作品タイトル不明
妹がやってきた
頬を刺す冷たい空気。
夜が明けてまもない早朝、大きな荷物を背負った妹がたった一人で王都へやってきた。
王都までは相変わらずサミュエルさんの馬車に乗せてもらい、そして彼の持つ事務所からは空が白みがかった早朝の街を三十分以上も歩いてきたらしい。
馬車を使えとお金を送ったはずなのに、もったいないからとそれを使わないなんて逞しすぎる。
「おはようございます!お姉様!お義兄様!」
「「おはよう……」」
こちらに来るよう連絡してから、わずか五日。折り返しの手紙よりも早く、本人が来るなんて。
妹から手渡された両親直筆の手紙には「ニーナをよろしく」と書いてあった。
え、結婚のことは丸投げですか……?
将軍という後ろ盾があるから、リンドル子爵家が出るまでもないとでも……?
寝間着の上にガウンを羽織った状態で、私は手紙を見て唖然としてしまった。
アレンも隣からそれを覗き込み、特に何を言うわけでもなく沈黙している。
「無事につけてよかった~!」
朝から元気いっぱいの妹は、サロンに案内されるとどさりと荷物を下ろして寛ぎ始める。
メイド長が温かい紅茶と朝食を用意してくれて、早朝の邸が一気に賑やかな空気になった。
「お姉様たち、早起きなのね!まだ眠っていると思っていたわ」
「あなたが来たから、慌てて起きたのよ」
気を抜くとあくびが出そうになる。
アレンは寝起きでも凛々しいのに、私は全然だめでぼんやりしてしまうから困る。
「サミュエルさんが街を出る時間に合わせたらこうなっちゃったの!お昼にはルルーカと街で約束しているから、少しでも早くここに着きたくて急いで来ちゃった」
「ええっ!こんなに急に……?大変、ドレスや靴を用意しなきゃ!」
「大丈夫よ、ルルーカは恰好のことは気にしないって言っていたわ」
「ダメよ、さすがに失礼なことはできないわ。あなたにとってはただの友人でも、ルルーカ様は宰相様のお嬢様なのよ?きちんとした格好でお会いしなきゃ」
妹が自由奔放で、この先が思いやられる。
アレンは私たちのやりとりを苦笑いで見守っていた。
「お義兄様、しばらくの間お世話になります。どうかよろしくお願いいたします」
「あぁ、ゆっくりして行ってくれ。俺は日中はほとんど不在にするが、何かあれば家令やメイドに伝えてくれればいいから」
「ありがとうございます!お姉様が淋しい思いをしないよう、しっかり相手をしますね」
「それは頼もしいな。だが俺が戻ってきたらソアリスを返してくれると助かる」
「わかっていますよ、もちろんそこは 弁(わきま) えています~」
ニーナの視線が、明らかにおもしろがっている。
妹にまでからかわれるって、これは姉としては拷問に近い。
アレンはいつも通り誰がいてもおかまいなしに、私の肩を抱いて満足げにしている。
私もいつかこの状況に慣れる日が来るのかしらね……?羞恥心なんて消えてなくなる日は来るのかしらね?
「お姉様」
「な、なに?」
妹がじっと私の姿を観察し始めた。
何を言い出すのかと一瞬だけたじろいでしまう。
「寝間着が変わってる」
「!」
私が最近着ているのは、本邸のカミラさんたちが用意してくれたキラキラツヤツヤした生地のナイトドレスである。ガウンで上半身は見えていないのにスカート部分だけを見て違いに気づいた妹は、なぜか嬉しそうに目を細めた。
「仲良さそうでよかったわ~」
「…………」
私は無言で目を逸らす。
妹がだんだんと市場の野菜売りのおばさんに似てきた気がする。まだ17歳なのに、冷やかし方がおばさんっぽくて心配になってきた。
もはや姉としてのプライドも何もかもあったものじゃないけれど、ここで負けるわけにはいかない(?)ので、私は必死で話題を元に戻した。
「とにかく今日は、私もアレンも仕事があるから。ルルーカ様には失礼のないよう、きちんとした姿で会いに行ってね?」
「わかったわ」
アレンはニーナにも護衛を手配してくれていたけれど、まさか早朝から来るとは思っていなかったのでまだそちらは間に合っていない。
突然すぎて、何もかもが後手に回ってしまって、間に合ったのは朝食だけである。
今頃、メイド長たちが客室の準備をしてくれているはず。普段から掃除は行き届いているけれど、実際に人が泊れる状態にするには一時間はかかると思われた。
「まさか連絡なしで来るなんて」
「それは本当にごめんなさい。私も出発してから気づいたの。お姉様の寮へ泊まりに行くのとは違うってことに」
「今度からはきちんと連絡してね?一人で歩いてくるなんて、何かあったら大変よ」
いくら精神的に逞しいとはいえ、ニーナだって普通のご令嬢方と同じく自分で自分の身を守ることはできない。武術の心得なんてないし、何かあったらと心配になった。
あははと軽く笑って流そうとするニーナに、アレンが静かに忠告する。
「ニーナ。王都はさほど安全でもない。年頃の女性たちの失踪も相次いでいるから、一人で出歩くのは避けて欲しい」
「ええっ、王都って物騒なんですね!わかりました、勝手に一人で出かけることはしません」
「あぁ、くれぐれも頼む」
ここで私は、ニーナが背負ってきたリュックに目を向ける。
「そういえば、この大きな荷物は一体何なの?」
夜逃げを疑うような大きなリュック。貴族令嬢の背負う荷物ではない。
前回、ニーナのリュックからは父がサミュエルさんに売ってしまったアレンからの贈り物が出てきたわけだけれど……。
今度は一体何が出てくるのか、漠然とした不安が胸に湧き上がる。
「これ?これはね、最近力を入れている内職なの」
「内職!?もう内職はしなくてもよくなったんじゃないの!?」
「あはははは、それはそうなんだけれど、この間のお披露目パーティーのときにもらった人形を見て閃いちゃって」
「人形?」
あぁ、嫌な予感がする。
私が恐る恐るアレンを見上げると、彼は思い当たる節があったらしく目元を引き攣らせていた。
「じゃーん。見て、お姉様!かわいいでしょう?英雄の 平和の女神(エイレーネー) ちゃんです!」
リュックの中から出てきたのは、白い肌に亜麻色の髪、碧の瞳の小さな人形だった。白いドレスを着ていて、お花の入った小さな籠を持っている。
ドレスのチュールの刺繍は、どう見てもうちの母が施したものだ。人形のドレスにしては、刺繍のレベルが高い。
「ニーナ、ちょっと説明してくれる?」
まさかとは思うけれど、英雄の名にあやかって商売を始めたんじゃないでしょうね……?
「ほら、ヒースラン伯爵家に届いていたお姉様宛てのプレゼントがいっぱいあったでしょう?蚕とか腐った果実とか、ずたずたに引き裂かれた服とか」
いや、蚕のこと以外は知らないわよ?
ニーナが何で私より詳しいかって、売れるものがないか物色したってことね?
「送り主がわからない物もいくつかあって、お義兄様が好きにしていいって言ってくださったからそれをもらったの!とてもかわいい人形があったから、持って帰って糸をほどいて、型紙を取って……。こうなりました!」
「なんでこうなるのよ!?」
人形の型紙を作り、それで生産したってこと!?
「そんなこと言われても、いい感じに仕上がっちゃって『これは売れるよ!』ってお父様が喜んだの。それでお母様がドレスを刺繍をして、私は人形の本体を縫って、ある程度の数が纏まったから雑貨店で売ってもらおうと思って持ってきたのよ」
「いきなり持ち込んで、売れるのかしら?」
「え、でもかわいいよねこの人形」
「かわいいけれど……」
人形を両手でつかんだまま言葉を失くしていると、肩にポンと温かい手が置かれて慰められた。
「ソアリス、逞しいことはいいことだと思う」
「逞しすぎません……?」
ちらりと横目で見れば、彼は苦笑いだった。
「で、なんでこの人形はそんな名前なの?」
どう見ても私の髪色と瞳の色を模している。髪色が微妙に異なるのは、毛糸の値段の問題だろう。
けれど、どう見ても私っぽく作ってあるのはすぐにわかった。
「英雄の 平和の女神(エイレーネー) ちゃん?結婚式の前に、お祝いムードでいろんなものが売られているでしょう?たとえばお姉様の髪に着目した香油とか、カラーの花をモチーフにした髪飾りとか。どうせならお姉様の純愛物語にあやかったものにしようってエリオットが言い出して」
弟も共犯だった。
一家総出で英雄商法に乗り出していた!
「せっかくだから便乗しようって」
「便乗って言っちゃうのね」
「サミュエルさんも、こないだキノコの魔除けを入手してきて、王都で特殊な趣味の人に売るんだって言ってたわよ?貴族の中には、熱狂的な将軍の妻ファンの人がいるらしいからって」
「サミュエルさんまで!?」
ちょっと待って、特殊な趣味の人って言うのはあの見た目を知っていてなお欲しがる人ってことよね。
誰も買わなくて、倉庫の死蔵品になるんじゃないかしら。
だんだんと窓の外が明るくなっていき、そろそろいつも通りに起きる時間が近づいていた。
いつまでもここで妹と話している時間はなく、仕事へ出かける支度をしなくては。
「とにかく、食事をしたら客室で着替えをしてね。私たちは夕方には戻るから、そのときにまた話をしましょう」
人形のことは、見なかったことにしよう。
私は何も見ていない。何も知らない。それがいい!
リュックにそれを戻し、私は記憶を封印した。
「いってらっしゃーい」
ニーナのことは夜番だったノーファさんとメイドのリルティアに任せ、私たちは一度部屋へ戻って着替えを行うことにした。
アレンは部屋に着くなり、我慢の限界が来たみたいに笑い始める。
「ははっ……はははは」
我が妹ながら、朝から強烈な再会だった。
笑いを漏らすアレンを横目に、私はしゅんと俯いて詫びる。
「すみません、妹が……」
「別に気にしなくていい。ニーナは想像以上に逞しいな」
「ごめんなさい」
あんな人形まで。
両手で顔を覆い、ううっと呻き声に似た何かを漏らす私。アレンは労わるように私を抱き締めると、背中をそっと撫でて慰める。
「賑やかなのはいいことだ」
「そうですね……」
明るくていい子なんですけれどね?
ちょっと自由さが気にかかる。
アレンが特に作法にうるさくない人で本当によかった。
寛容な夫に感謝して、私はそっと身を離す。
「そろそろ支度をしなくては」
「そうだな。とにかく着替えて朝食をとろう」
「はい」
アレンはそう言うと、続き間の扉を開けて自分の部屋へと入って行った。