軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百五話(カイル歴511年:18歳)サラームの街

タクヒールたちが西の魔境に向けて出発したと同時に、ヨルティアたちはサラームの街の商店、素材販売店、武器防具販売店、食料品店などを、目ぼしい商品を購入するため、幾隊かに分かれて手分けして回っていた。

だが、それは決して簡単な任務ではなかった。

それには、カイル王国と大きく異なる、独自の商習慣が、慣れない彼らに立ちはだかったからだ。

「ふぅ、それにしても……

この国での取引は、非常に面倒くさいですね。毎回毎回万事交渉ばかり、もう嫌になってきましたよ」

「まぁそれも、この国の文化ということでしょう。

でも、ウォルスさんのような、生粋の武人の方にとっては、非常にまどろっこしい話ですよね」

そう言ってヨルティアは笑った。

彼女自身は商人の家に生まれ、取引の交渉ごとには慣れていたが、それでも確かにここは度が過ぎている。

彼女自身でもそれなりに面倒だと思うくらいに。

露店であれ商店であれ、まず第一に価格表示がない。

仮に表示されていても、それらはもちろん、まっとうな値段ではなく、法外な値段ばかりだった。

ここでは全て、価格は交渉で決まるのだ。

特に一見さんで、明らかに国外から来た彼らに対し、提示される額はどこでも数倍の値段だ。

いわゆる観光客相手のぼったくり商売ばかりだった。

日用品や食料などはさておき、魔物素材や武具などの高級品では、特にこの流れが顕著だった。

だが、ヨルティアは注意深く彼らの様子を観察し、交渉における幾つかの段階を見極めた。

第一段階(ぼったくり価格)

「まぁ、せっかくウチの店で買ってくれるんだ。これぐらいはオマケしよう」

第二段階(通常の倍程度の価格)

「割引できるのはここまでだ。これ以上引けばカカアにどやされちまう」

第三段階(通常より高めの価格)

「頼むから、もうこれで勘弁してくれよ。あんた本当に商売上手だな」

第四段階(正規価格)

「これ以上は赤字になっちまう。もうこの金額でしか無理だよ。これは本当に特別だぜ」

第五段階(割引価格)

「この値段で売ったら、俺たちはもう暮らしていけないよ。頼むから勘弁してくれよ」

因みに、買い物に慣れた常連客や地元の人間には、はなから第三段階〜第四段階で交渉が始まるが、余所者で交渉毎に慣れていないウォルスたちは話が違った。

第一段階から始まり、頑張って交渉しても精々第二段階までに辿り着くのがやっと、それでも正当な価格の倍程度の値段でしか買うことができなかった。

だがヨルティアは商売人として、相手と巧みに話をしながら段階的に販売価格を下げさせていく。

彼女曰く、4段階目まで辿り着いてやっと、まともな価格での取引となり、更に商売人が相手を見て、利があると感じて初めて、5段階目になるのだと言う。

彼女以外はその手間に閉口してしまい、しかもことごとく途中で値下げ交渉に失敗していた。

値切るという行為は、ただ安くしろと交渉するだけでは、とうてい相手も割引いてくれないからだ。

交渉を楽しむ、市場価格をきちんと掴んでいる、売り手とのコミュニケーションの段階を踏む、そんな事が必要であった。

それができない者は、皆同じ言葉でそれ以上の交渉を打ち切られていた。

「お客さん、だったら他の店で交渉してきな。恐らくうちより安い値段で売ってくれるところはないよ。

まぁウチと同じ物が、他で売っていることがあれば、という話だけどね」

そう言われ、売り手からそれ以上の値下げを断られ、閉口してしまうのがオチだった。

そのため、結局タクヒールから依頼された物の購入は全て、ヨルティア一人が対応することになった。

そうして幾つもの交渉をまとめ、買い付けと事前調査を行ったヨルティアは、本命の買い付けを行うべく、行動を開始した。

「ねぇ、そこの素敵なお兄さん。ここはなかなか良い品揃えしてるわね。この市場じゃ、一番の掘り出し物を扱っているように思えるわ」

「まぁな、こんなしがない露店だが、俺は他ではない商品を幾つも取り扱っている。

金さえ出せば、それなりの物は用意できるぜ。もっとも、それなりの価値が分かる相手に対して、だがな」

「そう、それはとても頼もしいわね。

私も目利きには自信があるつもりよ。

貴方なら、ここに出してない商品、珍しい物も調達できる。そういうことかしら?」

「ああ、大概の物は手に入れることができるさ。もちろん値段もそれなり、だけどな」

「じゃあ貴方に頼もうかな。ちょっと探し物があるのだけど、この街でクリムトの鱗は手に入るのかしら?

貴方が、もしくはこの辺りでクリムトの鱗を売っているお店って、心当たりがある?

もちろん、火で焙られた使い物にならない物ではなく、本物の鱗をね」

そう尋ねられた露天商は、そっけなかった。

「なんだ、冷やかしかよ。

そんなモンがあれば、こっちも商売したいぐらいだ。

まぁ、姉さんの言っている物なら、一枚でも金貨数十枚はする代物だし、簡単に扱える物じゃないけどな」

「あら? えらく高いわね。

私の所に卸してくれる交易商人なら、極上物で鱗一枚が金貨5枚よ。公国内、それも魔境に近いここなら、それよりもっと安いと思ったのだけど……」

「そっか、それは良かったな。

俺たちはそんな安売りも、危ない商売もしないし、仮に俺が売っている奴を知っていても、アンタに紹介する義理はねぇな」

「そうなの?

正しい値段で、ちゃんとした物を売ってくれるお店を紹介してくれたら、お礼にこの壺に入った砂糖を全て差し上げようと思っていたのだけど……、残念ね。

この砂糖全部、本来は金貨1枚ぐらいの価値だと思うけど、この街じゃ金貨10枚出したってなかなか手に入らない貴重品、そう聞いたのだけど。

仕方がないわね。ならこれも売り物にしようかしら?

さっき買いたいって言ってきた店もあったし……」

「姉さん、ちょっと待て!

今の話は本当か?

紹介しただけでその砂糖を全て貰えるってのは……」

「ええ、私も商家の生まれで、今もそれなりの商店を任されているわ。

商売では何よりも情報が大事、それに支払う対価の大切さも知っているつもりよ。

防具に使える品質のクリムトの鱗、それを50枚以上買える店を紹介してくれたら、お礼としてこれを全部、貴方に差し上げるわよ」

露店の男は明らかに表情を変えて、目をぎらつかせた。

「姉さん、ちょっと待っててくれませんかね?

今店じまいして、詳しい仲間を集めてくるので、少し時間をもらいたいんだが……」

「あら、いいわよ。

でも、ここだけの内緒の話だけど、この人たちみんな隣国の高貴な方にお仕えする魔法士だから……

変な所に連れて行って、怒らせちゃダメよ。悪い人たち、みんな黒焦げにしちゃうからね。

あともうひとつ。私たちの主人はこの国の伯爵様が案内しているの。

役人と組んで、悪いこと企んでいる人たちなら、その伯爵様が怒って、役人共々みんな首を切られてしまうから気を付けてね。

国境の関門でも、賄賂を要求した役人が首を切られそうになって、慌ててご主人様が止めていたの」

もはやダメ押しだった。

露天商の男は真っ青になり、頭から滝のような汗を流し始めた。

だが、ヨルティアの言葉にも嘘はある。

彼女たち一行に火魔法士は同行しておらず、黒焦げにできる筈はない。

魔法士として同行していたのは、2人、ウォルスとアラルだけで、後は腕の立つ兵士2名だったのだから。

もちろん個々の戦闘力、という点だけ見れば、突出した者たちばかりであり、何も遜色ないが。

「お、お客さま、も、もちろんです!

我々も真っ当な商売人ですよ。そんな掟破り、す、する訳ないじゃないですか。

仲間を集める話はなしです。私が直接ご案内させていただきますので」

露天商は大慌てで店じまいを行うと、案内を行った。

「ヨルティアさん、大丈夫ですかい?

なんか、胡散臭げな奴ですけど、信用ならないんじゃないですか?」

「ふふふっ、アラルさんありがとう。

今日あちこちで聞いて回ったけど、相当貴重なものらしいから、普通のお店では売っていないことは分かったわ。でも、そういう物に限って、普通じゃないお店に集まるものよ。

ちょっと お薬(おどし) も効かせたし、大丈夫よ」

「まぁ、いざとなったら姉さんに敵う奴は誰も居ないってことは分かってますがね。

それに、商売では誰よりも目利きだってことも。

でも、無茶は勘弁してくださいよ」

ウォルスもそう言うと、大きく溜息をついた。

そう話しているうちに、準備が整ったようで行商人に連れられた5人の一行は街の裏道、寂れた一角へと消えていった。

そしてこの後、彼女たち一行はサラームの街の裏側、街を牛耳る元締めたちとひと騒動起こし、新たな 縁(えにし) の糸が紡がれていくことになるが、それはまた後日、別のところで語られることになる。

その日の夜、狩りから戻ったタクヒールたちは、街に残った通商メンバーと合流し、用意されていた宿で食事を摂っていた。

「それにしても、クリムトをたった半日で討伐されるなんて、凄いです!

私もクレア姉さんの活躍、見たかったです」

「私もウォルスさんから聞きましたよ。ヨルちゃん大活躍だったそうじゃない。

クリムトの鱗、しかも品質の良いものを120枚も買い集めるなんて、フレイム伯爵すら仰天してたわよ。

一体どうやったの?」

「クレア姉さん、ヨルティア姉さんの交渉っぷり。見ていて惚れ惚れしましたぜ。

街の商店や露店もそうですが、最後の鱗の買い付けに至る流れは、そりゃもう、凄過ぎて俺たちも呆気に取られたくらいですよ」

クレアとヨルティアが仲良く談笑していた。

そこにウォルスも加わっていた。

実際、街に残ったヨルティアは、依頼した内容の買い取りを全て、たった半日で成し遂げていた。

もし買えたら、そんな感じで調査依頼を出していたクリムトの鱗も、何と120枚も手に入れ、今日の収穫と足せば当初の目論見以上の数で、クリムトの鱗を使った最強の防具が製作できるだろう。

彼女は露天商に案内された、この街で素材の流通を裏で仕切るお店でも、その交渉能力を遺憾なく発揮したらしい。

もちろん最初は足元を見られ、1枚金貨30枚と吹っ掛けられたそうだが、値下げ交渉と、最後のダメ押しと交換条件、魔境伯領では珍しくないが、この国では獲れない魔物の魔石を2個付けること、それだけで値下げ交渉に成功し、最終的に話をまとめあげたらしい。

結局、一枚当たり金貨5枚で手に入れたそうだ。

「クレアもヨルティアも、そしてみんなも今日は本当にありがとう。

テイグーンで待つ皆にも良い土産が買えたと思う。

改めてお礼を言いたい」

俺は皆の無事と活躍が凄く嬉しかった。

そのため、宿で出された香辛料の効いた食事も、非常においしく……

んんん!

あれっ?

いや、この懐かしい味、絶対そうだ!

「これって、カレーそっくりやん!」

俺は思わず叫んでしまった。

色こそ違うし、若干サラサラだが、この口の中に染み渡る刺激と、程よい辛さ! 正にカレーだ!

この料理なら、アイギスで栽培されているお米と、魔境伯領内なら至る所で栽培されている芋を使えば、カレーライスができる!

米料理に馴染みがなく、俺や帝国からの移住者以外、そんなに浸透していないお米も、これなら爆発的に浸透するはずだ!

そうすれば、魔境伯領だけでしか栽培されていない米は、一気に一大特産品になるだろう。

「みんな、食事のあと、大至急お願いっ!

クレアは宿に、この食事のレシピと素材、特に使われている香辛料の情報を集めて!

ヨルティアは、この料理に使われた香辛料を買い集め、今後交易での入手方法を検討して!

うまく行けば今後、この料理は俺たちの領地の名物になるかも知れない」

「はい、それなら問題ありません。

お口に入るものは全て、素材から調理方法、そして作っている現場にも立ち会っております。

なので、素材もレシピも全て記録に残しています」

それで!

魔境から宿に戻ったあと、しばらくクレアの姿が見えなかった訳だ。

彼女は見えないところで、俺たちに気を遣い活躍してくれていたのだ。

「かしこまりました。

本日市場で面白い露天商を見つけましたので、彼を通じて買取の算段を付けますね。

恐らく一日あれば、それなりの量をかき集めてくると思いますが、明日一番で発注を掛けておきますので、帰路に問題なく回収できると思います」

クレアもヨルティアも、俺にはもったいないぐらいの優秀な妻たちだ。

改めてありがたくて涙が出そうだった。

この日が、後日になって魔境伯領で大流行するカレーライスと、特産品となるカレー用スパイスセットが誕生する、その始まりの瞬間だった。

また、ヨルティアが渡りを付けていた露天商は、その後スパイスの買い占めに活躍する。

そこで俺たちの信を得て、謝礼に貰った砂糖の販売と買い付けの礼金で得た財貨を元手に、恩を受けたヨルティアの名を借りた『ティア商会』を設立する。

ティア商会は、魔境伯領とのスパイス交易だけでなく、様々な恩恵をもたらし、お互いに深い関係を築くことになる。