軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

将軍はさっそく疲れています

翌日から、アレンの凱旋を祝う人々がヒースラン伯爵邸へ数多く集まった。

午前中は5組、午後は3組、お義父様側の親戚を中心にお客様がひっきりなしに訪れる。

彼らはお祝いを述べつつも、わかりやすく結婚適齢期の娘を連れてくる人もいた。

これは露骨な「第二夫人にどうですか」というアピールである。

彼らは、アレンが第二夫人を娶らないという届け出を出していることについては知っている。

それでいてなお「見初められれば儲けもの」とばかりに連れてくるのだ。

「夫人がお勤めであれば、何かと不自由なさることもございましょう!我が娘は明るく社交に長けた性格でして、踊りも得意で……」

最初に娘を連れてきたのは、アレンの叔父にあたるディノス子爵。子爵家に婿入りした、お義父様の弟である。

アレンは顔色一つ変えず、またその娘さんと目を合わせることもなく返事をした。

「それほど素晴らしいお嬢さんなら、きっといい縁談が決まるでしょう。何の助力もできませんが、遠いところから皆様に幸あることを願います」

その気はないから今後一切近づくな、という警告に似たそれに反論できる人はいない。

私はアレンの隣で、にこにこしているだけだった。

ここで感情に任せて不機嫌になれば、狭量な妻としてアレンの評判にも関わるだろうから。

ユンさんは、妻である私を蔑ろにする親戚たちに「なんと無礼な」と怒り心頭であったが、ヒースランのお義父様のときも似たようなことがあったという。

当時は第二夫人を持つことが認められていなかったにも拘わらず、堂々と「愛妾にしてくれないか」と頼んでくる親戚がいたというから驚きだ。

お義父様いわく「名家の後継ぎにはよくあること」らしい。

アレンは覚悟はしていたそうだが、だんだんと苛立ちを募らせ、8組めには怒りに任せて追い返した。「意に沿わぬ結婚で不自由な思いをされているかと心配で」という、叔母・カテリーナ様の言葉がきっかけになったのだ。

「意に沿わぬ結婚?ソアリスを妻にできたことは、私の人生で最も幸いなことですのでご心配なく。第二夫人も愛妾も不要です」

そう言って席を立ったアレンは、自ら扉を開け、「本日はありがとうございました」と殺気立った目で睨んだ。さすがにこの状態のアレンを見て、まだ居座れる者はいない。

逃げるようにして去って行く叔母様。彼女はお義父様の2つ下の妹で、その次女・グレナ様は18歳。辺境の伯爵家の娘さんが今も婚約者を置いていないのは、多分アレンが帰ってくるのを待っていたんだろうな……と思った。

大輪の花を思わせる赤みがかった緋色の髪はなめらかなウェーブで、大きな胸に細いくびれという理想的なスタイルは、騎士の人も思わず凝視していたくらい。露出の激しいドレスは品がないと言えなくもないけれど、文句なしの美女で、彼女も自分にまったく興味がないアレンに対してプライドを傷つけられたようだった。

アレンに追い出された叔母様は、私を睨みつけてきた。

そしてグレナ様には、すれ違いざまに「腐ったミケリアが」と耳打ちされた。

私の髪色が、ミケリアの花が朽ちかけたときの色みたいっていう悪口である。18歳と比べると22歳は枯れた花に例えるくらいおばさん、とも言いたかったんだろうな。

こんなことで傷つくほど、深窓の令嬢として育っていない。

14歳頃に内職や日雇いの手伝いを始めたときは、「貴族なのに……」「親がしっかりしていないから」とか色々と言われたものだ。

そもそも面と向かって悪口を言われるのは、陰で陥れられるよりマシだと思った。この二人とはもう会うこともないだろうし、私は笑顔で挨拶をする。

「本日はお越しいただき、ありがとうございました」

私も随分と図太くなったものだわ。

とはいえこれはすべて、アレンが私を手放さないと信じられるから。半年前のすれ違い状態でこんな風に親族と対峙していたら、敵前逃亡していただろうな。改めて、夫の愛情深さに感謝した。

――パタンッ……。

誰もいなくなった応接室は、些細な衣擦れの音すら聞こえるほど静かだった。

ドカッと乱暴に椅子に座ったアレンは、心底うんざりだという風に右手で顔を覆い目を閉じる。

「アレン、大丈夫ですか?」

将軍職よりこちらの方が疲れる、その姿からはそんな気持ちが見て取れた。

「俺は大丈夫だ。ソアリスに嫌な思いをさせてすまない」

「私こそ、大丈夫ですよ。アレンが守ってくれましたから」

お披露目の場を設けるということは、こういうことも覚悟はしていた。

むしろ、王都ではまったくといっていいほどアレンを狙う女性からの嫌がらせや牽制がなかっただけに、今この状況が普通なのかもしれない。

だって彼は、救国の英雄。

10年前に政略結婚した妻を一人しかそばに置かないことの方が、普通ではないのだから。

とはいえ、パーティーではさすがに言い寄ってくる人はいないだろう。

つまり、今日明日の親戚付き合いがアレンに第二夫人や愛妾として売り込む最後のチャンスなのだ。向こうも必死である。

私はアレンの親戚たちに好奇の目で見られるけれど、そんなもので済むのだからありがたいと思わなくては。

ここまで夫が態度と言葉で拒絶を示してくれるんだから、私自身が戦う必要もないわけで。

一人掛けの椅子に座るアレンのそばに寄り、その左手にそっと自分の手を重ねて言った。

「ありがとうございます」

するとアレンは、意味が解らないという風に眉根を寄せる。

その表情がめずらしく、そしてかわいらしく思えてしまい、私はふっと笑いが漏れた。

「アレンが私を選んでくれて、うれしいのです。だから、ありがとうございますと」

「そんなこと当然だろう」

「だとしても、です」

微笑み合っていると、アレンの大きな手が私の頬にかかる。

ゆっくりと顔が近づき、私は目を閉じた――――

しかしちょうどそのタイミングで、扉をノックする音が。

――コンコン。

「「っ!」」

驚いて目を見開き、私はパッと背筋を正してアレンから離れる。

「アレン様、奥様。こちらにいらっしゃいますか?」

ジャックスさんだ。

私はドキドキする胸を手で押さえ、深呼吸してから返事をした。

「はい、どうかしました?」

ちらりとアレンを見ると、不貞腐れている。

邪魔されたと思っているのかも……。でもお仕事ですからね!?ジャックスさんも、わざとタイミングを狙ってきたわけじゃないし、仕方ないですよ!?

扉に近づき内側から開けると、そこには笑顔のジャックスさんが立っていた。

「特務隊の配備が決まりました。あと、リンドル家の皆様がご到着です」

「まぁ、思っていたより早かったのね」

きっとニーナが急かしたんだろう。

容易に想像できてしまう。

「出迎えなければな」

「はい、ありがとうございます」

立ち上がったアレンはそのまま廊下へ出るのかと思いきや、私の肩にそっと手を添えてご尊顔を近づけてきた。

キスをされると思った私は、つい両手でそれを防いでしまう。

「…………」

「あの、人前ですから」

ジャックスさんがいますからね!?

目を伏せる私。アレンは不満げだったけれど、静かに姿勢を元に戻す。

微妙な空気が漂う中、ジャックスさんがきょとんとした顔で言った。

「え、俺のことは置き物と思ってくれていいですよ。キスなり抱擁なりお好きにどうぞ?」

彼は本心からそう言っているみたいだった。

「すみません、私がよくないんです……」

「邸の中なのに?」

「邸の中でも、です」

一応、羞恥心というものがありまして。人前でキスをするのは恥ずかしいです。

「奥様、変わってますね~」

私が変わっているの!?

世間の人は、人前でも平気なの!?

いや、でもそんなところ見たことないので世間でも人前でキスはしないと思うんだけれど?

唖然としていると、アレンが「行くぞ」と言ってジャックスさんを促す。

私も一緒に歩き出し、階段のところまで行くと家族の姿が目に入った。

「お姉様!」

私とよく似たシルエットのニーナが、振り返ってパァッと顔を輝かせる。

アレンと2人で玄関まで下りると、父と母は恭しく礼をする。

「このたびは、故郷への凱旋おめでとうございます」

アレンもそれに応え、少しだけ口角を上げて微笑んだ。

「お疲れでしょう。部屋を用意しておりますので、まずはゆっくりなさってください。父は今、宰相様と狩りへ出ていますので、戻り次第ご挨拶を」

「お気遣いに感謝いたします」

以前よりも少しだけ身なりがよくなった父は、母をエスコートしながら、執事の男性に案内されて部屋へ向かった。

ニーナとエリオットも両親に続き、それぞれの部屋へと向かう。

私とアレンも一緒に歩いていると、ニーナがうふふとうれしそうに微笑んだ。

「もうすっかり仲良し夫婦ですね~。並んで出迎えてくれる姿があんまりしっくり来ていたから、びっくりしちゃいました」

「ニーナ、大人をからかわないで」

苦言を呈す私。けれどアレンは上機嫌で答える。

「ニーナは正直なだけだ」

「ほら、お義兄様は私のことをわかってくれているわよ」

まるで昔から親しかったように、ニーナはアレンに接する。妹は甘え上手で、昔から年上にかわいがられることが多かった。サミュエルさんの後をついて回っていたのが思い出される。

ここでエリオットが、呆れた目をニーナに向けた。

「義兄上は美形の将軍なんだから、馴れ馴れしすぎるのはよくないよ。あそこの妹は、姉の夫を奪おうとしているとか噂が立ったら困るでしょう」

それを聞いたニーナは、ぎょっと目を見開く。

姉としては、まだ15歳のエリオットが世間体を気にした発言をする方が驚いた。

「ええっ!それは困るわ!私はお義兄様のお顔は好きだけれど、自分がどうにかなりたいわけじゃないもの。毎日こんなにきれいな顔を見ていたら、目が痛くなるわ」

「ニーナ。失礼なこと言わないで」

焦る私を見て、アレンはクスリと笑う。

「お姉様、そういえばさっきなんか卑猥な美人が怒って出て行ったけれど、あの人は何?」

もしかしてグレナ様のことだろうか。露出度の高いドレスを着ていたから、ニーナは卑猥と表現したらしい。

「ははっ」

隣でアレンがめずらしく噴き出すほど笑った。

「あれは俺の親戚だ。愛妾希望だそうだが、追い返したから機嫌が悪かったんだろう」

アレンの言葉に、心底嫌そうな顔をしたのはエリオットの方だった。

「うげっ、貴族って本当に大変」

ん?あなたも一応、将来はリンドル子爵を継ぐんだけれど?まるで他人事のようだ。

ニーナはあははと明るく笑い飛ばす。

「しつこそうね、あぁいう女の人って」

「やめて、そんな予言みたいなこと言うのは」

「だって、親戚に英雄将軍なんていたらそれこそ1度や2度の拒絶じゃ諦めないわよ。お酒でも飲ませて酩酊させて、結婚の約束をさせるご令嬢もいるってルルーカが言っていたわ」

「あなた宰相様のお嬢さんとどんな話をしているの……?」

もしかして、社交界での噂話なんかをやりとりしているのかも。

私よりニーナの方が詳しくなっていそうだわ。

しかもいつのまにか、呼び捨てだなんて。仲良しなのはいいことだけれど、相手は宰相様の一人娘で公爵令嬢だから、粗相をしていないか心配になる。

ニーナは部屋に入ってからも、近況報告という名のお喋りを続けていた。