軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第48話:最悪の目覚め

…………やってしまった。

真っ暗な部屋、柔らかな布団の中。自己嫌悪と共に目を覚ます。

今までに経験したことのない滑らかで柔らか、そして軽やかな布団の温もりの中、俺のものではない熱量が右腕に纏わりついている。

「ミーナ……」

応えはない。ただ安らかな寝息が俺の耳元、驚くほど近くで聞こえる。

俺の右手を彼女の左手が握って、少し離れて寝ていたのが、寝返りを打ったのだろう。俺の右肩あたりに彼女の顔があり、両腕で俺の右手を抱きかかえるようにして眠っている。

俺が緊張して身体を微動だにさせずに寝ていたというのに!

右肘の辺りに当たる柔らかいものから意識を遠ざけつ、ゆっくりと身体を捻る。

白金の髪を巻き込まぬよう、目を醒まさせぬようそっと腕を抜く。

「んっ……」

彼女が身じろぎしながら艶かしい声を出した。

薔薇のように甘やかで、新緑のように爽やかな薫りが立つ。

そう、身の奥が痺れるのはこの香りのせいもあるだろう。昨日の夜、眠る前。隣に座っていた風呂上がりのミーナから匂い立つ香りにやられたのだ。

ベッドから床へと降り立つ。温かなものに包まれていたのが失われ、肌寒さにぶるりと身が震えた。

カーテンの向こうから覗く窓の外は星空で、王都の城壁の際が紫に染まっていた。

俺はそっと部屋を出る。

「おはようございます、旦那様。こんな未明にどうなさいましたか?」

「うわああぁああ!」

部屋を出てすぐのところにメイドが座っているとか!

うーん。と、ベッドの方から寝言が聞こえる。

「お静かに」

俺は頷くと、そっと音を立てぬよう扉を閉めてメイドと向き直る。

「こ、こんな時間まで起きているのかい?」

「夜番です。交代の時間になったら眠らせていただきますので。主寝室の前には毎夜こうして誰かしら控えておりますから、何かございましたらお申し付け下さいませ。さて、どうなさいました?」

「い、いや! ちょっとトイレに」

彼女の視線が俺の顔と下半身を彷徨い、鼻が微かに動かされた。

青い臭気。

「なるほど、お召替えですね。すぐに用意いたします」

うああぁぁ……。顔に熱が集まるのが分かる。

彼女は手持ち洋燈を片手にトイレへと俺を先導した。

「お着替えをお持ちいたしますので、少々お待ちください」

はあ……。便座に座ってため息をつく。

「湯桶とタオル、ここに置きますね」

外から声がかけられる。

感謝の言葉を告げる前に足音は去ってしまったので、黙々と下半身を拭う。

その間に換えの寝巻きを持ってきてくれたのでそれに着替えていく。

「……ありがとう」

「いえ、これがわたしたちの仕事ですので」

「……何か言いたげだな」

彼女はタオルと下履きを桶の湯に浸しながら言う。

「無駄弾を撃ってないで、ちゃんと奥様を抱いて差し上げれば宜しいですのに、と思いました」

俺はため息をつき、ふと聞きたかったことを尋ねる。

「少し尋ねたいんだが、君たちはペリクネン家でヴィルヘルミーナに仕えていたのだよな?」

彼女は頷く。

「ええ、下働きの者たちは直接お仕えしていた訳ではありませんけど、皆そうですね」

「君たちはその、なんだ。俺みたいな平民がミーナを、ヴィルヘルミーナを妻としていることに、もっと言えば公爵家令嬢を手折らんとすることは嫌ではないのか?」

ふむ、と彼女は声を上げた。

「無論、公爵家令嬢であったヴィルヘルミーナ様をいち平民が汚さんとしたのであれば我らは身を挺してでも止めたでしょうし、もし汚したのであれば地平の彼方まで追いかけて殺したでしょう」

思ったより更に苛烈な答えが返る。

「あ、ああ」

「ですが、それと今の状況は違います。公爵家令嬢であった我らが主人はその地位を 褫奪(ちだつ) され、お家から勘当されました。そんな彼女を尊重し、助け、再び屋敷に住まわせられる平民がいましょうや?」

「いなくは、ないのでは」

「おりませんわ、自信をお持ちください。私たちは本当に、心から嬉しかったのです。昨日、旦那様にエスコートされて馬車を降りたヴィルヘルミーナ様が笑顔であったことが」

「そうか……」

「ヴィルヘルミーナ様は苛烈さと慈愛の心を共にお持ちです」

彼女との出会ってからの日々が思い起こされる。

「……分かっている」

「あの方の笑みを引き出すことがどれほど価値があるか。彼女が、前の婚約者のクソやろ……失礼……クソ殿……エリアス殿下と共にいて、笑われていたことなど見たことありません」

「……そうか」

俺は着替えて寝室へと戻る。

扉を閉める時、彼女はそっと囁いた。

「我ら使用人一同、ヴィルヘルミーナ様の幸せのみならず、アレクシ様の幸せも心から願っているとご理解ください。おやすみなさいまし」

黎明の光がカーテンの下から白く漏れ始めている。まだ起きるには早い、一時間は眠れるだろう。

俺は布団の中にそっと潜り込み、ミーナの手を握った。

「レクシー……?」

寝ぼけた声が聞こえ、薄らと瞳が開かれる。

「起こしてしまったか。ミーナ、まだ起きるにはちょっと早い」

「ふふ」

彼女は笑う。

「どうした」

「レクシーと共寝をしているのが嬉しいのですわ……おやすみなさい……」

彼女の声はすぐに寝息にと変わった。