸に帰ろうと言ってくれた。

馬車の中、私は隣に座るアレンにもたれて沈黙する。体調が悪いわけではないけれど、そういうことにしておかなければとても冷静でいられなくて。

包み込むように回された腕が心地よく、私はずっと目を閉じていた。

「無理をしすぎたのかもしれないな」

「心配かけてごめんなさい」

邸に着くと、私はすぐに柔らかな素材のネグリジェに着替え、ガウンを上から羽織る。

ベッドでクッションにもたれて座ると、アレンが呼んでくれたお医者様の診察を受けた。

「ソアリスの病は!?」

「アレン、痛いです……!」

診察後に飛び込んできたアレンは、私をおもいきり抱き締めてそう尋ねる。

心配性が発動して、私は危うく潰されるところだった。

お医者様は「疲労が溜まったのでしょう」と言い、栄養剤を処方して帰っていく。

アレンは着替えもまだなのに、ベッドサイドに置いた椅子に座り、ずっと私の手を握っていた。

「ゆっくり休んで。何か欲しいものはあるか?」

「ありがとう。でも、大丈夫ですから」

アレンはずっとここに居ようとしたけれど、ユンさんに部屋へ追い返された。気分が悪くなったらすぐに呼んでくれ、と最後まで扉にしがみついて叫んでいたので、おそらくまた夜中に様子を見に来るんだろうな……。

鍵を閉めているのに、どうやって開けているんだろう。

マスターキーの存在が頭をよぎる。

「ふぅ……」

思わず吐息を漏らせば、ユンさんがクスリと笑った。

「やっと帰ってくれましたね、アレン様。あのようにうるさくされては、治るものも治りませんわ」

「ふふふ、そこがあの人らしいところでもあるんだけれど」

広い寝室に置かれたベッド。

本来ならここは夫婦の主寝室だ。結婚式のその日まで、ここで私は一人で眠ることになっている。

水差しをテーブルに置いたユンさんは、騎士服のままで私の世話をしてくれていた。

「奥様、何かあったのでしょう?誰かに嫌がらせをされたとか、無礼な振る舞いを受けて捻りつぶしたいほど腹が立ったとか」

そこまで腹が立ったことは、多分ない。

「皆さんとても友好的で、よくしてもらったわ」

そう、たった1人を除いては。

国王陛下以外は、本当にみんな友好的だったと思う。

今また陛下の顔を思い出し、背筋がゾッとした。

「何かあったわけじゃ……」

言葉に詰まった私を見て、ユンさんはやはり何かあったのだと悟ったようだ。

「私はアレン様の部下ですが、ソアリス様の味方です」

「ユンさん……!」

「アレン様が何をしました?また押し倒したのですか?まさかソアリス様を無理やりに」

「ないないないない!ないです!」

舞踏会へ行ってどうしてそんなことになるのよ!?

でもユンさんは「ほかに何が?」という顔で首を傾げている。

「まぁ、脱がされた形跡はありませんでしたが」

「当たり前でしょう!?アレンは優しかったわ。ずっと」

彼はとても紳士的で完璧な夫だった。

ダメなのは私の方。挨拶回りも最後までできなかったし、アレンに心配をかけてしまった。

「ごめんなさい、ユンさん。しばらく一人になりたいの」

そう言うと、ユンさんは静かに頷いて寝室を出ていった。しんと静まり返った部屋で、私はキノコの魔除けを抱き締めて横になる。

「どうしよう」

ため息とともに、独り言が漏れる。

きっと、自分では処理しきれない。アレンに話さなくちゃ、どうしようもないことだ。

まさか、王妹殿下と一緒になりたいって思ったりしないよね?

1人でいると、よくない方向に考えが向かう。

美しい女性と腕を組み笑顔を見せるアレンの姿が浮かんでしまい、被害妄想なのに胸が苦しくてどうしようもなくなった。

結局、夜中まで悶々と悩み続けた私は、使用人たちも寝静まった頃になりアレンの部屋へ。

こんな時間に彼の部屋を訪ねるのは初めてで、薄暗い廊下を秘かに歩いて三つ先の扉をコンコンと叩く。

「ソアリス!?」

扉を開けたアレンは、少し髪が濡れていた。

突然やってきた私を見て動揺を露わにする。

「こんな時間にごめんなさい。あなたにお願いがあって……」

「何でも聞こう」

返事が早い。

言い出した私の方がたじろいでしまった。

「あの、頼む側が言うのも何ですが内容を聞いてから判断した方がよろしいのでは」

「そうか、今度からはそうしよう。とりあえず中に入るか?」

頷いた私は、アレンの部屋へ入った。

アイボリーの壁に、防犯用の武具がかけてある。この居室の隣は、アレンの使っている寝室だ。

扉の前で立ったまま動かない私を見て、アレンは目を瞬かせる。

「ソアリス?どうした、具合はもういいのか?」

心配そうに伺うアレンは、そっと私の頬に手を伸ばした。

私はこの大きくて優しい手が好きで、この瞬間も幸せだなって思う。

「アレン、私」

ここに来てしまったのは、1人で部屋にいたくなかったから。

「今日は一緒に寝て欲しいんです」

「…………………………………………」

「アレン?」

返事がない。

聞こえている?

彼の瞳をじっと覗き込むと、まるで夢から醒めたみたいにはっと正気を取り戻した。

そしてなぜか後ろを向き、右手で顔を覆って何やら呟く。

「期待するな……。キノコのばけものを持ってきた時点で、ソアリスにその気はない……。10年に比べると1晩なんて容易い。大丈夫だ……!」

私は、腕の中に抱き締めていたキノコの魔除けをじっと見つめる。

もしかして、アレンはこれにまだ慣れていないのかしら。

私はすっかり慣れてしまい、今では毎晩一緒に眠っているから愛着が湧いている。

けれど今もなおきらんと妖しく光る黒曜石の瞳を見ると、どう見てもこれはキノコのばけものだと思った。

「ごめんなさい。1人でいたくなくて来てしまいました」

「あぁ、問題ない」

アレンは困った顔で笑い、それでも私の背に手を添えて寝室へ案内してくれた。