軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わだかまりを解消しよう

「お久しぶりです。カミラさんも本邸の皆さんも、お元気そうでよかったです」

無理やり笑みを作ってそう言うと、カミラさんは一層眉根を寄せて険しい顔になり、静々とお茶の準備を始めた。

「「…………」」

沈黙が息苦しい。

今になって、私が妻として何もしてこなかったことが悔やまれた。

カミラさんはもう40年ほどこの邸に勤めている人物で、別邸にいるヘルトさんに次ぐ古参の使用人である。

ヒースラン家が困窮していたときも、ほぼ無給で勤め続けてくれたほどこの家に対する愛情は深い。

もちろん、私とアレンがどんな事情で結婚したか、どんな風に過ごしていたかもよく知っている。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

テーブルの上に、オレンジピールの入った紅茶がそっと置かれた。

「礼など不要でございます」

気まずいことこの上ない。

今頃のこのことやって来て、と思われているかもしれない。胸がドキドキしてきて、どんどん顔が強張っていくのを感じる。

私は無言で紅茶のカップに口をつけ、ゴクリとそれを飲む。

「おいしい」

ほどよい苦味とオレンジの香り。

お砂糖を入れなくてもほんのり甘いのは、ヒースラン家でよく飲まれている茶葉の味だった。

「懐かしいです、この味」

無意識に頬が緩む。

するとその瞬間、そばに控えていたカミラさんが「うっ」と喉を詰まらせる声が漏れ聞こえた。

「カミラさん!?」

驚いてパッとそちらを見ると、唇を噛みしめて俯いているカミラさんの姿があった。

慌てて立ち上がり彼女のそばへ寄ると、床にポタポタと雫が落ちる。

「どうしました!?」

険しい顔つきだったカミラさんが、耐えかねたように涙していた。

何が何だかわからず、私は狼狽えながら彼女の背に手を添える。

「申し訳、ご、ざいませ……」

右手で口元を覆い、必死で言葉を発しようとするカミラさんはとても小さく見えた。

「うれしくて……!」

「うれしい?」

それは、私が想像していたのとまったく違うものだった。

「あの無口で愛想のカケラもなかった、ご令嬢方とは縁のない坊ちゃまが、成長なさって……!お嬢様をあのように優しい態度で労わるなど……!亡き奥様もさぞお喜びになっていることでしょう」

もしかして顔つきが険しかったのは、涙を堪えていたからなの?

私は驚いて、ぽかんとしてしまう。

「お二人がご結婚なさったときは、もうどうなることかと」

「そうですよね……」

私もどうなることかと思っていたけれど、使用人にも心配されていたらしい。

「もう、本当に赤子の頃からお顔はとてもおきれいなのに、なんともまぁ言葉の少ないお方でしたので、どうにも浮いた話など一つもなく、お嬢様とご結婚したときもそれはもうこちらがもどかしい思いを……」

アレンは、生まれてから25年間ずっと心配されてきたんだなぁと思うと複雑な心境である。

「坊ちゃまが将軍になられたと聞き、しかも王都へ戻ってきたと耳にしたときはそれはそれは喜んだものです。お嬢様とようやく一緒に暮らせると……!けれど、あの不愛想なままの坊ちゃまがどうやってお嬢様と夫婦をやっていくつもりなのかと、もう使用人一同、心配で……!」

ですよね。

私もアレンがまさかあんな風に変わっていると思わなかったから、離婚しようと思っていたくらいだもの。

「お嬢様、あぁ、いえ、もう奥様とお呼びしなくてはいけませんね。坊ちゃまが十年も戦地へ行かれて、さぞ奥様はご心労があったと思います。ご実家からこちらへ来られなかったのは、坊ちゃまを思い出して淋しい思いをなさりたくなかったからでしょう?なんとお労しい……!」

なんだか都合よく解釈されているみたい。もしかして、お義父様がうまく説明してくれるってこういうことだったのかしら?

「いえ、私はヒースラン家のために何もしてこなかった不誠実な嫁ですので、そのように言ってもらえるなんて」

「何をおっしゃいますか!お嬢様はその身を挺して、嫁入りという形でこの領内の者を救ってくださいました。貴族令嬢とはいえ、12歳で見ず知らずの方に嫁ぐなど……!親の決定に逆らえるわけもないでしょう?もちろん、伯爵様や坊ちゃまは素晴らしい方ですが、だとしても『なんと哀れなお嬢様なのだ』と当時からわたくし共は胸の中でそう思っておりました」

ものすごくかわいそうな娘だと同情されていた!

驚きの事実に、私は目を瞠る。

「しかもお家が貧しくなられた折、ご自身だけでもヒースラン家に身を寄せることもできたでしょうに、ご家族を支えるためにまたもやご自身が犠牲になられるなんて……!どこを探しても、かようにお心の優しいお嬢様はおられません!」

どうしよう。

純愛物語ほどではないけれど、私のこの7年も脚色されて印象操作が行われていた。

カミラさんは涙を拭うこともなく、感情を爆発させて訴えかけた。

「これからは、お二人でお幸せになってくださいませ!本邸にいる身ではございますが、わたくしは陰ながら見守っております!!」

「あ、ありがとうございます」

酷い嫁だと罵られるかもしれないと思っていたのに、まさかの歓迎に戸惑うけれど、非難されるよりはずっといい。

「どうかこれからも、よろしくお願いします。私とアレンはまだまだ未熟な夫婦ですが、お互いに支え合っていこうと思っておりますので」

「はい……!はい……!」

ようやく泣き止んだカミラさんは、親のような乳母のような温かい顔で微笑んでくれた。

「すみませんでした、奥様。到着して間もないのに、このように私事でお時間を取らせてしまって……」

「いえ、カミラさんのお気持ちを聞けてよかったです」

ホッとした。

嫌われていないと知れただけで、十分だった。

だがここで、カミラさんから答えにくい質問が飛んでくる。

「ところで奥様。ご夫婦の寝室を別でご用意するよう承りましたが、何か特別なご事情でもおありでしょうか?」

「!?」

この国では、夫婦は基本的に同じ寝室を使う。

けれど私とアレンは、未だに寝室を別にしているわけで。

「えーっと、その、特別な事情と申しますか」

お義父様はご存知だけれど、こういうことってカミラさんにまで伝えていいものなのか?

返答に困る私。

見つめ合っていると、カミラさんが「はっ!」と息を呑み、大きく目を見開いた。

「もしや軍部ではそういうしきたりが?」

「いえ、そういうわけでは」

咄嗟に言い訳が思いつかなかった私は、またもや沈黙してしまう。

こういうところが、腹芸の得意なご令嬢が溢れる社交界に向かないんだろうなぁと反省してもどうにもならない。

そしてそのせいで、カミラさんがあらぬ方向に勘違いを始めた。

「まさか!坊ちゃまは奥様を」

「え?」

みるみるうちに、カミラさんの顔色が変わっていく。

何ですか、その「可哀想な奥様!」という目は……。

「あの、違いますよ?私がいけないんです、私がまだ」

心の準備ができなくて。

そう言おうとしたけれど、カミラさんはカッと目を見開いて前のめりになった。

「奥様がいけないだなんて、とんでもございません!このように愛らしい奥様に淋しい思いをさせるなど、坊ちゃまはなんという愚行を……!どうか、わたくし共にお任せください!!」

「はい!?何をです!?」

「必ずや、坊ちゃまの寵を受けられるよう万全の準備を整えさせていただきます!昨今は女性側から積極的に迫るということもあるそうですよ!大丈夫です、きっと坊ちゃまは奥様を慮っているだけで、お飾りにしようとしているわけではないと思います!!」

待って!?

別にアレンに拒否されて、寝室を別にしているわけじゃないんですが!?

「せっかくのお披露目もございます、どうかその夜にはお二人が仲睦まじく過ごせるよう皆で準備をいたしますから!!」

「あの、カミラさん。違うんです、ちょっと待ってください」

「大丈夫でございます、苦しい胸の内をわざわざ打ち明ける必要はございません!これまでさぞお辛かったでしょう。メイド長として、お二人の関係が進展するよう尽力いたします!」

ダメだ。

まったく私の話を聞いていない。

アレンに拒絶されて淋しい思いをしている妻、そんなイメージを持たれている。

そしてカミラさんは笑顔で何度も頷き、カートを押して颯爽と部屋を出ようとした。

「そろそろパイが焼き上がる時間です、すぐにお持ちいたしますね!滋養強壮にいいとされる、子宝祈願も込めたブラックベリーと白海老のパイでございます!」

「あ、その」

「お任せください!このカミラ、命に代えてもお二人の幸せを応援します!」

あっという間に部屋を飛び出したカミラさんは、なんていうか生き生きしていた。

やりがいのある仕事を見つけた、みたいな感じだった。

「………………後でお義父様に相談しなきゃ」

私は一度は廊下まで追いかけたものの、またトボトボと部屋の中へ戻り、少しぬるくなった紅茶を飲んでのんびり過ごした。