軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第68話:イーナ・ペリクネン

イーナがエリアス様に初めてお会いしたのは、学校の薔薇園でした。

そこは学生なら誰でも入れるところにあるのですが、高位貴族の令息令嬢の方たちのために整えられた場所です。イーナは後で知ったのですが。

まるで迷路のように入り組んだ薔薇園の奥、ひっそりと佇む白い 四阿(ガゼボ) に、金の髪のそれは素敵な男性が、白いベンチに座っていらしたのです。

眠っているのか目を瞑り、肘掛けに肘をついて頭を支えて動きませんでした。

「……薔薇の妖精さん?」

思わず呟いたイーナの声に、ゆっくりと碧い瞳が開かれました。

紅の唇が動きます。

「妖精は君の方では? 美しいお嬢さん」

その声を聞いた時、イーナの心は大きく跳ねました。

「警備の者は……ああ、遠ざけたのだったな。お嬢さん、座るといい」

イーナはおずおずと彼の隣に腰掛けました。

「妖精さん、ありがとうございます」

「妖精ではない、エリアスだ」

「エリアス様! イーナです。イーナ・マデトヤ」

こうしてイーナとエリアス様は知り合ったのです。エリアス様もイーナのことを気に入ってくれたようで、薔薇園で良く会うようになりました。

「イーナといると心が休まる」

そう言ってイーナの腿に頭を乗せてベンチに転がられることもありました。

そんなエリアス様が王太子殿下であると知ったのは少し後のこと、彼に婚約者がいると知ったのはもっと後のことでした。

イーナがエリアス様とお会いするようになって少し経つと、友達たちがイーナをなんとなく避けるようになりました。そしてイーナのペンや教科書が無くなったり、エリアス様に近づくなという手紙が鞄にいつの間にか入れられていることが増えました。

「ヴィルヘルミーナの仕業か……」

ヴィルヘルミーナ、エリアス様の婚約者の方です。

たまにイーナを呼び出して、エリアス様に会わないよう伝えてきます。そう……ですよね。婚約されているんですものね。

「ヴィルヘルミーナの言葉を聞く必要はない。イーナ、汝は余の言葉を聞け」

でもエリアス様はヴィルヘルミーナのことは気にせず、自分と会うようにと仰います。

「大丈夫だ、イーナと結ばれるようになるから」

「はい、エリアス様」

思えばこの頃が一番楽しかったかもしれません。

そうして春の夜会のため、見たことのないような素晴らしい衣装が贈られ、マデトヤの家に王家の馬車に乗ったエリアス様が迎えにきてくれたのです。

その夜会で、エリアス様はヴィルヘルミーナさんとの婚約を破棄し、イーナを婚約者として迎えると宣言してくれたのでした。

そうしてお城に連れて行かれることとなりました。

「イーナには将来王妃となってもらうための教育を受けてもらう。なあに、イーナならすぐ覚えるさ」

エリアス様はそう言ってくださったのですが。

そもそも下級貴族の淑女教育と上位貴族の淑女教育、そして王妃教育は全くの別物でした。

例えばお父さんは男爵です。子爵以下の貴族は王族に直接お目見えし、言葉を交わす機会はないのです。つまり、王様や王妃様にご挨拶したりお話しする作法は一から学ばなくてはいけませんし、その上で王族として臣下から挨拶を受ける作法や言葉遣いも学ばなくてはいけない……。

イーナ自身も勉強に追われ、エリアス様と同じお城に住んでいるのに会える時間はとても短い。

学校の時のようにエリアス様をお休みさせて差し上げたかったのですが、その時も女官の人たちの監視があって自由に動くことはできません。

エリアス様はやつれられました。そして、イーナを見るときに悲しい表情を浮かべることが増えました。

秋、イーナはペリクネン家の養子となること、そして冬の間はペリクネンの領地で過ごすことを伝えられます。

「来年の春に戻ってきたら、イーナはエリアス様のお嫁さんになれるのですか?」

「あ、……ああ。そうだ」

かつてエリアス様がそう仰っていたのですが、エリアス様はどうも言葉に元気がない様子です。

「お待ちしていますね……いってきます」

エリアス様に抱きつきましたが、抱き締め返してはくれませんでした。

こうしてペリクネン公爵様がお義父さまに、公爵夫人がお義母さまになり、義弟と義妹もできました。

イーナには、なぜヴィルヘルミーナ様のお家がイーナを養子に迎えて歓迎してくれるのかは分かりませんが、領地についてきた家庭教師たちから勉強を学ぶ間に、ドレスを買いに行ったり、おいしい料理を食べさせてくれたりと遊びに連れて行ってくれます。

でも義理の弟になるユルレミさんはイーナを家族としては認めてくれないようでした。義父さまや義母さまはそれを注意して仲良くするよう伝えてくれましたけど、普通はいきなりお姉ちゃんができたって言っても仲良くするのは難しいですよね。

エリアス様には手紙を何通も出しました。お忙しいのかなかなかお返事はくれませんでしたが、『愛している』と書かれた手紙は大切に箱にしまってあります。

年が明け、王都に戻りました。エリアス様がすぐに会いにきてくれ、そのままお城に戻るのかと思いましたが、まだしばらくはペリクネン家にいるようにと伝えられています。

お義母様がお茶会に出るよう話をし、家庭教師の人の意向もあって若い人の集まりから出るようにとのことになりました。

ミルカ・サーラスティさんという方からの招待状が届き、お茶会に招かれることとなりました。伯爵令嬢のお友達を招いた会とのことで、あまり礼法にうるさくもないだろうと。

しかしそのお茶会の最中、ミルカさんに特別にお見せしたいものがあると連れて行かれた部屋でのことです。

「お久しぶりですわね、イーナ・ペリクネン様」

その一番奥の椅子には緋色のドレスを着たヴィルヘルミーナさんが座り、広げた扇の奥から冷たい翠の視線でこちらを見つめていたのでした。