作品タイトル不明
第四百五十六話(カイル歴516年:23歳)物騒な新婚旅行④ 南東の魔境
船旅では当初のたわいもない話から、変な方向に大きく話が変わってしまったが、正式に五カ国同盟の話まで至り、実りのある結果に繋がったと思う。
これもやはり、復路も全員が同じ船に乗り込んでいたことが正解だったようだ。
船の移動は三日間と少し、更にフェアリーに立ち寄った後は陸路を馬で飛ばして二日ほど進むと、やっと目的地である南東の魔境の入り口へと辿り着いた。
ただそこに広がっていたのは……、俺の知る魔境の風景とは余りにも違和感のあるものだった。
まだ手前しか見えていないが、荒涼とした大地に人の背丈ほどの灌木が点在し、所々は枯れたススキのような草が濃密に生い茂っている場所もあり、複雑に突き出た山の尾根に沿って何本もの枯れ谷が伸びていた。
大地やゴロゴロと転がる巨石の多くは鉄分が錆びた赤茶けた色をしていたが、中には他の金属酸化物を含んでいると思われるものもあり、オレンジや黄色、エメラルドグリーンなどの毒々しい色彩で大地を彩っていた。
「ちっ、ぱっと見はネットで見たことのある、アメリカのデスバレーだよな。ただこっちはハゲ山でもなく、灌木や雑草が生い茂っているけどさ……。尾根が入り組んだ地形が複雑だから迷宮のようだな?」
思わず俺は忌々しい気持ちになって吐き捨てるように呟いていた。
心の奥底から湧き上がる『ここはヤバイ』という警鐘めいたものを感じながら……。
赤茶けた大地はまさに火属性の魔物が 跋扈(ばっこ) するに相応しい場所だが、複雑な地形や背丈の高さで生い茂る枯草まど、奴らが隠れるのにはうってつけの場所だろう。
それに枯草や灌木はカラカラに乾いており、ちょっとした火で一気に燃え上がり、俺たちを陥れる罠となる可能性もある。
そんな中を進む俺たちは、隠れるものもなく否応なしに目立ってしまう。
「あまり長時間滞在するような場所でもないな。地魔法士は総がかりで入口に空堀と防壁を構築、それができれば二名を残し突入部隊と中へ! 残る二名は更に拠点化を進めておいてくれ」
先ずはお決まりの最終防衛拠点の構築から始めたが、ここには逆茂木や杭にできる木々もなく、対応は全て地魔法士頼りだった。
そして空堀と防壁が完成した時点で、二名の地魔法士と四百名の部隊を拠点防御に回し、クラージュ王が持ち込んだ移動式バリスタのうち、八基をそこに据え付けた。
念のため二台は時空魔法士に預けて持ち運ぶが、地形的な問題もあって活用できる機会も少なそうだったしね。
突入部隊となる四百名を率いた俺は前衛として、枯れ谷のひとつを選んで警戒しつつ、慎重に周囲を確認しながら奥へと進んでいった。
この魔境、入口こそデスバレーに似ていたが、枯れ谷の中を進むにつれ全く違うもの、かつて俺が良く知っている景色に似ているような気がしてきた。
そこは観光地で有名なオーストラリアのエアーズロック、それを含む砂漠地帯『ウルル』と対をなすもう一つの名所、『カタジュタ』にある『風の谷』と呼ばれる場所に続く、岩肌がゴロゴロと突き出た道にそっくりだった。
「あれ? この辺りに生い茂っている灌木は全部パイロファイトの一種か? 懐かしいな、これなんかバンクシアにそっくりだし……」
思わず言葉に出てしまったが、パイロファイトは山火事などの火によって発芽し繁殖するという、変わった特徴を持つ植物の総称で、主にオーストラリアの乾燥地帯で見られる植物だった。
赤土の大地や風の谷、バンクシアなどは俺にとっては懐かしい風景だよな?
この時の俺は、かつて『ニシダ』が住んでいた赤い大地、それに思いを馳せていた。
「タクヒールさま、ご注意ください。この辺りは各所で岩肌が変色しています。炎によるものかと……」
おっと、今はそれどころじゃないよな。
シャノンの言う通り、岩や大地がドス黒く変色しているのは、魔物の吐いた炎の焦げ跡だろう。
「そろそろ魔物の縄張りに入ったと言うことだね? 全軍! 敵襲に備えて戦闘体制! 後続にも伝えよ!」
俺の声に全員の緊張感が一気に最大まで高まった。
「大山脈の 向こう(王国側) の魔境と、 こちら(公国側) では植生から何から全てが違っている。勝手違うから油断するなよ!」
山脈一つ隔てただけで、ここまで違うとは俺も思っていなかった。ただ植物は逞しく、その環境に合わせて進化しているように思えるけどさ。
「!!!」
「タクヒールさま! 九時方向岩山の上、およそ二百メル先に十数の敵、向かって来ます!」
俺の傍らを進んでいた音魔法士、シャノンから切迫した声が響き渡たると、俺はただちに反応した。
既に俺たちは生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている。
「水魔法士、二時方向に防御水幕展開準備、発動は任せる! 第一隊は射撃体勢、風魔法士は援護!
射程二百以内、構え……、撃て! 続いて第二隊は撃ち漏らしを掃討! 自由射撃、始め!」
慣れた魔境騎士団の兵たちは、簡単な指示でも十分に動いてくれる。彼らがエストールボウの第一射を放ったと同時に、崖の上からは数十の火の玉が降り注いだ。
そして水魔法士と風魔法士が防御幕を展開する直前に、第二隊による二射目が放たれていた。
公国の魔法兵団対策で考案され、訓練を重ねた水と風魔法を融合した防御膜は有効的に機能しているようで、降ってきた炎の塊は派手な全て音を立てて消えた。
同時に複数の矢によって射抜かれた十数体の魔物が、岩場の上から転がり落ちてきたが……。
「これが火狐か?」
狐と思えないほど大型で、体長はヒョウぐらい大きいぞ?
しかも中には、尻尾が複数あるものまでいた。
「残敵確認!」
「残敵の反応、ありません! 第一波は討伐完了した模様です」
「負傷者確認!」
「前衛、負傷者なし!」
初撃を防げたことで俺は安堵の息を吐いたが、同時に大きな焦りを覚えた。
一番雑魚とされた火狐でさえこれだ、ここはレベルが高すぎるんじゃないか?
「どうやら我らには出番がないようだな?」
俺の周囲にはクリューゲル王を含む各国の首脳が居たが、俺を含めて全員が剣でしか戦えないからね。
指をくわえて見ていることしかできない。
「それにしても……、公王自らが最前線に出て指揮されるのですね? これまではずっと指揮を委ねていらっしゃったのに」
クラリス公妃はそう言ったが、前衛には首脳陣が居るので俺が指揮するより他ない。
だって他の者では、彼らが突出したら抑えることができないからね。
「独自の判断で指揮できる者は、各所に分散配置しています。この地形では隊列が長くならざるを得ないので。それに今回は余裕がありませんし、俺たちの我儘で兵たちを危険に晒すのです。最も危険な先頭を進むのが道理でしょう」
「ふふふ、私たちの気持ちと同じですのね?」
違うだろ! 少なくともじゃじゃ馬は最も戦闘機会の多い戦闘を進みたいだけじゃねぇか!
そうなるとクリューゲル王も傍に、そうなると皇帝やジークハルト、そしてクラージュ王も……。
結局先頭集団がVIP一行になるんだから。
「次、来ます! 二本足で早いです! 十数体、右側の一時から六時方向、 叢(くさむら) の向こうです!」
不味いな……、視界の利かない叢らから抜けてくると距離を保って射撃ができない!
二本足であれば 火喰鳥(ヒクイドリ) だ。瞬時に判断した俺は新たな指示に移った。
「全員抜剣! 叢から飛び出した直後に斬りかかれ! 脚に気をつけろよ!」
「来ます!」
予想通り現れた火喰鳥に対し、最も前に出ていたのは俺を含め六人の剣士だったが、どうやら全員が危なげなく蹴り上げる脚を躱しつつ長い首を切り落とすことに成功ししていたが……。
魔物は六体だけでなく十数体おり、その中には火狐も交じっていた。
「タ、タクヒールさま!」
「まだ! カーラはフォローを!」
兵たちの手に余ると思ったのか、 最強の戦士(ヨルティア) が魔法行使の許可を求めてきたが、それでも俺は許可しなかった。
念のためVIPの護衛に付けていたカーラをフォローに回しただけだ。切り札の彼女は、最後までVIPの護衛に就いてもらう必要がある。
そして……、混戦となりつつも何とか戦いに決着が付いた。
「残敵確認!」
「残敵の反応、ありません! 第二波も討伐完了した模様です」
「負傷者確認!」
「死亡者なし、火傷による戦闘脱落二名、軽傷三名!」
ちっ、今度は軽傷含めて五名も負傷かよ!
俺は改めて救護に走り回っているマリアンヌに視線をやったが、負傷しているのは今回初参加の者たちで、全てが他国からの兵たちではあったが……。
まだ第二波だぞ?
「第三波、来ます! 方角……、ぜ、前後を除く全方位です! 総数……、観測不能、と、とても多いですっ!」
まじかよ! もう切り札のひとつを切らなくてはならないのか?
この魔境、魔物の数だけでなく層の厚みも半端ないじゃねぇか!
ここから先、俺たちはかつてない魔物との戦いに突入することになる。
そこで俺自身もまた、魔物との戦いに慣れ侮っていたこと、それを嫌というほど思い知らされる壮絶な戦いへと身を置くことになる。