軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後始末

祝宴を終え、後始末があると言うアレンと別れて先に邸へ戻ってきたのは日付が変わる少し前のこと。

ヘルトさんや侍女長、リルティアらに迎えられ、彼らの表情を見たときは心配をかけてしまったと思った。

「奥様、ようご無事でお戻りになられました……」

「ありがとうございます。このように元気です」

普段はにこにこしていて、取り乱すことなんてない家令のヘルトさんまでが安堵を声に表していて、私も緊張の糸が解けてホッとする。

ニーナとエリオットは先に戻っていたので、すでに湯あみをして軽食を取ってそれぞれの部屋に戻ったと報告を受けた。

私も部屋に戻って湯を使い、メイドたちにあれこれ世話を焼かれて就寝準備が整えられる。

ユンさんはアレンが戻るまでそばにいると言ってくれたけれど、部屋から出ないので大丈夫だと言って下がってもらうことに。

疲れているだろうし、ユンさんもルードさんが戻ってきたら何かと話があると思うから、せめて今だけは休息を取ってもらいたい。

「何かあればすぐに呼んでくださいね?」

「わかりました」

「何もなくても呼んでくださいね?」

「……それじゃユンさんが休めませんよ!?」

王妹殿下の警護からの祝宴というスケジュールを終えても、ユンさんは元気だった。私とは体力も気力も、そもそもの基礎が違うみたい。

「何かあれば呼びますから」

「それでは……」

――パタン……。

笑顔でユンさんに手を振ると、扉が静かに閉まった。

一人きりの部屋で、私は温かいハーブティーを飲みながらアレンの帰りを待つ。

きっと今頃、陛下や宰相様と今後のことを話し合っているのだろう。

ヴォーレス公爵家が束ねる勢力がどうなるか、これによって内政の安定が変わってくる。

ジェイデン様に王位を引き継ぐときに、なるべくスッキリした状態にしておきたいはず。

考え事をしていると、瞼が重くなってきた。

明日はお休みだからアレンが帰ってくるまで起きて待っていようと思ったのに、慣れない荒事で疲労が溜まった心身は限界だった。

「はぁ……」

ソファーに横たわると、あっという間に睡魔がやってきた。

少しだけ。

そう思って私は意識を手放した。

***

頬に当たる柔らかな毛布の感触。

かすかにベッドが軋む音。

ぱちっと目を開けると、いつもの黒い隊服を着たアレンがいた。

その両腕は私を包むように抱きかかえていて、ソファーからベッドまで運んでくれたのだとすぐにわかった。

「アレン……?」

「すまない、起こしてしまったか」

またすぐに閉じようとする瞼を懸命に押し開け、私はベッドの上で座り直す。

「おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」

額にチュッと口づけられると、少しだけ冷やりとした。

アレンは今戻ってきたばかりみたい。

「あの」

話し合いはうまくいったのか。そう尋ねようとすると、彼は少しだけ微笑んで頷いてくれる。

「後はすべて、宰相がうまくやってくれる。マルグリッド嬢はレイファーを婿に迎え、家を継いで今度こそ自分の足で歩いて行けるだろう」

「……よかった」

きっとこれからも苦労は絶えない。

けれど、父親の野心に翻弄されて泣くような人生はもうおしまいで、私は心からこれでよかったと思えた。

アレンはベッドに腰を下ろし、私の肩を抱き寄せて言った。

「ソアリスには気苦労をかけたな」

まさかそんな風に言われるなんて。

私は驚いて目を瞬く。

「マルグリッド様を助けたいとお願いしたのは私です。気苦労だなんて……。すべて解決してくれて、ありがとうございました」

苦労したのは私ではなく、アレンやルードさん、それに特務隊の方々では。

けれどアレンは苦笑いで首を振る。

「今回も、将軍の妻だから巻き込まれた事態だ」

「そんな」

「それに特務隊に関しては、仕事が増えて喜んでいたくらいだからな」

なんとも返答しにくいことだわ。

暴れられてうれしかったということよね!?

私もアレン同様、苦笑いになる。

しばらく寄り添っていると、アレンがふいに真剣な声音で口を開いた。

「ソアリス」

「はい」

隣を見上げると、蒼い瞳がまっすぐにこちらを見つめていて、何事かと私は身構えてしまう。

アレンは少し言いにくそうにして、でも静かに話し始めた。

「明日から数日、家を空けることになった。まだ数十人の行方不明者がいて、彼女たちは国境付近の廃村にいるということがわかったんだ。騎士団を率いてそこへ向かい、邪教信仰者をまとめて捕縛する任務がある」

「まぁ、国境付近まで?」

「今夜のことが敵の組織にバレないうちに、すぐに王都を出発する。邪教のことは特務隊だけで秘密裏に処理すべき案件だから、表向きは訓練のための遠征ということになるな」

戦が終わったばかりだから、邪教信仰者が事件を起こしていたことは公にされない。

特務隊が後始末をつけることは理解できた。

「危険はないのですか?」

そう問いかけると、アレンは柔らかな笑みで頷く。

「心配ない。今日のように圧倒的に制圧することになるだろう。ヤツらは武力を持たない組織だから」

「そうですか……」

「結婚式までには帰ってくる。ソアリスは、いつも通り過ごしていてくれ」

私たちの結婚式まで、あと二週間。

国境付近まで行って帰ってくるなんて、かなりの強行スケジュールになるのでは。

けれど、何より無事に帰ってきてくれる方が大事だ。

私はアレンの手に自分の手を重ね、縋るように願った。

「無事に帰ってきてくださいね?結婚式はできなくてもいいですから……」

執務で邸に帰ってこないことは、これまでだってあったのに。

急に心細くなり、不安がこみ上げる。

「ソアリスの花嫁姿を見れなくなるのは困るな」

アレンはクッと笑うと、私の手を握り返した。

ゆっくりと顔が近づいてきて、柔らかな唇が触れ合う。

「これでは行きたくなくなる」

「…………」

行かないで、なんて言っちゃいけない。

だから別の言葉を探すけれど、何も思い浮かばなかった。

「ソアリス?」

何も話さない私を見て、アレンが不思議そうな顔をする。

私はどうすることもできず、無言で抱きついた。

背中に回した腕にぎゅっと力を込めると、アレンも何も言わずに抱き締め返してくれる。

そして……。

「よし、もう行くのはやめよう」

「はぃ!?」

「ソアリスがこれほど淋しがっているのに、置いていけるわけないだろう」

「いえ、あの」

「ルードに任せて、これを機に辞職するのはどうだろうか」

「ダメですよ!?私が淋しがっているから辞めるなんて、理由になっていません!」

慌てて顔を上げると、アレンがおもしろそうに笑いを漏らす。

「ははっ、淋しがっていることは否定しないんだな」

「――っ!」

指摘されると、一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。

ちょっと夫が戻らないくらいで淋しいなんて、子どもみたいな……!

両手で顔を覆って反省していると、再び抱き締められた。

「淋しいと思ってくれるか」

「…………当たり前です」

一年にも満たない結婚生活なのに、こんなにもアレンを好きになってしまったから。

この腕の中にいると幸せだと知ってしまったから。

淋しくないわけがない。

「帰ってきたら、ずっと一緒にいてくださいね?」

せめてこれくらいは、伝えてもいいだろうか。

叶わないことはわかっているけれど、私がアレンを必要としていることは覚えていて欲しい。

「約束する」

あまりに即答だったから、私はくすりと笑ってしまった。

「ありがとうございます」

「やはり行かなくていい方法を探そうか」

「ダメですってば」

「どうしてもか?」

「仕方のない人ですね、アレンは」

それからもたわいもないやりとりは続き、いつの間にか私が積極的に行けという側になってしまっていた。

どうやら私たちは、どちらも大概に往生際の悪い夫婦みたい。

すっかり夜が明けた頃、アレンは私や使用人たちに見送られて静かに出立していった。