作品タイトル不明
第四百六十一話(カイル歴516年:23歳)ちゃぶ台返し
数々の前振りを踏まえたあと、狸爺から言われた『本題』として何が出てくるのか、それに関して俺は身構えずにはいられなかった。
「ではこれより、カイル国王と魔境公国公王陛下との会談の本題に移らせていただきたく思います」
おい狸爺、いきなり姿勢を正して何を言うつもりだ?
しかも再び俺の呼称を『公王』に変え、ご丁寧に陛下まで付けている意図は何だ?
「こればかりは私が申し上げる話ではございませんので、ここは陛下、お願いします」
は? 何でここでカイル王にバトンを振るんだ?
国王自らの言葉として、何を言わせる気だ?
「カイル王国の国王として、ウエストライツ魔境公国の公王にお願いしたい。どうか我が息子である第一王子に、公王のご令嬢であるカリン王女を妃として迎えさせていただきたい」
『はぁぁぁぁぁぁぁぁっ?』
目の前に居るオッサンは何を言っているんだ?
可凛はまだ四歳だぞ? それを王国の王子にだと?
そうなると将来はカイル王国の王妃だぞ? 冗談にも程があるだろう!
「も、もちろん今は婚約……、と言った形で構わぬ。正式な婚姻は成人した暁、いや、王都の学園を卒業した後で構わぬ」
いや、そういう問題ではないんだよ!
俺は可凛を、いや、可凛だけでなく娘たちを外交の道具として使いたくはないんだよ! 自由気儘に伸び伸びと育ててやりたいし、余計な枷など与えたくはない。
俺の脳裏には、帰るといつも飛んできては抱っこをせがむ可凛のあどけない笑顔が浮かんでいた。
そんな可凛を王妃にだと?
しかも王国の学園に通うことさえ既定路線になっているじゃねぇか!
「どうか、どうか頼む!」
一国の王、しかも数年前までは雲の上の存在であり、俺が忠誠を誓った相手が、今や土下座するほどの勢いで懇願しているけどさ、どうすりゃ良いんだよ!
ちょっと前なら勅命として絶対に断れない類の話となるけど、今の俺は立場が違う。もちろん即答できる類の話でもないからな。
「第一王子の、将来はカイル国王の王妃ともなれば、魔境公国の王女殿下にも相応しい縁談かと 愚考(ぐこう) つかまつります」
狸爺が愚考するのは勝手だけど、俺がその考えに合わせる必要はないからな!
くそっ!
これまで話していた議題を全て一気に解決させる、最強のカードを切ってきやがった。
「そうなれば……、俺は自身の娘のためにカイル王国を守り、第一王子を盛り立てねばならなくなる訳ですね? ことの是非はどうであれ、失礼ながら 嵌(は) められた気分ですよ」
そう、この話だけで散々これまで話した内容が全部すっ飛ぶんだよ。
もちろんそれは、俺が自発的かつ全面的に王国を支援する方向に傾くという意味で……。
となるとさっき迄の話は全部が茶番じゃねぇか。ちゃぶ台返しもいいところだぞ!
「そう言われるのは陛下や儂も重々承知しておる。じゃが、国王陛下も公王が男爵家の次男であったころから殊更目を掛けられ、陰ながらずっと支えてこられた。そんな陛下のたっての願い、ここはどうか……」
ちっ、それを言われたら俺も逃げ場がなくなるじゃないか!
あくまでも俺の感情は父親としてのもの、一国を預かる立場としては受けて当然の話だ。
だけどさ……。
「大前提として、元を正せば可凛は辺境男爵の次男と平民の娘の間に生まれた子供ですよ。血統魔法もなく分不相応な立場で彼女が苦しむ姿は、父親として見たくはありません」
そう、そもそもだが王国の法では、俺とアンの間に生まれた子供は、本来であれば嫡出子として認められないはずだった。
ユーカの心遣いと後日にアンが王国の男爵に任じられたことでそれは回避できたけどさ。
ただそれでもなお重要な問題がある。
俺とアンは貴族の血統の証とされる、魔法士ではないことだ。
「それはあくまでも王国の話であろう? 公国は全く別の国であり血統魔法を縛る法もない。貴族に掛けられた呪縛も無いと聞いているぞ?」
「陛下の仰る通りですな。数々の武勲によって一国の王となられた英雄と、内助の功で男爵まで上り詰めた母の間に生まれたお方、これが不相応な訳がござらん」
確かに狸爺の言葉通り、今を見ればそうだけど『成り上がり』と揶揄されることもあるだろう。
特に王国貴族は上位に行くほど伝統とプライドに凝り固まっているしな。
「そもそもカイル王国は、王位を継承するに当たって、国王たるに相応しい血統魔法を継承していることが条件と聞きましたが、魔法士でもない妃から生まれてくる子供に、王位を継ぐ証が発現しない可能性もあるのですよ?」
そう、先王の時代は並みいる王位継承候補者の中から、末子である現王が国王として即位したのもそれゆえだと聞いたことがある。
正妃でありながら、産んだ子供が王位継承者にもなれないなんて、可哀そうな話ではないか?
「ハハハハハ、大事を前にしてそのような 些事(さじ) 、今となってはどうでも良いことよ」
オイ! 五百年近く続いた 伝統(しきたり) を今、男前にも些事と言い切ったけどさ……。
それによって王位を継いだ当人が言って良いのか?
「ふぉっふぉっふぉ、その件は国法にも定められておりませぬ。王族のみが内々に定めた戒めのようなもの……、次代の国王が即位する暁には戒めを知る人間も皆、生きてはおりますまい」
いやさ……、結構大それた話をしているが、それって 貴方(たぬきじじい) も含めて、ですよね?
笑っていて良いのかよ!
「そもそもの話だが、我らの祖、初代カイル王とて平民の出、伝記を読み解かれた公王はそう話していたと思うが? ならば同郷の者の末裔同士、何の不足があろうか?」
ちっ、いつしか俺が初代カイル王の遺した書物を解読した際の話まで持ち出してきやがった。
確かに俺はあの時、我らの祖国、日本では初代カイル王も俺も平民だったと伝えていたしな。
「今年生まれた姫たちは、既にグリフォニア帝国とフェアラート公国に嫁ぐ話が決まっていると伺っておりますぞ。であれば、第一王女がカイル王国に嫁いでも引けは取らないでしょう」
こら狸爺! どこでそんな話を聞きつけていたんだよ!
まぁ、新年の宴で大々的に帝国から誕生を祝われ、慌てた公国からも誕生を 寿(ことほ) ぐ使者が来たのは事実だが、どこぞのじゃじゃ馬が勝手に言っていた『縁戚』になる話は、俺自身がまだ承諾していないからな。
いかんな……、どうやら完全に追い込まれているようだ。
どう考えても俺の逃げ場はない。
「このような重大事、この場の口約束で済む話ではないと思いますよ。持ち帰って家臣らと 諮(はか) って前向きに検討しますので、今はここだけの話に済ませてもらえますか? 大前提として身に余る栄誉なお話とは思いますので……」
「おおっ、受けてくれるか!」
「陛下、これで儂も肩の荷が下りますわい」
ってかさ、もう完全に『嫁ゲットー!』みたいに喜んでいるけどさ、あくまでも『前向きに検討』だよ?
ちゃんと聞いていたのかな?
「はぁぁあ~っ」
俺は大きなため息を吐くしかなかった。
この話、アンにどう話せば良いんだよ? 泣かれでもしたら俺はどうやって……。
結局のところ、レイモンドが危惧していた通りの無理難題を押し付けられた俺は、ただため息を吐くと同時に大きく頭を抱えていた。
俺の手土産……、出すのやめようかな?