軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十六話(カイル歴506年:13歳)母の想い

「アン、あなたはどう? 彼の事どう思ってるの?」

「私はメイドとして、時には護衛として、タクヒールさまの幼い頃より、お仕えして参りました。

その為か、そんな気持ちになった事はありませんでした。

勿論ご主人さまとして、尊敬したり、敬愛の念はあります。

ただ……、クランが亡くなった時、タクヒールさまをお慰めしていて、女としての自分を自覚した事があります。自分の全てを捧げてでもお慰めしたい、と」

「分かったわ、ありがとう。貴方は1番長く、あの子の側にいて、見てきたものね。

ではミザリーは?」

「私は尊敬しています。ただ男性に対する恋慕の気持ちとは違う気がします。

ただ、お望みであれば、喜んで、この心も身体も捧げたいとは思っております」

「ありがとうミザリー、でもその気遣いは無用よ。

あの子は本人の意志を無視して、理不尽に貴方を望む事は絶対ないわ、これは断言できるの。

クレアはどうかしら?」

「孤児の私とは身分が違い過ぎます。ですからずっと心は秘めておりました。

こんな私を救い上げてくれ、信頼していただいているタクヒールさまを、上司としても尊敬し、男性としても……、お慕い申しております」

「ありがとうクレア。真っ直ぐな貴方の言葉、母親としても凄く嬉しいわ」

「先程話した通り、私はヨルさんに会って来ました。

彼女の義理堅い性格、あの子に対して、強い感謝と尊敬の気持ちを持っている事に気付きました。

きっと彼女は、自分を暗闇から救ってくれたあの子への感謝、その気持ちを表すために、今の彼女ができる最高のおもてなしをするでしょうね」

「そ、それはっ!」

「アン、貴方が思ったことで正解よ。

そんな事になる前に、タクヒールが信頼するあなた方の気持ちを確認しておきたかったの。

卑怯な聞き方をしてごめんなさいね。でも敢えて言うわ。

タクヒールとヨルさんが、そんな関係になっても、貴方たちは大丈夫かしら?

もちろん、一度限りの可能性もあるけど」

「それは……、凄く嫌かもしれないです。

そうなったら私はきっと彼女を見る目が変わってしまう。公平な目で見れなくなるかもしれません。今はっきりと、自分の中に嫉妬というものが目覚めた気がします」

「私は2番でも3番でも、何番でも構いません。

たった一度でも、お慈悲をいただけるので有れば、それを心の支えに、ずっとお仕えいたします」

「私は……、正直わかりません。

望まれれば凄く嬉しいと思います。でも自分から望むかどうか、まだ分からないです」

アン、クレア、ミザリーの順でクリスに答えた。

クリスには3人が動揺しているのが分かったが、彼女は更に先を続けた。

心の中で『ごめんなさい』と呟きながら……

「こんな事を言っておいて、凄く申し訳ないお話をしなければなりません。

人でなし、そう思って貰っても構わないわ。

同じ女として許せない言葉を、あの子の母親として、男爵家当主の息子の親として、敢えて言うわ」

彼女は覚悟を決めた顔で言葉を続けた。

「この中の誰かと想いが通じて結ばれる。

例えそうなって、どれだけタクヒールが望んだとしても、正妻にしてあげる事はできないの。

子供が出来ても、爵位を継がせてあげる事はできない。妾妻と庶子そんな扱いになってしまうわ。

酷いこと言う女と、軽蔑されても仕方ないと思っています。

同じ女として本当にごめんなさい」

「例えそうなろうと、今の主君と配下、それ以上の立場は望みません」

「そうなっても、お側でお仕えできるだけで十分です」

「そんな大それた事、考えたこともなかったです」

再びアン、クレア、ミザリーが順番に答える。

だが今度はクリスをまっすぐ見つめ返し、動揺した様子はなかった。

「ありがとう、そしてごめんなさい。ひとりの母親として皆さんにお願いします。

子供の頃から、タクヒールは不思議な子供でした。

同年代の子供のように、母親に甘える事は一切なく、常に何か、子供のするそれとは全く別のことを考え、とても子供とは思えない、大人びた言動や行動などを繰り返していました。

あの子は、まるで未来に起こる不吉な何かを知っていて、それを回避するために、いつも必死になって、悩み、考え、策を巡らせているのでは?

あの子が私に真実を打ち明ける前から、漠然とそう思っていました」

アンやクレア、ミザリーもクリスの話に大きく頷いた。

彼女たちも多かれ少なかれ、同様の気持ちをタクヒールに対し抱いていたのだから。

「ここに開拓地を作りたい、あの子が8歳の時、突然言い出した時はとても不思議だったの。

でも、これも将来、ここを守る為だった、今はそう確信できるわ。

いつも、ひとりで考え、ひとりで悩み、きっとひとりで泣いてるの。

私にはあの子が生き急いでいる、そう見えて心配でならないの。

彼を支えてくれる人は、今でもたくさんいると思うの。

けど、本心を話す事ができて、心を支えてくれる人は誰も居ないの」

ここまで話すとクリスは少し寂しそうな顔をした。

そして自嘲するように笑った。

「私じゃダメなの。

母としてあの子を支えることはできるわ。でも私が傍に居続けることはできないの。

だから皆さんには、例え結ばれる事がなくても、彼が本当の気持ちや悩みを打ち明け、泣きたい時には泣き、悩んでいる時には背中を押し、心を支えてくれる存在でいて欲しいの。

彼の心が、重圧や悲しみに壊れてしまわないように。これが愚かな母親としてのお願いです」

そう言って、クリスは丁寧に、そして深く頭を下げた。

「ダレクの件は皆さんも知っていますよね?

私はハストブルグ辺境伯より、お詫びの書状をいただきました。

貴方の大事な息子の将来を、勝手に政争の具にして申し訳ないと。

だが、王都では、いや王国全体が人材を欲しているため、このまま放置すれば、さらに遠く、誰も守る者が居ない場所に、彼を利用しようと欲するものが、手を出す可能性があった。

その為、やむを得ず、自分の手の届く場所で庇護しようと決断した、と」

皆が、自身の主人にもその可能性があることを、改めて気付き青ざめる。

「皆も気づいたと思うけど、タクヒールも同様です。そして、誰が見ても優秀な貴方たちもね。

貴方たちは、能力に優れ、それ以上に、容姿にも優れています。目を付ける男も多いでしょう。

ソリス家はまだ辺境のいち子爵。この国の多くの貴族から、命じられれば逆らえない事も多いわ。

優秀な家臣や魔法士でも、上位の貴族から望まれれば、残念ながら断ることはできないの。

そして貴方たちをそんな形で失ったら、彼は自分を呪い、平静では居られなくなるでしょう。

でも、妻なら別。例え正妻ではなくても、妻を差し出せと言うのは、貴族と言えど憚られるわ。

私の中では、そんな卑怯な打算もあるの……

今の私に約束できることは、どんな形であれ、妻となったからには家族として必ず守ります。

貴方たち、もしかすると貴方たちの子供たち、私の力が及ぶ限り、守っていくことを約束するわ。

こんな約束しかできず申し訳ないけど……」

一層深くクリスは再度頭を下げた。

「勿体のうございます!

クリスさま、どうか、頭をお上げください。クリスさまのご心配、私たちも感じていました。

私たちは常にタクヒールさまに守られている。そう実感しています」

アンが恐縮してクリスに対して言葉を返す。

「少しでも、タクヒールさまの、お気持ちを支えていけるなら、私も、ミザリーもクレアも、何でも喜んでやる者たちです。

そして、タクヒールさまが決して理不尽な事はなされないこと、それも十分承知しております。

また、必要になれば、私たちで身を引かなければならないこと、ご厚意に溺れてはならないこと、優先すべきは、タクヒールさまの大業の支えとなることを、全員が理解しています」

アンの言葉に、ミザリーもクレアも大きく頷いている。

「やっぱり、あの子が最も信じ、頼りにしている3人ね。これからもあの子を、どうぞよろしくお願いいたします。

あと、一週間猶予はあるから、どうするか、結論は3人で話し合って決めてね。

皆さんの気持ちを尊重し、どう結論を出しても、肩身の狭い思いは決してさせないから。

そして、万が一彼が尻込みをするようなら、『奥方さまに許可をいただきました』と言うのよ。

これで彼は自分に素直になれると思うから」

こうしてクリスと3人を囲んだ、女同士の内緒話は終わった。

もちろんその時、タクヒールは話の内容も、クリスからの提案も何も知らなかった。

後になって彼は、全てが母親の掌の上で決まっていた事を思い知ることになる。

彼の最初から、その先、更に先まで。

そして、おそらくそのまた先も……

母と3人の、女同士の内緒話があった翌日の夜、寝室にアンが訪れた。

「存分に甘えてくださいな」

アンの囁きに、初めて彼女の好意、いや厚意だろうか、どちらにせよ、甘えてしまった。

【今回の世界】で、俺は初めて男になった。

今までも、彼女に色々甘えていたこと、そして支えられていたことを改めて強く感じた。

いつも何も言わず、俺のやりたいことに黙ってついてきてくれたアン。

いつかちゃんと、彼女を守る存在にならねば……

我ながら単純だが、アンと朝を迎え、そう思った。

そして、アンと朝を迎えた翌日の夜、今度はクレアが寝室にやってきた。

「私のような下賤な者がと、ずっと心に秘めておりました。

タクヒールさまを縛るようなことは決して致しません。思い出として私にご慈悲をください」

思いつめた顔のクレア、見ていて凄く愛おしくなってしまった。

我ながら節操がないと思いつつ、気が付いたら彼女を抱きしめていた。

受付所を作った時から、彼女はずっと俺を支え続けてくれていた。

この時のクレアの嬉しそうな笑顔はずっと忘れない。

更に……、クレアと朝を迎えた翌日の夜にはミザリーさんがやってきた。

『ミザリー、お前もかっ!』嬉しかったが、心の中で思わず叫んでしまった。

「お立場を縛る事は決して致しません……」

そう言うと、彼女に押し倒された。

日頃の彼女と違う、大胆さには驚いたが、それも凄く可愛いと思えた。

【前回の歴史】で、彼女と二人、寝る間も惜しんで、傾きかけた、いや、もう傾いた男爵領をなんとかしようと奮闘した日々が頭をよぎった。前の俺、きっと彼女が好きだったんだよな、そう思った。

結局、これって、あの日に召集された全員だよね。

『必要であればダレクには私が直接選んだ女性を付けます!』

あの日、エストの街で、母が父に言い放った言葉が頭に浮かんだ……

母さまには絶対に敵わない。多分、今後もずっと。

母の本当の想いを知らず、俺は母の行動力、有言実行に観念した。

ミザリーさんと朝を迎えた後、エストの街に戻るため、出立の支度を終えた母に呼ばれた。

「タクヒール、もう分かってますね? あなたは自身が最も信頼する3人と深い絆が繋がりました。

私が居ない時、悩んだり、落ち込んだり、悲しんだり、そんな時は彼女たちを頼りなさい。

でも、節度を忘れてはなりません。当分は彼女たちと貴方の秘密。

まだ子供の貴方には子をなすには早すぎます。夜の相伴は彼女たちに時期を相談しなさい。

貴方が15歳になったら正式に正妻候補者も検討しますが、それが決まってのち、彼女たちには側妾となるか、配下として暮らすか、それを選択してもらいます」

え? 15になったら、正妻? 彼女たちは?

どういうこと?

俺は混乱していた。

「彼女たちを、かけがえのない仲間として大切にするのですよ。

彼女たち4人以外に、うつつを抜かすこと、許しませんからねっ」

いつもの可愛い笑顔でそれだけ言って、母は上機嫌でエストの街に帰って行った。

ん? 4人、3人の間違いじゃ……

そこだけ疑問に思いつつ、俺は母を見送った。