軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第69話:挨拶

この冬、弟のユルレミからは公爵家の封によるものではなく、簡素な封筒に入った手紙が何通か送られてきていました。

おそらくは使用人たちのものに紛れさせて秘密裏に出してくれているのでしょう。

そこに書かれていたのはイーナ嬢の様子、教育の進捗。ペリクネン公夫妻が何を彼女に贈り、何を語っているか。そして彼女の思考への考察。

わたくしは罠を張ります。友人たちに声がけて、彼女が出てくるような社交の場をセットします。別々の方から茶会や夜会の招待を。教育の進捗具合を考えてカジュアル寄りのもの中心に何パターンも。

ペリクネン公は喜ぶでしょう。彼女がそれだけ招待されたいと思うほどに価値があるのだと。

ですが、わたくしからすれば、どこに引っ掛かっても良い蜘蛛の巣のようなもの。結局、ミルカ嬢の招待、若い女性たち中心に集まるお茶会に参加の意思を示してくれました。

「意外……いや、そういう状況なのですかね」

「なにがだい?」

わたくしの呟きにレクシーが尋ねます。

「エリアス殿下と共に夜会に来るという訳ではなかったことですわ」

殿下側に余裕がないのか、それとも……。まあ都合が良いといえば良いのです。というかエリアス殿下がいると話が面倒臭いですし。

わたくしはペリクネン公領に向かった社員へ今後の指示や冒険者を雇用する条件などの話を詰めたものを送り、お茶会の日を待ちました。

そうして当日。

招待客が来るより前にサーラスティ家の応接室の一つにこっそりと待機させていただきます。

ミルカ様が仰います。

「お茶会が始まってしばらくしたらイーナ嬢を連れてきますので!」

「ご協力、感謝いたしますわ。ミルカ様」

「お任せください!」

彼女は胸を叩くような仕草をして、部屋を出ます。今日の彼女は女主人として招待客をもてなさなくてはいけませんからね。

シグネという侍女の方をつけて下さったので、本や書類を読みつつ、窓からの庭園の景色とお茶の香気を楽しみます。

そして屋敷が賑やかになってしばし。

扉がノックされました。

シグネが扉を開け、ミルカ様に連れられてきたその人こそ、イーナ・ペリクネン。

「お久しぶりですわね。イーナ・ペリクネン様」

わたくしは顎を上げ、扇でそれを隠しながら彼女を見上げます。おそらく彼女の目には、見上げられているのに見下ろされているように感じることでしょう。

「ヴィ……ヴィルヘルミーナ様、ご機嫌よろしゅうございます」

そう言って彼女は淑女の礼の姿勢を。彼女の桃色の髪の頭頂部が見え、ピタリと動きが止まります。

えー……。

ミルカ嬢の方に目をやりましたが、続きを期待したようにきらきらした瞳を向けてこちらを見ているので、わたくしは扇の下でため息をつきました。

わたくしは扇を閉じ、一段低く意識した声を放ちます。

「面を上げなさい」

ゆっくりと、背筋を曲げることなく彼女の姿勢が元に戻ります。

「どうぞ、お掛けになって」

あまり多くの人目につかないようにするためでしょう。この部屋にはシグネさん以外の使用人がいないため、彼女が椅子を引き、イーナ嬢とミルカ嬢が着席します。

「本当はペルトラ夫人と呼ぶべきですが、今のわたくしは平民ですし、ヴィルヘルミーナと呼んでいただいても構いません。ただ、今の行為は許されません。ペリクネン公爵家の息女が平民に頭を垂れるとは何事ですか」

「はっ、も……」

イーナ嬢の言葉が止まる。そう、それで良い。謝罪するなどは以ての外ですから。

わたくしは口の端を笑みに歪めました。

「ただ、お褒めするとすれば所作はたいへん美しくなられましたね」

「えっ」

「それはイーナ様のこの1年間の努力の成果ですわ。誇られますよう」

「あ、ありがとうございます……!」

そう言った彼女は俯き、肩を震わせ始めます。シグネさんが近寄り、目尻をチーフで押さえました。化粧の崩れぬよう優しい手つきで。チーフが水に濡れていきます。

わたくしもミルカ嬢も彼女を慰める立場にはおりません。しばし、彼女の嗚咽の声のみが部屋に響きます。

「誰も、先生たちは誰も褒めてはくれなかったので……」

そして嗚咽の収まった彼女は、ぽつりとそう呟かれました。

わたくしは頷きます。それは当然でしょう。もちろん、彼女に近づいて利を得ようとおべっかを言うものは別でしょうけども。例えばペリクネン公とか。でも彼女がそれを褒められていると感じていないのもまた評価すべきでしょうか。

「 女家庭教師(ガヴァネス) たちが貴女を褒めない理由がお分かりになりますか?」

「王妃として求められている水準は、遥かに上だと。……そう言ってました」

「その水準とは何でしょうか」

彼女は俯き、首を横に振ります。

とんとん、と扇で掌を叩く音で視線をこちらに向けさせます。

「わたくしですわ」

「ヴィルヘルミーナさん……」

「まだ若輩ではありますが、わたくしは物心ついた頃から去年のあの日まで、その生の全てを王妃たらんとあることに捧げてきたのです。愚かなるイーナ・ペリクネンよ。貴女がこの1年間、必死に学ばれていたことはその所作、衣装の着こなしなどを見ても分かります。しかしてそれはわたくしの十数年に匹敵するものでしたか?」