軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後がつかえていますんで

――ギィ……。

重い扉を強引に押し開けると、薄暗くて寒い廊下を進んでいく。

灯りは等間隔に用意されているから歩く分には問題ないけれど、調度品や美術品などはほとんど撤去されていた。

「持ち上げますよ」

ジャックスさんが小声でそう言うと、私が入っているリネン籠がそっと持ち上がっていく。

今現在、私は眠らされて誘拐されたことなっているので、いつどこで公爵の手下に出会うかわからないから言葉を発することはできない。

息を殺していると、高い靴音と共に籠が揺れ始め、階段を上っているのだとわかってきた。

二階まで行くと、そこには数名の男たちが待っていた。

布の隙間から見える範囲には限界があり、私からは男たちが何人なのかわからない。

男たちが着ている黒っぽいフードつきマントは、いずれも二つ頭の羊のエンブレム入り。邪教と呼ばれる宗教団体も様々あるが、ルードさんによると彼らは中規模の組織だそうだ。

『邪教信者も増えすぎると分裂するんですよね~。穏健派と強硬派に』

同じ神を崇拝していても、色々とあるらしい。

ちなみにヴォーレス公爵が組しているのは、穏健派。

生け贄を捧げたり、悪魔を呼びだそうとしたり……どこが「穏健」なのかと疑問が募る。

強硬派のように信者獲得のために荒っぽいことをしない、という意味で穏健派なんだろうけれど、どう考えても穏健という言葉とはほど遠いから困る。

ドキドキしていると、マルグリッド様が堂々とした声で彼らに尋ねた。

「お父様はこちらかしら?」

「…………」

彼らは何も言わず、謁見の間のような広い部屋にマルグリッド様とジャックスさんを案内した。

絨毯の敷かれていない石造りの床は、歩くたびにカツカツという音が響く。

「早かったな、マルグリッド」

突然、低い声が静かな部屋に反響した。

夜会のときに聞いたから、ヴォーレス公爵の声だとすぐにわかった。

「ローズ様にお祝いを述べに行きましょう、とお誘いしたら何の警戒もなくついてきてくれました。護衛も一緒なのでなおさらですわ」

マルグリッド様がそう答えると、こちらに近づいてくる一人分の靴音が聞こえてくる。

私は慌てて目を瞑り、眠っているように見せかけた。

リネン籠のフタがサッと取り払われ、ランプの灯りに照らされる。

「将軍の妻で間違いないな」

「はい、お父様」

公爵がすぐそばにいる。

それだけで、私は緊張から心臓がバクバクと鳴っていた。

「ふんっ、将軍はこのような凡庸な娘になぜこだわる?どれほどの美女かと思いきや、取るに足らぬ普通の女ではないか。忌々しい」

私の「将軍の妻コレじゃない感」にヴォーレス公爵がご立腹だった。

自覚はあっても、改めてはっきり言われるとちょっと傷つくわ。

マルグリッド様は気を遣ってくれたのか、慌てて話題を変えた。

「お父様、そんなことよりなぜソアリス様を生かしたまま捕らえることにこだわったのです?馬車で襲ったときも、あの場で命を奪うことはできたはずでしょう?」

今日だって、薬でも盛るように指示されるのではとマルグリッド様は思っていた。

なのに、公爵が指示したのは私の拉致。あくまで、生きたまま捕らえることにこだわった。

アレンに何か交渉するために、私を人質として使うのか。

そう思っていたら、とんでもない言葉が耳に飛び込んでくる。

「おまえと入れ替えるためだ」

「…………どういう意味でしょう?」

マルグリッド様は恐る恐る尋ねた。

公爵はゆっくりと歩いて娘との距離を開け、暗がりから出てきた女に命令する。

「準備は整っているのか?」

「ええ、後はそちらのお二人がいればいいだけよ」

うっすら目を開けて確認すると、その女は私に香水を渡した占い師だった。

赤い唇が妖艶で、その目は煌々と輝いていて正気でないみたい。

私はもう眠っていたふりも忘れて、彼女の姿に見入っていた。

「儀式はすぐに終わる。何も心配することはない」

公爵は自信たっぷりに宣言する。

「お父様……?」

身の危険を感じたマルグリッド様は、一歩後ずさった。

「おまえにやり直す機会をやろう。呪術の儀式を行えば、おまえは将軍の妻と入れ替わることができるのだ」

「入れ替わる?」

「そうだ。将軍もまさか、妻の魂がマルグリッドと入れ替わったとは気づくまい。おまえはその身を捨て、将軍の妻に成り代わってあいつをうまく操るのだ。そうすれば栄華を取り戻せる……!」

もうとっくの昔に、この人は狂っていたのかもしれない。

私はそう思った。

魂を入れ替えるなんて、そんなことできるはずがない。ありえない。

ただ、頭ではそう思っていてもこの場の空気がそれを現実的に思わせる。

背中や肩にゾクリと悪寒が走り、公爵の狂気を感じた。

「お父様、本気でそんなことができるとお思いですか!?魂を入れ替えるなど」

マルグリッド様の声が震えている。

どこまでも娘を駒として扱うその残酷な性質に気づいたからか、妖しい呪術に晒されようとしている恐怖感からか。

しかし公爵は薄ら笑いを浮かべて言った。

「さぁ、生け贄は用意してある」

彼が視線を向けた先には、動物を入れる檻のような鉄柵が見えた。

その中には、十代と思われる女性が五人いた。

いずれも、茶色い髪に碧色の瞳。

私の持つ色彩によく似た女性たちだった。

嫌な予感に、私は身震いする。

「この生け贄の目を取り出し、神に捧げ、術式を展開することで奇跡は起きる……!さぁ、マルグリッド。早くこちらへ」

公爵の言葉を合図に、ローブを着た男たちが一斉に私たちを取り囲む。

ここでようやくジャックスさんは私が入った籠を床に置き、その右手を剣にかけた。

そして……。

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、そしてきもい!」

ジャックスさんの、緊張感のない声が広い部屋に響く。

いや、まぁね!?

目を取り出して捧げるとか怖いけれど!

ものすごく怖いけれど!!

正直な意見につい頷きそうになるも、今はそれどころではないという気持ちがこみ上げる。

私は籠の中で立ち上がると、ドレスの裾をたくし上げてその中から出た。

「あの、ここからどうします?」

――シャッ……。

剣を抜く音がやけに大きく聞こえる。

どうしますも何も、それが答えなんだろうとはわかるけれど……。

「おまえ、逆らうのか!」

公爵がジャックスさんに向かって叫ぶ。

しかし、その返答がある前に奥の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。

――バンッ!!

「おとなしくしろ!すでに離宮は制圧済みだ!」

剣を手にしたアレンを先頭に、先に潜んでいた特務隊の一部がなだれ込む。

邪教信仰者たちは慌てて逃げ道を探し、方々に駆けだした。

「公爵は生け捕りにしろ!そのほかの者は抵抗するなら相手をしてやれ!」

アレンはそう言いながらこちらへ向かってくる。

私はジャックスさんの背中に守られながら、おとなしく身を縮こまらせていた。

――ガッ!

逃げようとしたローブ姿の男を、ジャックスさんが捕まえて剣の柄で殴りつける。

30代後半と思われるその男は、ぶるぶる震えながらジャックスさんを見上げていた。

「わ、我らは穏健派だぞ!暴力など……!」

令嬢たちを誘拐して生け贄にしようとしていたくせに、自分への暴力は窘めるなんて。

私は思わず男を睨む。

ところが、ジャックスさんは満面の笑みで彼に告げた。

「あぁ、奇遇だな。俺も特務隊の穏健派なんだよ。仲良くしようぜ」

「なっ!?」

ガンッと鈍い音がして、男が床に崩れ落ちる。

一撃で意識を失った男は、だらしなく四肢を投げだし、口から涎を出していた。

ものの数分で離宮の中は制圧され、指揮を終えたアレンが私の下へ駆け寄ってくる。

「ソアリス!」

黒の隊服姿の夫は、こんな殺伐とした空間でも美しい。

私を長い腕で捕まえると、ぎゅっと抱き締めてくれた。

「無事か?」

まったく危険には晒されていない。

ルードさんが特務隊をまんべんなく配置していた上、アレンが予定より早く乗り込んだおかげで何事もなくすべてが終わった。

「私は大丈夫です。それより……」

数メートル先には、捕縛されて床に膝をついたヴォーレス公爵がいる。

逃げようとして乱れた髪や服装に、かつての威厳はなくなっていた。

悔しげにギリギリと歯を食いしばっていて、捕縛されず立ったまま自分を見下ろしているマルグリッド様を睨んでいる。

ここでようやく、娘の裏切りを知ったのだ。

対するマルグリッド様は、何の感情も宿していない目で父を見ている。

邪教信仰者が捕まって連行されていく中で、彼女は消え入りそうな声で呟いた。

「愚かですね、お父様。私はこんな人に……」

マルグリッド様にかける言葉は見つからなかった。

私はただ、その背中を見守っていた。

「おのれ……!母親を見捨てるつもりか……!」

ヴォーレス公爵は、この期に及んでそんなセリフを吐く。

何も答えないマルグリッド様に代わりそれに答えたのは、ここにいるはずのない国王陛下だった。

「公爵夫人は王家が保護した。そなたは心置きなく隠居せよ」

ルードさんと共に現れた陛下を見て、私は慌てて礼を取る。

マルグリッド様も同様にし、一歩下がって陛下の前を開けた。

陛下は相変わらずの眼光の鋭さだったけれど、少し悲しげにも見える。

「なぜここまで愚かなことを……」

貴族筆頭として、国のために尽力してきたはずのヴォーレス公爵家。

かつて陛下が王太子だった頃は、公爵とも親しい関係性だったと聞く。それがどうしてこんなことに、と嘆く陛下の気持ちは痛いほど伝わってきた。

しかし、ヴォーレス公爵は陛下のことも嘲笑するかのように言い捨てた。

「いらないんですよ、弱い国は」

「弱い?」

「隣国と縁組しなければいけないほど弱い国も、弱い王も、すべて正さなければならない……!将軍という一人の騎士を崇める国民も、それに追随する騎士も、貴族も、私が支配下に置き統制しなくては……!神はそれを望んでいる!」

高らかに笑い声をあげる公爵は、自分の正当性を未だ信じているみたいだった。

「おまえたちもいつかわかるだろう!この国に生まれたことを後悔する日が来る!そのとき気づくのだ!私の言ったことが正し」

「あ、すみません、時間です」

容赦なくそう言ったのは、陛下のそばにいたルードさんだった。

天を仰ぎ自分に酔いしれていたヴォーレス公爵は、あっけに取られて目を見開く。

「王妹殿下の祝宴に間に合わなくなりますので、演説は牢屋でしてください。後がつかえていますんで」

「なっ!」

うちの悪魔は、時間に厳しいタイプだった。

「だいたい、後悔ならもうしてますよ、こんな爺が生きてるタイミングでこの国に生まれてヤダなって。ねぇ、アレン様」

話を振られたアレンは、私の隣で深く頷いた。

「まったくだ。やるならよそでやれ、よそで」

そして、もう終了したとばかりに私の肩を抱いて扉の方へと歩いて行く。

「アレン!?」

陛下も残したままでいいの!?

私は慌てて声をかける。

するとアレンは何を思ったのか私のことをひょいと横抱きにして持ち上げた。

「何をするのです!?」

びっくりして目を丸くすると、至近距離から麗しい笑みを向けられた。

「ジャックスにソアリスを運ばせたのは間違いだった。ソアリスを運んでいいのは俺だけだ」

「意味がわかりません!」

「わからなくてもいい。こういうことは理解するよりも感じるものなのだと思う」

「はぃ……?」

ますます意味がわかりません。

夫の言動が理解できず、私は眉根を寄せてじっとそのご尊顔を見つめてしまった。

すると背後から、マルグリッド様の声がする。

「ソアリス様。お待ちを」

アレンが足を止めると、彼女は私のそばに駆け寄ってきた。

「レイファー様からいただいたお薬、持っていらっしゃるかしら」

笑顔でそう尋ねられ、私はポケットから丸薬を取り出す。

マルグリッド様はそれを無言で受け取り、そのまま振り返ってヴォーレス公爵のところへ向かっていく。

「お父様」

「!?」

満面の笑みのマルグリッド様は、その手に二つの丸薬を持っていた。どちらもレイファーさんからもらった薬である。

なぜかジャックスさんが無言で彼女の隣に立ち、丸薬を受け取った。

彼の表情は、いたずらが楽しみで仕方ないというようなイキイキとしたもので――――

「はーい、どうぞー」

「んがっ!」

ジャックスさんによって頬を押さえつけられ強引に口を開かされた公爵は、その二つの丸薬を放り込まれる。

私はアレンに横抱きにされたまま、茫然とそれを眺めていた。

「んがぁぁぁぁぁ!ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

もがき苦しむその様は、レイファーさんに「まずい」と聞いていたよりも数倍、いや、数百倍はすさまじい光景だった。

断末魔のような、悲鳴だか怒声だかが響き渡り、涙と鼻水、涎などあらゆるものを吐き出しつつ公爵は苦しんでいた。

「レイファーさん、あれを私に飲めって…………?」

よかった、飲まなくて。

周りの人が近づけないほど、のたうち回っている。

あれで毒薬じゃないって、一体成分は何なの?

これは、マルグリッド様からのささやかな(?)仕返しということかしら。

公爵はこの後、王族が幽閉される塔に監禁されて一生を過ごすことになるという。

処刑すれば事が公になってしまうから、マルグリッド様が穏便に家を継ぐには幽閉するしかない。

「さようなら、お父様。もう二度と会うことはありません」

マルグリッド様は父を一睨みした後、ドレスの裾を翻して颯爽と歩いて行った。