軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

妻はあれこれ報告をする

「アレンディオ様がお戻りになられました!」

「!?」

夕暮れ時というにはまだ早い時間。

私が仕事から戻って部屋で着替えをしたタイミングで、十一日ぶりに夫が邸へ戻ってきた。

ブラウスの袖のボタンを留め、翡翠のブレスレットを着け、慌てて髪を整えながら階下へと急ぐ。

4日前、朝少しだけ会うことはできたけれど、じっくり時間を取って話せるのはヒースラン伯爵領から戻ってきて久しぶりのこと。

スカートの裾を持ち上げて足早に階段を下りていくと、ちょうど扉が開いてアレンの姿が見えた。

少しお疲れのようには見えるけれど、それでも今日も彼は目が眩むほどに美しい。

「ソアリス」

慌てて階段を下りてきた私を見て、アレンはふわりと顔を綻ばせた。

私も自然に笑顔になり、彼の元へ走る。

「おかえりなさい。随分と早い時間に帰れたんですね、驚きました」

正面に立ってその顔を見上げると、アレンはさっそく前かがみになり私の頬にキスをする。

そしてそのままぎゅっと抱き締め、まるで何年も離れていたかのように深い息を吐いた。

「ただいま。あぁ……、ようやく帰ってこられた」

「ふふっ、お待ちしておりました」

4日前の朝、城で会ったのに……と思うとつい笑ってしまった。

まさかこんなに長く邸へ戻ってこないとは思っておらず、何事もなく無事に戻って来てくれて何よりだ。

「俺がいない間、何も変わりはなかった?」

「はい。仕事へ行って、ここではのんびりさせてもらっていました」

「それはよかった」

冷たい空気を纏ったアレンは、私の頭に頬をすり寄せる。

「あの、そろそろ離してくれませんか?」

「………………」

皆が見ていますからね!?

あらあら、まぁまぁ、みたいな生温かい声が聞こえてくるかのように視線を感じる。

一向に玄関から動きそうにないアレンの背をポンポンと叩き、私は移動を促した。

「お食事は?それとも、お部屋でゆっくりお茶にしますか?」

ここは冷える。

アレンは丈夫そうに見えるけれど、英雄が風邪を引いたなんてことになったらさすがにまずい。

「部屋で二人になりたい」

彼は上着をヘルトさんに預けると、私の手を引き自室へ向かった。

カサついた大きな手は少し冷たくて、しっかり握りこまれるとドキッとしてしまう。

アレンの部屋に着くと、彼は上着を脱いでシャツを羽織る。

目のやり場に困った私は、椅子に座ってじっと着替えを待っていた。

夫婦なら着替えくらいお手伝いを……となるのが正解だろうけれど、どうにも緊張してしまって距離を開けてしまう。

いや、もう。なんていうか、ちょっとお疲れの姿がまた無駄に色香を漂わせているというか、夫がきれいすぎて直視できない状況というか……。

一人掛けの椅子にちょこんと座って小さくなっていると、着替えを済ませたアレンは長椅子の方に座ってじっと私を見つめてきた。

しんと静まり返った部屋で、視線を受け続けているのは居心地が悪い。

「どうかしました?」

私の心音は早くなるばかりで、必死で平静を装ってみる。

「なぜそんなに離れているのかと」

「……それは、その、そういうときもありますので」

意識しすぎて距離を置きたい私の気持ちを、アレンは全部わかっていて笑いを堪えている。

おもしろがられているのがわかる。

いっそ夕食まで自分の部屋に篭ってしまおうか、とちょっとだけ思ったとき、アレンは両手を広げてにっこりと微笑んだ。

「おいで?」

「!?」

息が詰まり、私は目を見開いたまま停止する。

口をハクハクと動かすだけで、何も言葉らしいものが出てこない。

「ソアリス、ほら早く」

甘い声が私を呼ぶ。

ここは私が行くまで諦めてくれそうにないですよね……?

おそるおそる腰を浮かし、ゆっくりと立ち上がった私はテーブルを回りこむ。

ここからどうすれば。

いっそ思い切って飛びついてみればいいの……?

私の葛藤を察したアレンは、クッと喉を鳴らして笑った。

そして一瞬のうちに私の手を取り、ぐいっと引っ張り自分の膝に座るよう促す。

「きゃっ……」

倒れ込むようにアレンの胸に引き寄せられ、がっちり捕まってしまう。

ドキドキして顔を上げられずにいると、アレンはお構いなしに私の額や頬に唇を寄せた。

「やっとソアリスに会えたんだから、ずっとそばにいてもらいたい。今日はもう限界が来て、休憩中に辞職願いを五枚も書いた」

「五枚も」

それは多いですね?

目を丸くしていると、アレンは苦笑いになる。

「ルードに全部回収されて捨てられた。残念ながら、向こう三年は辞められないらしい」

多分、十年は辞められないのでは。

私はそう思ったけれど、何も言わずにクスクスと笑うだけに留める。

「会いたかった」

情熱的な眼差しに、心音がどんどん大きくなる。

「わ、私も……会いたかった、です」

かろうじて言葉を絞り出せば、アレンは嬉しそうに微笑んで深い口づけをする。

このまま押し倒されるのではと危険を感じ、背を仰け反らせて逃げようとするも、しっかりと抱きこまれているから逃げられない。

「アレン」

「何?」

「あの、話したいことが……」

キスの合間にそう言うと、アレンは少し不満げに顔を離した。

「この後じゃダメか?」

「後って」

何をする気ですか!?

気づけばブラウスの裾から手が侵入していて、素肌の背中を指でなぞられてゾクリとする。

「待ってください!!」

慌てて両手で突っぱねると、アレンはそれを掴んでチュッと甲にキスをする。

容赦ない夫の攻撃に、私は顔を真っ赤にして訴えかけた。

「こ、こんな……!ダメです。まだ夜にもなっていないですし、それに帰ったばかりで」

慌てふためく私を見て、アレンはからかうように意地悪く笑った。

「時間の問題?なら、夜になったら許してくれると?」

「!?」

「かわいい妻からの誘いは、受けないわけにいかないな」

あぁ、もう気絶してもいいですか……?

お披露目の日から一層甘さが増したアレンの言動に、私は何度も意識がなくなりそうになっている。

キラキラと眩いほどの微笑みに、心臓が締め付けられて苦しくなった。

アレンは上機嫌で私の髪を撫でると、うれしそうに尋ねる。

「で?話とは?」

完全にペースを握られてしまい、私の苦悶の表情は続く。

無言で乱れた衣服を整えてから、気を取り直して最初の話を切り出した。

「ローズ様の誕生日が近いことについてなんですが」

「あぁ、そうらしいな」

ローズ様は、もうすぐ十七歳になる。

盛大な祝宴こそしないものの、重臣や面識のある貴族家からは贈り物がされるという。

ヒースラン伯爵家からは、お義父様が美術品などを送ると聞いている。

「実は今日、帰り際にゼス・ポーター様に偶然お会いして、ローズ様の贈り物について話題に上がったのです。そのときゼス様が、『アレンディオ様に贈り物の相談に乗っていただいた』とおっしゃっていて……」

ゼス様もローズ様への贈り物をするらしいのだが、何を贈っていいかわからなかった彼は訓練の後たまたま休憩場に居合わせたアレンに助言をもらったと言っていた。

「アレン。あなたゼス様に何を勧めたのですか?」

私が気になっているのは、贈り物の内容だ。

ゼス様曰く『奥様が気に入っているもの』を参考にしたと。

果たして、アレンは私が気に入っている物を把握しているのかしらと疑問に思ったのだ。

たくさんもらった装飾品の中では、翡翠のブレスレットが一番のお気に入りなんだけれど、アレンがそれを認識しているかどうかはわからない。

それに、大きな不安要素もあった。

「まさかとは思いますが、あれをゼス様に勧めたとか……ないですよね?」

おそるおそる尋ねると、アレンは何食わぬ顔で言った。

「あれ、とは?ゼスには、スタッド商会で良い物を教えて貰えばいいと紹介した。婚約者候補とはいえ確定したわけではないから装飾品や衣装は贈れないのだとあいつが悩んでいて、ならば仕立てる前の生地や宝石、絵画にすればどうかと」

「そうですか……!」

よかった。

魔除けは勧めていなかった。

安堵の笑みを浮かべる私を見て、アレンは少しだけ眉根を寄せた。

「なぜそれほど気にする?まさかゼスのことが」

「違います!違いますよ!?」

顔の前でブンブン手を振り、全力で否定する。

するとアレンはその手をそっと掴み、指を絡ませて言った。

「よかった。ゼスを王女宮出禁にしなければいけないところだった」

近衛騎士だから、職務中に王女宮に現れることはよくあるのに……。

将軍は近衛の配置まで権限があるの?

「え、冗談ですよね?」

「さぁ、どうだろう」

「…………」

笑顔が怖いんですが、気のせいだと思いたい。

「話は、ほかにも?」

「あ、そうです。そうでした!」

アレンが邸に戻って来られない間に、報告や相談すべきことがほかにも発生していた。

「ニーナのことなんですが、王女宮の金庫番室長の下へたくさんの見合い申込が届いてしまって」

文官の見合いは、家以外にも上司を通して話が舞い込むことはよくある。

その兄弟姉妹も然り。

室長は「騎士団には怖くて送れないからこっちに寄越したんだろう」と苦笑いしていた。

ニーナはあくまで私の妹でありアレンの実妹ではないので、これはむしろ正規ルートと言えるのだが、私がニーナ宛ての見合い話をどうこうできるわけでもない。

それに、やはりお相手の目当てはアレンとの繋がりだろう。ヒースラン伯爵家は政界の派閥には属していないけれど、家同士の関係性がわからないので相談しておきたいと思ったのだ。

「ニーナの結婚は父と本人に任せたいと思っていますが、たくさんの見合い依頼書をそのまま実家に送ったとして、それを父がさばききれるかどうか」

父はのほほんとした性格なので、子爵家より家格の高い相手に押し切られないとも言い難い。

アレンは私が何に困っているか言わずとも察してくれたようで、少し考えた後、意見をくれた。

「俺は、基本的にはニーナ本人に選ばせればいいと思っている。それはソアリスと同じだ。ただ、関わって欲しくない家や派閥は存在する。そこはルードや宰相と話し合いが必要になるから改めて精査するとして、一度ニーナをここにしばらく滞在させて、夜会や茶会に参加させてみてはどうだろう?」

「いいのですか?」

「あぁ、構わない。これから社交シーズンに入るからちょうどいい。ユンリエッタの兄に根回しを頼めば、女癖の悪い男や性格に難がありすぎる者は最初から除外できるだろうし、ニーナと気の合う者が見つかるかもな」

「クリス様は社交界の情報にお強いのですか?」

あの麗しい笑顔が思い出される。

とても優しそうな方で、いいお兄さんという印象だった。

「長らく結婚せずに、色々な夜会や舞踏会に顔を出しているからな。自然に詳しくなるさ。それにジェイデン様のためにも、派閥や権力図は頭に入れておかなければいけないからなおのこと詳しい」

「まぁ、それは頼りになりますね。でもご迷惑ではないでしょうか?」

ユンさんが私の護衛をしてくれているからと言って、お兄様の情報網をあてにしてもいいのかしら。

私はそう思ったけれど、アレンは大丈夫だと言い切った。

「ニーナがご令嬢方とも縁を持つことで、あちら側に情報を提供できることがあるだろう」

「それならよかったです」

こちらでしばらく滞在するなら、私が一緒についていくこともできる。

宰相様のお嬢さんにもまた会えるだろうし、ニーナの楽しそうな顔が浮かんだ。

「ヒースランのお義父様が作ってくださった衣装を、ニーナに貸しても?」

衣装室を一室まるまる占拠しているドレスの海。私のために作ってもらったそれらは、まだ数着しか出番が来ていない。

アレンは快諾してくれたが、社交のための予算から新たに仕立ててもいいとも言ってくれた。

ただし、ニーナがそれは嫌がるだろうなと思う。節約生活が染みついているので、ドレスがないと暮らせないような相手に嫁ぐのは御免だとすら思っているみたいだった。

「いいお相手が見つかるよう、私もしっかり探ってこなくてはいけませんね!」

冗談めかしてそう言うと、私の髪を弄っていたアレンが突然その手を止めた。

「…………ソアリスもついて行くつもりか?」

「え?ええ、父がずっと付き添うことはできないでしょうし、さすがに一人で行かせるわけには」

妹のことをクリス様に丸投げにするわけにはいかない。

それに私もそろそろ社交というものをしていかなくては、と思っていたのだ。

まだまだ先のこととはいえ、いずれはアレンが将軍職を辞して家を継ぐ。そのとき、味方や知り合いは多い方がいい。今は大丈夫かもしれないけれど、領地で何か起こったときに社交界でのお付き合いが明暗を分けることはあるとお義父様もおっしゃっていた。

何年もかけて親交を深めるものだと思うから、アレンのために少しずつでも伝手を増やしておきたい。

「俺も行こう」

「アレンも!?お仕事は大丈夫なのですか?」

「全力で調整する。させる」

あ、がんばるのはルードさんなんですね?

アレンは私の背に腕を回し、抱きつくようにしてぼそぼそと呟くように言った。

「行き先は厳選するとしても手が足りないな……。顔の割れていないヤツを何人か潜り込ませるとして、対応を……」

「あの、夜会への参加ってそんなに大掛かりな準備が必要なものなのですか?」

アルノーは気軽に行ける夜会もあるって言っていたけれど、もしかしてアレンはものすごく大きな夜会に行くつもりなのかしら?

できればこじんまりとしたものから行きたいんだけれど……。

思わず怯んでしまう。

「ソアリスは何も心配いらない。事前にすべてこちらで対応しよう」

力強い言葉に、ちょっと安心する。

「ありがとうございます。ニーナのために何から何まで」

「大丈夫だ。絶対に誰も近づけさせない」

「えっ!?お見合いのために参加させるのに、それではニーナの結婚が……」

そんなに警戒しないといけない夜会って、どんな魔の巣窟なんだろう。

やはり恋愛小説みたいに、意中の男性の奪い合いとか令嬢同士の足の引っ張りがあるの?

深刻な顔で想像を巡らせていると、目の前にずいっと青い瞳が迫った。

「ほかにまだ報告はある?」

「えーっと、ありません。でもそろそろ夕食の時間です」

「………………」

アレンはものすごく不満げなオーラを放っているけれど、こればかりは仕方ない。

私は立ち上がると、その大きな手を引いて笑う。

「さぁ、行きますよ?」

多分、扉の向こう側ではメイドが声をかけるタイミングを計っているだろう。

アレンもそれがわかっているから、諦めた顔で素直に立ち上がってくれた。